« May 2025 | Main | July 2025 »

June 30, 2025

「やってもいいよ」では格差が生じる

 3年生でローマ字の学習と並行してタイピング練習をさせている場合が多い。

 クラスによって、また個々の意欲によって取り組み実績は全然違う。

◆何かの課題が終わった時(テストを含む)

◆隙間時間ができた時

 タイピング練習を「してもいいよ」というスタンスの先生をよく見かける。

「してもいいよ」とは「しなくてもいいよ」の意味でもある(と子供は解釈する)。

「やった〜」といって夢中で取り組み子は驚くほど上達するが、ローマ字が苦手な子は多分やらない。やれと言われてないことなのだから、やる必要はない。

 タイピングが苦手な子の中には、とにかくやりたくなくて、強制されない限りやらない子もいる。しかし、そうではなく、本当は練習したいけれど、他のことも遅くて、いつもやるべき課題が終わらず隙間時間のない子がいる。

 どちらの場合も、周囲とあまりに差が生じると、見られるのが恥ずかしいので、ますます練習しなくなる。だから差が広がる前にみんなで足並みをそろえて指導する必要がある。 

 かつて4年生になっても手書き入力をしている子がいた。その子は1年以上遅れていると言わざるをえない。

 まあ、これはタイピングに限らず、プログラミングでも体育でもスキルアップに関わることなら同じだ。一輪車もドッジボールも得意な子は毎放課楽しく遊んでどんどん上達するが、苦手な子はやらないから上達しようがない。

 教師の支援の仕方が悪いと、格差が広がっていく。最低限のスキルが必要なのに、各自の自由でやらせていては、スキルの習得・習熟を保障できないからだ。

 「やってもいいよとアドバイスはしているんだからやらないのは本人のせい。そんなのは教師の責任じゃない」と言われそうだけど、読み書き計算とタイピングぐらいは、本人の意欲に任せているだけではいけないだろうし、本人の意欲を掻き立てるのが教師の仕事だ。

 学校生活では、「やるべきことをやってから、好きなことをやる」が望ましい。

 「今から全員タイピングを5分やりましょう」のように時間で制限すれば、苦手な子も得意な子も平等だ。もちろん「キーボー島」で20級まではクリアしようというように最低ラインを課すことも大事だと思う。

 一番いけないのは、本当は全員にちゃんとやってほしいのに、「やってもいいよ」と曖昧な指示を出す先生だ。

 「やるべきこと」と「やりたいこと」を混同させてはいけない。

 

| | Comments (0)

June 25, 2025

閉じた漢字学習

新出漢字の練習場面を見ていると、(もちろん時間の都合はあるが)

新出漢字のみの指導にとどまっている。

これまで習った漢字との関連・まだ習っていないけどよく使う漢字との関連などを扱うから、先のブログで書いたように、断片的な知識がつながるのだ。

たとえば、先日、2年生で扱っていた「夏」

「日ー白ー百」のグループではなく

「目ー自ー頁」のグループになる。そして、「頭・題」などにつながっていく。

夏の下の部分は「又」でも「及」でもないので、「各・客・冬」などとつながっていく。

こんなこと、いちいちやっていたら時間がいくらあっても足りない。

でも、全然やらなかったら、いくら教えても記憶に残らないのだ。

 

| | Comments (0)

「グラフ理論」で、記憶を強化する

高橋純先生(東京学芸大)の研究資料の中に「ネットワーク」の図が紹介されている。
 いわゆる「グラフ理論」だ。
◆断片的な知識(ノードのみ) → 知識はバラバラで関連がない。
◆知識のネットワーク化(ノード+エッジ) → 知識が意味的・構造的に結びつくことで、思考のネットワークが形成される。
◆ネットワークの密度が増すことで、推論・創造・応用力が高まる(高次の資質・能力)。
という流れになっている。
 自分自身、バラバラだった知識がつながって理解が深まる感動を味わったことが何度かある。

 最初は何のことか分からなかったけれど、いろいろ学ぶうちに「ああ、そういうことだったのか!」と腑に落ちる感覚だ。
 生成AIに「断片的な漢字が脳の中で整理されていく場面」の例示をお願いしてみた。
====
ChatGPT:
漢字習得におけるモデル図の具体的な場面
 A1. 基礎的な知識及び技能(断片的 → 関連づけ
1)断片的な知識の習得
  例:「木」「林」「森」など個別の漢字を習う。
  この段階では、形や読み方など表面的な情報のみを記憶している状態。
2)知識が増えてくる
 ・多くの漢字に触れ、漢字の部首や構成に気づき始める。
 ・例えば、「木」へんの漢字が自然や植物に関係することに気づく。
3)関連づけ「木」+「目」=「相」など、部首や意味の関係を理解し始める。
  類義語・対義語など意味的なつながりが見えるようになる。

A2. 高次な資質・能力(思考力・判断力・表現力等)
1)漢字の構造的理解
 ・漢字を使って熟語を作り、意味を考えたり使い分けを学ぶ。
 ・例:「森」「森林」「森林浴」の違いを理解。
2)目的を持った表現や応用)
 ・自分の文章の中で適切な漢字・熟語を選択して表現できる。
 ・読解でも文脈に応じて漢字の意味を柔軟に捉え、推測する力が育つ。
 この図を使うことで、単に「漢字を覚える」ことにとどまらず、関連付けて深く理解し、自ら使いこなす力へと発展させる学習の道筋を示すことができます。
======
 なるほど!

 せっかくだから、自分でも最近の授業を例にして考えてみた。「情報の収集ー整理分析ーまとめ表現」の探究サイクルとよく似ていることが分かる。

◆4年算数「垂直・平行と四角形」
(1)断片的な知識としての「垂直・平行・台形・対角線・平行四辺形・ひし形」などの用語を順番に知る。
(2)垂直・平行に着目した四角形の仲間分けをすることで、用語や四角形の理解が深まっていく。

◆3年社会科 「わたしたちのしごと」
(1)身の周りにどんな仕事があるか列挙してみる。
(2)どんな仕事があったかを整理してみる。具体的な仕事を抽象的に括ってみることでもある。
  A「お店」「農業・漁業」「工場」「警察・消防など」
  B「〇〇屋さん」「〇〇士・員・師」「その他」
  など、自分なりの観点で分類してみると、すっきりする。

・・・「よく分からない」であきらめず、もう少し続けていくと知識がつながって理解が深まる場合がある。

子どもたちにも「今はちょっと難しいけど、すぐに分かってくるよ」「今まで学習したことをまとめてみるよ」と収束させ安心させる言葉かけが有効なのだ。

Photo_20250625134701

| | Comments (0)

June 24, 2025

「7の段をお願いします」

  九九の学習は2年生の2学期というのが実にもったいなくて、できれば夏休みにフライングで課題にしておきたいところだ。

 あるベテランの先生は、授業ではやらないけど、1学期の朝の会で「九九の歌」に取り組むという裏技を使っていた。

 その先生は、1学期の懇談会で「九九をやらせた方がいいですか」と保護者に聞かれ、 「やっていただけるなら、7の段だけお願いします」 と伝えていたそうだ。

 子どもたちが簡単な2の段や5の段ばかり取り組まないように、保護者には「7の段」だけを協力依頼する、この用意周到さがたまらない。

 3年のローマ字、4年の都道府県なども、学年末までの完全習得を目指して、少しずつ取り組んでいた。 これがベテランの技だ。

 ちなみに、この先生は、運動会の種目の隊形どりは、下校の際にも練習させていて、運動会1週間前に「もう、教えることはないから、台風で休校になっても大丈夫」と豪語していた。 運動会直前に練習時間を増やしたりヒートアップする先生とはきわめて対照的であった。

 すばらしい実践をするベテランの先生のワザをたくさん吸収していきたいし、紹介していきたい。

| | Comments (0)

