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July 28, 2025

九九の次の段階(3年算数)

 3年の算数(啓林)。2年生で習った九九の延長で、×10や、10の段、0の段を学習する。

 10のかけ算の答えの見つけ方として、教科書には次のように書いてある。

◆3×10は、3×9より3大きくなるから 3×10=30


というわけで、×10の場合は、九九の延長で、×9に「かけられる数」を足すのだと教える。
 教科書ではすぐに、別の話題にいくのだが、

◆ということは 3×11,3×12も、3を足していけばいいんだね。

となる。今回教える範囲ではないが、本時の学習事項の延長だ。

◆3×11=33 3×12は36

 これはまだ習わないんだけど、できちゃったね。と少し予習ができる。


 続いて授業で扱うのは10の段のかけ算。
 これは、2通りの解き方を提示している。


A:10×3は、10の3個分と考えれば、10+10+10=30
B:かける数とかけられる数を入れ替えると、10×3=3×10 だから30。


 もちろん、そういうことなんだけど、こんなの九九表を10まで増やせば、いいんじゃないのかな。
 10の九九は、書いてしまえばとても簡単なのに、九九表を10まで増やすという活動はお勧めされていない。

 ちなみに


100×3は、100の3個分と考えれば、100+100+100=300

となる。今回教える範囲ではないが、本時の学習事項の延長だ。

◆100×3=300 1000×3=3000


 これも、まだ習わないんだけど、できちゃったね。と少し予習ができる。
 もたもたやらずに、さっさと進められるページだし、ちょっと余分に教えられるページなのだ。

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4年2学期算数の授業検討(3)

(3)式と計算の順序

 2通りの立式は、3年生で学習ずみなのですが、できない子はいると思います。

 これも3年生の学習内容ですが、( )を使って1つの式にする前の

◆60+40=100 100×5=500 

 を (60+40)×

◆60×5=300 40×5=200 300+200=5 

 を 60×5+40×

 

の段階でつまずいている子もいます。

 この立式の説明だけでも十分難しいですが、それでも、本単元は3年生の学習内容を踏まえて、もう一歩上の学習内容を課しています。

 それが「3つめの計算のきまり(分配法則)」を意識させることなのだと思います。

 教科書に従うと第4時のねらいは「まとめて考える考えと別々に考える考えを統合して、分配法則のきまりに気づくことができる」とあります。

 たしかに「まとめて考える」と「別々に考える」だけなら3年生の内容ですから、意味が分かりづらいけど、次のことをねらっているのだと思います。

◆まとめて考える立式と別々に考える立式はイコールでつなぐことができる。

◆「まとめて考える式」を「別々に考える式」のように割りふることを『分配法則』という(言葉は教えないけれど)。

◆「分配法則」は計算の3つめの決まりである。(あとの2つは「交換法則」「結合法則」)

 

 今回は具体的な場面で考えさせていますが、数字だけの操作なら

◆15×17=15×(20-3)=(15×20)―(15×3)=300―45=255

◆19×19=(20-1)×19=(20×19)―(19×1)=380―19=361

という計算ができるようになります。

 答えが同じでも、式が何通りもあるので、上位の子は楽しく取り組めます。下位の子は計算の順序のルールが大変なので、単元テストでどの程度の問題が出題されるかを踏まえて授業を組み立ててください。

指導書には「計算の手順を可視化する」とあります。番号を付けたり、色で分けたり、式を(横ではなく)どんどん下に書き換えて行ったり、お友達に説明したりといった多様な活動に取り組むいいチャンスになると思います。自分たちで問題作りをさせても楽しめそうです。

 

※おまけ:九九を超えた掛け算

 2桁の割り算も、式の順序も「九九を超えた掛け算」がスムーズにできるかどうかが重要です。

 5年生になると、倍数・約数・通分・約分などが出てきて、九九を超えた掛け算の理解が重要になります。

 36は、九九の中では「4×9」しかありませんが、1×36,2×18、3×12 があります。

 45は、九九の中では「5×9」しかありませんが、1×45,3×15 があります。

 計算に慣れた子にとっては、当たり前の掛け算ですから、約数がすぐに浮かび、分数の通分もすぐにできますが、九九でとどまっている子はここで苦しみます。

 2から9の倍数を100までスラスラ言えるようになるといいので、それらを楽しくできる学習ソフトなどを探してみようと思います。

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4年2学期算数の授業検討(2)

(2)割合  【もとの量】×◆=【くらべる量】

「割合」は、言われたとおりに進めていくと何となくわかった気になりますが、実際には理解しきれていないことが多いです。

 授業は、「割合」「比較量」「基準量」と区切って進めているので、掛け算で解くか、割り算で解くか分かるのですが、テストは全部混在するので、ごちゃごちゃになってしまう子がいます。

なお、5年生になると、150円は200円の何倍かというような問題が出ます。割合の意味を理解せず、何となく割り算で解けばいいと思っている子は「200÷150」の計算をしてしまいます。

4年生の段階で、関係図に書き込む数値の位置を間違えないようにして、の右向きは掛け算。左向きは割り算であることをしっかり意識させておきたいです。

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4年2学期算数の授業検討(1)

(1)2桁で割るわりざんの筆算

 1学期に1桁で割るわり算の筆算を学習しました。

   この時は、68÷2、642÷6、242÷3などだから、九九ができれば何とか解けました。

 2学期は2桁で割るわりざんの筆算です。前半は80÷30、96÷32などだから1学期の延長です。

中盤の第4時の175÷35、252÷36、168÷28 から圧倒的に難しくなります(というか、ここまでは助走問題にすぎないということです)。

 もちろん17÷3、25÷3,16÷2で商のめどを立てるのだから九九レベルですが、商を立てた後の計算は2桁×1桁の掛け算です。35×5、36×8、28×8のような掛け算がスラスラできないと、どんどん遅れていきます。

 だから、割り算の筆算を始める前に(ほんとは1学期から)、2桁×1桁の筆算を習熟させます。今日の授業の割り算で必要になりそうな2桁×1桁の筆算練習を授業開始時に練習させ、割り算の筆算の際は、その答えを参照させるという方法もあります。上の例でいうと、

