「客観性」の終焉と「主観性」の再評価
〜カメラとAIがもたらしたメディアの変容〜
人類の技術革新が社会や文化の在り方に大きな変革をもたらすことは、歴史上何度も見られた。特に芸術やメディアの分野では、写真の発明がもたらした「写実」への革命がその代表例である。カメラという新しい表現手段の登場は、単なる技術革新にとどまらず、芸術やメディアの根本的な価値観や意義を揺さぶるほどのインパクトを持っていた。そして今、生成AIがニュースの分野に影響を与え始めている。写真が絵画にもたらした変化と同様に、生成AIの登場がニュースに求められる価値の在り方を再定義しようとしているのだ。
1 カメラの発明と写実的絵画の価値変容
19世紀、カメラが発明されると、写実的な絵画が持つ意味は大きく変わった。もともと絵画は、現実の風景や人物を忠実に再現することで「客観性」を追求していた。しかし、写真というテクノロジーが誕生すると、写実性という絵画の特長が新しい技術に取って代わられるようになった。写真が持つ「ありのまま」を捉える力は圧倒的であり、当時の画家たちが筆で緻密に再現しようとする風景や肖像を、短時間で正確に写し取れるようになった。肖像画の分野でも同様に、写真がすぐに広まり、多くの人々が記念として残したいと思う姿は、写真で記録されることが一般化した。こうして写実性に重きを置いた絵画の価値は、徐々に薄れていくことになった。
写実絵画が衰退していくなかで、画家たちは新しい価値の探求を余儀なくされた。写真が客観的な記録を担う一方で、絵画は「主観性」による新たな表現の道を模索し始める。こうして登場したのが印象派である。印象派の画家たちは、もはや「見たままをそのまま描く」ことには価値がないと捉え、個人の感情や一瞬の光、色彩の移ろいといった「主観的な印象」を絵画に込めることに力を注いだ。彼らにとって、描くことはただの再現ではなく、画家自身の「感じたまま」を表現する行為となった。観る者は、ただの風景や肖像を見るだけではなく、画家がその瞬間に抱いた感情や視点、さらには色彩や構図の奥にある個性や感覚までも感じ取ることができるようになったのである。
2 生成AIの登場とニュースの「客観性」再考
このようにして芸術の価値が「主観」に移行していった歴史を考えると、現代のニュースメディアにも同様の変化が起こっているのが見えてくる。現在、生成AIが登場し、ニュース記事を「自動生成」できるようになった。AIの進化により、膨大なデータや情報を即座に分析し、客観的な事実やデータをもとにした記事を迅速に生成することが可能になった。その結果、ニュースの世界でも単に「客観的事実を伝える」という価値が薄れ始めている。
生成AIは、正確で即時性のある情報を届ける能力が高く、人手を介さずに信頼性のあるニュースを大量に生成できる。そのため、例えば天気予報や株価、スポーツのスコア、事故情報といった、いわゆる「速報」的なニュースには、AIが最適化されているとも言える。こうした分野では、人間の手を借りずとも、AIがほぼ完璧に情報を提供することが可能であり、事実そのものを客観的に伝えるだけのニュースは、生成AIに任せればよい時代が到来している。
では、生成AIが得意とする客観的な事実報道が浸透する中で、ニュースにおける「人間らしさ」や「主観性」はどこに価値を見出せるのだろうか。ここで浮かび上がるのが、「誰が」「どのように」伝えるのかという視点だ。これからのニュースの存在価値は、「客観的な事実そのもの」ではなく、「誰がその事実をどのような視点で伝えるか」という主観的な価値にシフトしていくと考えられる。
3 「ライターの個性」こそがニュースの新たな価値
生成AIが浸透する時代において、ニュースライターには新たな役割が求められている。それは、単なる事実の伝達者ではなく、「事実にどういう意味があるのか」を読み手に伝える「語り手」としての役割だ。例えば、あるニュースに対して、事実だけを淡々と述べるのではなく、その背景や影響を掘り下げ、読者が理解するうえでの文脈を提示する。さらには、ニュースライター自身がどのような視点や意見を持っているかを示すことで、ニュースがより深みを持ち、読者にとっての意義を感じられるようになる。
このようなニュースの在り方は、かつて印象派が「主観」を価値に変えたことと似ている。画家が一瞬の光や色彩の印象を通して自分の感覚を表現したように、ライターもまた事実を超えて、独自の観点や価値観を通して「伝える」ことが求められる。これにより、ニュースは単なる情報の羅列ではなく、読者に「何か」を感じさせるもの、さらには思考を促すきっかけとなりうる。
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