« April 2025 | Main | June 2025 »

May 28, 2025

6月は成長を自覚させる

6月は成長を自覚させる

先のダイアリーで、「1学期は当たり前をほめる・2学期は成長をほめる・3学期は未来(これからが楽しみだ)をほめる」という言葉を紹介した。

これは1年のスパンだが

4・5月は「当たり前」をほめる。

5・6月は「成長」をほめる。

7月は「未来」をほめる。

でもかまわない。まさに「教える」から「任せる」のステップだ。

 ある学級では、教室背面に4月の自己紹介カードが掲示してあった。

 いまだに4月のままかあ~

 でも、ここまで放置してあったなら、それもビッグチャンスだ。

 4月から2か月経過したこの時期に、同じフォーマットで書かせてみるとよい。

 同じカードでを繰り返し書かせると、同じレベルで意識がとどまっているかどうかが分かる。

 「6月第一週で気持ちを切り替える作戦を練りましょう」

 したがって、今週が「カギ」になります。

| | Comments (0)

凡事徹底 ・・1学期は「当たり前をほめる」

 ある先生(2年担任)は、口癖のように「すばらしい」を連発する。

 できない子を注意するのではなく、できている子をほめて、クラスをまとめていくスタンスは、「すばらしい」

 ただし、「褒め言葉」は使いすぎると安っぽくなると言われている。

 川上康則氏は「褒め言葉はインフレを起こす」と表現していた。

 4月に「すばらしい」と褒めたことも、いずれ「当たり前」になってほしい。いつまでも同じレベルではほめないのだと宣言することも大事だと思う。

 ところで 「褒め言葉 インフレ」で検索していたら、別の資料がヒットした。

 これはこれで参考になるとてもいいことが書いてあった。

===================

一学期:「当たり前」をほめる

→ 係や当番、授業の態度など、基本的な習慣を評価する

「当番の仕事、しっかりやっているね!」 「授業中の姿勢がいいね!」

まずは基本的な行動ができることを認め、習慣化させる。

二学期:「変化」をほめる

→ 一学期からの成長や、新しい挑戦を評価する

・「前より発表する回数が増えたね!」・「字が丁寧になったね!」

「変化を実感させる」ことで、さらなる成長につなげる。

三学期:「未来」をほめる

→ 次の学年や、新たな挑戦に向けた意識を育てる

・「もう○年生の顔つきになってきたね!」・「この努力を続けたら、中学でも活躍できるよ!」

「次に進む準備ができている」ことを実感させ、前向きな気持ちを引き出す。

「同じほめ方」では、子どもは成長しない

・いつも「すごいね!」と言うだけでは、努力を軽視するようになる・変化や過程をほめることで、子どもはさらに努力する・時期に応じたほめ方をすることで、段階的に成長できる

ほめることは、単なる「気持ちの問題」ではありません。適切なほめ方をすることが、子どもの成長を大きく左右する のです。

「ほめ言葉のインフレ」を防ぎ、
本当に意味のある言葉を、必要なタイミングで伝えていきたいですね。

https://note.com/kyouin_note/n/nf827e3639a80

===============

 1学期は「当たり前」をほめる

 2学期は「成長」をほめる

 3学期は「未来」をほめる

・・・使わせていただきます!

| | Comments (0)

「凡事徹底」で学級を再点検する

 春日井市内では多くの学校で、「凡事徹底」の言葉が指導される。

 特別なことができなくてもいいから、まずは「当たり前のことが当たり前にできる」クラスでありたいが、「当たり前が一番難しい」とも言われる。

 当たり前の行動は誰もほめてくれないので、楽をしたい自分との戦いになる。「凡事徹底」には「地味な基礎基本の反復」の意味も含まれるので嫌がる子どもがたくさんいるのだ。

 指導者側も

「これくらい当たり前だから、言わなくてもできるだろう」

「言わなくても自分で気づいて欲しい」

と思い、ついつい最初から子どもに任せてしまいがちだ。

 しかし「当たり前=常識」こそ年度当初にきちんと教え、丁寧に手放すタイミングを図る必要がある。「当たり前」は、頻繁にズレを起こす。

 道徳の授業などを含め、自分たちにとっての「当たり前」を共通理解しないとトラブルにもなる。

 また、「それって当たり前だよね」で押し切る強さがないと、子どもに言い負かされてしまう。

 かつてある中学校の学年目標が

「合言葉はABC=アタリマエのことをバカにしないでチャンとやろう」

だった。

 「凡事徹底」を子どもたちが意識しやすい言葉に置き換えることも、担任の腕の見せ所である。

| | Comments (0)

「親友」より重要な「教師」の役割

言いにくいことを言うのは難しいけれど・・

4年道徳 「絵葉書と切手」

 料金不足の絵葉書を送った友達に、そのことを伝えるかどうかで迷う主人公だが、最後は意を決して「言う」を選んだ。

========

A:ちゃんと言う。また同じことをしたら本人のためにならないから

B:言いたくないな。せっかく絵葉書を送ってくれたんだから。

(普通はがきが63円で、定形外はがきは200円)それぐらいのお金ならいいか。

========

 「やさしい・助け合う・楽しく遊ぶ・信頼できる・話しかけてくれる」という「友だち」の従来のイメージに「言いにくいことでも相手のためにちゃんと忠告するのが本当の友達」という新たなイメージをインプットする授業と言えるだろうか。

 さて・・・

 親友でさえ、言いにくいことでも本人のためにきちんと伝えるのだ。

 本人の向上を使命とする教師は、当然、親友以上に「言いにくいことでも本人のためにきちんと伝える」責任がある。

 子どもには、そう宣言すればいい。むろん本人を傷つけない言い方の工夫は必要だが、きちんと伝えないのは本人のためにならないのだから。

| | Comments (0)

May 27, 2025

教師の目標設定が重要!

音楽の授業を参観した。

「元気よく」「体を揺らし振り付けを加えて」子供たちが楽しく歌っていた。

 叱ったり注意したりせずに全員が「振り付けをしながら元気よく歌える」ことを目指したい。

①先生が率先して楽しく振りをつけて歌う。

②起立させる。

③グループ競争も加える。

④上手な子をほめる(評価する)。

などの工夫で多くの子が目標を達成していた。
 一方、最後まで、歌わない子・振り付けをしない子がいたが、十分な取り組みができていなかった数人の子はどうすればよいのだろうか。 

 これは「振り付けをしながら元気よく歌える」をS目標として出来ても出来ていなくても仕方ないととらえるか、B目標だから全員達成しないといけないのか、先生の目標設定に関わってくる。

 当然苦手意識をもつ子もいるので、「振り付けをしながら元気よく歌える」子をしっかり評価して学級全体の雰囲気をそっちに引っ張っていけばよい。

 最終的には「みんな上手だね」で終わらせず、「今から一人ずつチェックするよ」「今日は実技のテストをするよ」と宣言して個別評定していけばよいと思う。
 体育の授業でもよく使われるように、毎回の音楽の授業で振り返りを書かせたり自己評価させたりするカードを用意する方法も取り入れるとよいかも。

| | Comments (0)