35×435×535×6】【36×636×736×8】【28×628×728×8

などを授業開始時に解かせておくという意味です。

※計算の苦手な子ほど、①筆算の問題を書き写すのに時間がかかり、②詰めて書くので間違いやすく、③掛け算を小さく書くので間違しやすく、④引き算でも間違いやすいです。

これらのつまづきを想定して、対処しましょう。特に余白のあるノートつくりを推奨します。

 1時間の基本的な流れは「例題類題練習問題」ですから、「教師主体クラス全体個人」と位置づけて、最後は各自にチャレンジさせるようにしたいです。

例えば、練習問題6問にチャレンジさせると、早い子は6問解くけれど、遅い子は1問もできていないことがあります。

 練習問題が6問なら半分に分けて、5分で3問やらせて答え合わせ、5分で3問やらせて答え合わせとするといいかもしれません。早くできた子も5分なら待てると思いますし、遅い子も1問に集中すれば頑張れると思います。

全員に全問チャレンジを強要すると、計算の苦手な子は終わりません。時間で区切り、できたところまで答え合わせをするという形で良いと思います。多少時間はかかっても、確実に計算できるなら、単元テストは高得点が取れるはずです(テストでいい点が取れるように支援してあげてください)。

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July 26, 2025

見て、聞いて、書き留めて

2022年4月。当時の横綱照ノ富士は春場所をけがで途中休場していた。

その照ノ富士が伊勢神宮での奉納土俵入りで次のように語った。

「すべてうまくいっていたら楽しいことは味わえない。こういう時があってもいいと前向きに考えて次の場所に臨みたい」

  苦い経験をしたからこそ言える深い言葉だ。

 誰だって「順風満帆」でいたいが、「怪我の功名」の言葉があるとおり、不運が好結果をもたらすこともある。

 ポジティブに受け止めるかどうかは自分次第なのだ。

 授業ネタや語りのネタの原石はあちこちに転がっている。磨いて宝石にできるかどうかも自分次第。 

  私は、向山先生の「自分の書いた文章は再生産できる」という言葉にならい、学級通信やサークル通信・このブログなどに書きためてきた。

 散逸したものも多いが財産になっている。なお先日、耳にした言葉は「見て、聞いて、書きとめて」である。

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July 25, 2025

想定外の時間を想定しよう!

子供の動きは大人の想定しているようにはいかないから時間がオーバーする。

思うように意見が出ない事もあるし、子供の準備が遅い事もあるし、子供を注意する事もある。

今日の学習の目当てをノートに書かせることが多いが、じっくり板書してから「さあノートに写しましょう」ってやると、これはまずい。

早い子はあっという間だけど、「ノートに写しましょう」と言われてからノートを開いたり、鉛筆出したりする子がいるからだ。そうやって、授業の開始直後から時間差が生じてしまう。

例えば、目当てを書き写させる場合は、

「さあ、今から一緒に書くからノートを出して。鉛筆持って。先生と一緒に書くよ。○○○○」と、読み上げながら書き写させる。

あるいは、目当てを教科書の言葉(見出しなど)と一致させて、教科書を見て先生の板書と同時に書き写させる。

学習内容にしても、先生は「わかっている」けど、子供は「知らない」んだから、先生の思っているペースでできるはずがない。

予想以上に時間がかかるとイライラするから子供との関係がまずくなる。

子供にとって、授業の内容は「初耳」だし「初体験」なんだから、思うようにいかない。

その前提で計画を立てるのが、なかなか難しい。すでに分かっている子が「知ってるよ」「わかってるよ」「簡単だ」と自慢気に声を上げると、先生は「そうか、みんなわかっているなら、じゃあ先に進んでいいね」と勘違いしてしまう。一部の子の意見に惑わされてはいけないのだ。

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具体と抽象の往復活動が「論理化」である。

そして、これが「教育技術の法則化運動」の肝であった。
「授業の腕をあげる法則」の10原則は、いわば「抽象化」だ。
授業の原則は、向山先生の挙げた具体例が身に染みるから腑に落ちる。
教職体験のない学生よりは、数年、学級がうまくいかない体験をした先生の方が、具体例に共感できるから、抽象化された原則の意味や価値に気づくことができる。

そして、10の原則が、自分のふだんの授業行為、指導場面どう生かせばよいかを具体的に考え実行してみることで、その原則の意味や価値にさらに気づくことができる。

これが「抽象と具体の往復」だ。

「抽象から具体」が弱い人は、書籍に載った実践場面でしか追試できない。原則を自分の実践に応用できずに終わってしまう。いわば「ないものねだり」だ。

一方、「具体から抽象」が弱い人は、自分がうまくいったとき・自分がうまくいかなかったときの原因を共通化できない。

 ビキナーズラックのようにうまくいった実践があったとしても「たまたま」で終わる。 うまくいかなかった実践があったとしてお、その原因が分からず、その後も繰り返す恐れがある。
 授業の腕を上げる10原則を暗記するだけで成果が上がらないのは、それを具体的な指導の場に降ろせないからだ。

 楠木氏の「経営センスの論理」(新潮選書)の6章は「思考の論理」ということで、「抽象」と「具体」の往復運動について数ページ書いてある。
◆もちろんビジネスの現場で抽象的なことばかりでは「じゃあ結局どうするんだ」という話になる。どんな仕事も最後は具体的な行動や成果での勝負である。ただし、具体のレベルを右往左往しているだけでは具体的なアクションは出てこない。抽象度の高いレベルでことの本質を考え、それを具体のレベルに降ろしたときにとるべきアクションが見えてくる。P218

