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June 29, 2022

「学習評価」のはじめの一歩

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『ヤマ場をおさえる学習評価』(図書文化)の編者である石井英真氏(京都大学)のオンライ講演を視聴して、腑に落ちる箇所がたくさんありました。

はじめの一歩として、次の4つのキーワードをおさえておきましょう。

①形成的評価

・・日々の授業で、指導を改善し子どもを伸ばすために行われる評価

②総括的評価

・・単元末や学期末などで、確実に身に付いたかを全員確かめる評価

③パフォーマンス評価

・・ペーパーテストで評価できない部分について、作品・レポート・話し合いの様子などをみる評価

④ルーブリック

・・評価の段階別の基準表

 

 かつて毎時間カルテ表に全員分の達成状況を記録しようとする授業がみられましたが、そのような授業をめざす必要はありません。

成績に反映させるのは単元の山場や終盤で行う「総括的評価」のみだと意識すると、評価に関わる日々の負担を軽減できます。

 ただ、単元を終えたとき(山場の授業を終えた時)、評価の対象となる振り返りの言葉が「がんばった」や「よく分かった」では困ります。それでは「この単元・今日の授業で何を学んだか」を子供が意識できていないことになるからです。

 

通常、評価が徹底しているのは、多くの学校で行われる漢字テスト・計算テスト(コンクール)です。

この場合、求める姿(例えば90点合格という基準)が明示されており、到達しない子は追試が行われます。

本来、不合格の子をそのままにしておかない取組は、この漢字・計算コンクールに限ったものではなく、ふだんの教育活動においても同じであるべきです。

(例として、よく「自動車学校」が挙げられます。自動車学校は習得型なので、合格しないと次のステップに上がれません。)

本当は、いつだって合格基準が示され、全員が到達できるよう指導が行われ、基準に満たない子は再提出や再チャレンジで合格レベルに到達するまでやり直しさせる厳しさが必要です。

それが、指導に対する実行責任です。もしC判定(不合格)の子がたくさん生じたら、それは指導不足だという教師の覚悟が必要で、「聞いていない子が悪い」「提出しない子が悪い」と放置してはいけません。

ペーパーテストについては点数化も容易で、再テストも容易です。

難しいのは、思考・判断・表現や学習に取り組む態度についてのパフォーマンス課題の評価です。

基準表を作成して、「こういう姿が合格ラインですよ」と明示すれば、子供もそこを目指してがんばれます。

それが評価に対する子供の「納得感」です。子供が評価に納得していれば、保護者からもクレームも回避できます。

本人には「上手にできているね」とほめておきながら、成績表でCを付けるやり方は不信を招きます。

 

「この単元では作文で20点取りましょう」と決めるだけでは困ります。

評価基準表(ルーブリック)で5点刻みや3点刻みのレベルを設定し、できれば子供にも明示します。

テストの点数と同じように子供にその評価を伝えます。

そして、Cの子にやり直しさせるだけでなく、Bの子がAを目指して再挑戦したいと申し出たら受け入れる機会も想定します。

 

1学期の成績処理の段階になって、ノートやプリントの評価をこまめに記録しておくべきだったと反省することも多いと思います。

2学期は1学期の反省を生かし、その場その場での点検・記載に努めてください。

ただし、日々のノートやプリントを全て成績に反映させる必要はありません。

「ここぞ」と思う授業の山場でこそ総括的評価の意味があるのです。

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June 22, 2022

先生がいなくても・・それが自動化

ある日の2時限目、チャイムと同時に担任と教室に戻ったら「起立」が始まっていた。
毎時間のあいさつが必要かどうかは別にして、担任がまだ教室に戻っていないのに「起立」が始まるシステマチックな状況に感心した
(ごめんなさい、自分が職員室で話しこんだせいで、教室に戻る時間が少し遅れてしまったのです)。
2時間目の算数の授業では、
問題①の解き方を丁寧に板書し、
問題②については、自分で①と同じように書いて解いてごらんと指示していた。
このように「習ったことを生かして自分で進める」という場面を意図的に設定できるかどうかの差が大きい。
先日参観したクラスでは「先生が指示しなくてもチャイムが鳴ったら、始まりの号令をかけて」と日直に伝えていた。
こうやって意図的に「手放す」ことが大事だと思う。
あるクラスの算数の時間、本時のねらいを書こうとしたら、子供たちから「めあては教科書に書いてあるよ」と声が上がった。
確かに算数の本時のねらいは教科書に書いてある。
書く必要があるかどうかは別にして、教科書を見れば、めあては先生に言われなくても書ける。
先生が板書するのを待たなくても書ける。
「今日のめあて、書けますね。」
が通じるならば、意図的に「手放す」ことが可能になる。
あるクラスの体育の時間は、いつも担任が準備体操の時間を計測して、何分かかったかを伝えて発奮材料にしている。
ところが、先日は、子供の準備が早すぎて、先生が運動場に行く前に準備体操が始まってしまった。
「今日は、みんなの準備が早すぎて計測できませんでした。すごいです」
と言われた子供たちは上機嫌だった。
先生がいなくても・先生に言われなくても動ける子供を育ててほしい。

