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August 03, 2022

「議論する道徳」は「規範意識の徹底」と真逆か?

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教科化にあたり文科省が打ち出したのは、「考え、議論する」道徳である。しかし、そのコンセプトに応える教材作りは非常に難しく、1年足らずで優秀な教科書を作るのはそもそも不可能な話だった

   「危ない道徳教科書」寺脇研(宝島社)p83
・・・たしかに「議論する道徳」は、教科化のキーワードである。その趣旨を否定はしない。
 しかし、それ以前に一斉配付された『心のノート』『わたしたちの道徳』で現場が感じてきたのは、
きちんとした道徳観、倫理観や規範意識を学ばせる」
であったように思う。
 それを裏付けるのが、平成20年(2008年)の文科省の見解だ。
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【文部科学省】
今ほど調査官からご説明申し上げました中に、低・中・高学年それぞれに規範にかかわる内容として、人間として絶対してはいけないことということに係る内容を記述をしておりました。特に、このたびの学習指導要領の改訂に係る中教審の審議におきまして、殺すな、盗むな、うそをつくなといった根源的なことについてしっかりと考えていかなきゃいけないということを提言をいただいております。学習指導要領にも低学年から人間としてしてはならないことをしっかりと指導していくといった学年段階ごとの配慮事項ということも示されております。
そういったことを基に、「殺すな」、「盗むな」、「うそをつくな」、それに加えて一般的にしてはならないと考えられることとして、「ひきょうなことはするな」、あるいは「いじめるな」といったことについて、低・中・高学年、中学校、それぞれを貫いて繰り返し記述をしております。
平成20年10月「心のノート」の改善に関する協力者会議(第2回) 議事録より
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 当時ベストセラーになった『国家の品格』(藤原正彦 2005)の中で、会津若松藩、日新館の「什の掟」が紹介されている(P47~49)。
一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、虚言をいふ事はなりませぬ
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです
https://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/docs/2007080601668/
 藤原氏は、次のように述べている。
「本当に重要なことは、親や先生が幼いうちから押しつけないといけません。たいていの場合、説明など不要です」
 また、別の箇所には次のように。
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 法律のどこを見たって「卑怯なことをしてはいけない」なんて書いてありません。  だからこそ重要なのです。
 「卑怯を憎む心」を育むには、武士道精神に則った儒教的な家族の絆も復活させないといけない。これがあったお陰で、日本人の子どもたちは万引きしなかった。
 ある国の子供たちは、「万引きしないのはそれが法律違反だから」と言います。こういうのを最低の国家の最低の子供たちと言います。「法律違反だから万引きしない」などと言う子供は、誰も見ていなければ万引きします。法律で罰せられませんから。大人になってから、法律に禁止されていないことなら何でもするようになる。(P128)
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・・・「心のノート」に「ならぬものはならぬ」の精神が色濃く出ていたことは、議事録からもわかる。
 ただし、本当に重要なことは押しつけが必要だとする藤原氏の主張の背景には「戦前の教育勅語」「武士道」があって、それゆえ批判も多かった。当時、このブログでも、その流れで何度か書いてきた。
 
 寺脇氏は、「心のノート」「わたしたちの道徳」「検定教科書」と同じ路線で進んできたように書いている。
 しかし、道徳の教科化で「考え議論する道徳」が打ち出され、「特定の価値観を押し付けない」「多様な価値観」が強調された。教科道徳の理念は「きちんとした道徳観、倫理観や規範意識を学ばせる」ことを否定する方向に軌道修正していないだろうか(ここは、あくまで予想)。
 
 一方、検定教科書には「心のノート」「私たちの道徳」からの流用資料が多く、「きちんとした道徳観、倫理観や規範意識を学ばせる」従来の資料が残っている。
◆いくら多様な価値観の時代でも、それは最低限守らないといけないよね。
◆いくら大切なモラルでも、それは全員一律に押し付けられるものではないよね。
 教科書の問題は、「多様な価値観」と「最低限のルール・マナー・モラルの徹底」とを両立できていないことだと思う。
 ならば、教科書を使う授業者が、そこはしっかり判断していかねばならない。

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