「余白の芸術」

『天気の好い日は小説を書こう』(三田誠広)。

「三人称全知視点(神の視点)」のデメリットについて、三田氏は「『小学生の作文』にならないための諸注意」の章でアドバイスをしている。

=========================

神の視点でものを見て、父と子が出てくるとですね、どうもお父さんがうすっぺらく見えてしまうということになる。子どもなり、娘なりの視点に徹して描いていくと、おのずと父親の影というものが気配に伝わってくるものです。子供の目には見えない父親の影の部分は、見えないままにしておく。その方がいいんです。見えないものは描かない。すると立体感が出てくるのです。神の視点で何もかも描いてしまうと、嘘っぽくなる。同様に、書き手が何もかもを解釈し、説明してしまうと、ただの図式になり、奥行きがなくなってしまいます。(P153)

===========================

 書き手は人物の解釈や説明をしていない。

 だからこそ、読者は自分で解釈し説明を加え自分を納得させる。

   書き手が書いた解釈や説明をなぞるのではなく、書いていない解釈・説明を読者自身が課す。

「主人公の目でじっと見る、見えたものだけを書けばいいんです」という書き手のテクニックを裏返しで言えば、主人公の目でじっと見る、見えたものだけを読めばいいんです。ということになる。

 三田氏は次のようにも述べている(P116)

==========================

◆もし、これがですね、志賀直哉が父親に向かって、「お父さん、僕の赤ん坊が死んでしまいました。その瞬間、私はお父さんの気持ちがわかりました。いままでの私がわるかった。お父さん、許してください」と言ってですね、父親が息子を抱き締めて、「いや私もいままで説明不足だった。お前もお父さんのことを許してくれ」と言って、二人がひしと抱き合ったら(笑)非常にわかりやすい話になりますね(笑)しかし、それでは大衆文学になってしまうんです。教養のない人にはわかりやすいかもしれないが、志賀直哉はそういうふうには自分の文学を作っていかなかったんですね。何にも説明しないんです。だけどわかる人にはわかる。

==========================

 小中学校で扱う文章は、人物の解釈・解説が詳細に描かれている。

 たとえば「大造じいさんとガン」は典型で、冗長なガンへの呼びかけを宇佐美寛氏は批判した。

  そのような「わかりやすさ」に慣れてしまうと、語らない良さを備えた小説を読めなくなってしまう。(まさに「大衆小説」しか読めなくなってしまう)

 個人的にはテレビドラマでも映画でも冗長な独白があると、ちょっと興ざめしてしまう。語らせすぎると白けてしまうのだ。

 「分かりやすい」物語を例にして読みの訓練をしながら、「分かりにくい」小説を読むスキルを身に付けさせていければよい。

 それにしても・・・ 

 今の世の中は「ちゃんと明記しないと伝わらない」という風潮にある。実務的ではあるが、教養のない世の中・野暮な世の中になったのかもしれない。

 先ほど、「みなまで言うな」というワードで検索したら「どういう意味ですか?」とyahoo知恵袋で問い合わせされていて、「そこから分からんのか!」とびっくりした次第です。

| | Comments (0)

June 23, 2025

指導教員(管理職)と、学級担任は「相似形

昨年度の拠点校指導教員の研修。

「指導教員は初任者にどうあるべきか」のポイントは「初任者は子供にどうあるべきか」のポイントと同じで、まさに「相似形」だった。

 それはまた「管理職は教職員にどうあるべきか」とも同じだった。

 だから、学級経営の優れた教師は、管理職として穏やかな職員室経営ができる。

 例えば、この日の研修で示されたスライドの一部。

【初任者の長所を探し、伸ばすことを考える】

【初任者と一緒に考える】

【選択肢を提案する。でも押し付けない】

 他にも

【どんな教師になりたいかは、一人一人違っている】

【初任者の成長を実感できるのが、指導教員の大きな喜び】

【できなくて当たり前。「知らない」という前提から入る。初任者に合わせて「調整する」】

などの指摘があって、ぐさりときた。

 指導教員の心得として提示されたこれらは、そのまま担任の心得だ。

 講座を聞きながら、「担任時代のお前は、子供に対して、そのように対応できていたか」 「人に指導できるほど、お前は優れた担任だったのか」 「担任として自分はできていなかったのに、初任者には説教しているのか」 を糾弾されているようで、心が痛かった。

 知識をひけらしていないか。 自分のやってきたことを自慢していないか。 そんな傲慢な指導教員にならないように、もっともっと謙虚に学び、相手に寄り添う人間性を磨いていきたい。

| | Comments (0)

家庭学習(復習)が必要な理由・

「熟達」の原理~ 復習で学びを熟達させる ~

誰でも一度も反復練習することなく暗記ができてしまうことはありません。

また、いったん記憶した知識や技能を速やかに思い出すのは難しいことです。

これが自動的にできるようになるには、熟達が必要です。

そのためには、一定の練習量が必要となります。

授業では知識に関する解説が行われ、意味や理屈を学びます。これが重要です。

授業中にも応用や問題を解く練習は行いますが、練習時間が不十分な場合に、これを補うための復習を家でするのです。

  (子安潤 愛知県家庭教育誌 「ゆうゆう」)

・・・暗記型の教育だけが推奨されるわけではないが、暗記型の知識習得が全く必要がないわけではない。

というわけで、子安氏は次のようにも補足している。

機械的な暗記だけを行うより、学ぶ意味や理解を伴った学習の方が印象深く記憶にも残ります。

できるだけ、一回一回どこに注意を向けるか意識した練習を反復して行う。

ただ本を読むだけやノートに書くだけでなく、異なる活動を組み合わせて復習する。

なお、「熟達」の2つのタイプも示している。

(1)スピードが速くなる機械的熟達

(2)応用がきくようになる適応的熟達

子安氏の資料とは別に、「上達」には3つの方向がある。

(1)速くできるようになる。

(2)たくさんできるようになる。

(3)正確にできるようになる。

このことを踏まえて「はかせちゃんになろう」と呼びかけたこともある。

**(は)速くできるようになろう**

**(か)簡単にできるようになろう**

**(せ)正確にできるようになろう**

好きなことだけを学んでいられたら、それは幸せだが、 辛くても「熟達」させねばならないこともある。

根性主義の「熟達」を推奨する気はないが、その気にさせて「熟達」させるのが教師の技量である。

| | Comments (0)

「なぜ」は探究のエネルギーになる

辻井満雄他「子どもの自由な試行活動を中心とした初等理科教育丸本喜一の理論と実践に関する研究」(富山国際大学子ども育成学部紀要 2016 

https://www.tuins.ac.jp/common/docs/library/2016kodomo-PDF/2016-05tujii2.pdf

(3)「なぜ」は、心的不均衡 

知的不均衡を均衡化しようとする一連の活動が問題解決である。従って人間が主体的に問題を解決する場合、まず課題を意識し、これから問題が生まれ、これを説明し解決しようとする方向に学習が展開されていく。これが主体的学習の原型といえる。

・・・ 難しい。

でも分かる気がする。「心的不均衡」「知的不均衡」という言葉になるほどと納得した。

証拠は示せないが、自分もかつて「なぜ」について次のように考えてきたからだ。

=========

「普通なら〇〇だ」「いつもなら〇〇だ」「自分なら〇〇だ」と思うような事柄で、△という事態が起きたときに「なぜ?」が生じる。

△ △という事態に違和感(ギャップ)がないと、「なぜ?」という疑問にならない。 だから、子供たちが「なぜ」という教師の問いにピンときていなかったら **「だって、みんなだったら 〇〇だよね。なのにどうしてこの場合△ △なの?それっておかしくない?」

ーーーーーーーー

というようなやりとりで、違和感を念押しする必要がある。 「おかしい」と感じるのが自分だけで、子供が全く違和感をもたない場合は「なぜ」を問うた自分の認識が間違っているのだ。

=========

・・・「なぜ?」はギャップだと考えてきたから、「不均衡」というワードが腑に落ちた。

文中には「矛盾」という表現もある。 

子供はこの刺激にあって「おや」と注意を持続し、やがて「おかしいぞ」、「どうして」と疑問や矛盾を抱く。この矛盾が課題意識になり、主体的に行動を起こすようになる。

 ・・・特に、びっくりしたのが 「既知のものと 未知のものを2つ同時に提示し、意図的に矛盾を見出している」という比較の場の設定である。

◆6年の「地層」の例を提示しているが、簡単に言えば「足下の地層はどうなっているかと」聞かれても児童には先行経験がないので分からない。生活経験もない、そこで想像図を描かせて実際の地層と対比させるというのである。