May 26, 2025

4年割り算の筆算

1学期は割る数が1桁。

2学期は割る数が2桁。

この差はとても大きい。

1学期の問題は、たとえば「246÷3=82」

3の段の九九で考えれば、いずれ答えにたどりつける。

一方、2学期の問題は、たとえば「246÷82」

とりあえず80の2倍、3倍と考えて仮商を立てるのだが、九九とは別次元の82×2、82×3を計算するのかと思うと、そりゃあ尻込みしてしまう(本当は簡単な計算なんだけど。

でも、この場合

「246÷3=82」の商を入れ替えたのが「246÷82=3」

もちろん、難しいんだけど、1学期の段階で

1学期は「246÷3=82」だったけど、2学期は入れ替えて「246÷82=3」のような問題をやるんだよ。

ちょっと難しいかもしれないけれど、大丈夫だよ

と予告しておいてもいいのではないかと思う。決して苦手意識を与えてはいけないが、期待させることは大事だ。

Img_8257 

| | Comments (0)

May 21, 2025

つまずきに対するダメなアプローチと望ましいアプローチ

小学館「教育技術」小一小二2020.9月号に、川上康則氏の論稿がある。参考文献は米澤好史氏の書籍だ。

全文というわけにもいかないので、一部省略して提示する。

失敗に陥りやすいアプローチ

◆叱る・追い詰める

・・もっと見てほしくてその行動が増える。あるいは自己評価が低下する。

◆他者が嫌な思いをした同じことをして分からせる

・・力の強いものが力ずくで分からせる「誤学習」になる

◆「いつか分かってくれるはず」

・・熱意や情は伝わらない

◆「もっと愛情を注いであげなきゃ」

・・愛情欲求がエスカレートする

◆「・・しちゃダメって言ったでしょ」

・・後手の対応

◆「約束したはずだよね」

・・約束では関係性は築けない

◆「どうしたいのか」を聞く

・・子供に主導権を委ねると悪化する

◆受容や傾聴

・・自分の気持ちが分からないので、かえって混乱

◆腫れ物にさわるような対応

・・問題の放置は安心感につながらない

 

成長につながりやすいアプローチ

◆主導権の確保

・・「先生が決めますね」「一緒にやるか、1人でがんばるか決めましょう」

◆先生の関わり

・・「先生と一緒に○○しよう」と誘う

◆代替行動の提案

「○○より△△のほうがいいよ」

◆感情の認知

・・「○○したかったんだね」

◆媒介となる行動を間にはさむ

・・「じゃあ、一度○○をしよう」

◆既知・予期を装う

・・「そろそる言う頃だと思ってた」

◆部分的許可

・・「ここまでだったら許可するよ」

◆役割付与

・・「手伝って」

 

 久しぶりに目を通して「自己選択」の危険性を感じた。

 子どもに主導権を渡さず、先生が決める。先生が示した選択肢から選ぶ。できそうな行動を紹介する。部分的な許可を与える。

 こうした配慮がないと、子供が「誤学習」する。

| | Comments (0)

物語の構造を問う

①「何が」変わったのかを問う (「設定」場面の読みにつなげる)

②「なぜ」変わったのかを問う(「展開」場面の読みにつなげる)

③「どのように」変わったのかを問う(「結末」場面の読みにつなげる)

「小学校国語物語文の授業技術大全」(明治図書)P39

 

私個人としては

①「はじめ」はどうだった?

②「最後」はどうなった?

③「何」が、その変化をもたらしたか? なぜそうなったのか?

の3つを意識して授業を組み立ててきた(つもり)。

「クライマックス」をはさんで「前」と「後」を比べる場合もあった。

33955423

 

| | Comments (0)

教科書の例題が難しいのでは?

4年算数「割り算の筆算」

割り算の筆算は、足し算・引き算・掛け算と違う初めての形だから負担が大きい。

教科書通りだと、いきなり「72÷3」を解くことになっているが、これは3年生の段階では扱っていない答えが2桁になる計算。

しかも、十の位「7÷3」で余りが出るので、???となる子がいる。

 「さくらんぼ計算」的に考えると

  72を60と12に分割して

  60÷3=20 と

  12÷3= 4 を合わせて

  72÷3=24

ということになる。

◆新しい筆算の形を覚えるのに、問題そのものが新出では負担が大きい。

 問題は既習レベルにして、筆算のやり方の習得に集中させるとよいのではないか。

というわけで、まずは「64÷2」や「63÷3」のような問題で筆算の形とアルゴリズムに慣れさせ良いと思った。

 しかし、確認のためなら、72の割り算を9から2まで順番に筆算にしてみる手もあるか。

(以下、筆算で示しませんが、割る数の大きい順番に)

72÷9=8

72÷8=9

72÷7=10あまり2

72÷6=12

72÷5=14あまり2

72÷4=18

72÷3=24

72÷2=36

 筆算で解くには「72÷9」も「72÷8」も十の位にバツがつくから、ちょっと注意が必要だ。

 余りのある計算もあるが、アルゴリズムは同じなので、そこは何とかなると思う。

 

◆九九の怪しい子のために九九表を配る

◆筆算が重ならないようにノートはゆったり使わせる

◆次の図形の単元の予習を兼ねて筆算は正しく定規を使わせる

といった指導も徹底できかどうかが学力保障の鍵になる。

Wari

| | Comments (0)

「一言感想」では不備・不足が多すぎる

先のブログの続きです。

例えば、ある道徳の授業。

最後に「今回新しく学んだことはなにか」をチャット欄に書き込ませていた。

すると、一番目の書き込みが「正直は、大切だということ」だった。

トップバッターにきちんとダメ出ししないと、ほかの子供が同じレベルで追従してしまう。

「今回新しく学んだことを書くんだよ。正直は大切だって今日初めて学んだの? 今まで思わなかった? じゃあ逆に今まではどう思っていたの?」

と追い込んで書き直しをさせないと深まらない。

「Why So?」「So what?」の双方向のアプローチだ。

「正直は大切だ」って、それで何? 具体的に言うとどういうこと? 何を気をつければいいの? 

◆「正直は大切だ」って、なぜそう思ったの? どこからそう思ったの?

 

感想を書かせる「活動」があっても「指導」がなければ意味がない。

といわけで、そのほかの子どもたちの書き込みも、ほぼ同じだった。

授業者が「こういうことを書く・こういう内容では不足」と明示していないのだから当然のことなのだ。

 

(1)多くの子は、どうすればいいかを具体的に書いてない。

×友達の関係について学んだ。

×友達との関係をどうするかを学んだ。

×友達との思いやり、関係はすごく大事なものだというのがよーくわかりました。

 

(2)たしかに大事なことを書いているけど。それは、今までだって分かっていたことでは?

