November 30, 2024
November 28, 2024
3・4年生は漢字習得で苦労します!
「覚える努力」が必要な漢字の習得
理科や社会と違って、漢字テストはちゃんと覚えてこないと結果が出ません。
2年生の漢字ぐらいなら一度で覚えられますが、3・4年生の漢字になると何度も繰り返しさないとテストでいい結果が出ません。
何も準備しなくてもテストで高得点がとれる理科や社会は楽しいだろうし、覚えないと点数が取れない漢字は嫌いだと感じている子が多いと思います。しかし、高学年以降、理科や社会も、ちゃんと覚えないと点数がとれなくなります。
「覚える」ことの楽しさと、自分なりの「覚えるコツ」を実感させて、高学年に進級させたいです。
2年生の九九、3年生からの漢字、ローマ字、4年生の都道府県などは、とにかく覚えるしかありません。
競争やゲームの要素を加え、楽しく覚えさせましょう。
1 漢字の難しさ(苦手が克服できない子)の理由
(1)習う字が多いこと
特に3・4年生は1年間で200文字を学習する。
(2)画数が多く、形が複雑な漢字があること。
小学校で20画の漢字もある。
(3)複数の読み方の漢字や同音異字があること
文脈から判断しないと正解できない。
2 漢字の誤り=漢字の混同の3要素・・・習う漢字が増えるほど混同しやすくなる。
(1)同じ音の漢字(同音異字)と混同する子。
「意味」の習得が不十分な場合、「黒板→国板」「多い→大い」のような間違いを起こす。
「対象・対照・対称・大賞・大正・大将」などの区別は高校入試レベル。
※対策は、部首の意味や漢字の意味を意識させること。
(2)似た意味の漢字と混同する子(「音」の習得が不十分)
「ふゆ→雪」「にく→牛」「先生→生先」のように間違える。
「黄」と「横」と「緑」が混ざって、緑を「きへん」にしてしまう子もいる。
読み仮名から漢字が思い出しにくい子や、まとめのテストで点がとれない子に多い。
※対策①・・・漢字の練習時には読みを唱えさせる。
※対策②・・・文章中の漢字や熟語を読む練習をしっかりさせる。
※対策③・・・意味のつながりで漢字を覚える、漢字の「仲間集め」をさせる。
(3)漢字の形を混同する子(「形」の習得が不十分)
季節の「季」と委員会の「委」は高校入試レベル。「半」と「平」など、大人にとっては苦労しない漢字でも間違えることがある。
次のような間違いのパターンがある。
①形の似た漢字との誤り
・・「教える」→「考える・数える」、「親友」→「新友」
②部分的な形の誤り
・・線が1本足りない、点の数が多い、線が突き出ているなど
③全体的な誤り
・・部首の一部が別の字など
④部首の配置の誤り
・・へんとつくりが逆・部首の位置が違うなど
※対策① 漢字は丸暗記でなく、語源を意識させるとよい。
※対策② 漢字は丸暗記でなく、部首やパーツを意識させるとよい。
※対策② 少ない練習回数でも、部首の意味を考え、部首の名前を唱え、漢字の読み方も言いながら練習すると漢字が覚えやすい。
漢字の部首やパーツを意識させると、一画ずつ覚えるよりもまとまりで覚えられるし、漢字を
覚える手がかりも増える。たとえば16画の「親」の字も、「立つ」「木」「見る」の3パーツで覚えれば習得しやすい。
漢字ゲームやパズルは、「形」に関連したものが多いので、積極的に遊ばせると良い
(4)習得した時期が重なるために混同する子
「漢字の窓」のような単元では一度に多くの新出漢字がある。しかも、普段使わない抽象的な漢字や熟語、部首や意味の似た漢字がまとめて出てくる。
また、ドリルの同じページにある漢字は、学習時期が重なるので、混同しやすい。
(5)「送りがな」を間違える子。
やっと漢字を覚えても、送り仮名でミスをする場合がある。送り仮名には一定のパターンがあるので、そのパターンと、その例外となる一部の漢字をピックアップする。
