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February 21, 2024

見て分かることを言うな!

「正しいことは言うな」という逆説的な表現に感銘を受けたのは、もう10年以上前のことだ。

教師という仕事上、子どもの失敗や過ちを指導する場面は多い。

しかし、「どうして、宿題を忘れたんだ」などと相手の過ちを責めてみても、その言葉が正しければ正しいほど相手を追い込んでしまうことになる。言われた方は一番聞きたくない言葉を耳にするから、反発を生むことになる。そして、「いつも俺ばかり怒られる」という負の感情をもたらしてしまう。川上康則氏の言う「毒語」だ。

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怠けている人間、遅刻した人、それぞれに事情があり、理由があるはずです。その事情・理由を斟酌(しんしゃく)することなく正しいことを言う人は、じつは、ー正義という名の魔類ーになっているのです。仏教では、その正義という名の魔類をー阿修羅ーと呼びます。阿修羅というのは、本来は正義の神であったのですが、自分だけが正義だと思って、他人に対する思いやりがないために、神界から追放されて魔類になった存在です。(後略)

2006年中日新聞7月18日付の朝刊に「ひろさちやのほどほど人生論」

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・・・「阿修羅」の意味まで教わったインパクトのある記事だった。何も言わずにじっと相手の聞いて上げる行為が「慈悲」なのだとも書いてあった。何と、仏教の教えは奥が深いのか。

教師は「よかれ」と思って平気で子どもを傷つけることがある。

喧嘩した子が悪い、忘れた子が悪い、聞いていない子が悪いなどなど。

悪意がない分だけ、たちが悪い。

正義感を振りかざす鈍感な教師はまさに「阿修羅」と化している。実はかつて同僚に、ネチネチ子どもを責める人がいて、自分のストレス発散に使ってるのではと思ったほどだった。毎年のように、そのクラスには不登校児童が生じた。保護者の間にも、それは知れ渡っていた。 

『身につけよう!江戸しぐさ』という本の中に「見て分かることは言わない」というのがあった。

「おやせになりましたね」「太ったんじゃないの」「ひどい汗ですね」など、見て分かるようなことを稚児のように言ってはいけないとある。===================== 

見て(暑いんだな)と察したらすぐ冷たい飲物を出すものだよ、というわけです。急な雨で濡れていたら、サッと手拭いを差し出す方が感性度が高く、相手の思いやりが偲ばれるものです。それに加えて「読んで分かることは聞かない」というのもあります。

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 何の配慮をする気もないのなら、見て分かることを言うな、というのは、実に鋭い指摘である。

「鉛筆どうしたの?」などの問いも、見れば分かる愚問だ。

問いただす前に、さっと差し出すのが大人の対応だ。

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