◆抽象的な思考がなければ具体についての深い理解や具体的なアクションは生まれない。P211

◆実務経験がある人でも、具体的な経験はしょせんある仕事や業界の範囲に限定されている。抽象と具体の往復運動ができない人は、いまそこにある具体に縛られるあまり、ちょっと違った世界に行くとさっぱり力が発揮できなくなってしまう。また、同じ業界や企業で仕事を続けていても、「抽象化や論理化ができない人は、同じような失敗を繰り返す。ごく具体的な詳細のレベルでは、ひとつとして同じ仕事はないからだ。必ず少しずつ違ってくる。抽象化で問題の本質を押さえておかないと、論理的には似たような問題に直面したときでも、せっかくの具体的な経験をいかすことができなくなる。P217

・・・抽象度が高い典型は「算数」の授業で、例題と違う数字にして練習問題を解く「「数学」になると、数字を抽象化して、NやXなどの記号で数式を表すようになる。
 社会科でも、たとえば「トヨタの自動車工場」で学んだことを、別の「工場」に応用して考える。これが「具体から抽象」だ。

 道徳の授業の資料の中のエピソードで学んだことを、「思いやり・協力」のような形で括るのが「具体から抽象」。「思いやり・協力」を。自分達の生活経験と結びつけるのが「抽象から具体」。
 これに対して、通常の国語は、授業で「ごんぎつね」で扱い、テストも「ごんぎつね」を扱う。
 「ごんぎつね」で学んだ読みの力が、「おじいさんのランプ」の読みになかなか直結しないから、抽象的な(汎用的な)国語の力が付かないと言われる。 「汎用的読解力」というワードが注目されるのは、具体的な作品を読み取る授業だけに没頭していては、別の作品を読む力が身につかないからだ。

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July 23, 2025

「思っていても言わないなら、思っていないのと同じだよ」

 自分の意見を言い出せない子供に向けて伝えたことはある。

 どこかで誰かが言っていた言葉だと思って検索したが、なかなかヒットせず、「三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE PRIDE」の歌詞がヒットしたりした。 

 ◆自分を信じて伝えなきゃ 思っていないのと同じ

  https://www.uta-net.com/song/157454/

 2014年に自分がダイアリーに書いていることが判明したので、まずは、再掲。

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「思いは伝えなきゃ、思ってないのと同じだ。」

キリンの「澄みきり」のCMの一節である これは、陽明学で言うところの「知行合一」だ。 ウイキペデイアによると、 

知行合一(ちこうごういつ)は、中国の明のときに、王陽明がおこした学問である陽明学の命題のひとつ。

知ることと行うことは本来一つであるという考え。論語の為政第二にある「先ず其の言を行い、而して後にこれに従う」が元になっている。

王陽明は、知って行わないのは、未だ知らないことと同じであることを主張し、実践重視の教えを主張した。朱熹の学(朱子学)が万物の理を極めてから実践に向かう「知先行後」であることを批判して主張した。 江戸時代初期の陽明学者である中江藤樹や幕末の頃の陽明学者や維新の志士たちに大きな影響を与えた。 ネット検索した辞書によると、

知行合一 意味 知識と行為は一体であるということ。本当の知は実践を伴わなければならないということ。

王陽明が唱えた陽明学の学説。朱熹しゅきの先知後行説に対したもの。 「知行合一が行動力の原点に!」と題したインタビュー記事によると、 

「迷ったらやる」が私のポリシーです。思っただけでは意味がない、必ず行動する。これは私が敬愛する吉田松陰の「知行合一(ちこうごういつ)」という考えからきています。** **「知行合一」とは、陽明学の命題の一つで、松陰が松下村塾の掛け軸に掲げた言葉です。「知識をつけることは行動することの始まりであり、行動することはつけた知識を完成させることである。

行なわなければ知っているとはいえない。知っていても行なわないのはまだ知らないのと同じである。知って、行なってこそ、本当の知恵、真知である」。

 http://diamond.jp/articles/-/1899  

かつてお世話になった上越青年会議所の2012年のテーマは

「自分がやらねば誰がやる」であった。

http://joetsujc.com/2012/?p=2198

 これも、「知行合一」の発想なのだと思う。  

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・・・ さて、知識は行動を友わなければ意味がないという陽明学の「知行同一」。

 知識と行動の関係だから、「思いはちゃんと伝える・言いたいことがあったらちゃんと言う」とはちょっとニュアンスが違う。

「知行同一」も大事なことだが、当時は、強引に結び付けてしまったかな。

 ちなみに「言うことと行動が一致する」=「言行一致」も、少しニュアンスが違う。こちらは自分の発言に責任を持てというような意味合いで用いられる。

 もっと調べてみよう(と思うだけでなく、やらないと意味がない)。

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自分のタイプを考えさせる授業

5年生で「多様な意見を出させる」の授業。

百円玉1個、五十円玉2個、十円玉3個で何通りの買い物ができるか。

四角形に一本直線を入れて半分ずつの面積にするには、何通りの分け方があるか。

口に二角でできる漢字を何文字書けるか。

「セイ」と読む漢字を何文字書けるか。

のような問題を出しました。

これまでなら「たくさんの答えを考える頭の柔らかさ」だけを推奨して終わってきましたが、今回は、5つのタイプを設定し、自分自身の長所を考えさせました。

(A)人より速い(瞬発力・早押し)

(B)人より多い(柔軟さ・創造力)

(C)人と違う(独創性・オリジナリティ)

(D) 人よりアピールできる(プレゼン能力)

(E)人の意見をうまく取り入れる(応用力・連想力)

・・・ 口に二画の漢字、たくさんの漢字が列挙されました。

(A)真っ先に黒板に書きに来た子

(B)たくさん思いついた子

(C)ほかの誰も思いつかなかった漢字を見つけた

(D)遠慮しないで、自分の意見を書きに来た子

(E)人の意見を参考に新たな漢字を思いついた子

 どのタイプが一番とうわけはなく、それぞれいいんです。

 それが自分の個性です。 自分の個性を知り、それを伸ばしてほしいです。

 どれも当てはまらないなあという人は、どれが一番近いか、どれになりたいかを考えてみてください。 

 