(6)機械的に練習している子
漢字を書きながら別のことを考えたり、偏だけを先に書いたりすると、いくら時間をかけて練習していても漢字を覚えられない。意味のある練習になるよう声かけすると同時に、十回練習させるなどの無意味な反復練習を避ける。
(7)漢字を使いたがらない子
自分の氏名をひらがなで書く子、板書の漢字をひらがなに直してノートに書き写す子など、日ごろから漢字を使いたがらない子の苦手意識に共感しつつ、できるだけ使うように声かけする。
ノートに書くのが苦手な子は、失敗が苦にならない指書きを多くさせると、練習量が増えて、定着しやすい。
機械的なマル付けやテスト返却に終わらず、誤答分析をして、子供が間違える理由や間違いやすい漢字をしっかりチェックしてほしいです。
◆声を出して空書きをさせたり、漢字を使った身近な語句を紹介したりする。
◆テストをする前に、間違えやすい漢字をリストアップして共有する。
◆テストの後は、漢字ドリルを出して自己採点をさせる。
◆日ごろから意図的に漢字を使い、子どもにもできる範囲で漢字を使わせる。
大人になってからハングル文字を覚えろと言われても困難なのと同じです。できない子どもを叱っても仕方ありません。
November 27, 2024
情報活用のステップ
出来事を整理する基本型
4年社会科の教科書(愛知県版)で、名古屋港の単元を簡単にまとめていた。
自分なりに何度かメモ書きしてみて、こんな感じで「基本構造」になるかなと思った。
いつ、だれが 何をした ← 何のために
→ どうなった
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①明治のはじめ
県が 熱田港の整備計画を考えた。
←大型船が入れないから
→お金がかかるので反対が多い
②1897年
黒田豊太郎が しゅんせつ工事を行った。
←費用が安くできたから
→港の水深を深くした
③1906年
奥田助七郎が 「ろぜつた丸」を入港させた。
←反対が増えたから
→賛成が増えた
④1907年
名古屋港開港した。 →日本を代表する国際貿易港になった。
⑤2021年
名古屋港が、総貨物量20年連続日本一になった。
=====================
4つの出来事を「いつ・誰が・何をした・なぜ・どうなった」の項目でまとめる作業だけでも、下位の子には負荷が大きい。
教科書3ページ分を自分で読み取り、必要な記述をピックアップし、要約しないといけない。
それを、自分でゼロからスライドにまとめるのは難しい。
だから、シンキングツール。
フォーマットを指定して、その枠にはめていけば、下位の子にとっては難易度が下がる。
希望制にして、ノーヒントでやりたい子と、教師が例示したシンキングツールでやりたい子を分ければよい。
むろん、昔からあるマトリックス型の枠でも記入できる。
表にすれば全場面を一枚に収められるが、あえて場面ごとのスライドにしてみた。
スライドを作りながら、「図読法」と同じだなと感じた。
このパターンだと、感想メモが書けるし、道徳の内容把握にも使える。
もともと社会科の出来事のまとめで使うためのフォーマットなので、時系列に出来事を整理するのに使える。
基本が5Wだから「どこで」を入れた方がよい場合もあると思う。
ただし、国語の授業の場合は、場面設定はここで終わりではない。さっさと内容(構造)を把握したら、こまかな仕掛けや布石、人物の心理などを読み解いていかねならない。
「探究型の授業」を支える指導技術
これを「返報性の原理」と呼びます。
「学びの意欲」を支えるもの
使ってみたくなる。試してみたくなる。
「探究型授業」を参観して自問自答
ほぼ生徒だけで取り組む探究型の授業
「ノート発言」から、「クラウド発言」へ
「つかみの15秒」は、熱中軸
他人のせいにしても仕方ない
自ら箸を取れ!