学習内容に関連する事象をただ漠然と提示するのではなく、生活経験を思い出させて提示する。もし先行経験がなければ、生活経験を思い起こさせる。生活経験もない場合は、想像させて比較できるものを提示するということである。

  児童の主体的な学習は、「先行経験」「生活経験」「イメージ」の順に比較させ、その矛盾(ギャップ)から「なぜ」を誘発しようとしている。  私が考えてきた「普通なら〇〇だ」「いつもなら〇〇だ」「自分なら〇〇だ」の「普通・いつも・自分」は、先行経験・生活経験のことだ。 自分の中で「既知と未知」がつながった快感がある。

| | Comments (0)

June 19, 2025

「よかれ」と思っても、なかなか相手には伝わらないものです。

休日にセミナーに参加して「こんなによかったよ」と紹介しても、なかなか伝わりません。

困っている先生を救いたいと思うものの、伝わらない人には「自分とは価値観が違うのだ」と諦めるしかないでしょうか。

ChatGPT:

ご自身の時間とお金を使って学びを深め、その成果を周囲に還元しようとする姿勢、本当に尊いことだと思います。その誠意や熱意がうまく伝わらないときのもどかしさや虚しさ、よく伝わってきます。

■「よかれと思って」でも、届かない理由

「これが役に立つ」と確信していることでも、相手が受け取る準備ができていなければ、どうしても届きません。特に教育現場では、

  • 心身ともに余裕がない
  • 「また押しつけられる」と身構えてしまう
  • 他人の成功体験が自分の失敗を突きつけるように感じる

そんな状況の先生方も少なくないのが現実です。

あなたが「困っている人を救いたい」と思っても、相手が「救われたい」と思っていなければ、善意が空回りしてしまうことがあります。

■伝えるべきか、諦めるべきか?――その中間にある「待つ」という選択肢

結論から言えば、「諦める」のではなく「手放す」が現実的で誠実な対応かもしれません。

つまり、

今すぐ伝わらなくてもいい。必要になったとき、思い出してもらえるようにだけしておく。

という姿勢です。

たとえば:

  • 紹介したセミナーの資料をそっと共有フォルダに入れておく
  • あまり語らずに、自分がそれによってどう変わったかを日常の姿で見せる
  • 「気になることがあったらいつでも話そうね」とだけ声をかけておく

このようにして、「押さずに、開いて待つ」。それが、結果的に最も伝わる方法になることがあります。

■価値観の違いは「諦める理由」ではなく、「距離感の目安」

「自分とは価値観が違うのだ」と気づくのは、相手を見限るためではなく、適切な距離をとるための気づきだと捉えると、少し楽になれるかもしれません。

違う価値観を否定せず、でも無理に融合しようともせず、「その人がその人なりに前を向ける時」を信じて待つ。

それは教師としてだけでなく、人として非常に成熟した態度だと思います。

あなたのような教師がいてくださることは、実は周囲にとってかけがえのない希望そのものです。たとえ今はそれが見えなくても、いつか誰かの心の中で灯になる瞬間が来るはずです。

あなた:

「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」という接し方が大事なのですね。

ChatGPT:

まさに、その通りです。

「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」
――この言葉には、教育や人との関わりの本質が凝縮されていますね。

■ 教える側ができるのは「機会をつくること」

あなたのようにセミナーに参加し、実りある学びを得た人がそれを共有しようとするのは、まさに「水辺に連れていく」行為です。それ自体はとても価値があり、必要なことです。

でも、水を飲む(=学びを自分のものにする)かどうかは、相手自身の意志とタイミング次第なんですよね。

■ 飲むときが来るまで、静かにそばにいる

教師として長年生徒を見てきたように、同僚や若手教師も「今は飲まないけれど、あとで渇きを覚えたときに水辺を思い出す」ことがよくあります。

そのとき、誰かが水辺を教えてくれたこと――つまりあなたの存在――がどれほど意味を持つか。

■ 大事なのは「焦らない」こと

誠実な人ほど、「なぜ飲まないの?」「こんなにいい水なのに」と思ってしまいがちです。でもそのときに焦ると、せっかくの水辺が「押し売り」になってしまいます。

だから、

押さず、離れず、待つ。
ただ、静かに水があることを知らせておく。

そんな姿勢が、一番信頼を集め、後々になって一番響きます。

あなたがしていることは、確実に意味があります。すぐに伝わらないだけで、まったく無駄にはなっていません。それを信じて、どうかご自身の価値を手放さずにいてください。

・・・ChatGPTは、いつも優しい。

| | Comments (0)

June 17, 2025

行列をつくると、救われない子が増える

算数の問題を解いた後に、できた子が並んで行列がよく起きる。

そうやって11人に丁寧に声をかけながら〇付けする先生が「よい先生」だと刷り込まれているのだろうか。

1人1人に丁寧に○付けや解説をしていることこそが元凶で、本当に無駄だと思う。

練習問題の5問も10問も○〇付けしようとするから、行列ができる。

×の説明をしようとするから、行列ができる。

そこは、さっさと丸だけ付けて行列解消に努めねばならない。

それにしても・・・

〇付けに並ぶ子は、できている子。

先生の支援が必要なのは、〇付けに並ぶほど解けていない子のはずなのに、先生が丁寧に〇付けをしている間、できない子が放置される。

先生が速く追わった子の〇付けに拘束されている間、できていない子の実態把握は全くできない

本来、できる子には模範解答を提示して放置しておいてでも、むしろ支援の必要な子の面倒をみるべきだ。

手をかける相手が違うというか、根本的な教育観が違う。

| | Comments (0)

「一つの花」のリンク集

(0)最新版の授業プラン

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2025/06/post-9ae838.html

(1)Microsoft Bingで「一つの花」について聞いてみました。

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/06/post-9e0395.html

 

(2)生成AIを使った「一つの花」の教材研究

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/06/post-e2e622.html

 

(3)『一つの花』お父さんの気持ちを多様に考えてみる。

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/06/post-11a857.html

 

(4))「一つの花」お父さんの気持ちを多様に考えてみる (その2)

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/06/post-bd9421.html

 

(5)「一つの花」~お父さんの高い高い - 

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/06/post-2f2ed6.html

 

(6)「一つの花」の題名の理由は?

 http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2013/06/post-7623.html

 

(7)「一つの花」の対比から、今の戦禍を考える:

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/06/post-72ea4d.html

 

(8)「一つの花」 父への手紙

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/07/post-11a1e8.html

 

(9)対比は奥が深い 

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/10/post-3830c5.html

 

(10)対比の授業を考える

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2020/08/post-5274a7.html

 

(11)「一つの花」を授業するための教養(スキーマ)としての読書

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/08/post-4663f0.html

 

(12)出征を見送る「事実」を知ろう。

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/07/post-6b14df.html

 

| | Comments (0)

「抽象と具体」の往復活動

「抽象のハシゴを降りよ」と宇佐美寛先生も書いておられた。宇佐美先生は、具体的な議論を推奨した。「神は底部に宿り給う」も同じ文脈である。

「抽象⇄具体」の往復運動を重視した読解指導について、小学校中高学年で、どのように展開すればよいかおしえてください。

 ChatGPT:

とても重要なテーマです。
「抽象⇄具体」の往復運動は、子どもたちが「言葉を自分のものにする」「意味を実感する」ために不可欠な力であり、特に小学校中高学年(4~6年生)ではこの力を意識的に育てる必要があります。

以下に、具体的な展開の流れと指導例を示します。

===

◆基本の考え方:「抽象⇄具体」の往復とは?

