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October 22, 2021

「安全運転の授業」は、教師のレールの上の授業

手元に、元文科省道徳調査官の永田繁雄氏の論稿のコピーがある。「道徳授業」2011年9月号(明治図書)だ。
論考のタイトルは

「安全運転」の授業から「冒険運転」へ

永田氏は「『安全運転』型の授業」を次のように示した。

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①全員が授業という電車に乗り込む。
②資料の場面ごとに停車して問い掛け、子どもは主人公の思いをその都度考える。
③全員がゴールにたどり着き、自分たちのことを振り返る。
④教師の話などをまとめる。


(中略)そこでは、子どもが方向付け、子どもが運転し、自ら新たな発見をするということが少ない。
だから、予測外のとも生じにくく、何度繰り返しても運転力(学ぶ力)はつきようがない。
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・・・「予定調和」の授業というか、「詰将棋」の授業というか、教師主導の授業のデメリットが強調された授業スタイルだ。
だからといって、その反動ですべてを子どもに任せる授業が推奨されるわけでもない。
永田氏は次のように続けている。

◆子どもが学ぶ安心感と、年間にわたる計画的な指導のために、「安全運転」は必要な面もある。しかし、その繰り返しばかりで、子どもは本当に授業の面白さを感じることができるだろうかと不安に感じるのである。

そして「『冒険運転』型の授業」を勧めている。

①子どもが気になることや考えたいことを明確にもつ。
②それぞれが地図をもって運転するような思いで話合いが進められる。
③途中で議論が巻き起こったりして、道に迷うこともある。
④一人一人が自分の納得を見つける。


①・・・自分なりの気づきや疑問、つまり「わ・き・お」を大事にするから「主体的な学び」が可能になる。
②③・・主体的で対話的な学び(議論・討論)を通して
④各自が「深い学び」に到達する。

ということなのだと理解できる。
永田氏の主張は道徳の授業改善に限らない、汎用的な意味を持った授業改善の指摘である。

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