研修視察に行った後、勤務校の校長にお礼を言った。
そして話題が、教師の自己研鑽にうつっていった。
春日井市の先進校への研修視察を促しても、なかなか進まない。
わざわざ用意しても「その日はどうのこうの」「自習を組むのがどうのこうの」と遠慮する教員が多い。
せっかく文科省等の研究動画もあるが、これも視聴実績が悪い。
各校で紹介する研修資料、研修動画もなかなか活用されていない。
それでいて、「学校は、やってくれない」「もっと研修してほしい」という要求は多いのだという。
今だけのことを考えて楽をしていたら、あとで困るのは自分。
タブレット活用をためらっていれば、いつまでもタブレットを教えられない。
自校の研修で満足していたら、転勤後の学校で苦労するかもしれない。
他人のせいにしても仕方ない。
「~してくれない」ばかり口にする人は、いつまでも責任を他人に押し付けるが、最後は自己責任。
勤務校の研修体制や管理職に文句を言っても仕方ない。
自分の人生は自分で決めなきゃあ。
渋沢栄一は「自ら箸を取れ」と書いている。
================
このように世の中はお膳立てをして待っているのだから、これを食べるか食べないかは、箸を持つ人しだいです。 ごちそうを並べた上に、口に運んでやるほど、先輩たちや世の中はヒマではないのです。
あの木下藤吉郎は、低い身分から出世して、「関白」という大きなごちそうを食べた。けれども、彼は信長に口に運んでもらったわけではありません。自分で箸をとって食べたのです。
https://www.chichi.co.jp/web/20181029rongotosoroban/
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◆研修のメニューを用意した上に、口に出して運んでやるほど、世の中はヒマではないのだ。
と言いたいところだが、そこまでストレートに言うと「パワハラ」と言われかねないので、管理職は「叱咤激励」しない。
上司がビシビシ言わない時代だからこそ、自分の将来は自分で守るしかないのだ。
https://eiichi.shibusawa.or.jp/features/rongotosoroban/chapter2-5.html
November 26, 2024
「探究学習」は、まさに量質変化!
だから汎用的な学力をつけさせている。
「詰め込むだけの勉強では学問が嫌いになる」
好奇心が失われれば、何かを知ることの喜びもありません。
それがない勉強など、する意味があるのでしょうか?
その気持ちを感じさせてあげられないとしたら、詰め込み教育は、間違っているのではないでしょうか。
教科書の問題数では足らない!
November 18, 2024
「ストーリー読み」と「描写読み」
比喩の力がイメージを膨らませる
「小説の読み方」(PHP新書)平野啓一郎2009年第一版
November 13, 2024
「子供主導」だからこそ教師の指導技術が問われる!
「チエルマガジン2024年秋冬号」 川崎市立南河原小学校の実践紹介の表題は
「知的好奇心」と「内発的動機づけ」 (3)
『教育トークライン』2019年1月号(東京教育研究所)で板倉弘幸氏が「知的好奇心」について触れている。
「知的好奇心」は、自分にとって、もはや普通名詞のようなものであったから
◆「知的好奇心」は波多野誼余夫氏・稲垣佳世子氏の両氏によって命名された
という板倉氏の指摘は全くの驚きであった。
そういう経緯も知らず、当然のように「知的好奇心の喚起」などと口にしてきた。
「モチベーション」関連の書籍には「内発的動機付け」は出てくるが、「知的好奇心」との異同がよく分からなかった。
「内発的動機付けのことを、若い研究者は知的好奇心と呼んだ」のだとあって、納得というよりも唖然としてしまった。
「お金がもらえるからやる」「合格できるならなる」「出世するからやる」
という理由は、「外からのモチベーション(外発的動機付け)」。
「自分が好きでやる」「やりたいからやる」
というのは「内からのモチベーション(内発的動機付け)」。
「モチベーション3.0 」 (講談社+α文庫)の著者であるダニエル・ピンクは、内的な動機付けによるアプロ―チについて、次の4つの項目を提示している。
①because they matter. 重要だからやる
②because we like it. 好きだからやる
③because they're interesting. 面白いからやる
④because they are part of something important. 何か重要なことの一部を担っているからやる
この「内的な動機付けによるアプロ―チ」=「知的好奇心」となるわけだ。
板倉氏の論稿の中に、向山洋一氏の「知的好奇心」に関する記述もあった。
◆「知的好奇心は、今まで何気なく見過ごしてきたことに対する違和感から生じる」
有田和正氏の「はてな帳」の発想に通じるし、
向山洋一氏がよく言われる「あれども見えず」に通じることがよく分かる。
「あれども見えず」を浮き彫りにする発問が、授業を知的好奇心の渦に巻き込む。
〇梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」(岩波新書)1969年初版
〇川喜多二郎氏の「発想法」(中公新書)1966年初版
〇木下是雄氏の「理科系の作文技術」(中公新書)1981年初版
なども、めちゃくちゃ古いが、もう1度読み直してみる価値がある。
November 08, 2024
『本当は大切だけど、誰も教えてくれない授業デザイン41のこと』
自分の発想プラス生成A!