△正直に伝えあうことは大事だとわかりました。

△間違えたら正直に言う

△友達でも誰でも間違いを言ったほうがいいことがわかりました。

△人のことを考えたり注意したりすることがいいことというのがわかった

 

◆主張―具体例の組み立てで、「○○が大事だ。なぜかというと・たとえば」のように書くといいかも。すると二部構造。

◆過去ー現在ー未来の組み立てで、「これまでは・・今日の授業で・・これからは」のように書くといいかも。すると三部構造。

 

とにかく一言感想では、振り返りにならないのだ。

本当の友情とは

真の友情とは

・・・自分はふと「良薬は口に苦し」という諺を思い出した。耳に痛い忠告をしてくれる友人ほどありがたいのだ。

「有難い=めったにいない」から「ありがたい」のだ。

| | Comments (0)

「ルーブリック」で学力を保障する

勤務する春日井市で、新しい指導案のタイプが提示された。

まさに「探究型」。

以下が「学習過程」の例

==================

【単元の課題】自分だけの詩集をつくろう。

【本時のルーブリック】

B・・テーマを決めて、それに沿った詩を集めることができる。

A・・Bに加えて、目的をもって2つの詩を選び、オリジナルの詩集を作成できる。

S・・Aに加えて、詩を集めた理由や気に入った理由などを表現できる。

【本時の流れ】

(1)【課題の設定】自分だけの詩集をつくろう。

(2)【情報収集】

・P100を読み、どんなテーマがありそうかスプレッドシートに入力する。⇒自分のテーマ決定

・詩を集める。(ネット・本など)

(3)【整理・分析】Figjam

・集めた詩から2つ選び、自分なりの順番で並べる。

・テーマに合ったオリジナルの詩(3)に考え、記入する。

・順番の理由や集めた理由を表現する。(言葉や絵)

(4)【まとめ・表現】

・感じたことやイメージしたことを伝え合う。

・チャットに入力する。

(5)【まとめ・表現】

「伝え合う中で学んだことは何か?」スプレッドシートに入力する。

===============

 とりわけ重要なのは「ルーブリック」だと思う。

◆授業最後のまとめが一言感想ではB基準クリアとは言えない。大事なのはB未満の子どもを出さないこと。

子供自身に、B基準を理解させクリアさせる・Cレベルでは終わらないという覚悟を持たせ、やり直しをさせる教師側の強い意志が必要だ。

 

◆期待するラインに届いていないのに「できた・がんばった」と自分を過大評価する子供の意識を変えていかないと学力を保障できない。

 

◆できていなくても全員に花マルをつけてしまうようなやり方では子供は自分の不備・不足に気づかない。

ルーブリックが3段階あるなら、きちんと3段階(不合格を含めば4段階)の結果を伝えて励まさなくてはいけない。ダメ出しをためらって「あれもいいね、これもいいね」と認めていたら、子供の成長を阻害してしまう。

何でもかんでも「花マル」にしてしまったら、子供はそれでいいと思ってしまう。まさに「誤学習」なのだ。

| | Comments (0)

May 18, 2025

「魔の六月」は、教師のエネルギー不足?

先のブログで次のように書いた。

◆4月にエネルギーを注入した学級は活性化する。しかし、その後、エネルギーの注入を怠ると、学級は停滞し、トーンダウンする。

ああ,これは教師も同じだな、

というか
そもそも教師側の問題だな。

新年度、気合いを入れてセミナーに参加したり書籍を読み込んだりしてスタートダッシュを成功させたとしても、

一息ついて次のエネルギー充填、つまり「学び」を怠ったら劣化が起こる。

つまり、教師自身のメンタル低下が「魔の六月」を誘導してしまう。
=====
苦労して整理整頓した机の上は、二、三日もすれば散らかった書類の山と化す。
◆温めたコーヒーはまもなく冷える。熱い恋愛もほどなく醒める。
◆秩序はすぐに無秩序さを増す。
局所に集められた高エネルギー状態が、拡散していく。
=====
だから、我々は自主的に、また定期的にエネルギー注入をしなければ現状維持さえできない。
年度当初の気迫を次につなげるように、各地のサークルやセミナーに誘い、次のエネルギー充填のきっかけをきちんと用意しておきたい。

谷先生も語っていたが、自分も週末のセミナーに出かけた時は、月曜日が楽しみで仕方なかった。

今は、美味しいものを食べたり、どこかに出かけてリフレッシュすることも多い。

学びでも気分転換でもいい。

月曜日を迎える教師のメンタルが、子供に伝播する。

| | Comments (0)

学級はエネルギーを注入しないと崩れていく

かつて、谷和樹先生のセミナーで
「魔の6月なんて思ったことがない」
「月曜日が楽しくてしかたがなかった」
と言われ、どのようにしたら、そのような境地に立てるのかを考えた。

 自分のまわりでも、学級経営がうまくて尊敬している先生に「魔の6月」の話をしたら、
「ありえない。6月は軌道に乗っている」
と言われたことがあった。

 4月にエネルギーを注入した学級は活性化する。
 しかし、その後、エネルギーの注入を怠ると、学級は停滞し、トーンダウンする。
 これは、そもそもあらゆる事象に適応される「エントロピー増大の法則」だ。
 「エントロピー増大の法則」は、検索すると、いくらでもヒットする。
 『世界は分けてもわからない』(福岡伸一 講談社現代新書)には、次の一節がある(P132・133)

================

◆秩序は、その中に、構築のための膨大なエネルギーと精密さを内包している。
けれどもひとたび組み上げられた秩序をこわすためなら、ほんのわずかな揺らぎがありさえすればよい。
秩序はこわされることを待っているからである。

◆苦労して整理整頓した机の上は、二、三日もすれば散らかった書類の山と化す。
温めたコーヒーはまもなく冷える。
熱い恋愛もほどなく醒める。
秩序はすぐに無秩序さを増す。
熱いものが冷える。
局所に集められた高エネルギー状態が、拡散していく。
これらの現象はひとことで言い表すことができる。
乱雑さ=エントロピー増大の法則である。

◆坂の上から坂の下へ転がす動作(中略)には、原理的には大きなエネルギーは全く必要ではない。
ただ、転げ落とすためのほんの小さなきっかけとなる揺らしの動作だけが必要となる。

==============

 4月にエネルギーを注入した学級は、今もエネルギーに満ちているだろうか。

 教師の強いリーダーシップ・ほめ言葉・叱咤激励・軌道修正・子供同士の高めあい・競争心・向上心・自浄作用

 これらの投入がなければ、クラスは電池切れだ。
 荒れるしかない。
 「魔の6月」を感じたことがない谷学級は、電池切れどころか日々充電の更新状態だったのだろう。
 言霊信仰ではないが、「五月病・魔の6月・荒れる6月・なかだるみの中2」のような言葉を口にして、そこに安易に乗っかってしまうと
 「これは魔の6月だから仕方ない」
と、解決の手を打たずに、あきらめに入ってしまう。
 そのようなマイナスの言葉を使い、成長を妨げてしまうのはもったいない。

 「放置しておけば学級は荒れる」のは、エントロピー増大の法則だから、教師が常に学級へのエネルギー注入を意識しなければ、学級は荒れると覚悟すべきなのだ。
 その意識を伝えていきたい。

| | Comments (0)

May 14, 2025

言いにくいことを言うのは難しい

4年道徳 「絵葉書と切手」

 料金不足の絵葉書を送った友達に、そのことを伝えるかどうかで迷う主人公でしたが、最後は意を決して「言う」を選びました。

「やさしい・助け合う・楽しく遊ぶ・信頼できる・話しかけてくれる」が「友だち」の従来のイメージです。

そこに「言いにくいことでも相手のためにちゃんと忠告するのが本当の友達」という新たなイメージをインプットする授業と言えるでしょうか。

 