  • 抽象:定義・主張・結論・筆者の言いたいこと(一般化・まとめ)
  • 具体:事例・場面・経験・描写・比喩・数字など(実際のイメージ)

これを一方向ではなく「行き来」するように促すのが大切です。

◆ 指導の基本ステップ(中高学年向け)

 1)具体例を探す → 抽象的にまとめる(上りの思考)

  • 例:筆者が出した具体例は何か?それは何を表しているか?
  • 質問例:「この話は、どんなことを言いたいのかな?」「この事例から分かることは?」

 2) 抽象的な主張を具体化する(下りの思考)

  • 例:筆者の主張はわかったけど、それってどんな場面で見られる?
  • 質問例:「それって、自分の身の回りだとどんなこと?」「反対に、そうでない例って何?」

3) 両者をつなげて文章全体の構造を理解する

  • 「この具体例と主張の関係を図にしてみよう」
  • 「主張A → 具体例B → だからまとめC」など、構造を可視化する

◆ 具体的な読解指導の展開例

例1:説明文「クジラは魚か、哺乳類か」(抽象的な分類の話)

授業展開:

  1. 具体を見つける:「クジラは胎生」「肺で呼吸」「ミルクを与える」
  2. 抽象を導く:「哺乳類の条件を満たすから、クジラは哺乳類」
  3. 構造図にする:「具体的特徴→哺乳類の条件→分類」
  4. 自分で応用:「イルカはどう?」「人間に当てはめると?」

例2:文学作品「一つの花」(戦争と家族)

授業展開:

  1. 抽象を読み取る:「戦争によって大切なものが奪われる」「家族の愛」
  2. 具体に下ろす:「お父さんの別れの言葉」「一つの花に込めた思い」
  3. 体験とつなげる:「自分が同じ状況だったら?」「家族との思い出を語る」
  4. 再び抽象に上げる:「平和って何?」「“一つ”に込められた意味とは」

====

◆ 「往復運動」を支える教師の問いかけ(実践的フレーズ)

思考方向教師の問いかけ例

ア)抽象 → 具体

「それって、どんな場面で見られるかな?」
「たとえば、どんなこと?」

イ)具体 → 抽象

「このことから、どんな考えがわかる?」
「どんな言葉でまとめられる?」

ウ)構造を見せる

「なんでこの話がここに出てきたんだろう?」
「この文、前とどうつながってる?」

エ)体験に結ぶ

「自分にもこういうことあった?」「この言葉、自分で使うならいつ?」

◆ 補足:ノート指導や図式化も有効

  • 「具体・抽象マップ」や「三段構成チャート(主張→理由→例)」を使わせる
  • 対話(ペアトーク・グループ討論)で行き来させる
  • 書く活動とセットにして、言語化を支える

◆ まとめ

項目指導のねらい

目的:言葉の背後にある「実感・構造・背景知識」を育てる

方法:抽象と具体を行き来させる問いかけ・図式・対話

子どもの変化:「言葉をなぞる」から「意味を考える」へ

 

 あなた:いわゆる「So What?」と「「So Why?」のことですか?

 ChatGPT:

はい、まさにその通りです!
So what?(それがどうした?)」と「So why?(なぜそう言えるの?)」という問いは、まさに抽象と具体を往復する思考のコアになります。

◆「So what?」= 抽象→具体(意味・意義の追究)

これは、抽象的な主張や言葉に対して、具体的な意味や意義を問う問いです。

 例:

  • 筆者は「命の大切さを伝えている」と言ってるけど、
    •  So what? → それって、私たちの生活でどういうこと?
    •  どう生き方に関係するの?
  • 「努力は大事」って言ってるけど、
    •  So what? → それって、どんなとき? なんで大事?

👉 主張・まとめに対して「それが現実でどう活きるのか?」を問う

 

◆「So why?」= 具体→抽象(理由・根拠の追究)

こちらは、何かの主張やまとめに対して、「なぜそう言えるのか?」と問い返すものです。

 例:

  • 「この人物はやさしいと思う」→
    •  So why? → どんな行動からそう思ったの?
  • 「この話は平和の大切さを伝えている」→
    •  So why? → どの場面? どんな言葉から?

  具体例や描写から「なぜそう言えるか?」を引き出し、主張や意図に迫る

 

◆ 小中学生への指導での活用

 これらの問いは、読解や作文、さらには対話活動においてとても使えます。

  教室で使える言い換え例:

So what?

 「それって、どんな意味があるの?」
 「だからどうなるの?」
 「自分と関係あるかな?」

So why?

 「なんでそう思うの?」
 「どこを見てそう感じたの?」
 「理由を教えて」

◆ まとめると…

用語抽象⇄具体の関係 主なねらい

 So what?  抽象 → 具体   意味・意義を問う/自分の生活につなげる

 So why?   具体 → 抽象   理由・根拠を問う/論拠を明確にする

この2つの問いを意識して授業を組み立てることで、

  • 子どもが「わかったつもり」から脱却できる
  • 発言や記述が深まり、文章の構造や意図に目が向く
  • 書く・話す際にも「筋道立てる力」がつく

・・・以下は、今の私の意見です。

(1)説明文の要約、社会科の調べ学習など、子どもたちが言葉の意味を十分理解しないまままとめていることが多い。語彙の乏しい子供たちは背伸びして言葉を使うことで、少しずつ言葉の意味を学んでいくのだとは思う。

(2)「それってどういうこと?」と意味を問い、借り物でない自分の言葉で説明させること・リライトさせることに意味がある。

(3)「例えばどういうこと?」とテキストにない事例・実体験で説明させることで、言葉を具体的に考えさせる。これが「神は底部に宿り給う」

(4)そういえば、自分も説明文の授業の最後に、「筆者と同じような経験」「この主張とよく似た自分の体験」を書かせたことがある。ほとんど無意識だったが

So what? = 抽象 → 具体 = 意味・意義を問う/自分の生活につなげる

に取り組んでいたのだと今になって思う。

 

 今、シンキングレンズというか、「見方・考え方」の例がよく教室掲示してあるが、この「So What? WhySo?」もそうあるべきだろう。過去の関連ブログも集約してみよう。

20210218114654

| | Comments (0)

June 16, 2025

生成AIも、子どもも「言葉が独り歩きしている」

◆生成AIが話す言葉は実世界の経験や感覚に根ざした深い意味をもっていないですよね。これって子どもも同じではないでしょうか。

 子どもが教科書で学ぶ説明文や戦争物語も、実感が伴っていない場合が多いです。

 書いてある言葉をなぞるだけで、具体的に理解できていない。
 だから、説明文では、具体例を把握させます。抽象的なまとめの言葉に満足せず「それはどういうことか」「主張を裏付ける具体例は適切か」を検証します。

 戦争作品では、具体的な事象を把握させます。「空襲」とはどういうことか、「配給」「出征の見送り」とはどういうことか。出征する多くの兵隊が、死を覚悟していたが、そういう背景を知らずに「出征・見送り・ばんざい」などの言葉を分かったつもりになって使うなということです。

 言葉を言葉としてしか受け止めていないのなら、本当の理解には至らない。

 生成AI活用のヒント(課題)は、「読解」のような人間の脳を活用する場合のヒントになるのではないでしょうか?

ChatGPT:
おっしゃる通りです。とても重要な観点です。生成AIと言葉の関係、そして子どもの読解力や学びの質について、非常に鋭い指摘をされています。以下にいくつかのポイントを整理して応答します。

◆言葉に実感が伴わないという共通点

生成AIも子どもも、「経験がない言葉」を扱うとき、しばしば「意味の実感」が抜け落ちます。

AIは過去の膨大な言語データをもとに、確率的にもっともらしい言葉を返しているだけで、そこに痛みや喜び、葛藤や覚悟といった人間的な実感は存在しません。

同様に、子どもが教科書で「空襲」「出征」などの言葉を見ても、それを生活体験や身体感覚に結びつける機会がないままでは、表面的な意味にとどまってしまう。これは、「理解したつもりになる」という読解の大きな落とし穴です。

◆ 教育における読解指導の意義

だからこそ、あなたがおっしゃるように、説明文で「具体例を把握させる」こと、戦争文学で「状況のリアリティを追体験させる」ことがとても重要になります。

たとえば:

・「空襲とはどういうことか?」→ 爆音、炎、逃げ惑う人々、焼けた家…

・「出征とは?」→ 家族との別れ、国のために死を覚悟することの重さ…

こうした具体的なイメージや感情の追体験が、「言葉を理解する」ための前提になります。言葉は、その背後にある現実の具体的な状況や感情によって、初めて深い意味をもつのです。

◆ 生成AIの限界が教育のヒントになる

 ここがとても興味深い視点です。

 生成AIは一見、それらしい言葉を出してきますが、「実感を伴わない」というその限界が、人間の読解に必要な力を逆照射します。

・AIにはできないが、人間にはできることは何か?

