「情報」の前は、「論理科」が話題だった。
以前研修視察に行ったことがある広島県安芸高田市立向原小学校では、文科省の研究開発校の指定を受け、3年計画で「論理科」新設に取り組んできた。
当時の実践報告の一冊には次のような解説がある。
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PISAの学力調査で世界一になったフィンランドの国語教育では、次の五つの能力をつけることが大きな柱となっている。
① 発想力 ② 論理力 ③ 表現力 ④ 批判的思考力 ⑤ コミュニケーション力
すなわち、重点目標のうち二つまでが「論理力」「批判的思考力」となっていて、論理的思考力の育成が大きな目標となっているのである。
また、メディアリテラシーという考えも最近教育界に広く浸透するようになった(PISAの「読解リテラシー」も、結局はメディアリテラシーと同じようなものだといえよう。それは、どちらも論理や批判的思考の重要性を強調しているからである)。
これらの動きに刺激されて、日本でも論理重視の発言が目立つようになってきた。例えば、文化審議会の答申「これからの時代に求められる国語力について」(二〇〇四年)には、「論理」「論理的思考」という語が四〇回近く出ているし、文科省から出されている各種の文書などを見ても、「論理」とか「批判的な読み」という語が何回も使われるようになった。
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「PISAショック」として読解力の低下が教育界を揺るがしたのは2003年(平成15年)。
「PISA型読解力」「フィンランドメソッド」「読解リテラシー」「論理的思考力」「クリティカルシンキング」「言語力・言語活動」といったワードが飛び交い教育改善が行われた。
その1つの取り組みが「論理科」新設の向けた教育特区の動きだった。
2008年この書籍が書かれた段階では「PISAの『読解リテラシー』も、結局はメディアリテラシーと同じようなものだといえよう」とある。
当時の「PISA型読解力」と「メデイアリテラシー」と、今の「情報の扱い方」が、同じ意味合いを持つことは私の邪推ではない。
「情報」は、もちろんネットモラルやプログラミング、IT操作のスキルも指導範囲だろうが、現在の教科書にある「情報の扱い方」の内容がメインなら、かつての「論理科」とよく似ているなと思う。
しかし、あれほど「論理的思考って大事だよね」と勢いがあったものの、今となっては、どこにいったか定かでない。ちまたの先生方のとっては関心の外だ。
「これからは『情報』だ」という勢いはそう簡単にはなくならないだろうが、その中身が、ネットモラルやプログラミング、IT操作のスキルに限定されてしまうことは避けたい。
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