A:ちゃんと言う。また同じことをしたら本人のためにならないから

B:言いたくないな。せっかく絵葉書を送ってくれたんだから。

(普通はがきが63円で、定形外はがきは200円)それぐらいのお金ならいいか。

 

 「ちゃんと言う」と「黙っておく」を0100かで分けてしまうのではなく、「20:80」「50:50」「80:20」のように割合(グラデーション)で考えさせるのも1つの方法です。

 4年の道徳の教科書には「心のシーソー」という形で葛藤する心を示す資料があるので、「心のシーソー」を1年間活用して、今のみんなはどっちに傾いているかを考えさせるでもよいと思います。

 この資料は手紙を書く場面で終わっています。

 「自分だったら言うか、言わない」をいつまでも議論させる授業展開ではいけません。主人公は手紙の中でどう伝えようとしているのかを考えさせたいです。

 「ちゃんと注意した方がいい」と断言する子の中にも、自分が注意されたら腹を立てる子は多いでしょうから、「相手を傷つけないアドバイスの仕方」の吟味が必要になります。アサーショントレーニングです。

 なお、「絵葉書の料金不足」は、自分達の日常では滅多に起きません。今回の事例を日ごろの自分事にあてはめたら、どんな例があるかを考えさせないと価値の一般化ができません。「絵葉書の料金不足」の話題で終わってしまったら、しょせん他人事で終わってしまいます。

 

※同じく4年生の『正直五十円分』、『学級会の出来事』も、「言うべきことはちゃんと言う」ことの葛藤を含んでいます。

| | Comments (0)

答えを言わせるバリエーション

 子供たちに答えを言わせたい場面で、たとえば次のような手立てがあります。

 毎回「挙手―指名」では単調になるので、バリエーションがあるとよいです。

 ①挙手―指名で、1人の子に答えを言わせる。

 ②問題がたくさんある場合に、席順で1人ずつ言わせる。

 ③ほぼ全員できていそうな場合に、「さん、はい」で全員に答えを言わせる。

 ④「答えは〇〇だと思う人?」と尋ねて、全員に挙手させる。

 ⑤早くできた子に、黒板に答えを書かせる。

 ⑥代表の子に前に出てきてもらい、画面を示しながら説明させる。

 ⑦班の中で、答え合わせさせる。

・・・「挙手ー発言」に頼りすぎると、「挙手しなければ当てられない」「一度発言したら、当分あてられない」という意識の子が出てきて授業の緊張感が失われます。

 挙手しなくても先生が指名したら答えるのだということをルールとして念押ししておくとよいです。

| | Comments (0)

テストで高得点を取らすことが一番の負担軽減

 連絡帳・音読カード・漢字ノート・計算ノート・テストの採点・テスト直しのチェックなど先生の仕事は朝から山積みだ。

 だから、朝学習や読書タイム・タイピング練習など子どもに任せる時間を設定して、点検時間を確保する。

 教師の時間確保の事情は分かるが、朝から好き勝手な自習を放置するのも教育的ではない。

 ある日の朝学習の時間、今日hs漢字と算数のテストがあると予告しているのに誰も準備していない。

 だったら、朝から漢字テストしちゃえばいい。あるいは前回の漢字テストを返却して間違い直しをさせればいい。漢字テストやテスト返却を国語の時間だけで行っていたら国語の授業内容が全く進まない。

 先生の負担を減らすために策はいろいろあるが、テストで多くの子が満点をとると採点も楽になる。やり直しチェックも減るので先生の負担が減る。

 だから、テストで高得点が取れるように指導することが一番の負担軽減策なのだ。

| | Comments (0)

May 13, 2025

単なる放置では子供は成長しない

 尊敬する中学数学の先生は、放課中に担当クラスに 行き、遅れがちな子の準備を手伝い、教科書とノートを出させ、最初の問題を伝えて先にノートに書いておくように伝えていたという。授業が始まってから、あれこれ個別の指導を入れて全体のロスが生じるなら、授業前に支援した方がお互いにストレスを軽減できるからだ。

 多くのが小学校の場合、そもそも授業が終わったときに次の授業の用意を出すことになっているのだから、片付けと準備をしないまま放課にする子は、教師の指導を無視している。このようなちょっとした乱れが、いずれ大きな崩壊につながっていく。

 授業の準備ができない・机上の片付けができない・ノートがとれない・文房具が揃わない・話を聞いていない・おしゃべりがとまらない・・・1か月経過して、個々の特性が分かってくると、未然防止策をいろいろ打つことができる。

 もちろん手のかかる子について全部先生が世話を焼けという意味ではない。いつまでも先生が注意したり手伝ったりするのは本人のためにならないから、どうしても1人でできないことは一緒にやってあげるが、いずれは自分一人でできるように「手放すタイミング」を計る。手放すタイミングが早すぎると、結局、指導のやり直しになってしまう。

 「何度注意してもやらないのだから本人の責任だ。痛い目にあった方がいい」と放置するのは簡単だが、放置された本人が「先生は叱らないからラッキー」だとしか思わないなら意味がない。

 時々でいいから

「授業の準備はいつするんでしたか?」

「今は何をすべき時間ですか?」

「やってない子は放課も残ってください」

のように詰める場面があってもよい。

「やってない子」で気づかない場合には個人名で指定する。そういう子ほど「自分は関係ない」と思っていることが多いからだ。

「本人が気づくまで待つ」という方法は高等技術だから、下手に行使すると大変なことになる。

| | Comments (0)

各教科で「書く」を鍛える

今日の3年生の授業。

◆1限の理科

 教科書の2枚のチョウの写真を見せて簡単なやり取りで終わってしまったのは残念だった。

 この2枚の写真から「わ・き・お」や疑問を理科ノートにメモさせ、交流させるとよかった。

 その後、NHK動画でチョウの様子を視聴したが、ここも、分かったことや感想をメモさせる場面がなかった。せっかく理科ノートがフリーの方眼ノートなので、自他の気付きを箇条書きで列挙することに慣れさせたい。

 

◆3限の算数

 各教科の単元のまとめ(あるいは毎時の授業まとめ)を自分の言葉で書かせたい。一言感想では内容が浅いので、場合によって200文字(ノート5~6行)くらいを抵抗なく書けるように、日ごろから全教科で「気づき」「一言感想」「ふりかえり」「まとめ」「自分の主張」などに書き慣れて、中学年のうちに「書くことへの抵抗」を減らしていきたい。

 とりわけ図工や音楽の「鑑賞」などは、作文能力が成績に直結してしまうから、「書く」を鍛える教師の責任は重大である。

 

◆4限目の国語

 自己紹介の作文がスンナリ書けない子がいた。また「書けた」と言い切る子の中にも内容の乏しい子がいた。教科書の文例を見ると「はじめー中ーおわり」の大きな3つのまとまりで、4~5文になっているのだから、これを最低条件にして、書けていない子は却下するくらいの教師の厳しいスタンスが大事だと思う。

 ただし、今回は、その後グループで各自の自己紹介文に対して質疑応答を重ねることになっているので、質疑を明らかになった書き足りないところを加えて清書させればよい。

 最初から完成された自己紹介文を書く必要はなく、今回のような質疑応答を通して、不備不測のない作文が書ける自己調整力を育みたい。

Kiku

| | Comments (0)

