「主観性」の復権
~カメラと生成AIがもたらすメディア価値の変容〜
技術の進化が、芸術やメディアの価値観を揺さぶることは歴史上何度もありました。特に19世紀、カメラの発明による変革は、芸術の在り方を根底から見直させました。もともと現実を忠実に再現することが求められていた絵画は、写真が「客観的な写実性」を簡便に提供するようになると、価値を再定義する必要に迫られます。そして、主観的な視点や個性を重視する印象派が台頭し、絵画は新しい方向へと進化していきました。
同様の変化が、今、ニュースの分野でも起きようとしています。生成AIの登場により、ニュース記事を「客観的事実の羅列」として作成することは機械に任せられるようになりました。これによりニュースの価値が「事実の伝達」から「ライターの主観や視点」にシフトする兆しが見えています。ここでは、カメラの登場が写実的絵画にもたらした影響と、生成AIがニュースメディアに与えつつある影響を比較し、主観性の新たな価値を考察します。
1 写実的絵画の衰退と印象派の台頭
19世紀以前、絵画は現実の風景や人物を忠実に再現することを主な目的としていました。特に肖像画や風景画は、対象を緻密に描写し、絵の中で生きているかのように表現することが重要視されていました。これにより、絵画は「客観的な記録手段」としての役割も担っていたのです。しかし、1839年にカメラが発明されると、この「客観的記録」という役割は写真に譲られるようになります。写真は現実を瞬時に写し取ることができ、その精度は写実的な絵画をはるかに凌駕しました。写真の登場によって、写実的な絵画の需要は急速に低下し、特に肖像画の分野では写真が主流となっていきました。
これにより、絵画は「客観的な写実」の枠を超え、新しい価値を見出す必要に迫られました。そして登場したのが印象派です。印象派の画家たちは、もはや「見たものをそのまま描く」ことではなく、「感じたものを描く」ことに価値を見出しました。彼らは、光や色彩の微細な変化、一瞬の印象を捉え、画家自身の主観を絵に反映させることを重視しました。印象派の絵画では、現実の正確な再現ではなく、画家がその瞬間に抱いた感情や感覚が色彩や筆遣いに表れています。観る者は、ただ風景や人物の姿を見つめるのではなく、画家の感じた一瞬の世界に触れることができるのです。
このように、写真の発明がもたらした技術革新は、絵画の世界に「主観的な価値」を求める風潮を生み出しました。これにより、絵画はただの「客観的記録」から、画家個人の感覚や世界観を表現する手段として進化を遂げたのです。
2 生成AIの登場とニュースの客観性の揺らぎ
生成AIは、膨大なデータをもとにした記事生成を可能にし、特定のルールに従って多くのニュース原稿を効率的に生み出せるようになりました。この技術革新により、日々のニュースの多くはAIが客観的に書ける時代になりました。天気予報や株価の変動、交通情報、災害情報など、単純な事実に基づく情報伝達の領域では、もはやAIがほぼ完璧に対応できる状況が整いつつあります。生成AIは膨大なデータに即座にアクセスし、迅速かつ正確に情報を整理する能力があるため、速報性が重視される分野での利用価値が非常に高いのです。
このように生成AIが「事実の羅列」を効率的にこなす中で、ニュースの価値が「誰が伝えるか」「どのように伝えるか」に移行する兆しが見えています。ニュースにおける「客観性」の価値が薄れつつある中で、今後はライターの「主観性」や「個性」がより重視される時代が来るのかもしれません。読者は、単に事実だけを知るのではなく、ライターの視点や解釈を通じて、情報の背景や社会的文脈を理解することに価値を感じるようになるでしょう。
3 ライターの個性がニュースに与える新たな意味
生成AIがもたらすニュースメディアの変化の中で、ライターには新たな役割が求められています。それは、単に事実を淡々と述べるのではなく、その事実の意味や意義、さらにはその背後にある文脈を提示する役割です。これは、まさに印象派が写実から「主観」を価値に変えたアプローチと似ており、今後のニュースには、ライターが持つ視点や意見が重要な意味を持つようになるでしょう。
例えば、政治や社会問題に関する記事では、単に出来事を報じるだけでなく、ライターの価値観や立場、さらには社会的影響や未来への予測を盛り込むことが重要になるかもしれません。同じ出来事でも、ライターの視点によって読み手の受け取る印象は異なります。こうした主観的な情報が付加されることで、ニュースは単なる情報の伝達から、読者の理解を深め、共感や反応を促す媒体へと変化していくのです。
生成AIに任せられる部分が増える一方で、人間らしさを持った「語り手」としてのライターの存在が、ニュースメディアにおける重要な価値となるでしょう。ライターは、物事の背景や本質、そして多様な視点を読み手に提供することで、ニュースの中に「人間らしさ」を宿す役割を担うことができるのです。
4「客観性」から「主観性」へ――メディアの価値の進化
こうして見てみると、カメラの登場が芸術に「主観的な価値」を与えたように、生成AIの台頭がニュースに「主観性」の再評価を促しています。写真が絵画に写実以外の新たな表現価値を与えたように、生成AIの登場はニュースメディアに「個性」や「視点」という新たな価値を付加する要因となるでしょう。
つまり、AIによって「客観性」が担保される分、ニュースライターは「主観性」を軸に、自身の観点や価値観、個性を生かした記事を書くことが求められるのです。そうした記事は、単なる情報の羅列ではなく、読者に「考えるきっかけ」を与え、さらには個々人の視野を広げる役割を果たすことができるでしょう。
ニュースライターにとって、生成AIの進化は必ずしも脅威ではなく、新たな役割を生み出す契機と言えます。事実の伝達に重きを置かなくて良い分、ライターは自らの視点や意見をより自由に表現でき、読者と深い対話をすることができるのです。このようにして、ニュースは「主観的価値」を持つ新しいメディアへと変貌し、読者との共鳴を生む力強いツールとして進化していくでしょう。
5 終わりに
カメラが絵画に変革をもたらしたように、生成AIもニュースメディアに大きな変化をもたらしています。技術が進歩する中で、これまで「客観的」とされてきた価値の重要性が揺らぎ、今後は「主観性」が再評価される時代が来るかもしれません。
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