・言葉を超えて、状況や心情を「読む」ためには何が必要か?

こうした問いは、教育現場での「読解教育」の方向性を考える上で、大きなヒントになります。

◆ まとめ:AIが教えてくれる「人間の特権」

生成AIは、言葉を「もっともらしく」扱えますが、「本当に意味をわかる」ことはできません。

これは、人間が言葉をどうやって「意味あるもの」にしているかを考えるきっかけになります。

・経験と結びつけること

・具体と抽象を往復すること

・相手の立場や状況に想像力を働かせること

これらがあって、初めて人間の「読解」は成り立ちます。そして、これは教育で育むべき最も重要な力の一つです。

| | Comments (0)

AI活用の課題を、読解指導に活かす

「記号接地問題」(symbol Grounding Problem)

 生成AIが話す言葉は実世界の経験や感覚に根ざした深い意味をもっていない。

 うーん、これって子どもも同じかな。

 子どもが学ぶ説明文や戦争作品は、実感が伴っていない場合が多い。

 書いてある言葉を表面的に理解しているだけで、具体的に理解できていない。

 だから、説明文では、抽象的なまとめの言葉に満足せず「それはどういうことか」「主張を裏付ける具体例は適切か」を検証する。

 戦争作品では、具体的な事象を把握する。「空襲」とはどういうことか、「配給」「出征の見送り」とはどういうことか。出征する多くの兵隊が、死を覚悟していたといった背景を知らずに「出征・見送り・ばんざい」などの言葉を使っていては、心の底からの理解につながらない。

 言葉を言葉の表層でしか受け止めていないのなら、本当の理解には至らない。

 子どもたちのまとめが、生成AIのように「知らない言葉をとりあえずつないでみた」では困る。

 AI活用のヒント(課題)は、人間の「読解」のヒントになるだろうか。

 

| | Comments (0)

June 13, 2025

多感覚を生かした学習

「多感覚的な学習」は、その名の通り、複数の感覚を同時に使って学ぶ方法です。

例えば、文字を覚える際に、

  • 目で見る(視覚)
  • 声に出して読む(聴覚・発話)
  • 指でなぞる(触覚)
  • 大きく体を動かしながら書く(運動覚・固有受容覚)

といったように、色々な感覚器からの情報を同時に活用します。

なぜ多感覚的な学習が効果的なのか

この方法は、特に以下のような点で非常に効果的だとされています。

  • 記憶の定着を助ける: 一つの感覚だけでなく、複数の感覚を通して情報が入ることで、脳の中により多くのつながりができ、記憶がより強固になります。
  • 苦手な感覚を補う: たとえば、視覚からの情報処理が苦手な子でも、聴覚や触覚、運動覚など他の感覚を使うことで、学習内容を理解しやすくなります。
  • 学習への意欲を高める: 体を動かしたり、様々な感覚を使ったりする学習は、子どもたちにとって楽しく、飽きさせない工夫にもなります。

視覚支援・聴覚支援との関連

  • 視覚支援: 文字や絵、写真、図、色分けなど、目から入る情報を活用して理解を助ける。
  • 聴覚支援: 言葉や音、リズム、歌など、耳から入る情報を活用して理解を助ける。

これらに加えて、触覚、嗅覚、味覚、そして体を動かす「運動覚」や「固有受容覚」といった様々な感覚を取り入れることで、より包括的で効果的な学習支援が可能になるのです。

特別支援教育の現場では、個々の子どもの特性に合わせて、どのような感覚をどのように組み合わせるかを常に考えて支援が行われています。

 

※GEMINIが親切にまとめてくれました!

| | Comments (0)

June 12, 2025

「スイミー」の授業展開

ある授業は、次の構造に沿っていた。

(始)・・・スイミーは、みんなと違って色が黒いので、自分のことが嫌いだった。

      泳ぎの速い自分だけ生き残って、さみしかった。

(中)・・・海の中のいろんな仲間を見て、他人と違っていてもいいと元気づけられた。

(終)・・・「自分が黒い」ことが役に立ち、仲間を救うことができた。

「劣等感をもっていた主人公が、その短所を活かして仲間を救った」という構図で読ませたいのだという意図が伝わってきたが、やや強引かなと思った(最終的には、それでいいと思うけれど)

「楽しくくらしていた」という記述を捉えたら、スイミーが「自分を嫌い」だと読むのは難しい。

 そのあたりのスイミーの心境は文中では明らかにされていない。。

 「自分を嫌い」と考えた子の理由

・・・ひとりぼっち・さみしい・恥ずかしいなどは分かりますが、文中に証拠がない。

自分に対する劣等感があったかもしれないけれど「楽しくくらしていた」という表現は動かせない(ただし、外見上は「楽しくくらしていた」けれど、スイミー自身は心の中で辛かったという解釈の余地はある)。

 今後の授業の展開としては、毎回「自分のことをどう思っていたか」を書かせるとよいと思う。

(始)・・・スイミーは。みんなと違って色が黒く、泳ぎが速い特徴をもっていた。

      泳ぎが速くて自分は助かったが、1人ぼっちで寂しかった。

(中)・・・海の中のいろんな仲間は1人でも楽しく暮らしていて元気づけられた。

(終)・・・「自分が黒い」ことが役に立ち、仲間を救うことができた。

 

 道徳的にまとめるつもりはないが、この「スイミー」のお話しから強く感じるのは

 A:協力、B:勇気、C:自分らしさ

なので、あなたはどう思うかをのどれかを考えさせて、いろんな理由を交流させたい。

 スイミーの長所をたくさん挙げさせてもいいかなと思う。

泳ぎがはやい   ◆色が黒い ◆勇気がある  ◆くじけない・すぐ立ち直る

◆リーダー性がある ◆じっくり考える・知恵がある・かしこい 

| | Comments (0)

June 11, 2025

ヒューマンエラーは起こるもの

 年度当初、緊急連絡カードの紛失疑惑で大騒ぎしたことがある。

 学校にある環境調査表や緊急連絡カードなどを、いったんお家に返却して、チェック後に再提出してもらうことになっているが

そもそも、この返却ー再提出のシステムが、危機管理上、とても危うい。

(1)職員による書類差し替え作業中の「エラー」

(2)担任が子どもに渡す際の「エラー」

(3)子どもが保護者に渡す際の「エラー」

(4)保護者が子どもに渡す際の「エラー」

(5)子どもが担任に渡す際の「エラー」

を考えたら、マル秘の用紙があちこち移動することが問題なのだ。

===========

◆ヒューマンエラーはいつ起きてもおかしくない。人を責めずに仕組みを責めてほしい。学校経営を改善するためには、ヒューマンエラーが起きづらくなる仕組みを考えていくことが大切だ。

「自律する子の育て方」SB新書P108

============

保護者だって、手書きの連絡カードを書き直すのは面倒だ。

こんな時代なのだから、デジタルで入力してもらうのが一番確実なのだと思う。

81nyyk1ri8l_sy425_

 

| | Comments (0)

子どもに自己決定を促す「3つの言葉」

麹町中学校の工藤勇一氏の言葉

1「どうしたの?」

2「君はどうしたいの?」

3「何を支援してほしいの?」

◆これは子育てでも大事なことですが、親が口や手を過剰に出すことなく、常に子どもに自己決定の機会を与えていくと自己肯定感が高まり、自ずと自信と主体性が付いてきます。なぜなら自己肯定感とは「自分は自分のままでいいんだ」という自分にOKを出す感覚だからです。

◆自己決定させることはどんなに小さなことでも構いません。とにかく、子どもでも決められるにもかかわらず、大人が勝手に決めてしまうことが子どもの自信と主体性を奪っていると、まずは理解しないといけません。

 「自律する子の育て方」SB新書P91〜95

 

 少し前のドラマ「御上先生」でも、同じような問いかけがされていた。

 すべてを子どもに委ねるのも、すべてを先生が決めてしまうのも問題がある。

 メジャーリーグのコーチは、選手が尋ねてこない限り何も教えないそうで、まずは本人の「課題意識・課題解決の意欲」が大切なのだ。81nyyk1ri8l_sy425_

 

| | Comments (0)