かつてカメラが発明された時、写実的な絵画は衰退した。客観的な写実なら写真に任せてしまえば済むからだ。写真が普及すると写実を重視した絵画の価値は減り、需要の多かった肖像画は写真にとって変わられた。絵画の存在価値は「客観性」ではなくなった。その代表が印象派で、印象派の絵画は「主観性」を重視し、作者の世界観を優先した。
さて、今、生成AIが発明され、 客観的な事実を述べるニュース原稿なら生成AIに任せてしまえば済む時代になった。ニュースの存在価値は客観性ではなくなり、誰が言うか何を言うか、ライターの個性がニュースの価値を左右するようになった。
「主観性」の復権
~カメラと生成AIがもたらすメディア価値の変容〜
技術の進化が、芸術やメディアの価値観を揺さぶることは歴史上何度もありました。特に19世紀、カメラの発明による変革は、芸術の在り方を根底から見直させました。もともと現実を忠実に再現することが求められていた絵画は、写真が「客観的な写実性」を簡便に提供するようになると、価値を再定義する必要に迫られます。そして、主観的な視点や個性を重視する印象派が台頭し、絵画は新しい方向へと進化していきました。
同様の変化が、今、ニュースの分野でも起きようとしています。生成AIの登場により、ニュース記事を「客観的事実の羅列」として作成することは機械に任せられるようになりました。これによりニュースの価値が「事実の伝達」から「ライターの主観や視点」にシフトする兆しが見えています。ここでは、カメラの登場が写実的絵画にもたらした影響と、生成AIがニュースメディアに与えつつある影響を比較し、主観性の新たな価値を考察します。
1 写実的絵画の衰退と印象派の台頭
19世紀以前、絵画は現実の風景や人物を忠実に再現することを主な目的としていました。特に肖像画や風景画は、対象を緻密に描写し、絵の中で生きているかのように表現することが重要視されていました。これにより、絵画は「客観的な記録手段」としての役割も担っていたのです。しかし、1839年にカメラが発明されると、この「客観的記録」という役割は写真に譲られるようになります。写真は現実を瞬時に写し取ることができ、その精度は写実的な絵画をはるかに凌駕しました。写真の登場によって、写実的な絵画の需要は急速に低下し、特に肖像画の分野では写真が主流となっていきました。
これにより、絵画は「客観的な写実」の枠を超え、新しい価値を見出す必要に迫られました。そして登場したのが印象派です。印象派の画家たちは、もはや「見たものをそのまま描く」ことではなく、「感じたものを描く」ことに価値を見出しました。彼らは、光や色彩の微細な変化、一瞬の印象を捉え、画家自身の主観を絵に反映させることを重視しました。印象派の絵画では、現実の正確な再現ではなく、画家がその瞬間に抱いた感情や感覚が色彩や筆遣いに表れています。観る者は、ただ風景や人物の姿を見つめるのではなく、画家の感じた一瞬の世界に触れることができるのです。
このように、写真の発明がもたらした技術革新は、絵画の世界に「主観的な価値」を求める風潮を生み出しました。これにより、絵画はただの「客観的記録」から、画家個人の感覚や世界観を表現する手段として進化を遂げたのです。
2 生成AIの登場とニュースの客観性の揺らぎ
生成AIは、膨大なデータをもとにした記事生成を可能にし、特定のルールに従って多くのニュース原稿を効率的に生み出せるようになりました。この技術革新により、日々のニュースの多くはAIが客観的に書ける時代になりました。天気予報や株価の変動、交通情報、災害情報など、単純な事実に基づく情報伝達の領域では、もはやAIがほぼ完璧に対応できる状況が整いつつあります。生成AIは膨大なデータに即座にアクセスし、迅速かつ正確に情報を整理する能力があるため、速報性が重視される分野での利用価値が非常に高いのです。
このように生成AIが「事実の羅列」を効率的にこなす中で、ニュースの価値が「誰が伝えるか」「どのように伝えるか」に移行する兆しが見えています。ニュースにおける「客観性」の価値が薄れつつある中で、今後はライターの「主観性」や「個性」がより重視される時代が来るのかもしれません。読者は、単に事実だけを知るのではなく、ライターの視点や解釈を通じて、情報の背景や社会的文脈を理解することに価値を感じるようになるでしょう。
3 ライターの個性がニュースに与える新たな意味
生成AIがもたらすニュースメディアの変化の中で、ライターには新たな役割が求められています。それは、単に事実を淡々と述べるのではなく、その事実の意味や意義、さらにはその背後にある文脈を提示する役割です。これは、まさに印象派が写実から「主観」を価値に変えたアプローチと似ており、今後のニュースには、ライターが持つ視点や意見が重要な意味を持つようになるでしょう。