「今からレンガテストをやります」 って、何をやるんだと思う?自由に言ってみて。

というと、これもたくさんの意見が列挙されました。

 レンガテストとは、レンガ1個の使い道を15分で50通り考えてみようという「創造力テスト」です。

 これは戦争中に、常識にとらわれない人の方が生き残りやすいことから考え出されたサバイバルのテストです(本当はちょっと違う)。

 では、レンガの使い方、一分間でいくつ書けるかな?プリントに書いてみて。

  これも同じです。 

(1)早く言える子

(2)たくさん言える子

(3)誰も思いつかないアイデアの子

(4)恥ずかしがらずに言える子

(5)人のアイデアを参考にできる子

・・・どれでもいいから、自分のタイプを考えて、自分の個性を伸ばしましょう!。

                                                                 この日の授業で、自分はどのタイプだと思うか、これからどのタイプを伸ばしていきたいかを考えさせたところ、多くの子が(C)を選んでいた。

 人と違う考えをもちたいと望む子が多いとは意外だったが、頼もしいと思った。 同調圧力に屈せず、自分の意見やアイデアに自信をもってほしい。ひょっとすると、そのような個性は年齢が上がるにつれてスポイルされてしまうかもしれないから。

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法則化運動がもたらしたもの(4)

 法則「化」。

この「化」の1文字にこめた思いは、TOSSから参加した先生方に浸透しているだろうか。

以前、たまたま見ていたEテレの日曜美術館で、奥村土牛を特集していた。

「芸術に完成はあり得ない」

という言葉の紹介があって、聞き入ってしまった。 ネットで奥村土牛を検索すると、色々ヒットした。

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生前、自分で描いた作品で一番好きな絵は一枚もなかったという土牛。

現状に満足することはなく、最期までいい絵を描こうと努力しつづけた。

芸術に完成がないように、人間にも完成形はない。

不完全だからこそ、有限なる可能性を秘めているのではないか。

未完成が人を謙虚にさせ、学びつづける原動力になる。

謙虚に学びつづける姿に、人は魅了されるのだ

[芸術に完成はあり得ない | 株式会社コンパス・ポイント(広告・フーガブックス・Chinoma]

(https://www.compass-point.jp/kakugen/6088/)

===================

という解説に、なるほど!と思った。

「法則化運動」に賛同した我々も、まさにこの境地だった。

「死ぬまで勉強」「生涯修行」は、昔から言われてきたことだが、とりわけ向山先生が主張された「絶えざる追究過程」というワードが、若い自分の心に刺さり、「謙虚の上にも謙虚に学ぶ」教師であろうと努めてきた。

時に慢心することもあったが、多くのTOSS高段者の先生方の謙虚な態度に己の傲慢さを振り返ることができた。

法則化運動の「化」。この一文字に惹かれた教師生活であった。

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法則化運動がもたらしたもの(3)

 法則化運動を支えたのは「向山先生の教育愛」なのだと私は思う。

批判する人たちは「技術重視」イコール「愛情軽視」になっていて、指示で子供を動かすのは血も涙もない管理主義だと捉えていた(極めてステレオタイプな発想だ)。

しかし、「全員の原則」や「確認の原則」「個別評定の原則」「激励の原則」「一時一事の法則」などの10の原則は、子供を管理するための原則ではない。子供(や学級)を1ミリでも成長させたいという向山先生の「血と涙」の結晶だ。

法則化運動に賛同する教師は

誰一人こぼさない授業ができるようになろう。

できない子の痛みがわかる教師になろう。

子供の心・保護者の心に寄り添う教師になろう。

子供が熱中し絶叫するような授業を作ろう。

と考えた。

優れた教育実践(応募論文)を読めば読むほど、自分の技量の低さ、志の低さを痛感した。

「頑張っている」なんて人様が言うことだから、自分で言うのもおこがましいが、少しでも良い授業ができるように、少しでも良い学級経営ができるように努力した。

真摯に教育技術を学ぼうとする教師は、結果的に、心を磨いていった。

「血も涙もある向山先生」に感激し、更なる成長を目指した。 表面的に法則化運動の「技術主義」を批判する研究家をよそに、多くの教師が法則化運動(向山先生)に惹かれていったのは「血と涙」を感じたからだ。

最初から「血と涙」を売りにしたら、また違った展開があったかもしれないが、法則化運動は「教育技術」を売りにしていながらも、向山先生の「血と涙」に賛同する教師によって拡大していった。

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法則化運動がもたらしたもの(2)

『授業の腕をあげる法則』は19857月初版で、100版を超える歴史的な名著になった。

明治図書の教育新書1号で、今自分の手元にあるのは2006998版。

改めて読み返してみて、第4章「新しい教育文化の創造」が印象に残った。 そこに書かれた結論こそが、若い青年教師を魅了した法則化運動の「肝」だと思ったからだ。

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結論を示す。 授業の腕を上げるためには、定石化された教育技術を身につけることである。定石は今までの多くの教師の努力の総和である。 しかし、定石化された教育技術は少ない。 教育技術の法則化運動は、全国の教師の力ですぐれた教育技術を法則化していこうとする運動である。 全国から応募された論文をまとめ、一期ごとに10冊の本を出版していく。

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・・・教育技術を共有財産化するこの運動によって何がもたらされたか。 続きがある。

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応募論文を書くということは、授業分析の力量を飛躍的に向上させる。自分の力量を更に押しあげる原動力になる。 かくして、教育技術の法則化運動は、「全国のすぐれた教育技術」を法則化し共有財産化するという目標をもつと共に、教師の技量を向上させていくという役割をはたす。 これは、子どもにとってより価値のある教育をしたいという教師の願いにこたえたものである。 この運動は、現在から二一世紀にかけての、同時代を共有する教師たちの教育文化を創造していくことになるだろう。

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・・・すぐれた教育技術を身に付けたい教師は、書き手に回ることで力量が上がるのだと説いている(「メタ認知」できるからだろう)。 法則化運動の重要なキーワードの1つが「ツーウエイ」だが、教育実践の読み手と書き手が一体化(双方向化)することで新しい教育文化が創造されていった。 多くの教師が賛同し、さまざまな教育実践を読み漁ると同時に、自分自身の実践を論文 として応募していった。 「書くことで成長する」 「インプットからアウトプットへ」 という思いで走り続けた教師生活であった。感謝しかない。 ちなみに、つきなみながら『授業の腕をあげる法則』は、冒頭から刺激的である。