「ネガティブ報告」と「ポジティブ報告」

「ネガティブ報告」は、いじめの「警戒水域」

 巡回する2年生の教室では、よく子供たちが「A君、○○したらダメなんだよ」と他人の行動を厳しくチェックする場面がみられる。

 4年生の教室ではあまり見かけないので、発達段階の問題なのかもしれない

 川上康則氏の論稿で「ネガティブ報告」「サーチモード」「仮想的有能感」という言葉があった。

◆「ネガティブ報告」が多いクラスは、いじめの「警戒水域」を間もなく超える状態であるといっても過言ではないでしょう。

と言われると、ドキッとしてしまう。

===================

◆「ネガティブ報告」をする側の背景には、「他者の行動を気にせずにはいられない」という事情があるようです。その事情を端的に表す言葉が「仮想的有能感(Assumed competence based on undervaluing others)」です。

◆教師は、「ネガティブ報告」が、無意識のうちに仮想的有能感を生じさせてしまうという危険性を含むことに留意し、何気なく受け止めてしまわないようにすることが大切です。ましてや報告を真に受けて、相手の子どもに叱責や注意を向けることだけは厳に慎まねばなりません。

 子ども理解の「そこ大事!」 第6回 | みつむら web magazine | 光村図書出版

 https://www.mitsumura-tosho.co.jp/.../kodomo-rikai/detail06

=======================

 とても示唆に富む内容なので、とにかく全文読んでほしい。

 「告げ口の快感」を求めている子は、それだけ自分が認められていない不満を抱えているので、その子のネガティブな態度を責めても仕方ない。ネガティブ報告をしなくても落ち着いて生活できるような環境調整が大事になる。

 だからこそ、川上氏が言うように

「先生、〇〇さんが待っていてくれました」

「先生、〇〇さんが励ましてくれたんです」

といったポジティブ報告がなされる学級になるように教師がリードしないといけない。

  久しぶりに、この川上氏の提言を読み直してみて、3年生道徳(光村)の「きらきらカード」と重なった。

 よりよいクラスにするために「きらきらカード」を増やしていこうという呼びかけは、ポジティブな報告を推奨し、前向きな雰囲気のクラス作りにつなげていくこと、そのものなのだ。

| | Comments (0)

結局は授業が基本・・下手な授業が子供を傷つける

とにかく授業が下手だった。

授業者である担任は、子供をちっとも見ていなかった。その上、活動がなく、教師の言葉が多すぎる。その学年の子供が理解できる内容でも量でもなかった。もしかしたら一人か二人、必死で教師の言葉を理解する子供がいたかもしれない。だが、教室にいる大部分の子供は、まるで教師を哀れむような表情をしていた。そして、時々、教室の隅で遊んでいる友達を見る。自分たちの担任が、クラスをコントロールできない事実を認識し、悲しい気持ちになっている。

 「教育トークライン」(東京教育技術研究所)2016年1月号 和久田学先生の論稿。

・・・和久田先生は、授業のまずさが子供を傷つけ問題行動に追いやることを「エデュケーショナル・アビューズ(教育虐待)と言うのだと杉山登志郎先生から教わる。

 校長が「発達障害が多い」と説明したあるクラスで子供が暴れていた原因は発達障害ではなく「下手な授業や間違った指導」であったと和久田先生は推察した。

 もし、クラスが荒れる原因を「このクラスは発達障害が多いから」として開き直っている教師がいるとしたら罪は重い。むろんそういうケースもあるだろうが、「基本は授業だ。良い授業、理にかなった指導は子供を救う」という和久田先生の指摘をしっかり受け止めたい。

| | Comments (0)

May 10, 2025

「這えば立て 立てば歩めの親心」 ChatGPTとの対話

「這えば立て 立てば歩めの親心」の句は、子供に対する親の愛情の深さを表しているのですか?
ChatGPT:

はい、その通りです。「這えば立て 立てば歩めの親心(はえばたて たてばあゆめのおやごころ)」という句は、子どもに対する親の愛情の深さと、その成長を願う強い気持ちを表現したものです。

この句の意味は:

  • 子どもがハイハイをすれば、「立ってごらん」と言いたくなり

  • 子どもが立てば、「今度は歩いてごらん」と願ってしまう

  • そんなふうに、絶えず子どもの成長を願い、次の段階を望むのが「親心」である、という意味です。

ここには、単に子どもを急かすというよりも、「もっとできるようになってほしい」「成長してほしい」という温かい期待と愛情が込められています。時にそれは無意識のもので、子どもを思うがあまりに次々と願いをかけてしまう親の心情が端的に表されています。

使われ方としては、親の愛情深さや、時に過剰ともとれる期待の様子を、少し皮肉交じりに述べる時にも引用されることがあります。

ご自身の経験や具体的な文脈で、この句に共感されましたか?

親の強欲さを感じてしまいます。子供がせっかく1つできるようになったのに、次から次へと急かしているようで、あまり微笑ましく思えないのです。
ChatGPT:

とても大切で深い視点ですね。確かに、「這えば立て 立てば歩めの親心」は、親の愛情を美徳として捉える言葉ですが、その裏には**「子ども自身のペースを尊重していないのではないか」という懸念**も感じ取れます。

子どもが何か一つできるようになったこと自体、本来は大きな成長であり、その瞬間をじっくり喜び、味わうことが大切なのに、すぐに「もっと」「次は」と望んでしまう。その姿は、知らず知らずのうちに子どもにプレッシャーを与えている可能性もあります。

あなたが感じた「親の強欲さ」という表現には、子どもの主体性を大切にしたいという優しいまなざしがにじんでいますね。現代の子育てにおいては、「見守ること」や「その子のタイミングを大切にすること」がより重視されるようになってきており、この句の意味もまた、読み手によって再解釈されてよいものです。

もしよければ、あなたが思う「理想的な親心」について、どんなものだと思いますか?

 

私は教師ですが、学校でも「1つできたら、次はこれ」と成長を喜ぶ間もなく次の課題を与えているようで反省しています。
ChatGPT:

それはとても誠実で、深い自己省察ですね。教師という立場でそのように感じられること自体、すでに子どもの成長を真に大切にされている証です。

教育の現場ではどうしても、「到達目標」「評価」「次のステップ」といった構造が求められがちで、知らず知らずのうちに子どもたちの「今できたこと」を十分に味わわせる余裕を奪ってしまうことがあります。それは教師個人の問題というより、制度や文化の側面も大きいです。

しかし、子どもにとっては、「できた!」という体験そのものが何よりの自信になり、学びの原動力になるものですよね。そして、その喜びを共に分かち合う大人の存在が、さらにその喜びを深くするのだと思います。

だからこそ、先生のように「今のやり方でよかったのか」と立ち止まって考える姿勢は、とても価値あるものです。子どもに寄り添い、「一緒に嬉しいね」と言える時間を大切にしようとすることが、学びの質を根本から豊かにするはずです。

もしご希望であれば、「できたことを十分に喜ぶ時間を確保する学習の工夫」について、いくつか具体的なアイデアをご提案できます。興味はありますか?

