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March 16, 2022

道徳の授業づくり 島恒夫氏講演の覚書

平成30年度の道徳セミナーで島恒夫氏のお話を聴いた際のメモ書きが残っていた。
分かるように書き加えながら再掲するので、文責は自分。


◆「どうすれば失敗せずに済んだだろう」「何がいけなかったんだろう」のようにマイナスを埋めるための道徳授業は教え込みになりやすい。

◆状況理解レベルで授業をすると読解になってしまう。状況理解の問いは発問ではなく確認。

場面状況を分からせる手立ては必要だが、授業のメインではないので、短時間で済ます。

◆そもそも道徳は抽象的。具体的な状況(資料)がないと議論が深まらない。
「正直に謝ることが大事」という項目を認識させるために、具体例となる資料を用いる。
「正直に謝ることが大事」って「たとえば、こういうことだ」と具体的に語らせないと、道徳的価値レベルまで意識できない。

◆「何をすべきか」と行動を問えば「正直に謝るべきだ」のような分かりきった意見が出る。
「正直に謝るとよい」は授業する前から分かっている。
「正直に謝りなさい」では道徳ではない。
「正直に謝ると、すっきりするな」のような「~だなあ」の部分が道徳。

◆授業は道徳的価値を話題にしないと意味がない。
登場人物の行動レベルではなく、子供個々の「道徳性を育てる」ための授業展開を外さない。

◆状況理解レベルや登場人物の心情読解レベルではなく、道徳的価値レベルで議論させる。

◆「道徳性」とは、日常生活で出会う様々な場面や状況において、適切な行為を主体的人選択し、実践できる「内面的気質」。

◆「主人公を変えたものは何か」のように、見えないものを言語化させることもある。

◆中心発問に対して1つ目で出る答えは授業で中心ではない。1つ目に出る意見にもとに議論するような建前からの脱却が道徳の授業。

◆道徳的価値を意識させるためには「汎用性」。資料の状況でなく自分に置き換えて、例えばどういう場面で生かせばよいかを考えさせる。

 

・・・・抽象的なメモで理解がしづらい。具体的に語らないと、なかなか腑に落ちないことがよく分かる。

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