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September 03, 2023

日本の近代化を支えた技術者たち

この夏、大阪の造幣博物館に行ってきた。

造幣博物館は、明治44年(1911年)に火力発電所として建てられた建物で、造幣局構内に残る唯一の明治時代のレンガ造りの西洋風建物。
春になると桜の通り抜けをやるあの場所だ。
1階ロビーに立派な時計が展示してある。
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これを作ったのは大野規周で、2Fの展示室に彼の解説パネルがあった。
◆ 旧幕府天文台機械技師の子息として生まれ、1862年から6年間、オランダに留学し精密機械の制作技術を習得して帰国しました。1869年に造幣局に入局し、天平を始め大時計や計数器などを制作し、その優秀な技術は造幣首長相であったキンドルも激賞したと言われています。
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「 小型の工作物及び精密機械の製作はお任せ」というキャッチコピーを見て、
「ここにも『嘉藏』がいた!」
と思った。
ペリーが来航したわずか六年後に見よう見まねで蒸気船を造った宇和島藩の嘉蔵を思い出したからだ。
展示パネルには、「日本人技術者」について、次のように書いてあった。
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◆ 明治の始め、造幣局に勤務した人々は、わが国の近代化の先頭に立っていると言う気概を感じており、中にはお雇い外国人を驚かすような技術を持った人が多くいました。
日本の素晴らしさは、ごく一部のエリートの実績ではなく、ごくごく普通の市民の中で高いレベルを目指して精進した職人の実績が大きいと思う。
それは、宇和島の嘉藏と同じように、どんな身分でも技術があれば登用された「能力主義」の世の中だったこととも関連する。

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