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March 13, 2021

セミナー参加で「錯覚」させる


長谷川博之先生の『成功する生徒指導の原則』の中に、「生徒指導は錯覚である」という名言がある。

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まずは「俺でもできるかもしれない」「私だってやれるかもしれない」と思わせる。
そして小さくてよいから、最初の一方踏み出させる。
それからは、1日の進歩を見取って褒め、励まし、理想の行動を強化していく。
最終的に錯覚を現実のものとする。
P10
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・・・セミナーに1日(数時間)参加しただけで、急に授業がうまくなり、急に生徒対応がうまくなるはずがない。
でも「錯覚」でいいから、「明日から頑張れそうだ」と思わせたい。
参加した先生には、少しでも希望を抱いて翌週を迎えさせたい。

大村はまで有名な「仏様の指」の話も、本人にとっては「自分でやったのだ」という自信が大切なのだと示唆している。
荷車の男が仏様のひと押しに気づかなくてもかまわないのだ。


とはいえ、片々の教育技術の中には、一度聞いた、すぐに実行できることもある。

「おへそのこちらに向けなさい」のような可視化できる指示、
「ゴミを10個拾いなさい」のような具体的な数を示した指示
「教室をきれいにしてごらん」のような、自主性を尊重した指示。

など。
一生かかっても習得できないような高度な教育技術もあれば
知ればその日から使える教育技術もある。

その日のうちに使いこなせる技術などは、所詮、些細なものかも知れない。
でも知ると知らないでは大違いだ。
できるスキルは多ければ多いほど自信になる。
錯覚でもいいから自信をもって教壇に立ってほしい。
おどおどしていては、授業を受ける子供たちも迷惑なのだ。

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