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「愛情と熱意が大切です」 「自分の授業から学びましょう」 「教師の技術は苦労して盗むものです」

 これは確かに大切なことです。

 でも、あまりに漠然としています。一体何をしたらいいのか分らないのです。

 手のつけようがないからです。

 まず何をしたらいいのか。次に何をするのか。それをどのくらいやればいいのか。

 その結果、どの程度の技量が身につけられるのか。

 こういうことを求めていたのです。 (中略)  教師の世界には真面目な人が多くいます。

 勉強しようと思っている人も多くいます。

 しかし「何をどのように勉強したらいいのか」が分らないのでは、勉強しようという 熱意も消えてしまいます。

 本書は「どうやったら教師の腕があがるか」「何をどのように努力していけばいいの か」という疑問にこたえようとしたものです。

 今までの常識的方法を示すと共に、「定石を身につけて技量を高める」という上達の 法則を示したものです。

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・・・今も、色あせない主張である。

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法則化運動がもたらしたもの 

 今の若い人には「ノンポリ」という概念は理解できないかもしれない。

向山先生の時代は「学生運動」があったが、私の就職した昭和末期は既に「風化しており、ノンポリ=政治的無関心は、むしろスタンダードだった。

私より年配の先生が採用時の面談で「運動が好き」と答えたら組合運動の質問だったので後々誤解を解くのに大変だったと聞いたことがあるが、政治色の濃い時代だったのだ。

民間教育団体(及び組合の教研活動)が「思想」を含んでいるというのは、要するに「反体制・反文部省」という意味だ。国家や文部省の言いなりでは、教え子を再び戦争に送ってしまうし、民主的な教育はできないというスローガンだ。

文部省の教育方針・学習指導要領の方針に反対の立場なので、民教連の実践は自主編成とか自主教材が盛んだった。お上が決めた教科書に反対していた。

だから、法則化論文に「ねらい」がないという批判は、体制側に利用されていいのかという批判の意味もあった。 民教連の活動には「文部省に認められるなんてすごいことだ」という思いはさらさらないから、法則化運動の実践が文科省に理解されたり、支援されたり、教科書教材に準拠した授業報告がされたりするようになって、民教連の法則化批判は激しくなった。 技術そのものは思想を伴わないから、誰でも駆使できるというスタンスは、文部省反対の人々にとっては暴挙として扱われたのだ。

ちなみに、今でも大学教授の中に「反体制・反文部科学省」の人がいるから、大学生は知らない間に思想的に偏ることがある。

「学問の自由」をたてに反体制・反文部科学省を唱えながら、国からの補助金だけはちゃんといただこうというのが「学術会議」の闇であった。

 法則化批判特集をした教育雑誌の「ひと」も、入り口は熱心な先生方の教育実践なのだが、その奥には、反体制の思想が渦巻いていた。そうした民間教育団体の教育雑誌がどんどん廃刊に追い込まれ、法則化関連の書籍が飛ぶように売れた時代だった。 また、法則化批判特集をすると本が売れるので、批判本がよく出た時代でもあった。

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「パラグラフ」と「段落」は別

 次に掲げるのは、本節冒頭の文章です。

パラグラフはふつう「段落」と訳されますが、段落とは似て非なるものです。

すなわち、日本で段落といえば、通常は「長い文章を、短く適当な長さにまとめた区切り」といった意味に理解されていますが、パラグラフは、そのような形式的なものではないのです。

パラグラフは、「1つのトピックを取り扱う、議論の最も小さなまとまり」と定義できます。

トピックとは、そのパラグラフで取り扱う話題・論題のことであり、このようなトピックがさまざまに組み合わされることで、議論が作られ ていくわけです。 太字の部分がトピックセンテンスで、そのパラグラフでの主張が述べられています。続くサブセンテンスでは、トピックセンテンスの主張が具体的に説明されています。 このような構造を持ったパラグラフを作るように心がければ、だれでもわかりやすい文章を作ることができるのです。

「関西大学教育推進部監修 レポートの書き方ガイド基礎編」

 同書の以下の解説も、非常に分かりやすい。

◆2.2.パラグラフの作り方

トピックセンテンスとサブセンテンス パラグラフは、トピックセンテンスとサブセンテンスという2つの部分から構成されます。パラグラフを作るときは、まずトピックセンテンス を述べ、 それに続けてサブセンテンスを述べていきます。 トピックセンテンスとは、そのパラグラフで主張されるトピックを端的に説明した文章のことです。これに対して、サブセンテンスは、トピックセンテンスの主張を支える部分で、さまざまな役割を 持つセンテンスが組み合わされます。サブセンテンスの役割は、主に次のようなものです。

①トピックセンテンスの主張を、さらに詳しく説明する。 ②トピックセンテンスの主張の根拠を示す。 ③トピックセンテンスの主張の具体例を挙げる。

・・・・つまり、元々パラグラフ構造を意識した文章でなければ、トピックセンテンスを抽出するのは難しい。

教科書教材にパラグラフ構造が意識されていない場合、教科書批判は避けたいとことろなので、「リライト」という言い方で、よりよい改善を試みることを強調したい。

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教員採用試験対策で必要なことは

 採用試験対策のLINEグループで「どんどん面接練習をしよう」と盛り上がっていたときのこと。

 気持ちは分かるのですが、面接テクニックだけ上手くなっても、決して合格できないことが気になりました。

◆面接練習に精を出されるのは大切ですが、少し水を刺します。今は目先の面接テクニックではなく、人間性や素養、教師としての力量向上に努力を傾けるべきです。「面接慣れをすれば合格する」と考える時点で、採用試験で面接官が見抜くのは、まさにその「安易さ」であるかもしれません。