「やりたいことをやる」が最強だけれど・・

 「何だろう? なぜだろう?」という自分の興味・好奇心に沿った行動は、ドーパミン系のモチベーション・最強のモチベーションと言われる。

 じゃあ、楽しいことだけやってればいいの?好きなことだけしてればいいの?ということになる。

 何でもかんでも自律的に取り組めるわけではないから、時には「あれをしなさい・これをしなさい」と他律的に行動を求められる場合がある。締め切りに追われると、お尻に火が付いたように頑張れる。あとでみんなの前で発表だということになれば、やらないとマズイので練習に身が入る。

 このように他律的に追い込まれるのが、ノルアドレナリン系のモチベーション。「適度な、やらなきゃ」は脳を活動的にすると言われている。

 もちろん、毎回毎回「あれをしなさい・これをしなさい」と他人に指しずされていたら、いずれ、言われたことしかやらなくなる。冒険もチャレンジもしなくなる。

 ドーパミン刺激にも、ノルアドレナリン系の刺激にも長所と短所があるから、バランスを考えることが大事だが、そこで重要なのが「心理的に安全な空間」

・自分の意志が尊重される・失敗しても咎められない

・他人と比較されない・できていることが評価される

・成功体験を積む・成長を実感する

 

「未知への恐怖」を「新しいことへの期待感」に変えられる教室でありたい。

 

※参考文献「自律する子の育て方」 SB新書

81nyyk1ri8l_sy425_

| | Comments (0)

June 09, 2025

「一つの花」の単元プラン

【第1時】

初発の感想をフリーにすると何も書かない子がいるから、メニューを示して感想を書かせる。「診断的評価」に近いお題で、今の段階で子供たちがどう考えているかを教師が把握するための初発の感想。

CDを聞く場合、全部通すよりも、場面ごとで区切った方が、作文に取り組みやすい。

①読む前に題だけを見て思ったことは・・

⓶最後まで読んで思ったことは・気になったことは・・

③「一つの花」の題の意味は・・

④ほかの題名をつけるとしたら・・

心に残った場面、登場人物の行動は・・その理由は・・

 

⑤は、単元の最後に清書して発表することを予告しておく。

終わったらノートを集める。余裕があればコメントも。

 最後に5問だけ「設定」のテストにしてもいい。さっさと解決させておく。

いつの時代ですか   (戦争がはげしかったころ。昭和20年ごろ)

季節はいつですか (コスモスの咲く夏から秋・  終戦の昭和20年なら8月以前)

どこの話ですか    (日本)でいいかな

だれが出てきますか  (ゆみ子)(お父さん)(お母さん)           

ゆみ子の口癖は何ですか(「1つだけ」)

 

【第2時】1場面

戦争当時の生活を、今と比べることで、当時の大変さに共感させる。

ノートに縦2段の表を書くのは厳しいが、できれば縦2段で書かせたいところ。

「アップとルーズ」のように、対比してみると、違いがよく分かる。

ここでは表での整理が提示できないので、「戦争がはげしかったこと」と「今」を分けて示す。

【戦争がはげしかったころ】

・おやつがない

・配給されるおいもやかぼちゃ

・てきの飛行機がばくだんを落とす

・まちは、やかれて灰になる。

・一つも、もらえない

・家族がバラバラになる

 

【今だったら】

・おまんじゅうもキャラメルもチョコレートもある

・お米を自由に買える

・ばくだんが落とされない。

・町が灰にならない。

・たくさん手に入る

・家族がいっしょにいる

 

・・・並列するこの整理の方法も「対比」である。

 

 【第3・4時】

2場面前半p75 学習の手引きに沿って、次の3つを考えさせる。

お母さんはゆみ子をどう思っていますか ・・ 「かわいそう」

お父さんはゆみ子をどう思っていますか・・  「どんな子に育つだろう」

お父さんの「高い高い」の意味は    FREE

 

 お父さんは、どんな気持ちで「深いため息」をつき、「めちゃくちゃに高い高い」をしたのかは、各自の言葉で表現させたい(難しい子は、発表した子の意見を参考にさせる)。

◆たくさん食べられないゆみ子がかわいそうなので、高い高いをして喜ばせたい

◆食べ物はあげられないけれど、高い高いならしてあげられる。

◆食べ物をあげてゆみ子を喜ばせることはできないけれど、高い高いでなら喜ばせられる

 

 ゆみ子のお父さんが戦争に行かなければならない日。出征・駅での見送り、「ばんざい」「軍歌」という意味が分からないかもしれないので、補足する。

 戦争に行くお父さんのためにつくったおにぎりをゆみ子が全部食べてしまった前半は簡単に押さえて、「一つの花」をあげるお父さんの気持ちを考えさせる。

 

④お父さんは、どんな気持ちで、ゆみ子に「一つの花」をあげたのか。

A:「おにぎり1つ」が食べられないゆみ子がかわいそうなので、「一つの花」で喜ばせたい

B:おにぎりはあげられないけれど、「一つの花」ならあげられる。

C:おにぎりでゆみ子を喜ばせることはできないけれど、「一つの花」なら喜ばせられる。

D:おにぎりは食べたらなくなるけれど、「一つの花」は大事にすればたくさん増える

 

・・・なお、「高い高い」と「一つの花」の違いを考えたら、次のようにも読める。

 

E:「高い高い」はお父さんがいないとできないけど、「一つの花」はお父さんがいなく  なってもある。

 F:最後の日に、おにぎりでゆみ子を喜ばせることはできなかったけれど、「一つの花」で喜ばせられてよかった。これで思い残すことなく戦争に行ける。

G:将来「一つだけ」しか言えない大人にならないように、花が増えるコスモスをあげた。

・・・こうした意見をゼロから考えさせるのは難しいが、「あなたは、どの意見がいいか」を選ぶことはできる。

学級の子供たちの意見をピックアップしざっと提示する。自分なりの言葉で書き換えさせたり、子どもに選ばせて理由を書かせたりすれば、みんな授業に参加できる。

子供から出なかったら、上記のような意見を例示する。

 

 【第5時】

戦争中と十年後を比べる。

【戦争中】

登場人物は、ゆみ子・母・父

ゆみ子は「一つだけ」しか言えない

食べ物がない(おにぎりもない)

一輪のコスモスの花

駅に「ごみすて場のような所に、わすれられたようにさいていたコスモスの花」

(書いてないけど)きびしい世の中

 

【十年後】

登場人物は、ゆみ子・母

「一つだけ」が出てこない。

ゆみ子は「どっちがいい」と言っている

ゆみ子はお母さん役

お父さんの願う世の中になった。

食べ物がある(お肉とお魚)

コスモスの花でいっぱい

家に「コスモスのトンネル」

(書いてないけど)平和な世の中になった

 

・・「心に残った場面」を選ぶ。次の時間に詳しく書くので、場面だけ選んでおく。

 

【第6時】 心に残った場面のまとめ・グループ交流

 

 ※ 小4国語「一つの花」板書の技術 - みんなの教育技術. https://kyoiku.sho.jp/154371/

| | Comments (0)

ふと、泣いてみたくて、重松清を読んでみた。

 「また次の春へ」(文春文庫)は、東日本大震災を題材にした作品を中心に7編。

 単行本は2013年発刊だから、もう10年経過している。

 震災後、何もできなかった自分がもどかしくて、読むことも避けてきた。でも「そろそろいいかな? むしろ、そうやって避けていることが問題かな」と意を決して読んでみた。

 それぞれ、良さはあるが、今の自分に一番刺さったのは「記念日」だった。

 よかれと思って、かえって嫌な思いをさせることがよくある。

 被災地にカレンダーを寄贈するのに、1~3月のページを切り取ったのは、最大限の配慮だったが、辛い過去を「なかった」かのようにしたと相手が感じるなら、それはとても失礼な行為だった。特に東北の被災者にとって1月から4月までのカレンダーは「春を待つ」特別な思いがあったのだ。

 麻衣が送ったカレンダーは、自分の家の印を修正液で消したものだったが、それを手にした被災地のおばあちゃんが、消した記念日を知りたいと言う。

 震災で自分の家族をすべて失ったおばあちゃんにとっては、麻衣のような他人の家族のことでも、誕生日のような記念日を共有したかったのだ。

 記念日を書き足したカレンダーを見て、おばあちゃんは手紙を送ってきた。

================

「カレンダーに書いた予定を見るたびに、ニコニコしています」

「私の孫は中学二年生でしたが、可哀そうなことになってしまいました。どうか、元気で大きくなってください。お祈りしています」

=================

・・・「重松清先生、お見事」と思う展開に、気持ちよく泣かせてもらいました!

