« 「情報」の前は、「論理科」が話題だった。 | Main | 鉄棒のチャレンジカード »

March 20, 2024

「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」

中島敦の『山月記』を読むと「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」という表現が印象的ですよね。

==========

己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいである。己の珠にあらざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。

==========

 さて、「自己肯定感」を育むつもりが「優越感」を育てていませんか?と問いかける以下のサイトは、褒め方を間違うと、自己肯定感を下げ、優越感と劣等感の世界に引きずりこんでしまうという意味で、奥が深いです。

 ふと「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」を思い出しました。

===============

自己肯定感は、文字通り自分で自分の存在を肯定できる感覚のことです。

しかしその理解が曖昧なまま「とにかく褒める」ということが先行してしまうと、本人の自己認識をそっちのけで、ひたすら大人による評価のシャワーを浴びせることになってしまいます。

「◎◎点取れてえらいね!すごいね!」

「1位になれてカッコイイよ!」

「さすがお兄ちゃんだね!」

こうした他人による評価は、確かに嬉しいものです。言われた方も笑顔になりますし、言った方もその様子を見て、子どもに活力を与えることができた!と感じるかも知れません。

しかし実際には、この他者評価のシャワーが育んでいる(強化している)ものの実態は自己肯定感ではなく、「どうだ!」という優越感や、「親に褒められたい!」という承認欲求の強化にすり替わっている。

ここが、最も勘違いされているポイントだと私は思っています。

https://conobie.jp/article/3883

===============

 「褒める」ことが、自己目的化しないことが大事です。

5956692a40b7445db2b3570afce7ad53

|

« 「情報」の前は、「論理科」が話題だった。 | Main | 鉄棒のチャレンジカード »

教育」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 「情報」の前は、「論理科」が話題だった。 | Main | 鉄棒のチャレンジカード »