例えば、政治や社会問題に関する記事では、単に出来事を報じるだけでなく、ライターの価値観や立場、さらには社会的影響や未来への予測を盛り込むことが重要になるかもしれません。同じ出来事でも、ライターの視点によって読み手の受け取る印象は異なります。こうした主観的な情報が付加されることで、ニュースは単なる情報の伝達から、読者の理解を深め、共感や反応を促す媒体へと変化していくのです。
生成AIに任せられる部分が増える一方で、人間らしさを持った「語り手」としてのライターの存在が、ニュースメディアにおける重要な価値となるでしょう。ライターは、物事の背景や本質、そして多様な視点を読み手に提供することで、ニュースの中に「人間らしさ」を宿す役割を担うことができるのです。
4「客観性」から「主観性」へ――メディアの価値の進化
こうして見てみると、カメラの登場が芸術に「主観的な価値」を与えたように、生成AIの台頭がニュースに「主観性」の再評価を促しています。写真が絵画に写実以外の新たな表現価値を与えたように、生成AIの登場はニュースメディアに「個性」や「視点」という新たな価値を付加する要因となるでしょう。
つまり、AIによって「客観性」が担保される分、ニュースライターは「主観性」を軸に、自身の観点や価値観、個性を生かした記事を書くことが求められるのです。そうした記事は、単なる情報の羅列ではなく、読者に「考えるきっかけ」を与え、さらには個々人の視野を広げる役割を果たすことができるでしょう。
ニュースライターにとって、生成AIの進化は必ずしも脅威ではなく、新たな役割を生み出す契機と言えます。事実の伝達に重きを置かなくて良い分、ライターは自らの視点や意見をより自由に表現でき、読者と深い対話をすることができるのです。このようにして、ニュースは「主観的価値」を持つ新しいメディアへと変貌し、読者との共鳴を生む力強いツールとして進化していくでしょう。
5 終わりに
カメラが絵画に変革をもたらしたように、生成AIもニュースメディアに大きな変化をもたらしています。技術が進歩する中で、これまで「客観的」とされてきた価値の重要性が揺らぎ、今後は「主観性」が再評価される時代が来るかもしれません。
「客観性」の終焉と「主観性」の再評価
November 07, 2024
「知的好奇心」と「内発的動機づけ」(2)
「知的好奇心」と「内発的動機づけ」はどちらも、学びや行動の動機に関わる心理的要素ですが、共通点と相違点があります。
とChatGPTが瞬時に解説文を作成してくれました。
ありがたいというより、むしろ怖いです。
=========
共通点
1. **自己発生的な動機**
:どちらも「外的な報酬(例えば、金銭や賞賛)」よりも、自分の内部から湧き上がる関心や楽しさに基づく行動です。興味や意欲が内側から発生することで、持続的な努力や探求を生みやすくなります。
2. **学びの促進**
:知的好奇心も内発的動機づけも、学びや成長を促進する要因です。これらが高いと、学習者は困難や課題を乗り越えやすくなり、学びを深めやすくなります。
相違点
1. **定義と焦点の違い**
- **知的好奇心**は、新しい知識や発見への興味や関心です。「わからないことを知りたい」「理解を深めたい」という欲求が主なドライバーで、好奇心の対象は特に知識や情報に向かいます。
- **内発的動機づけ**は、何かをすること自体に価値や満足感を見出す心理状態です。興味や楽しさそのものが動機の源泉で、必ずしも知識や理解が中心とは限らず、趣味やスポーツなど、幅広い活動に適用されます。
2. **目的の違い**
- **知的好奇心**は、知識や理解を得ることが目的となることが多いです。好奇心が満たされることで知識が増えたり、新しい発見があったりすることに喜びを感じます。
- **内発的動機づけ**は、活動自体が楽しい・満足感が得られることが目的です。そのため、知識獲得以外の場面にも多く見られます。
3. **持続性の違い**
- **知的好奇心**は一時的な「問い」から生まれることが多く、ある疑問が解決されると満足してしまうことがあります。新たな疑問が湧き上がるまで一時的に低下することもあるでしょう。
- **内発的動機づけ**は、対象に対する継続的な興味や情熱を維持しやすいです。興味が持続する限り、何度も活動に取り組むことが期待されます。
まとめ
知的好奇心は「知識を得たい」という特定の欲求に関連し、内発的動機づけは「活動自体に価値を見出す」という広範な心理的要素です。両者は相互に関連し、知的好奇心が高いと内発的動機づけも高まりやすく、学びがより楽しく充実したものになりますが、それぞれの焦点や目的には違いがあります。
November 06, 2024
「知的好奇心」は、「内発動機づけ」のこと(1)
『知的好奇心』(波多野誼余夫・稲垣佳世子著 中公新書1973初版)