Tugi

| | Comments (0)

June 05, 2025

教師はまじめだから(10)

 不登校対策の資料を読んで、改めて、登校する子たちの「当たり前」に甘えてはいけないと思った。

 同時に、優等生だった先生は、学生時代に成功体験ばかり積んできたかもしれない。不登校の次のような要因に共感できるかが問題だと思った。

(1)集団になじめない(人間関係で嫌なことがある)

(2)集団行動になじめない(行動を規制される・強要される)

(3)過敏な傾向がある(学校は刺激が多すぎる)

(4)勉強が分からない・学校がつまらない・苦手なことがある(失敗経験が多い)

(5)家が楽しい(好きにできる・誰にも邪魔されない・おうちの人に甘えられる・昼夜逆転)

(6)家庭不和

 毎日きちんと登校する子は学校生活を楽しみにしている。真面目な先生も学生時代はそうだったと想う。たとえ何らかの悩みが合ったとしても、無事に乗り越えてきた人が大半だろう。

 とはいえ、 「経験したことのない先生には、俺の気持ちはわからないよ」という皮肉に屈してはならない。

 我々には想像力がある。データや事例を収集する力、分析する力がある。

 経験したことがなくても、状況を理解し。共感し、接してあげられる。

 シリーズ風に書いてきたが、「まじめさ」は必ずしも短所ではない。長所と短所は「うらおもて」だ。

 「まじめな先生」は、失敗体験の少なさをカバーするために、その「まじめさ」を大いに発揮してほしい。

 

 

 

| | Comments (0)

教師はまじめだから(9)

 障害を持つ子は「ルール」には従わないが「ラポール=心が通じ合い互いに信頼しあい、相手を受け入れること」には従うと学びました。
人はロジックじゃ動かない、というのも同じ意味合いで、「ロゴス(論理)よりエトス(信頼)」と言われたのはアリストテレスの時代まで遡る。
 障害を持つ子に限らず、やんちゃ君に限らず、多くの人が従うのは「信頼する相手」である。
 ルールには従わないがラポールには従う中学生の姿が目に浮かぶ。
 大好きな先生にほめられて、どんどんお行儀良くなるやんちゃ君の姿が目に浮かぶ。
 信頼関係を築くのは相手を理解することが最優先である。

 相手の嫌なもの・苦手なもの(障害を持つ子なら過敏なもの)を理解して、「傷つける大人でないこと」「この人と一緒にいるとメリットがあること」を実感させよと教わった。

 教わってきたが、具現化できていない。

 まさに論より証拠。圧倒的な事実でしか人は変えられない。

 信用される自分になるには、圧倒的な実力をもつしかない。

| | Comments (0)

June 04, 2025

教師はまじめだから(8)

授業がうまい先生、学級経営がうまい先生は「巻き込み感」「ノリの良さ」が違う。

ふと、アントニオ猪木の詩と重なった。

===========

馬鹿になれ。

とことん馬鹿になれ。

恥をかけ。

とことん恥をかけ。

かいてかいて恥かいて 裸になったら見えてくる。

本当の自分が見えてくる。

本当の自分も笑ってた。

それくらい馬鹿になれ。

============

 「巻き込み感」「ハイテンション」がすごい先生は、ちょっと話をするだけでドッカーンと笑いをとる。

 この空間の中でなら「とことん恥をかいていいんだ」という「自己開示」は、先のブログで書いた「心理的安全性」と繋がっている。

 もちろん教師自身の自己開示が必要で、「俺も馬鹿になるから、お前たちも馬鹿になれ」というスタンスで子供に接したい。

 自分だけ高みにいる先生は、子供も保護者も同僚も見透かしてしまう。

 優等生の先生が、優等生的な指導だけをしていると反発を食らうのも、ここが原因なのだ。

(そこは、ラポールと繋がってくる)。

| | Comments (0)

教師はまじめだから(7)

居心地の良い学級にお邪魔すると「心理的安全性」を感じる。

自由な発言を促す雰囲気に溢れていて、

たくさんの笑いがあって、

「もっと聞きたい」「もっと言いたい」「もっと考えたい」という子どもの活気が伝わってくる。

「新しく知る」ことが楽しい。

「学ぶこと(できる・わかる)」が楽しい。

友達と対話したり協議したりすることが楽しい。

これが不登校の子が登校したくなる教室の雰囲気なんだな。

「居心地のよい教室」かどうかは、すごく主観的な物差しだが、ただただ真面目な先生の教室は、間違いを許さない完ぺき主義の雰囲気があるから、子供にとっては居心地が悪いのだ。

| | Comments (0)

教師はまじめだから(6)

 なんとなくシリーズになってきました。

 かつてPTA新聞の先生紹介のコーナーで「好きな芸人は?」の問いに「なし」と答えた先生がいた。

 PTA新聞を読んでいた子供は「つまらん!」と怒っていた。

 好きなお笑い芸人の1つも答えられない先生は、くそまじめでつまらいのだ。

 5年以上前のことだけど自分は「千鳥」と答え、その子から「先生、ノブ派?、大悟派?」と聞かれましたよ。さすがに「ゲーム」を聞かれたら全く答えられませんが・・。

 自分の趣味嗜好を明らかにしない先生はマインドがオープンでない。

 素の自分を見られまいと壁をつくり、会話を拒否しているようなものだ。

 それじゃあ、子どもも心を開かない。心理的安全性の高い学級にはならない。

 休み時間に「近づかないでオーラ」を出しまくっている先生も同じだ。それは「まじめな先生」かもしれないが、「まじめなだけの先生」でしかない。

 子どもは、ノリのいいネアカで楽しい先生を求めている。つまらないギャグを言って「先生、つまらん」と言われるくらいがちょうどいいのだ(もちろん高尚な語りもできて、子供に一目置かれる部分が必要である)。

 向山型の学級経営には「裏文化」というキーワードがある。まじめな「表文化」だけでは不十分なのだ。

※今の自分は、くそまじめな指導員にならないよう努めています

| | Comments (0)

教師はまじめだから(5)

  自分が気に入った方法を「一択」で押し付ける先生がいる。

 「日本では1つの学び方しか教えていない」と、高橋あつ子氏は言う。

==============

 おそらく日本の学校の先生のほとんどが、「反復練習の時間を増やせば覚えられる」と思い込んでいて、漢字や英単語はひたすら書いて覚えるしかないと信じ、子どもたちに他のやり方を体験させていないのです。だから、高校生になっても、生徒たちはひたすら書いています。しかし、私が相談を受けた生徒の中には、書くことが苦手な特性を持っている生徒もいました。そのような書字障害の生徒にも書かせる指導しかしていないのです。

 先生たちがそのような指導をしてしまうのは、教室にいる子どもの能力差は把握しているものの、「学び方の違い」に関する知見を持っていないからだろうと思います。

提言|授業づくりのポイントはUDL×「個別最適な学び」 【発達障害8.8%をどう受け止めるか #5

https://kyoiku.sho.jp/228177/

==============

・・・手厳しいが、「反復練習」しか方法をもたない教師は、やはり不勉強であり、不真面目と言わざるをえない。大事なのは、まさにこのUDLの視点じゃないかと思う。

================

 UDLでは多様な方略の中から、個々の子どもがそのときどきに自己選択・自己決定をして学びます。唱えるだけではなく、九九カードを並べてもいいし、九九表を見るだけで覚える子もいます。歌ったり踊ったりしてもいいのです。違う方略を子どもに体験させて、どれがいいのか自分で選ぶことで「個別最適な学び」が進みますし、「選ぶ」という行為で主体的になれます。(中略)

 学びのプロセスにはいくつもの選択肢があり、それを選んでいくことによって、自分の学びになっていきます。動機づけも高まりますし、自己責任も生じるので、主体的な学びが実現するのです。