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June 20, 2022

比較思考

3年生の理科の観察で、オシロイバナと他の植物の様子を比べさせていた。

子供たちは自然と
◆似ている点・・・「葉の色」「子葉」「くきの太さ」
◆違う点・・・・・「葉の形」「くきの色」「高さ」
といった形で記載していた(一部、文章表現の子もいた)。
ジャムボードに書かせた内容を発表させている時に、ふと、次のように考えた。
なるほど。
似ている点は、「葉の色」「茎の太さ」のように項目だけ発表しても問題ない(本当はそうでもないのだが)。
しかし、違う点は、
「葉の形が違う。オシロイバナは○○だけど、ヒマワリは○○」
のように、その違いを具体的に説明してもらわないと、違いを挙げた意味が伝わらない。
ジャムボードに違いを細かく書くのは難しい。
だから付箋には項目だけでも良いが、口頭説明では、どう違うのかを語らせたい。
本当は「葉の色はどちらも緑」のように、類似点も「どう似ているのか」を語らせるべきなのだろうが、
似ている点は、ほぼほぼ他の子も理解できる。
だから、まずは、どの教科でも、どの場面でも「違い」を見つけたら「何がどう違うのか」を説明する思考の癖をつけさせたい。

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June 17, 2022

「個別最適な学び」とは真逆の・・

かつて中室牧子氏の講演で、
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大学入学者のうち、大検合格者は、高校での様々な体験がないから、非認知能力が低い結果が出ている。
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と知った。
この時のキーワードが
「taught by somebody」(誰かに教わるもの)」
中室氏が執筆したリクルートの連載にも同様の記述がある。
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ヘックマン教授は、非認知能力とは「taught by somebody」(誰かに教わるもの)と定義している。
つまり、「非認知能力」とは、机に向かって1人で獲得できるような類のものではなく、家庭や学校のなかで、親や教師、友人らから「教わって」身につけるものだということなのだろう。
人生の成功を左右する「非認知能力」とは  2017年01月23日
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・・・高校生活の様々な活動は、受験には無用で時間のムダかもしれない。
しかし、非認知能力の形成・人格の形成には重要なのだという。
個別最適な学びが強調されると、「みんなでやりましょう」が無駄に思えてくる。
確かに、早い子は待たされ、遅い子は急かされる。
受験学力だけ考えればオンライン個別学習でいいじゃないかということになる。
でもでも・・。
例えば算数の筆算の授業。
「53-27の計算。3から7は引けません。
5から1をかりて13、13-7は6・・・・」
というように、ベテランの先生は、みんなで声を揃えて言わせる。
1人ではきちんと言えない子も、みんなの声を聴いて、がんばって追い付こうとするから、アルゴリズムに慣れてくる。
集団で学習することで、クラス全体の底上げを図ることができる。
例えば読書の場面。
読書週間だから、みんな揃って静かに本を読んでいる。
たぶん、自宅では本を読めない子がたくさんいると思う。
みんなが静かに読んでいるから、自分も静かに読むしかない。
そうやって周囲の雰囲気に飲み込まれて読書習慣が形成される。
例えば、少し古いが、かつてテレビでやっていた20人21脚のレース。
20人の中には足の遅い子もいる。
だが、高レベルのチームは、20人で走ると、遅い子も全体に引っ張られて、自分の持ちタイム以上に速く走れてしまう。
1人では速く走れない子も、みんなと一緒に走ることで、タイムを上げることができる。
運動会の演技も、周囲が頑張っているから自分もやらなければと気合いが入り、どの子も当日はよい演技ができる。
「自分のペースで」と言われると、それがコンフォートゾーンになってしまって、快適なんだけど「ぬるま湯」にもなりかねない。
「自分のペースで」と言われて自分に強い負荷をかけられるのは、レベルの高い子だ。
人のふりをみて我がふりを直す。
人の行動を見て、それをモデルに自分も頑張ろうと思う。
みんなのペースに追い付こうと頑張る。
こうしてみんなで学ぶことで「やりぬく力・続ける力・我慢する力」=非認知能力を身に付けられる。
将来の成功は認知能力の高さよりも、非認知能力の高さが関与すると言われているのだから、
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「みんなで学ぶ」「taught by somebody」(誰かに教わるもの)」
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の大切さをしっかり意識させていきたい。
※今回はあえて「協働学習」というワードは使っていません。

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June 10, 2022

教師の仕事は「感情労働」!