 昨年合格されなかった方は、面接のテクニックで落ちたのかもしれませんが、もっと奥深いところが原因なのかもしれません。

ならばそこを改善し、向上させ、自分の魅力を磨かないと、同じ結果になります。

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作家の幸田露伴は『努力論』の冒頭で、努力には「直接の努力」と「間接の努力」の二種類があると言っています。

 前者は「当面の努力」で、さしせまった目標に向かって精一杯頑張ること、後者は「準備の努力」で、将来のための基礎づくりとなるものです。

 譬ていえば、明日の試験に出そうなところを集中的に暗記する努力と、すぐに結果はでないけれど、将来のために基礎から学んでいく努力との違いといったらよいでしょうか。

努力してもなかなか目標が達成できないのは、多くの場合、直接の努力ばかりで間接の努力が欠けているからだと、露伴は説いています。

 上廣哲治 「目標を達成するための地図」『倫風』2月号

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 この「直接の努力」「間接の努力」は、先の「小手先の面接練習」「教師に求められる生き方の向上」とよく似ています。

 採用試験対策の学習会は、テクニックだけでなく、講師の先生方の生き方や人間性、教育観を学び取る場であって欲しいです。

 今年度学級が荒れた原因は、授業や学級経営のテクニックの問題かもしれませんが、「子供への熱い思い」の問題かもしれません。基礎固め=教育観の再構築が必要だと思います。

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『国語の授業が楽しくなる』ために

大学生に高校国語(小説文)の授業のアンケートを実施すると、次のような否定的回答があったという。

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やたら音読するが。音読するだけで終わったからつまらない。

小説は面白かったが、授業はダラダラとするので寝ていた。

黒板に出来事や気持ちをただまとめるだけでつまらなかった。

作者の背景などを日本史と絡めて教えてくれる。先生の授業は面白かった。

◆1つの答えを強要されるのが好きではなかったので、授業はほぼ聞いてませんでした。

文構造とかつながりとかの理論的な部分をしっかり教えてくれると楽しかった。

より普遍的な「小説」の読み方を習うことがなかったので、どのように勉強すればよいの分からなかった。

 橋本陽介「使える!『国語』の考え方」ちくま新書 p4147

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・・・向山先生の国語の授業実践は、こうした世の中の国語嫌いに対する回答を示している。

 まさに「熱中する授業には法則がある」のだ。

 橋本氏は言う。p47

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日本語の現代文は、外国語とは異なり、教わらなければ読めるようにならないというものではない。ほとんどの人は日々文章を読むことによって読む力を獲得している。そうなると、ただ書かれている内容まとめるだけでは、「ただ読んでいるだけ」のような感じがしてしまう。何かの力がついた感じもしないし、知的好奇心が満たされることもなければ、入試の点数アップにもならない、ということになってしまう。

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 「読めば分かる」ことをちゃんと読ませないから、「分からない」。

 向山氏先生の授業は、書いてあることをなぞるような退屈な授業の対極で、読んだだけでは分からないことを文章を根拠に言わせたから討論が成立したのだ。

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好奇心主導型のススメ

◆2005年にノーベル物理学賞を受賞したテオドール・W・ヘンシュ博士がよく使うスライドの1つに、ニワトリとヒヨコが描かれている絵があります。ニワトリは柵のすぐ向こうにあるエサを目ざとく見つけますが、柵にさえぎられてくちばしが届かず食べることができません。一方で、きままに動き回るヒヨコは遠回りしながら、いつの間にかエサとは反対側の柵の切れ目から外に出てしまい、エサへ近づいているというものです。

ヘンシュ博士は、脇目も振らず目的に向かって一直線に突き進もうとするニワトリの行動を『ゴール・オリエンテッド(goal-oriennted 目的志向型)』、好奇心のおもむくままに行動しようとするヒヨコの行動を『キュリオシティ・ドリヴン(curiosity-driven 好奇心主導型)』だと説明し、研究における後者の重要性を強調しています。

  上田正仁「考える力の鍛え方」2013(ブックマン社)P122-123

 同書P 162の「セレンデイピテイ」とよく似た発想だ。ふとした偶然を大きな発見・発展に結びつける能力は、寄り道・回り道を厭わない生き方でないと得られない。ノーベル賞をにつながるような研究の中には、「たまたま」「当初の予定と異なる研究」というエピソードが多い。 

自ら設定した目的をしっかりと見据えて歩みつつも、脇道に見慣れない車が転がっていたら、ちょっと足を止めてそれをじっくり眺めて調べてみる。そのような広い視野と柔軟な姿勢が物事を多角的に見る目を養い、斬新な発想のための頭の訓練となるのです。**128ページ というように「遊び心・余裕」が欲しい。  勤務時間の20%は好きな研究テーマに使ってよいというGoogle20%ルールも有名だが、日本には、サントリーの「やってみなはれ」の精神がある。 

サントリー創業の志「やってみなはれ」。これは、創業者・鳥井信治郎の口癖でした。

やってみよう。やってみなければわからない。「新しい価値創造」を企業理念とするサントリーを表すこの言葉は、創業当初から今でも全社員の心のなかに生き続けています。

 [https://www.suntory.co.jp/recruit/direction/]

 サントリーはこれを「チャレンジ精神」「フロンテイア精神」と呼んでいるが、「好奇心」「熱中軸」と同じだと思う。  好奇心のおもむくままに行動しようという『キュリオシティ・ドリヴン」は、「遊びのススメ・ムダのススメ」を含めた大きな教育の課題である。

そのほかの参考WEB

[https://bunshun.jp/articles/-/44775?page=3]

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「発表的会話」と「探索的会話」

「探索的会話」 

◆活発な話し合いを行っているグループの一人ひとりは何も学んでいない。

◆探求活動が行われているグループは、活発な話し合いではなく、静かなつぶやきとぼそぼそ声を交流している。

・・・『総合教育技術』20222月号の佐藤学氏の連載は奥が深かった。

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グループ学習は「話し合い」にしないことが最も重要である。学びは既知の世界から未知の世界への旅(経験)であるが、「話し合い」はすでにわかっていることの交流であって、そこには学びが成立しないからである。実際、活発な話し合いを行っているグループの一人ひとりの発言を記録し分析すると、何も学んでいないことがわかる。学びが成立し探求活動が行われているグループは、活発な話し合いではなく、静かなつぶやきとぼそぼそ声を交流している。静かな教室でつぶやきと囁きが交歓されているグループ学習の教室こそが、質の高い探求と共同の学びが遂行されている教室なのである。