お願いします。
ChatGPT:

承知しました。それでは、子どもが「できた!」という達成感をしっかり味わい、自信に変えていけるような学習の工夫をいくつかご紹介します。どれも、忙しい教育現場でも取り入れやすいものを意識しています。


✅ 1. 「できた記録」タイムを設ける

  • 活動の終わりに「今日できたこと」を子ども自身に書かせたり、友だちと話し合ったりする時間を設けます。

  • 例:ミニジャーナルや「できたカード」に「できたこと+自分の気持ち」を書く。

  • → 自分で振り返ることで、達成感が内面化されます。


✅ 2. 「できたねシェア」コーナーの活用

  • 授業の中で1人でも「これができた!」と発表する時間・空間をつくる。

  • ホワイトボードや壁に「できたねスペース」を作り、誰でも書き込めるようにする。

  • → 子どもの「できた」が教室全体の喜びになり、他の子への励みにもなります。


✅ 3. 次の課題は「本人に選ばせる」方式にする

  • 成長を急がせず、「次に進む」か「もっと深める」かを選べるようにする。

  • 例:算数で九九が全部言えた子に、「九九を使って文章題を作ってみる」か「別の子に教える」かを選ばせる。

  • → 主体性が育ち、次のステップが「やらされるもの」から「やってみたいこと」に変わります。


✅ 4. 教師自身が「できたね」と言葉で祝う習慣

  • 評価より先に「それができたなんて、すごい!」と反応することを意識的に増やす。

  • 短くても、「うれしいね」「がんばってたもんね」のひと言が、子どもにとっては大きな力になります。


✅ 5. 保護者との連携で「家でも喜ぶ」機会をつくる

  • 小さな「できた」を保護者にも伝え、家庭でも共有してもらう。

  • → 学校と家庭が一緒に子どもの成長を喜ぶ場になれば、子どもは自分の変化をより肯定的に受け止められます。


先生のように、一つ一つの「できた」にちゃんと立ち止まりたいという思いがあるからこそ、こうした工夫が活きてきます。焦らず、無理のない範囲で少しずつ取り入れてみてください。

ご関心があれば、教科や学年に応じた具体的なアクティビティ例もご提案できますが、いかがでしょうか?

ありがとうございます。「できた」ことをしっかり讃えた後で、次の課題に向かわせようと思います。
ChatGPT:

それは本当に素晴らしい方針です。
「できた」ことをしっかりと認めてあげることで、子どもたちは「次もやってみよう」と自分から一歩を踏み出せるようになります。教師が寄り添い、共に喜んでくれる体験は、学力だけでなく自己肯定感や学ぶ意欲の根っこを育てます。

急がなくていい、一人ひとりのペースでいい。そんな安心感のある教室こそ、子どもたちが本当に伸びていく場になります。

先生のような眼差しを持った方が教育現場にいらっしゃること、心から励まされます。
これからも、子どもたちにとって安心して成長できる場が広がっていくよう応援しています。

また何かお力になれることがあれば、いつでもお知らせくださいね。

| | Comments (0)

May 08, 2025

「記憶」の観点で、授業の流れを考える。

Gemini との会話

次の主張は正しいですか?

授業の基本型は「前時の復習・・本時・・本時の振り返り・・次時の予告」。

通常、学習指導案はこの流れで作成します。

これは、記憶のメカニズムに合致していて、1回では記憶されないことも、何度か繰り返すことで強化される。

例えば漢字練習で

前の時間は「A・B・C」をやったね、空書きしてみよう

今日は「D・E・F」をやります。

次の時間はどこをやりますか?「G・H・I」だね

と「前時・・本時・・次時」の3回想起させることで、記憶を強化することができる。

 

【Gemini】

この主張は、記憶のメカニズムの一部に合致しており、授業の基本的な流れとして理にかなっていると言えます。

記憶のメカニズムとの関連性:

  • 復習による想起と定着: おっしゃる通り、前の時間に学習した内容を復習することで、記憶が呼び起こされ、再活性化されます。これは、エビングハウスの忘却曲線が示すように、一度学習したことも時間とともに忘れていくため、定期的な想起が記憶の定着に不可欠であることを裏付けています。
  • 繰り返しによる記憶の強化: 何度か同じ情報に触れたり、思い出したりすることで、脳内の神経回路が強化され、長期記憶として定着しやすくなります。授業の流れの中で、前時、本時、次時と関連する内容に触れることは、この繰り返しによる記憶の強化に繋がります。
  • 予告による準備と意識化: 次に学習する内容を予告することで、学習者は事前に心の準備ができ、新しい情報に対する意識を高めることができます。これは、新しい情報をよりスムーズに受け入れ、記憶するための土台となります。

学習指導案の構成としての妥当性:

学習指導案が「前時の復習・・本時・・本時の振り返り・・次時の予告」という流れで作成されるのは、上記のような記憶のメカニズムに加えて、授業の連続性や学習効果を高めるための教育的な意図に基づいています。

漢字練習の例について:

漢字練習の例は、この流れが具体的な学習活動にどのように応用できるかを分かりやすく示しています。

  • 前時の復習(A・B・Cの空書き): 過去の学習内容を想起させ、定着を促します。
  • 本時(D・E・Fの練習): 新しい内容を提示し、集中的に学習します。
  • 次時の予告(G・H・Iの提示): 次の学習への動機づけを行い、予習を促す効果も期待できます。また、本時の内容との関連性を意識させることで、より深い理解に繋がる可能性もあります。

結論:

授業の基本型としての「前時の復習・・本時・・本時の振り返り・・次時の予告」という流れは、記憶のメカニズムに合致する側面があり、学習内容の定着と理解を促進する上で有効な構成と言えるでしょう。提示された漢字練習の例も、その効果的な応用を示唆しています。

ただし、授業内容や学習者の特性によっては、この基本型を柔軟に変化させることも重要です。例えば、新しい概念を導入する際には、より丁寧な導入が必要となる場合もありますし、学習者の理解度が高い場合には、復習の時間を短縮することも考えられます。

 

中途半端に終わると、記憶に残りやすいと聞いたのですが。

【Gemini】

ええ、それは「ツァイガルニク効果」として知られていますね。未完了のタスクや中断された出来事は、完了したタスクよりもよく記憶される傾向があるという心理現象です。

例えば、途中で中断されたドラマの続きが気になって忘れられない、といった経験は誰にでもあるのではないでしょうか。これは、未完了であるという緊張感や未解決感が記憶に残りやすいと考えられています。

ただし、中途半端な状態が長すぎたり、ストレスを感じるような状況だと、逆に忘れてしまったり、嫌な記憶として残ってしまうこともあります。

何か中途半端なことで気になっていることがあるのでしょうか?もしよろしければ、どんなことか教えていただけますか?