Unknown

 「肉体労働」「頭脳労働」に加え、第3の労働のタイプを「感情労働」と呼ぶ。

・・・『教育マルトリートメント』出版記念のオンライン講演で川上康則氏が、教職も感情労働として話していた。
聞いたことのあるワードだったが、真剣に考えてこなかった。
教員は「肉体労働だ」とか「サービスマンだ」という発想から抜けきらなかったからだ。
(かつては冷房のない過酷な労働環境だったなあ。まさに肉体労働!)
自然に笑顔がこぼれる教師はいい。
しかし、「笑顔を作れ」と強要されたら、それは苦しいと思う。
ストレスによる心身の不調
 感情労働では、常に相手に好意的に接することが求められるため、自分の本来の感情を押し殺すことが多い。自分の感情をストレートに表現できないことが大きなストレスになり、気付かないうちに精神的な疲労が蓄積されてしまいがちだ。
それにより、「眠れなくなる」「憂鬱な気分になる」「イライラしやすくなる」といった心身の不調が引き起こされる可能性がある。
教員のメンタル不調を考えるなら、「感情労働」という視点で、労働環境をしっかり認識し手を打つ必要があ流。
教師は「肉体的に苦しい仕事」であり「精神的にも苦しい仕事」だ。
川上氏は、併せて次のような話もされた。
私たち(教師)は一体何に追い詰められているのだろう。
・・・ここでは、その詳細は触れないが、教職は何かと追い詰められやすい仕事だ。
だからこそ、せめて上司や同僚=身内からの「追い詰め」ぐらいは、なしにしたい。

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June 04, 2022

まずはスラスラ音読できること

 向山先生は『実践・授業の腕を上げる法則』の中で、次のように述べています (P 24,25)
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 いつもの私なら何をするか?
 答えは簡単である。
 「教材の文章を全員が読める」ようにすることである。二年生の子どもたちが、 教材の文章をスラスラ読めるようにすることある。
 分析批評は、その後のことだ。
 教材がスラスラと、あるいはしっかりと読めるようにさせること、これは国語の授業の出発点である。
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 大森修先生は、もっと厳しい言い方をされます。
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 音読を十分にすると「読めば分かること」はほとんど分かってしまうので ある。「読めば分かることを授業する必要はない」 その通りである。しかし、現実の授業はどうか。読めば分かることを授業しているのである。読めば分かることが読んでいないために子どもに分からないのである。
 音読を十分にしないために子どもが分からない内容を、教師は子どもが分からないのだと誤解している。子どもは力がないという教師ほど誤解をしている。
 分析批評の授業は、 普通に読んだのでは分からない内容を授業している 。であればこそ、読んだだけで分かる内容をきちんと子どもに分からせてい るかどうかが厳しく問われなければならない。 読めば分かる内容さえも分からせないで子どもに普通に読んだだけでは分からない内容を分からせることなどできないからである。
『教室ツーウエイ』No 56 P21、22
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・・・久しぶりに大森氏の文章を読みました。文面のしつこさがたまらないですね。
 あえて、ロジックを整理すると、次のようになるでしょうか。
①音読が十分なら「読めば分かる」ことは分かってしまう。
②しかし、多くの学校では、音読が不十分なので「読めば分かる」ことさえ分かっていない。
③分析批評は、音読だけでは分からない授業を課している。
④だから、音読も十分でない教室で分析批評ができるわけがない。
 佐々木俊幸先生も次のように述べています。
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 いくつかの音読指導の技術を身につけていて、それを必要に応じて使い分けていけるのがプロ教師である。
「『大造じいさんとガン』の全発問・全指示」p91、92
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 さて、先日参観した4年の授業では「一つの花」の三場面を扱い、簡単にあらすじをまとめさせていた。
 あらすじの構成要素の確認も必要だが、そもそも「スラスラ読めること」が保障されていなかった。
 4ページもある場面だから、ちょっと読んだくらいでは、整理できない。
 宿題で音読させるだけで保障できるほど甘くないので、授業の中で、きっちり音読練習をさせてほしい。
 ICT活用の世の中でも、音読練習は決しておろそかにしてはならない。
※参考 「まるの会通信No133」 89.12.10  日本教育技術学会雑記より 