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さらに、「会話」には2つのタイプがあるという。 

「発表的会話」は「僕はこう思う」「これはこうだ」という会話。

「探索的会話」は「これがヒントにならないか」「あれとこれは関係しているのではないか」と探りを入れながら推論し思考する会話。

・・・なるほど。

 確かに、すでにわかっていることを伝えるだけの交流なら、そこで交わされる会話は「自分はこう思う」「うん、そうだね」で終始してしまう。そのような会話レベルなら、いくら活発でも、何の生産性もない。

グループ学習はそんな「話し合い」にしないことが重要だという指摘は、すごく新鮮だった。

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 グループ学習における「聴き合い・学び 合う」活動の重要性は、ロンドン大学のダグラス・バーンズが1990年代に指摘し、 日本では一柳智紀(新潟大学)がパーンズ を敷衍して探究している。

 バーンズはグル ープ学習における子どもの発話を「発表的会話(presentational talk)」 と 「探索的会話(exploratory talk)」 に分け、協同的探究は「発表的会話」ではなく「探索的会話」によって遂行されることを示していた。「発表的会話」とは「僕はこう思う」「私はこう考える」「これはこうだ」という会話であり、「探索的会話」は「これがヒン トにならないか」「あれとこれは関係しているのではないか」というように、探りを入れながら推論し思考する会話である。

協同的学びにおける「探索的会話」の重要性 は、その後、ケンブリッジ大学のニール・ マーサーによって継承され、ヨーロッパ諸国の協同学習の最も強力な理論的基礎になっている。

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・・・「探索的会話」で検索したら、たくさんの論文がヒットする。しっかり理論武装したい。

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「好き」を育ててほしい!

「できる・わかる」を目指した授業研究の反省会では

事前・事後アンケートによる子どもの学習意欲の高まり

子どもが意欲的に取り組む授業の工夫

などが、報告の中心だった。

 考えてみれば、「できる・わかるの追究」は、30年前と変わっていない。授業研究の永遠の取り組みでもあると思う。

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「できる・わかる」を目指す授業(単元)では、子ども自身から「できた!分かった!」という言葉が出るような展開を期待したい。

そして「できた・分かった」という満足感で帰宅し、明日も学校に来たいと思うような毎日にしてほしい。

事前・事後アンケートでは「好きか・嫌いか(得意か不得意か)」がよく聞かれる。まずはそうした実態調査がすごく大事だと思う。

研究された先生のクラスでは、研究教科の「好き」が確実に増えている。 全ての教科とはいかないが、多くの教科で「好き」が増えるような授業づくりをしてほしい。そのためにも、先生自身も、何か「得意」を決めて、その分野で子どもたちを引っ張っていってほしい。

しかし、逆に言えば、先生たちにもそれそれ苦手はあると思う。苦手な分野は子どもたちにも宣言して

「先生、ピアノができないんだよね。」

「先生、パソコン苦手なんだよね」

などと言えば、子どもたちが張り切ってミニ先生になってくれる。

そうやって子どもたちの得意を引き上げてほしい。

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・・・子ども自身が「分かった・できるようになった・好きになった・得意になった」という実感がないと、教師の自己満足に終わってしまう。子どもの「振り返り」をエビデンスにした、教師自身の「振り返り」が大事になる。

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令和7年度全国学力・学習状況調査(小学校算数)の結果を受けて(2)

今回2番目に正答率が低かったのは、次の問題。

2023年の都道府県Aのブロッコリーの出荷量が、2013年より増えたかどうかを、下の ア と イ から選んで、その記号を書きましょう。また、その記号を選んだわけを、言葉や数を使って書きましょう。そのとき、どちらのグラフのどこに着目したのかがわかるようにしましょう。

ア 2023年は2013年より増えた。

イ 2023年は2013年より減った。

Screenshot-20250723-112954

・・・学力調査に「社会科」があったら、社会科の問題かもしれない。

 正答率は31.2%。

 無解答率は0・9%だから、未記入は少ないことが分かる。

 2つのグラフを比べて、余分な情報は排除することになっている。

◆グラフ2は、都道府県Aのブロッコリーの出荷量の割合が17%から16%に減っているので、まんまとここで引っかかる子がいたかもしれな

い。

◆グラフ3は、都道府県Aのブロッコリーの出荷量が増えたことは分かるが、数値を読み間違えたり単位を間違えたりするとアウト。グラフや数直線の目盛りを読むのは、案外難しいから、ここで誤答が多かったのかも。

◆「選んだわけを書く」という指定だから、理由を書く文末表現にしないといけない。

 で、模範解答は以下の通り。

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 グラフ3を見ると、2013年の都道府県Aのブロッコリーの出荷量は約2万t、2023年の都道府県Aのブロッコリーの出荷量は約2.5万tで2023年のほうが多いです。だから、都道府県Aのブロッコリーの出荷量は増えています。

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 こんなに冗長に書く子は、めったにいないとしても、

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 都道府県Aのブロッコリーの出荷量は、2013年は約2万トンで、2023年の2万5千トンだから増えている。

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と書けばいいだけだと思う。

 1番の問題は、、2002年の出荷量が約8万tで、2022年の出荷量が約16万t約2倍になっていることを読み取る問題は、正答率は78.8%。

 正答率がその半分以下になるほど、この2番の問題は難しくないと思うのだが、これが実態なのだ。

 

※国立教育政策研究所の調査結果

https://www.nier.go.jp/25chousa/25chousa.htm

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令和7年度全国学力・学習状況調査(小学校算数)の結果を受けて

