「海の命」の解釈
かつて「海の命」の解釈がどうしてもできなかった自分には、次の記述は衝撃的だった。
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父親の命を奪った偉大なものへの挑戦によって成長する物語。あの宮崎駿のアニメ『天空の城 ラピュタ』にも採用された話型である。そう、形を変えた象徴レベルでの父親殺しの物語である。
(石原千秋『国語教科書の思想』P101(ちくま新書2005年)。
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「ラピュタ」をよく知らないので、自分には「ラピュタ」との重ね読みはできない。
なお、「スターウオーズ」も「父親殺し」の典型だそうだが、これも自分はよく分からない。
ただ、そのように話型で比べて読むこと・重ねて読むことができると知ったときは感激した。
「父親の命を奪った偉大なものへの挑戦によって成長する物語」とは、実に的を得た表現であり、話型で読める作品についてもっと探ってみたいと思った。
また「父親を奪ったものへの挑戦」が、「父親殺し」になるというのも意外な指摘だった。
象徴レベルの父親殺しというのは、「親を乗りこえる」という意味だから、この作品は2つの「挑戦」が描かれていることになる。
◆偉大な父への挑戦◆
その命を奪ったクエへの挑戦「クエを捕まえなければ一人前の漁師になれない」という太一の独白もあるから、父の命を奪ったそのクエを捕まえることは、すなわち、偉大な父親を越えることを意味する。
しかし、クエを捕まえて復讐を果たせば、父を超えられてハッピーエンドというほど、「海の命」は単純でない。
太一は、最低限の魚しか捕まえない漁の仕方を与吉じいさから学んだ。
クエを殺さなくても生きていけるなら、わざわざクエを殺す必要もないことに気付いてしまった。
太一は与吉じいさの元で漁を学び、父親とは異なる漁師の生き方を学んだ。
もし、太一があのままクエを捕まえていれば、父と同じ道を歩んだことになるが、クエを捕まえないという選択をした。
私は、父親と別の生き方を選ぶ「大義名分」として、クエを父親とみなすことでクエを殺さないというロジックを思い付いのだと解釈しているが、その解釈を他人に押し付けるつもりはない。
あれほど捕まえたかった父のカタキなのに、最後には捕まえるのをやめてしまう。
クエを捕まえなかった太一の心境を考えていたら、ある作品と重なってきた。
それが「恩讐の彼方に(青の洞門)」だ。
父親殺しの犯人は、今は出家して世の中のために洞門を掘っている。犯人は、かたき討ちにやってきた息子に、洞門を掘り終えたら自分は殺されてもいい、工事が終わるまで待ってくれと頼む。親のかたきとは言え、20年も及ぶ工事を貫徹した姿に心を打たれた息子は、結局はかたき討ちをやめる。
・・・この『恩讐の彼方に」の結末は、殺されたがっているように見えたクエの様子に、殺す気をなくす太一と重なってくる。
偉大なものに出会い、戦意喪失したというか、かたきを捕まえることの無意味さを知ったという点で同じ構図だ。
「恩讐の彼方に」も精神的な父親殺し(父親超え)の作品なのかもしれない。
ところで、「父親殺し」という用語を知って、気になったのは次の点だ
「海のいのち」って要するにどんな話なのだろう。
1)尊敬する父親と同じ道を歩もう(村一番の漁師になろう)とする作品
2)尊敬する父とは違う道を歩もうとする作品
3)尊敬する父親を奪ったものを追い求める作品
4)さまざまな人に出会い、成長していく作品
5)自然の偉大さに触れる作品(命の大切さを訴える作品)あえて1つに絞ることもない。文学
作品はさまざまな読みが可能だ、それを承知で言うならば、小学生にとって、この作品を
「少年が父親と異なる生き方を選んだ話=精神的な父親殺しの話=父親の漁の仕方は間違っていた」
と捉えるのは難しい。
単純に「漁師の息子が父親と同じ一人前の漁師に成長した」と捉えるのが普通だと思う。
子供たちに「親の生き方を否定する=親を乗り越える」という概念が確立していないからだ。
もちろん対象は6年生だから、そろそろ「親の否定」を学ぶべき時期なのかもしれない。
この作品は、「親の否定」を学ぶ良い機会なのかもしれない。
※1928年にロシアのプロップが『昔話の形態学』で示した物語のパターン、1966年にフランスのロラン・バルトの『物語の構造分析序説』で示した物語の「機能」などについて、結局、理解しないまま、国語の授業をする立場ではなくなってしまった。若い先生方に「分析批評」を広めるにあたり、物語論(ナラトロジー)や構造主義の骨太な文学研究の歴史も踏まえた解説をしたいと密かに思っている。
参考 「物型論の基礎と応用」橋本陽介(2017年講談社)プロップの『昔話の形態学』 2019.06.22 https://kotento.com/2019/05/06/post-3020/
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