 

そうですね。だから先程お聞きしたように、中途半端に授業を終了する効果についても想定する必要があります。

【Gemini】

なるほど、ツァイガルニク効果を授業に応用するという視点ですね。確かに、意図的に中途半端な形で授業を終えることで、学習者の記憶や関心を高める可能性は考えられます。

例えば、授業の終盤で核心に迫る問いかけをしたまま時間切れになったり、重要な実験や考察の途中で区切りをつけたりすることで、学習者は「どうなるんだろう?」という未完了感を抱き、その内容について考え続けたり、次回の授業への期待感を持つかもしれません。

中途半端な終了が記憶に残りやすいと考えられる理由:

  • 未完了タスクの想起の強さ: 先ほどお話ししたように、ツァイガルニク効果によって、人は完了したことよりも未完了なことの方をよく覚えています。
  • 問題解決意欲の喚起: 中途半端な状態は、解決したいという自然な欲求を生み出し、その対象への注意を持続させる可能性があります。
  • 次への期待感の醸成: 続きが気になることで、次回の授業へのモチベーションを高める効果も期待できます。

ただし、中途半端な終了を行う上での注意点:

  • 学習者の混乱や不安: あまりにも重要な部分で中断したり、脈絡のない終わり方をすると、学習者を混乱させたり、不安にさせたりする可能性があります。
  • 消化不良のリスク: 中途半端なまま放置されると、学習内容が十分に理解されないまま終わってしまう可能性があります。
  • 意図的な設計の重要性: ただ単に時間切れで終わるのではなく、学習効果を意図して中途半端な状態を作り出す必要があります。どこで区切るか、どのような問いかけを残すかなど、慎重な設計が求められます。

具体的な応用例の検討:

どのような授業で、どのような形で中途半端な終了を取り入れるのが効果的でしょうか?例えば、

  • 導入段階での興味喚起: 授業の冒頭で、途中で終わるような興味深い事例や問いかけを提示し、学習者の関心を惹きつけたまま本時に入る。
  • 展開段階での思考の促進: グループワークやディスカッションの途中で、あえて時間切れとし、続きは各自で考えたり、次回の授業で共有したりする。
  • まとめ段階での課題提示: 授業の最後に、本時の内容に関連する未解決の課題や問いを残し、次回の授業への課題とする。

これらの例のように、授業の目的や内容に合わせて、効果的な「中途半端」を取り入れることが重要になりそうですね。

中途半端な終了を授業に取り入れるアイデアについて、何か具体的なイメージをお持ちですか?もしよろしければ、教えていただけると、さらに議論を深めることができるかと思います。

 

「クローズドの授業」に対し「オープンエンドの授業」の方が、子どもの探求意欲を喚起すると聞いたことがあります。

【Gemini】

ええ、一般的にそのように言われていますね。「オープンエンドの授業」は、子どもたちの探求意欲をより強く引き出す可能性が高いと考えられています。

クローズドの授業 は、教師が明確な目標、手順、そして答えを用意し、子どもたちがその枠組みの中で学習を進める形です。効率的に知識や技能を習得するには適していますが、ともすると受け身的な学習になりやすく、子どもたちの主体的な問いや探求心を育みにくい側面があります。

オープンエンドの授業 は、教師が問いかけや課題を提示するものの、その解決方法や答えが一つに定まっていない授業形態です。子どもたちは、自分の興味や関心に基づいて自由に発想し、様々なアプローチを試しながら課題に取り組みます。

オープンエンドの授業が探求意欲を喚起する理由:

  • 主体性の尊重: 正解が一つではないため、子どもたちは自分の考えやアイデアを自由に表現し、試すことができます。この主体的な活動を通して、「もっと知りたい」「自分で解き明かしたい」という内発的な動機付けが高まります。
  • 多様な視点の獲得: 他の児童の様々な考え方やアプローチに触れることで、自分の考えを相対化したり、新たな視点を発見したりする機会が生まれます。これは、探求を深める上で重要な要素となります。
  • 試行錯誤の奨励: 決まった答えがないため、子どもたちは失敗を恐れずに様々な方法を試すことができます。この試行錯誤の経験を通して、粘り強く問題解決に取り組む力や、新たな発見をする喜びを学ぶことができます。
  • 自己肯定感の向上: 自分の考えやアイデアが尊重され、課題解決に貢献できる経験を通して、子どもたちは自己肯定感を高め、「もっと学びたい」という意欲に繋がります。

もちろん、「クローズドの授業」にも、基礎的な知識や技能を確実に習得させるという重要な役割があります。効果的な授業設計においては、これらの二つの形態をバランス良く組み合わせることが大切だと言えるでしょう。

オープンエンドの授業について、何か具体的なイメージをお持ちですか?例えば、どのような教科や単元で、どのように展開されるのが効果的だとお考えでしょうか?

 

天気予報の「名古屋市の今日の気温」はどこで測っているのだろうと意見を出させ、あとは自分で調べてみてと意図的に放置したことがあります。

【Gemini】

素晴らしい試みですね!まさにオープンエンドな問いかけを通して、子どもたちの探求心を刺激しようとされたのですね。

「名古屋市の今日の気温はどこで測っているのだろう?」という疑問は、日常生活に身近なテーマでありながら、気象観測の仕組みや地域の特性など、様々な学びにつながる可能性を秘めています。

意図的に放置することの効果:

  • 主体的な情報収集: 教師から答えをすぐに与えるのではなく、自分で調べるという行為を促すことで、子どもたちは主体的に情報を取りに行く姿勢を養います。
  • 問題解決能力の育成: 疑問を解決するために、どのような情報源にアクセスすれば良いか、どのように情報を整理・分析すれば良いかといった、問題解決に必要なスキルを身につけることができます。
  • 知的好奇心の深化: 自力で答えにたどり着いたときの達成感は大きく、さらなる探求への意欲を高める原動力となります。
  • 多様な学びの展開: インターネット、書籍、新聞、地域の人へのインタビューなど、子どもたちはそれぞれの興味や能力に応じて多様な方法で情報を収集するかもしれません。その過程で、予期せぬ発見や学びが生まれる可能性もあります。

この問いから発展しうる学びの例:

  • 気象観測の仕組み: アメダス(地域気象観測システム)の存在、観測地点の配置、観測機器の種類などを知る。
  • 名古屋市の地理的特性: 海からの距離、地形などが気温に与える影響について考える。
  • 気象予報のプロセス: 観測データがどのように収集・分析され、予報として発表されるのかを理解する。
  • 情報の信頼性: 複数の情報源を比較検討し、情報の正確性を見極める力を養う。

今後の展開について:

子どもたちがどのようにこの問いに向き合い、どのような情報を集めてくるか、とても興味深いですね。

  • 情報共有の場の設定: 次の授業で、子どもたちが調べた内容を発表・共有する時間を作ることで、学びを深め、広げることができます。
  • さらなる問いの喚起: 子どもたちの発表を受けて、「なぜ観測地点はそこに設置されているのだろう?」「昔はどうやって気温を測っていたのだろう?」など、新たな疑問を引き出すこともできます。

今回の「意図的な放置」は、子どもたちの探求の扉を開くための素晴らしい一歩になったのではないでしょうか。どのような学びが生まれるか、ぜひ教えてください。私も楽しみにしています。

| | Comments (0)

May 07, 2025

「自由」は「勝手」とは違う

 自由の度合いが大きいというのは、教師が責任を覚悟するということである

 「自由」というのは、勝手にやらせるのとはちがう。「勝手」にやらせれば、「いつもやってる」「ありきたり」のものにしかならない。そして、多くの場合は「勝手」にやっているうちにトラブルが生じ、結果として「自由」がなくなっていく。

