ふと、泣いてみたくて、重松清を読んでみた。
「また次の春へ」(文春文庫)は、東日本大震災を題材にした作品を中心に7編。
単行本は2013年発刊だから、もう10年経過している。
震災後、何もできなかった自分がもどかしくて、読むことも避けてきた。でも「そろそろいいかな? むしろ、そうやって避けていることが問題かな」と意を決して読んでみた。
それぞれ、良さはあるが、今の自分に一番刺さったのは「記念日」だった。
よかれと思って、かえって嫌な思いをさせることがよくある。
被災地にカレンダーを寄贈するのに、1~3月のページを切り取ったのは、最大限の配慮だったが、辛い過去を「なかった」かのようにしたと相手が感じるなら、それはとても失礼な行為だった。特に東北の被災者にとって1月から4月までのカレンダーは「春を待つ」特別な思いがあったのだ。
麻衣が送ったカレンダーは、自分の家の印を修正液で消したものだったが、それを手にした被災地のおばあちゃんが、消した記念日を知りたいと言う。
震災で自分の家族をすべて失ったおばあちゃんにとっては、麻衣のような他人の家族のことでも、誕生日のような記念日を共有したかったのだ。
記念日を書き足したカレンダーを見て、おばあちゃんは手紙を送ってきた。
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「カレンダーに書いた予定を見るたびに、ニコニコしています」
「私の孫は中学二年生でしたが、可哀そうなことになってしまいました。どうか、元気で大きくなってください。お祈りしています」
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・・・「重松清先生、お見事」と思う展開に、気持ちよく泣かせてもらいました!
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