久しぶりに読んで「探究」との関連を考えた。
自由な探索の過程で自分の能力に合わせて挑戦することが興味を維持し学習効果を高める。
その一例として「磁石」の学習場面が挙げられている(P104~107)。
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たとえば、磁石を使って、どういう物がすいつき、どういう物がすいつかないかを子どもに知らせる場面を考えてみよう。このとき、どういう性質の物が磁石につきやすいかがよくわからないうちに砂鉄や石(磁鉄鉱)を出して、「さあ、おもしろいですよ。これもすいつきますよ」といった導き方はあまり好ましくない。子どもにとっては、そのおもしろさがわかりにくい。彼のそのときに持つ「知識」に挑戦する対象として砂鉄が示されたのではないからだ。
このようなときには、まず最初のうちは、子どもに自由に磁石をいじらせる。彼は自分のまわりの物に対して手あたり次第磁石をつけてためしてみようとするだろう。多くの場合、磁石にすいつくか否かに関して典型的な事物が試されるだろう。そうしているうち、木製の物はすいつかない、つくのは金っ気のあるもの、ピカピカ光る物らしい、という予想が形づくられるだろう。
しばらくいろいろためしていて興味がやや低下したとみられるところで、彼らの予想に「挑戦する」事物を与えてみるのである。
たとえば、メッキされたアルミニウム製の物と、メッキされた鉄製の物を準備したり、磁鉄鉱や砂鉄を用意したりする。あるいは、棒磁石、大小のU字型磁石、電磁石などを用意するのである。
みかけはピカピカに光っていても、磁石につく物もあれば、つかない物もある。石や砂など磁石につくものか、と思っていたらすいついた。これらは、子どもを驚かせ、さらに探究することを動機づけるだろう。また磁石を近づければ、近づけるほどそれからはなれようとすることがある。スイッチを押すと磁石のようになるが、スイッチをはなすとそうでなくなる物がある・・・。これらはさらに事物のいろいろな側面を綿密に探索することを動機づけるかもしれない。」
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(1)自由試行させる(飽きるまでの体験させる)。
(2)予想させ、自我関与させる。
(3)固定概念を崩すような難しい課題に挑戦させる。
などのポイントが読み取れる。
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◆磁石は、他の物にくらべ、環境の「応答性」を増幅する。子どもの反応に応じて、つまり、子どもが磁石を事物に近づけるのにしたがって、事物がすいついたり、すいつかなかったり、はっきり「応答」してくれるからだ。(P107)
◆子どもの疑問に、はじめからていねいに答えすぎない、ということだ。もちろん、子どもの疑問を無視したり、適当に答えてその場をやりすごしてしまうことは好ましくない。しかし、あまりに完全な答えを与えすぎるのも問題だ。むしろなるべくヒントを与えるなどして、まず子ども自身に自分で考えさせようとすることが大切である。(P108)
◆自由な雰囲気の中で、子ども同士の積極的な相互交渉を奨励することも大切である。(P108)
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などの記述を元にすると、以下のポイントも読み取れる。
(4)「応答性」のよさを心掛ける。
(5)教えすぎない。
(6)子ども相互の関わり合い(集合知)を活かす。
そして、「教える側の役割」について述べた次の指摘は耳に痛い。
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◆子どもの遊びや学習上の困難の解決に援助を与える、あるいは、たえず気を配って、子どもが次の活動のために必要としているらしいものを周到に準備しておく、集団での話合いの司会をする、これらが彼らの役目である。
この場合、指導するおとな自身が知的好奇心の強い存在になることが必要だ。子どもにいくら新しい物に積極的に取り組むことをすすめても、その当人が、未知の場面、不慣れな場面を避けてばかりいては困る。おとなのそうした態度は、いつのまにか子どもに伝わってしまうからだ。(P109/110)。
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・・・知的好奇心のない者には知的好奇心の旺盛な子どもは育てられないということだが分かる。教師の影響は大きい。
November 05, 2024
最初から「フェイデイング」では、学力保障できない。
「探求的な学び」について、あれこれ
「探究的な学習」とは?
