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October 15, 2023

俵万智の「守ー破ー離」の考察

2006年11月07日。

「手紙を書こう」の授業を終えたところで、ちょうど、中日新聞に関連記事が載った。

俵万智の「木馬の時間」というコラムである。

小学校で授業をした後、お礼の手紙が届いたというその手紙についてのコメントだ。

少々長いが、視写のつもりで書き写し、この文章を味わおうと思う。

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 時候の挨拶、相手の安否を問う言葉、本文(授業の感想とお礼)、締めの挨拶、日付、自分の名前、相手の名前。

 みな、きちんと手紙の「型」をふまえて書かれている。形式があるのは面倒くさい、という意見もあるが、実は形式というのは、面倒なことをラクにしてくれるものでもある。

「さあ、なんでもいいから自由にお礼状を書きましょう」と言われたら、白い便箋を前にして、子どもたちは戸惑ってしまうだろう。そこで「最初は時候の挨拶といって、季節のことを書けばいいのよ」と教えてもらえば、とりあえず誰もが、手紙を書きはじめることができる。これが助走になる。型とは便利なものなのだ。

 たぶん先生は、さらに丁寧に、いくつかの例文をし示されたのだろう。多くの子どもたちが、「だんだん寒くなってきました」という「型」を採用している。さらに先生は「このまま写してもいいし、もし自分なりに寒さや秋を感じることがあったら、それを書き加えるのもよいでしょう」とも指導されたのだろう。

 虫の声や紅葉のことをつけ足している子どもがいる。風が冷たいですねとか、半袖では肌寒いですね、という一文もある。「型」を利用しながら、オリジナリテイーを加えるのは楽しいし、一から考えるよりも簡単だ。

 一番印象に残ったのは「このごろ、朝と夜が寒くなってきましたね。お昼は暑い時もあれば、寒い時もありますね」と始まる手紙。決して器用な言い回しではないのだけれど、懸命に今という季節を、自分の言葉にしようという気持ちが、伝わってくる。

 たとえば「朝夕はめっきり冷え込むようになりました」という定番の一文がある。その型通りの言い回しができあがる過程を、この子は、自分なりにくぐって体験しているところなのだ。この「ひとくぐり」をすることで、「型」への尊敬の気持ちが生まれる。

 「型」というものが、長いあいだの知恵の集積なのだということを、肌で感じることができる。

 確かに秋の気候は、この子が書くように定まらない。「でも、それを厳密に言ってたらキリがないから、決まり文句が便利なのよね」と、公園の紅葉を見上げながら、私も「型」ということに思いを馳せるひとときを持った。
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・・・「型」の持つすばらしさを説いている。

「型」は面倒なのではない、「型」に合わせ、その中で「守ー破ー離」と進んでいくことの大切さを説いている。

 これが「短歌」の形式で「守ー破ー離」と進んできた俵氏の言葉だから心に響いた。

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