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April 07, 2024

『知の体力』永田和宏 (1)

『知の体力』永田和宏著は、付箋だらけになってしまった。

京大名誉教授の永田氏が、若者(大学生)へのメッセージとして連載したものがベースになっている。2018年初版。もっと早く読んでおけばよかった。
冒頭で「大学は何も教えてくれない」「 自分で求めようとしなければ、大学では何も得られないと言う言葉が出てくる。
◆答えは確かに<ある>。それが初等中等教育における「問題」の大前提である。そして先生はその答えを知っている。その正しい答えに、どうしたら自分たちも到達できるだろうか。先生が知っているはずの答えと自分のものが一致すれば正解で、違っていれば×。それが入学試験も含めて、高校までの試験の問題であった。
(中略) 高校までの教育においては、これはやむを得ないことである。しかし実社会において、そのような答えのある問題というのは、実は何一つないのだと言ってよい。P15、16
「大学における教育は、高校までの初等中等教育と根本的に、そして本質的に違ったものではなければならない」と永田氏は述べる。。
にも、かかわらず、小中学校において、大学生に対するメッセージと同じように
・これからは「正解のない時代」だ。自分で考えよ。
・アクティブラーニングが大事だ。
と張り切るのは、ちょっと違うのではないかと前から思っていたのだが、どう説明して良いか分からなかった。
永田氏は、このことを「学習」と「学問」の違いで説明している。P43、44
①「学習」の問いには答えがある。
②「学習」には、先生は教える人、生徒は教えてもらう側という役割分担がある。
③先生が正しい事を教え、生徒は正しい知識を習得するのが「学習」の基本。
④生徒の誰もが落ちこぼれないように、誰もが同じ到達点に至るのが「学習」の目標。
 
◆「能動的に聞く」とは、話された内容、自らのこれまでの知の体系の中に位置づけることであり、位置づけるためには、聞きつつ常に自分の知の体系を確認し、照合する作業を伴うはずである。外部からインプットされてくる内容と既存の自らの知識の箱との間に軋轢が生じるのは当然であり、その軋轢こそが質問を流す力になる筈なのだ。P29
・・・永田氏の「能動的に聞く」の主張を受けて、能動的に読んでみたいと思う。
「面白い。よく分かる。必読書だ」といったワンフレーズでは、読んだことにならない。(続く)
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