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August 03, 2022

教科道徳における価値項目の対処

A:平成20年【「心のノート」作成にかかる文部科学省のコメント】
 今ほど調査官からご説明申し上げました中に、低・中・高学年それぞれに規範にかかわる内容として、人間として絶対してはいけないことということに係る内容を記述をしておりました。特に、このたびの学習指導要領の改訂に係る中教審の審議におきまして、殺すな、盗むな、うそをつくなといった根源的なことについてしっかりと考えていかなきゃいけないということを提言をいただいております。学習指導要領にも低学年から人間としてしてはならないことをしっかりと指導していくといった学年段階ごとの配慮事項ということも示されております。
平成20年10月「心のノート」の改善に関する協力者会議(第2回) 議事録より
B:平成29年【指導要領改訂の経緯にかかる指導要領解説】
 「特定の価値観を押し付けたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向の対極にあるものと言わなければならない」、「多様な価値観の、時に対立がある場合を含めて、誠実にそれらの価値に向き合い、道徳しての問題を考え続ける姿勢こそ道徳教育で養うべき基本的資質である」との答申を踏まえ、発達の段階に応じ、答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童が自分自身の問題ととらえ、向き合う「考える道徳」「議論する道徳」へと転換を図るものである。P2
 Aは、教えるべき点はきちんと教えろという方針。「教え込む」と言い換えても良い。
 Bは、特定の価値観を押し付けたり、言われるままに行動したりする人間を育てるなという方針。
 Aの対極にBがある。
 2002年公表「心のノート」、
 2014年公表の「私たちの道徳」の延長上に
 2018年「教科道徳」があるわけではないことがわかる。
 Bの指導要領解説には、次のような記載もある。
◆道徳性を養うことを目的とする道徳科においては、その目標を十分に理解して、教師の一方的な押し付けや単なる生活経験緒話合いなどに終始することのないように特に留意し、それにふさわしい指導の計画や方法を講じ、指導の効果を高める工夫をすることが大切である。(P20)
 ただし、内容項目の部分をで見ると、教えるべきは教えるAタイプの指導が残っている。
【「善悪の判断、自立、自由と責任」の内容項目の概要】
 人として行ってよいこと、社会通念として行ってはならないことをしっかりと区別したり、判断したりする力は、児童が幼い時期から徹底して身に付けていくべきものである。P28
【「正直・誠実」1・2学年の指導の要点】
 いけないことをしてしまったときには素直にその非を認め、あやまることができるとともに、人の失敗を責めたり笑ったりしないようにし、正直で素直に伸び伸びと生活できる態度を養うようにすることが求められる。P31
※社会通念上やっていけないことは「やってはいけない」。
※いけないことをしたら素直に「謝るべき」。
 多様な考えがあるからといって「やってはいけないことをやる自由を認める」「謝りたくないならあやまらないでOK」とはならない。
 そこはやはり「ならぬものはならぬ」だ。
 「特定の価値観を押し付けたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向の対極にある」という文言に押されて何も教えないようでは、内容項目の指導にならない。
 とはいえ、AとBはどうみても真逆なのだから、これでは、現場は混乱する。
 どう整理すると腑に落ちるか、困っていたが、寺脇研氏の指摘で「融合」した。
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 従来型の詰め込み教育だけでは通用しない時代が訪れてしまったことは安倍首相の周囲のブレーンもある程度理解している。先に引用した雑誌『正論』の対談で、八木秀次教授はこう述べる。
〈私も以前は勘違いしていましたが、感動的な話を先生が感動的に伝えれば、子供たちは理解するかといえば、そうでもない。本当に教えたい、身につけさせたい価値項目は、子供たちが主体的に考え、議論し悩んで最終的に身につく。先生たちが自己陶酔して話しただけでは伝わらない。価値項目を上から押し付けるのではなく、子供たちがしっかり考え議論できるようにしたい。〉
 だからこそ、道徳を教科化するにあたっても、「考え、議論する道徳」という、価値観の押しつけや徳目の教え込みでない形での授業をみとめたのである。もっとも、実際にはそれが実現していないことが問題なのだが。
「道徳教科書が危ない」P156/157
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・・・大事だから「教え込む」。しかし、教え込んだだけでは実際に成果が上がるとは限らない。
「教えこまないで教えこむ」が、「教師の腕の見せ所なのだといえようか。
 まさに「間接性の原理」だ。
 蛇足ながら、寺脇氏の次の意見もメモしておく
(寺脇氏の意見に反論したい箇所も多いのだが、あえてスルー)。
◆学習指導要領の解説を読むとよくわかるが、文科省は最大限、時の政権に「面従腹背」するかのように抵抗してでも、二重にも三重にも片方に流れていくリスクに歯止めをかけている。P118
・・・今回の指導要領解説は、その分厚さに定評がある。
指導要領解説をよく読むと、指導のヒントが隠されている。

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