・・・上記の記述は「教室ツーウエイ」1993年5月号の向山洋一氏の文章である。  

 「個別最適・自由進度・探求型」の名目で「粗雑な自由」がはびこっており、「アクティブラーニング」は名称を変えて生き残った。    

  子供任せの授業になれば、できない子が増殖し、教室が荒れる。

  「自由」を選んだ教師には、その責任を負う覚悟がいる。

 

・・・「教えてほめる」 「範を示す」  「コードを与える」 という教師の「指導性」が、授業の基本で、文科省が示す「習得ー活用」も、そのような意味合いであった。

 「習得」の後に、活用型の活動が位置づけられているのだが、今はこのステップもあまり言われなくなった。

 向山氏が言うように、「勝手」にやらせれば、「いつもやってる」「ありきたり」のものにしかならない。

 ◆子供の発想の貧困さは、教師の発想の貧困さの反映にすぎない。

 ◆授業の質は、教師の力量に規定される

と言われる通りである。

| | Comments (0)

「主体的に学習に取り組む態度」を評価する

 図工専科の先生と「主体的に学習に取り組む態度」の評価について情報交換をした。

===============

◆時間が余っているのに、「もう終わった」と満足している子は、「粘り強さ」が足りない。時間ギリギリまで最善を尽くす気力がほしい。

「もうできることはない?」「もう限界か?」と声をかけよう。

◆いくら丁寧で上手でも、時間内に終わらない子は「自己調整能力」が足りない。決められた時間の配分をよく考えて活動することも大事なスキル。

「あとどれくらいで完成する?」と声をかけよう。

===============

・・・なお、「早くやったら何をすればいいですか?」と聞きにくる子がいるが、個人的には与えられた時間は「粘り強く」作業をしてほしいので、他事をせずに仕上げを頑張ってほしい。

 「早く終わったら自由」みたいな許可をすると、仕上げないまま提出する子が増えてしまう。

Jicho

 

 

| | Comments (0)

GW明けは、指示1が指示ゼロに移行する段階

GWが明けて、新年度1か月が過ぎたところで、次へのステップアップを目指したいです。

今週末から来週初めをメドに、席替えや掲示物の貼り換えなど物理的な気分転換をしたり、1か月のふり返りや係活動の見直しをしたりして、下がりがちな気持ちを上向きにさせていきましょう。

気の緩む子供たちは4月当初にできていたことができなくなる時期ですが、担任としては4月にできていたことに上積みして次のレベルを求めたいところです。

「4月は先生が注意してきたけど、5月からはもう言わないよ」「4月は先生が仕切ったけど、5月からは係や当番で頼むよ」というように任せる部分を増やしてみてください。

先生が何も言わなくても(先生が不在でも)

◆日直が朝の会を始め

◆給食当番が勝手に準備を進め

◆体育係が準備体操を始める

ような学級にしたいです。

507

| | Comments (0)

May 06, 2025

読解につまずく

『学力喪失』今井むつむ(岩波書店)の中でも、第5章「読解につまづく」の次の箇所は、とても腑に落ちた。

=========

 単語の意味というのはたいていは複数の意味を持つ。文章の書き手がある単語を文中で用いたら、書き手の想定した意味と自分の中でのその単語の意味をすり合わせ、調整する必要がある。

 良い読み手はその調整がうまい。まず自分の想定している単語の意味が、その単語の前後の文脈に合うかどうかを考える。合わないときには、文全体の意味、あるいは文章全体の意味を解釈する。同時に、それまで自分が認識していた単語の意味を修正したり、拡張したりする。そのようにして、文脈から単語の意味の知識を広げ、単語の多義を理解して、自分の知識を豊かにしていく。P133

==========

 頭の中で「与えられた情報」と「自分の知識」とをマッチングするようなイメージだ。

 過日、3年生国語で多義語について辞書で意味を調べさせていた。

(1)温かいあま酒を出す

(2)算数の問題をとく

(3)たなから新発売の本をとる

(4)人形を友だちにあげる

 状況下にある単語の意味は何となく分かっていて、そのニュアンスに最適な辞書の意味を選ぶ作業だ。

 状況下にある単語のニュアンスが分からないと、辞書から最適解は選べない。

 それに、辞書にある複数の意味の違いが分からないと選べない。

 今井氏が次のように書いている通りだ。

=============

それに対して読むことが苦手な子どもは、文としての意味が一貫しているどうかいるかどうかにかかわらず、自分の知っている意味を文に強引にあてはめてしまう。だから文章の意味も通らず、書き手が何を言っているかわからない。

==============

 辞書で意味を調べるのはとても難しい。

B21682718b7f444aa420e2c461bb45d7_1_201_a

| | Comments (0)

AI活用の仕方

 「週刊文春」5/1.8 号の池上彰さんのコラム(対談スペシャル)で、安野貴博さんとの対談が組まれている。

 池上氏の「 AIを個人チューターに使うと、安易に答えを求め、自分で考えることをしなくなりませんか」に対する、安野氏の回答が明快だった、

===========

 オランダのアムステルダム大学が面白い研究をしています。ChatGPTを使ってテストの成績が上がった群と下がった群の違いを見たところ、尋ね方が違っていたそうです。成績が下がった群はChatGPTに答えを直接訊いていて、上がった群は「なんでそうなるの?」と思考のプロセスを訊いていたらしいんです。

 つまり答えを教えずに考え方を教えたり、問答を通して生徒自身に考える機会を与えるAIを提供すれば、教育の効果は上がると思われます。

==========

・・・こういう時、研究結果を安易に鵜呑みにするのは問題なのだが、この研究結果が正しいとしたら、なるほどと思う。

 AIに全て答えを訊いていたら、本人は何も考えないのだから、成績が上がるわけがない。

解き方のプロセスを考えたり、誤答分析したりするから、自分の思考がを深まるのだ。

 これは、AIに限ったことではない。ここは「類推思考」だ。

 ということは

◆問題集の解答をそのまま書き写す群は、成績が上がらないだろう。

◆ただただ答えを教えるだけの授業を受ける群は、成績が上がらないだろう。

 AI活用のメリット・デメリットのロジックを、AI以外の学習現場でしっかり応用していかねば。

| | Comments (0)

May 01, 2025

「So what?」 だから何?

事実だけ伝えられても意味がない

(1)子供の場合

「先生、教科書を忘れました」のように報告に来ると、鍛えた学級なら「だから何?」とあしらう。

だから、どうしたいのだと自分で決めてから来いよ、という意図だ。

この厳しさに耐えられない段階の場合は、こんな言い方はしない。

 

2)一般社会の場合

「当たり前のことを言うな」という人がいる。

「今日は暑いですね」などの時候の挨拶は、話題提示としてはアリだと思うが、コミュニケーションが不足していると「だから何?」ということになる。

 

(3)懇談会の場合

「漢字が苦手ですね」

「なかなか忘れ物が減りませんね」

などの欠点を指摘されたら、保護者の中には「So what? 」と思う人がいるかもしれない。

「そこを指導するのが先生の仕事でしょ?」

「えっ?、私が指導不足でスミマセンって謝るところなの?」

と思われるかもしれない。

 相手がどう思うかを意識して、言葉を投げかける。

 「見ていれば誰でもわかること」を伝えると 「So What?」を誘発し、不信感を深めてしまうのだ。

 

| | Comments (0)

« April 2025 | Main | June 2025 »