==============

・・・久しぶりにこのWEBを読み直してみて、UDLを突き詰めていくと、「個別最適な学習」とか「複線型の授業」「自由進度学習」といった現代的な学習活動の方向に進んでいくんだなと再確認した。

 以下、要所をリストアップすると・・

◆UDLでは多様な方略の中から、子ども一人一人が自分に合うものを選び、自分の立てた目標に向かって進んでいくので、誰かに合わせることはしないのです。

◆UDLを進めると、教室の景色が変わります。子どもたちは好きなやり方を選びますので、教室の中に、いろいろなことをしている子どもが同時に存在するのです。歩いている子もいれば、絵を描いている子もいます。人と話しながら学んでいる子もいます。

◆私が参観したときは「なぜ、地場産業が発展したのか」という問いを立てて、子どもたちがグループを作って話し合っていました。誰と、どう学びたいかを自己決定できるようにしたため、生徒たちは自由に動き回り、立ち話的なことがあちこちで行われていました。先生は教室の中を回って形成的フィードバックをしていくのですが、どこにいるのか分からないほど、生徒が主体的に学び、先生は手助けをする陰の支援者になっていました。まさに教師主導のTeachingから学習者中心のLearningに転換できていました。

 

 ・・・・ 先日のセミナーの中で印象的だったワードの1つが「オプション」だった。

 学習者の多様さに対応して、学び方も多様に提示すべき。

 これは40年も前に提言された「教育技術法則化運動」のイズムである。

=================

 2 運動の基本理念は次の四つである。 

(1)教育技術はさまざまである。できるだけ多くの方法をとりあげる。(多様性の原則)

(2)完成された教育技術は存在しない。常に検討・修正の対象とされる。(連続性の原則)

(3)主張は教材・発問・指示・留意点・結果を明示した記録を根拠とする。(実証性の原則)

(4)多くの技術から、自分の学級に適した方法を選択するのは教師自身である。(主体性の原則)

================

| | Comments (0)

教師はまじめだから(4)

「よかれ」と思って何でも手伝ってしまうのは、本人の「自立」を阻害しかねない。

 介護の世界では「足し算の介護」ではなく「引き算の介護」だ大事だと言われる。

=========

介護保険の本来の目的は「自立支援」です。介護者が過剰に手伝い過ぎることで、被介護者の残存機能を低下させたり、主体性を損なわせたりと、マイナスになってしまうことも考えなければいけません。被介護者が一人ではできないのか、ゆっくりでも時間をかければできるのか。介護スタッフは被介護者のできることをよく見極め、できることであれば本人に任せることも大事な仕事のひとつなのです。

(中略)

介護者が助けるべきこと=被介護者がやりたいこと-被介護者ができること

この「引き算の介護」は、介護保険制度の目的である「自立支援」の考え方に基づいています。

過剰介護はSTOP!自立支援の鉄則「引き算の介護」で、被介護者ができることを増やそう!|介護の教科書|みんなの介護

=============

・・・学校現場も同じだなとつくづく思う。

◆何でもやってあげるのはNG

◆自分で選択して行動できる環境が大切

独り立ちできる学習者・自走できる学習者のための「支援」というスタンスを大事にしたい。

 もちろん「自立支援」という名の「放置」は許されない。

 先の引用部分には「一人ではできないのか、ゆっくりでも時間をかければできるのか」を見定めよとある。

 よく「やらない子なのか、やれない子なのかを確認しよう」と話している。

 能力的に難しい子(やれない子)は、まずは丁寧に教えればいい。注意叱責しても仕方ない。

 能力的にできるのにやらない子は、一押しする。「どこまでならやれるかな?」「ここまでならやれるよね」と声をかけ放置を避ける。

| | Comments (0)

教師はまじめだから(3)

 本人を怠けさせてはいけないが、苦痛を伴うような教え込みは学習嫌い・学校嫌いにさせてしまう。

=================

 読み書きができないと、周囲の大人たちはできるようにしなければいけないと考え、ついつい子供に教え込もうとする。しかし、それでは子どもにとって苦痛なだけであろう。ただでさえ読み書きに苦労している上に、教師や親から読み書きの練習を強要されたらたまったものではない。

 今回の実践事例では、ゲームや言葉遊び、間違い探しなど、随所に子どもが楽しめる工夫が見られた。子どもは楽しく遊び、支援者はアセスメントに基づいた明確な意図を持つ。心がけたいものである。

 堀部要子「実践みんなの特別支援教育」2004.3月号p25

===================

 我々は、反復練習という方法以外に、楽しく習得させるたくさんの授業アイデア・指導アイデアをストックする努力が必要だ。

 「楽しんで取り組むうちに、できるようになっちゃった」という成功体験を積ませたい。

| | Comments (0)

June 03, 2025

教師はまじめだから(2) 

勉強面や生活面での不得意部分の改善に躍起になる。

「あなたのためだから」と熱心になるあまり、注意と叱責ばかりになり、本人の自信を喪失させてしまっては意味がない。

以下の文科省の指摘どおりなのだ。

==============

不得意な分野については,子どものつまずきを把握し,スモール・ステップで取り組みます。不得意な分野で追いつめたり,無理に努力を強要したりすると逆効果になりかねません。小さな成功や努力を誉め,自信や意欲を高めるように心がけます。(中略)

不得意な分野にばかり目を向けるのではなく,得意な分野を伸ばすように心がけることが大切です。得意な分野が伸びてくると,やればできるという気持ちが育ち,本人の自信にもなります。また,このことによって不得意な分野をカバーすることや,自立に生かすことにつながりますので,うまく支援していくことが大切です。

「特別支援教育について」第5部 保護者・本人用 ○保護者用 2家庭でできること (4)学習面

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1298171.htm

===================―

 この指摘は、保護者向けだが、教師も同じだ。また特別支援教育の資料だが、多くの子どもに対しても同じだと思う。

「追い詰める」「強要する」はNG。「逆効果」の指導にならないように対処していきたい。

 

| | Comments (0)

ポジティブな学級を目指して

「ことばえらびえほん ふわふわとちくちく」


各校の図書館にあるかどうかは分かりませんが、リンク先の画像だけでも使えると思います。
https://www.nihontosho.co.jp/smp/book/b627095.html

Fuw

| | Comments (0)

June 02, 2025

教師はまじめだから

JEES機関誌の「wutan」2025春夏号で川上康則氏が教師の傾向を指摘していました。

「もう、やめてくれー」と思うほど耳に痛いです。

▲まじめすぎるがゆえに、融通が利かない。善意の押し付けに気づけないという傾向

▲正直で裏表がない人であるがゆえに、思っていることをストレートに言いきってしまう傾向

▲教えるのは好きな一方で、人の話は聞かない傾向

▲学校適応度が高かったゆえに、学校に馴染めない子供の気持ちがつかめない傾向

▲「自分の指導は正しい」「自分の関わりは間違っていない」という思いが強く、「私はこのやり方でうまくいってきたから」と周囲からの助言や指摘を素直に受け入れようとしない傾向

▲チームワークよりも個人での活動を好み、連携・協力・協働に向かない人がどの学校にも一定数いる傾向

・・・この職業を選択した人々に共通してみられる「まじめさのデメリット」をしっかり自覚していきたいです。

 

というわけで、続いて、川上氏の川上氏の提言する「教師としての使命感」の適切なコントロールを見ます。

 

◆「今のうちに何とかしなければ」という気持ちを意識的に手放す

◆「このままではこの先がたいへん」などの自分軸の結論の押し付けをやめる

◆長期的な視点で、子どもの成長の小さな一歩に着目する習慣をつくる

◆教師が取り組める範囲は「目の前の手が届くことだけ」という限界を認識する。

 

 うん、うん、確かにそうなんだけど、これ全部手放していいのかな、とも思います。

 過ぎたるは及ばざるがごとしだから、0か100かではなく適切なバランスの中で適切なコントロールを模索していくべきだと思います。

 元々、こうした意識をもっていない教師が、「そうだ、そうだ」と怠惰を加速させる口実にするようなことがあっては残念です。

| | Comments (0)

« May 2025 | Main | July 2025 »