« 英語のスモール・トークとSST | Main | 昭和40年代の本を読む  »

August 14, 2023

ブルーナーリバイバル 〜だから昭和40年代の書籍に意味がある〜

2015年11月に開催されたシンポジウムで奈須正裕氏が、現行指導要領は「ブルーナーリバイバル」と発言している。

◆概念的理解をベースにした授業をしていこう、それによって教科の見方・考え方が獲得されるだろう、ということになる。見方・考え方や概念的理解が獲得されてくると、それによって個別的知識の学習が早くなるのである。これはブルーナーがかつて言 ったことで、次期指導要領はある種のブルーナーリバイバルでもある。

「育成すべき資質・能力」と「アクティブ・ラーニング」をめぐって 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyoiku/84/1/84_61/_pdf

 

ただしブルーナーの文章内容(邦訳)はずいぶん難解だ。『教育の過程』を読んでみたが、なかなか理解できない。解説サイトを参照しなければ、お手上げなのだ。

以下のサイトを見ると、ブルーナーの主張が現行学習指導要領の「見方・考え方」「構造」「学びに向かう態度」と重なることがよく分かる。

====================

2017年に改訂された学習指導要領は、裏では「ブルーナー・リバイバル」という呼び声もあるとおり、陰に陽にブルーナーの影響を受けていることは疑い得ない。本書のはしばしに、最新学習指導要領の記述と響き合う記述を伺うことができる。

 いちばん響き合っているのは、学習指導要領が言うところの「見方・考え方」という言葉だろう。これはブルーナーが「構造」と「態度」という言葉で表現しているものに対応する。学習指導要領では、小学校から高校まですべての学年において教科の「見方」を身につけることを目指しているわけだが、これはブルーナーが「教科の構造」を極めて重視したことと響いている。たとえばブルーナーは以下のように言っている。

 

◆「ますます明確になってきた一つの点は、そのようなことがらにおける構造の重要性ということである。一度この構造の重要性ということが十分に受けいれられると、さらに程度をすすめて、もっともっと年の小さい子どもたちにさらに一そうこみ入った教科を教えることが可能になる。」日本版への序文iv頁

 

◆「数学であれ、歴史であれ、その教科の構造を強調すること――つまり、できるだけ迅速に、ある一つの学問のもっている基本的観念についての感覚を生徒に与えようというしかたで、それを強調すること」3頁

 

◆「教科の構造を把握するということは、その構造とほかの多くのことがらとが意味深い関係を持ちうるような方法で、教科の構造を理解することである。簡単にいえば、構造を学習するということは、どのようにものごとが関連しているかを学習することである。」9頁

 

◆「意図するところは。教育課程を計画する場合に、これまでにしばしば見落とされた、欠くべからざる一点を銘記すべきだということにある。その一点とは、すべての科学と数学の中核をなす基礎的観念や、人生や文学を形成する基礎的テーマは、強力であるが、同時に単純なものであるということである。」16頁

「要点をまとめてくりかえすと、この章のおもなテーマは、教科の課程は、その教科の構造をつくりあげている根底にある原理について得られるもっとも基本的な理解によって決定されなければならないということであった。」39-40頁

 

 要するに、細かい知識なんてものはいくらでもあとからついてくるから、教育で重要なのは教科の「普遍的な構造」を掴み取ること、ということだ。そのための「直感」である。ブルーナー以前の行動主義や経験主義では研究の対象にすらなっていなかった「直感」というものを、ブルーナーの専門である「認知科学」が捉えているという自信が裏付けとなっているだろう。そして認知科学は、21世紀に入って脳科学なども結びつき、急速な展開を遂げている。2017年の学習指導要領が60年近く前のブルーナー仮説と響き合うのは、「認知科学」という点で基本的な発想を同じくしているせいだろう。

 

 また、最新学習指導要領が言う「考え方」とは、もう少し丁寧に言えば「方法論の習得」を意味する。単に知識の量を増やすのではなく、未知の現象に触れたときにそれを適切に処理できる様々な考え方を身につけることが重要であり、そのために「方法論」を身につけるという観点だ。これはブルーナーが「態度」という言葉でしめしているものに当たる。たとえばブルーナーは以下のように言っている。

 

◆「それは、ある分野で基本的諸観念を習得するということは、ただ一般的原理を把握するというだけではなく、学習と研究のための態度、推量と予測を育ててゆく態度、自分自身で問題を解決する可能性に向かう態度などを発達させることと関係があるということである。ちょうど物理学者が、自然のもっている窮極の秩序と、その秩序は発見できるものであるという確信とに関して一定の態度をもっていると同じように、物理を勉強している若い生徒が、学習することがらを、自分が思考するときに役立つものにし、意味のあるものにするような方法で組織しようとするならば、物理学者のもっている態度をいくらかでもそのまま自分のものにする必要がある。そのような態度を教育するためには、たんに基本的観念を提示する以上のなにかが必要である。」25頁

「そのようなやり方に賛成している議論は、学習がその学問の最前線でしていることと、子どもがはじめてそれに近づくときにしているものの間には連続性があるという想定を前提にしているのである。」35頁

 つまり、学習した結果ではなく、学習の「過程」そのものが重要ということだ。まさに学習指導要領が言うところの「過程を重視した学び」である。

http://meganeculture.boo.jp/2019/02/17/【要約と感想】ブルーナー『教育の過程』/

========================

 

・・・ブルーナーの言う「自分自身で問題を解決する可能性に向かう態度」などは、現行学習指導要領の理念そのものである。

『教育の過程』は難解でそのまま理解できないのだが、そのエッセンスは、しっかり学びとっていかないといけない。

 

|

« 英語のスモール・トークとSST | Main | 昭和40年代の本を読む  »

教育」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 英語のスモール・トークとSST | Main | 昭和40年代の本を読む  »