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-1e0be7.html
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-7fb98d.html
高橋純先生のお話(課題の質)
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/07/post-cf74f6.html
「探究」を支えるのは「やる気」
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-021e5b.html
「情報収集」には「ワクワク感」が欲しい。
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/07/post-6bead3.html
「振り返り」の質を高めないと
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/07/post-6ab08b.html
「探究型」は、趣意を説明してやり方は任せる。
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/11/post-fe2484.html
一人一人が問題(課題)を発見することが大切
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/11/post-095277.html
「自ら問いを立てる」ことが大切
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/11/post-02dfd3.html
「情報の収集に時間をかけすぎると、それだけで『学んだ気』になってしまいがち。
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/11/post-48a3d4.html
コピーペーストだけでは「探究」とは言えない。
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/11/post-97aea2.html
「探究」も「国語の読み取り」も自分をくぐたせたアウトプットをさせる
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-606099.html
「教えすぎ」は、「学び」にならない
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-0fefc8.html
「教えないで考えさせる授業」ではいけない!
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-7ec179.html
「教えて考えさせる」でないと、指導にならない!
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-a91446.html
「発表的会話」ではなく「探索的会話」は、話し合い」の質が大切。
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/07/post-4e1734.html
「板書」に頼る授業からの脱却
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/07/post-2a8117.html
NHK for schoolを活用した探究活動
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/06/post-f5c68b.html
教師は自分が「探究」しているか?
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-2a1e97.html
「任せる」と「丸投げ」は違う
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/06/post-a27839.html
手離すタイミング
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/07/post-78bed6.html
令和の日本型教育1・2・3 (後戻りできない端末活用のフェーズ2)
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-51a6d2.html
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-1dcda6.html
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/10/post-7dd37a.html
PDF資料 「探究的な学習」黒上晴夫 ベネッセVIEW21 2016年Vol2
https://view-next.benesse.jp/view_section/bkn-board/article04222/
PDF資料
今、求められる力を高める総合的な学習の時間の展開(高等学校編) 第1編第2章-1 (mext.go.jp)
November 04, 2024
「検索してコピペ」は、情報活用能力ではない。
情報は、自分と関わらせるから価値がある。
November 03, 2024
「防衛的悲観主義」のススメ
「勉強する気はなぜ起こらないのか」外山美樹(ちくまプリマー新書)⑤
ポジテイブが正しくて、ネガテイブが誤りとは限りない。
心配性には心配性のメリットがある。
この本を読んで、自分はまさに「防衛的悲観主義」のタイプだなと思った。
◆用意周到な準備ができた防衛的悲観主義の人は文字通り「何が起きても大丈夫」という自信のもとで積極的な態度で本番を迎えることができます。P145
不安を列挙し全部クリアさせることで安心するタイプ。
最悪の事態を想定し、最善を尽くすことで不安な自分をコントロールするタイプ。
このタイプの人が、無理に楽観的に考えるとうまくいかない。不安なのに無理にポジティブに考えようとすると裏目に出るのだ。
かつて自動車教習所で「だろう運転」はなく「かもしれない運転」をしろと教わった。
警察のスタンスは、「いつも最悪を想定して慎重に行動しましょう」だ。「備えあれば憂いなし」なのだから。
最悪が起こると思っておけば、ショックを和らげることもできる。楠木建氏の「絶対悲観主義」〜大丈夫、どうせうまくいかないから〜のスタンスは、それはそれで潔い。
ただし楽観主義者に悪い出来事を想像させるとパフォーマンスが下がると言う。
心配性も度を越すと「杞憂」になり、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということになる。
少なくとも、やる気を高める原動力はそれぞれのタイプによって異なるのだということは理解し、相手のタイプを尊重したい。
人生経験の長いおじさんからすれば、若い世代のポジティブな行動は無謀にも思えるが、だからと言って彼らの行動を全て否定したり規制するのは「大きなお世話」なのだ。
外山美樹氏の論文が検索できた。
◆認知的方略の違いがテスト対処方略と学業成績の関係に及ぼす影響1 -防衛的悲観主義と方略的楽観主義-
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjep1953/53/2/53_220/_pdf/-char/ja
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