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June 03, 2022

4年道徳 「友だち屋」 

 「友だち屋」(光村3年)は、「友達1時間100円」で商売を始めたキツネが「友だちから金を取るのか、それが本当の友だちか」と訴えたオオカミの言葉を受けて無料で友だち屋を請け負う話。
「無償」というと「ブラッドレーの請求書」と似ている。知らない方は確認しておくとよい。
 道徳には「人間の心の強い部分と弱い部分」の葛藤が道徳の1つのパターンになる。
 今回のような「ある場面で、主役の気持ちや行動がガラッと変わる」というクライマックス型も道徳のもう1つのパターンである。
教科書付録のワークには次のようにある。
◆はじめは「友だち一時間百円」と言っていたキツネが、帰るときには「何時間でもただ。」と言ったのは、どうしてでしょう。
・・・まさにクライマックスによる主人公の変容を問うている。
ただ「どうして」と聞かれて6行の罫線枠があっても、書けること書けない子の差は大きい。
ここは決定的な変化をもたらした「友だちから金を取るのか、それが本当の友だちか」を真ん中に据えて、その前後の状況を説明させるなら取り組みやすいかと考えた。
最初は、いっしょにすごす時間をお金(見返り)で考えていたが
「友だちから金を取るのか、それが本当の友だちか」と言われて
いっしょにすごすのは自分が楽しいからだから、見返りを求めないことにした。
あたりが解答例だろうか。
 現実的には「代金をいただく」ことはないので、ここは「見返り」という概念をぜひ理解させたい。
 するとお金以外にも物品をあげる・もらう・せびるような行為も、本当の友だち関係でないのだとつなげることができる。
 ワークには「友だちとは、どのようなものでしょう」とあるが、
「本当の友だちとは、どのようなものでしょう」を考えさせたい。
「どのようなもの」は答えにくいな。
「どんな相手」で統一してみようか。
①お金や物品のやりとりではない関係の相手
②お互いのことを考える関係の相手
③一緒にいて楽しい相手
④言いたいことが言える相手
「あげる・おごる」で相手のご機嫌をとったり
「もらう・おどす」で相手を言いなりにしたりするのは「友だち」ではない。
相手に嫌な思いさせたり、がまんさせたりするのは「友だち」でないし、
自分が嫌なのにちゃんと言わない(言えない)相手も「友だち」ではない。
そう考えると
◆みんなの中に「ぎゃく友だち屋」はいませんか?
も考えさせたい。お金や物で引き止める子だ。
※くまさんは、キツネに無理やりイチゴを食べさせたが、契約上の友だちだから、悪気はない。お金払っているんだから。
※オオカミは「本当の友だち」と言いながら、最初は「相手をしろ」と命じているから、それは友だちにしては不適当だ。
授業はくまさんやオオカミを深ぼりしない方がいい。

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June 01, 2022

外国語活動と学級経営

外国語活動の授業を参観して、「日ごろの学級経営が見えてくるな」と思った。
外国語活動の時間に恥ずかしがらないでジェスチャーしたり、友達とペアを組んでアクティビティをしたりする場面を見えたら、明るい学級が育っていると思える。
逆に言うと、自分の気持ちを素直に表現できる個人、みんなの思いを素直に受け入れる集団でないと外国語活動は成立しない。
コミュニケーションの素地となる資質能力の育成が外国語活動のねらいなので、先生自身がオーバーアクションで子供を巻き込んだり、積極的な子(やんちゃな子)を見本にしたりして非言語コミュニケーションのスキルを楽しく身につけさせたいのだが、先日参観した先生、ちょっと遠慮気味だったな。ALTの授業を参観していると、子供たちの集中するタイミングや盛り上がる場面、飽きさせない反復練習のさせ方などがよく学べる。
カードを使っての会話練習など手際が良く、リズムが崩れないので、子供たちが心地よくリピートしていた。
外国語活動の授業はALTが来ない日も適切に進めないといけないので、担任1人でも、先生と一対一、子供同士のペア練習、ゲーム(アクティビティ)、英語の歌などを盛り込んで、週に一度の外国語活動を楽しみにするように取り組んでほしい。そして、「対話型」の授業のよさを、ぜひ他教科にも生かしてほしい。

 

週一回の外国語活動や道徳の授業は、学級づくりの基盤になる。

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