今回一番正答率が低かったのは、次の問題。

◆3/4+2/3について、共通する単位分数と、3/4と2/3が、共通する単位分数の幾つ分になるかを書く

・・・正答率は23・3%。無解答率15・6%。

ただし、上述の趣意とは違って、実際の問題文はもう少し複雑だ。

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Screenshot-20250723-103947

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 この文章を読み取らないといけない。

 とはいえ、実際はこの文章を正しくトレースするだけなのだが、慣れていないと困惑してしまう。

 問題文から推定できる解答文は、

 もとにする数を同じ数にするとき、その数は◆になります。

 3/4は◆の何個分、

 2/3は◆の何個分です。

 

 以下の正答例を見ると、推定どおりである。

 3/4と2/3のもとにする数を同じ数にするとき、その数は1/12になります。

 3/4は1/12の9個分、

 2/3は1/12の8個分です。

 

・・・ただし、今回の記述式の落とし穴は、3つ問われている点にあると私は考えている。

これは算数の練習問題のアルアルで、1つの問題の中に複数の問いが含まれていることがある。

今回も、単位分数1/12 と、9個分、8個分の3つの答えを含まないと0点になる。

解答欄が分かれていれば間違えない。

しかし、今回のように記述式になると、自分で意識して3つの答えをきちんと書かないといけない。

3/4は1/12の9個分、2/3は1/12の8個分

という通分が難しかったという人もいるだろうが、実は、この単位分数の問題は難しくない。

というのも、この後

【1/2+1/3 を計算しましょう】

という設問があって、これが正答率81.5%(無解答4.1%)と、なかなか上出来なのだ。

ちなみに、解説資料によれば平成26年度の【1/3 + 2/5 】の問題の正答率は90.7%

 計算(通分)するだけなら、決して出来ない問題ではないのだ。

 

 異分母分数の足し算の正答率は80%を超えるのに、通分の記述問題のイ正答率が23%というところが、課題になる。

 その落とし穴の1つに「3つの答えを書き落とした」という子の存在があったのだと勝手に推定している。


※国立教育政策研究所の調査結果

https://www.nier.go.jp/25chousa/25chousa.htm



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法則化運動がもたらしたもの 3

法則化運動を支えたのは「向山先生の教育愛」なのだと私は思う。

批判する人たちは「技術重視」イコール「愛情軽視」になっていて、指示で子供を動かすのは血も涙もない管理主義だと捉えていた(極めてステレオタイプな発想だ)。

しかし、「全員の原則」や「確認の原則」「個別評定の原則」「激励の原則」「一時一事の法則」などの10の原則は、子供を管理するための原則ではない。子供(や学級)を1ミリでも成長させたいという向山先生の「血と涙」の結晶だ。

法則化運動に賛同する教師は

誰一人こぼさない授業ができるようになろう。

できない子の痛みがわかる教師になろう。

子供の心・保護者の心に寄り添う教師になろう。

子供が熱中し絶叫するような授業を作ろう。

と考えた。

優れた教育実践(応募論文)を読めば読むほど、自分の技量の低さ、志の低さを痛感した。

「頑張っている」なんて人様が言うことだから、自分で言うのもおこがましいが、少しでも良い授業ができるように、少しでも良い学級経営ができるように努力した。

真摯に教育技術を学ぼうとする教師は、結果的に、心を磨いていった。

「血も涙もある向山先生」に感激し、更なる成長を目指した。 表面的に法則化運動の「技術主義」を批判する研究家をよそに、多くの教師が法則化運動(向山先生)に惹かれていったのは「血と涙」を感じたからだ。

最初から「血と涙」を売りにしたら、また違った展開があったかもしれないが、法則化運動は「教育技術」を売りにしていながらも、向山先生の「血と涙」に賛同する教師によって拡大していった。

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July 19, 2025

「原発は怖い」も「再エネは正しい」も、怪しい。(2)

 今日、美浜原発の新増設のニュースが流れてきた。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2025071801081&g=eco

 いろんなメデイアが取り上げているが、自分は「革新軽水炉」という名称で紹介しているかどうかを、発信するメデイアの「良心」として評価している。

 「革新軽水炉」は、これまでの事故を踏まえ対応策を練った原発だ。少なくとも過去と同じ事態が生じても事故がないように設計されている。

 しかし、「原発なんて危険なものは断固反対』という立場のメデイアは、新型の軽水炉の安全性を報じないで、従来通りの原発が造られるような印象操作をするだろう。

 もちろん、原子力エネルギー協議会や製造企業が種痘する「安全性」は、推進ありきだから信用できないという気持ちは分かる。

 ならば、その「怪しさ」は科学的に検証されるべきで、「嘘に決まってる」「怪しいものは怪しい」といった感情論では何も進まない。

※以下は、原子力エネルギー協議会の「革新軽水炉」の解説資料。

 信じるか信じないかはあなた次第でしょうか。

https://www.atena-j.jp/dialogue/資料1%E3%80%80革新軽水炉の取り組みについて.pdf

 

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「原発は怖い」も「再エネは正しい」も、不確かな情報である(1)

再生可能エネルギーに依存すれば、それだけバックアップ電源の確保が必要になる。

日本保守党の事務総長の有本香氏は再生エネルギーを「気まぐれなお嬢さん」と喩えている。安定した安価な電気を供給してほしいのに、夜だから稼働しない、雨が降ったら稼働しないでは困るのだ。しかも電力価格が高いから「再エネ賦課金」で国民が負担を強いられている。

◆日本保守党の公約

https://hoshuto.jp/policy/

https://hoshuto.jp/policy/#h07

7.エネルギーと産業政策
(日本の優れた省エネ技術の活用。過度な再エネ依存の見直し)

  1. 再エネ賦課金の廃止。
  2. エネルギー分野への外国資本の参入を禁止する法整備。
  3. わが国の持つ優れた火力発電技術の有効活用。
  4. 電気自動車への補助金廃止(日本の自動車産業に不利益をもたらさない)
  5. 農林水産行政の抜本的見直し(就業人口の増大と増産、国内産品の国内消費の強力推進)

 

 電気代が高騰している要因の1つが「再エネ賦課金」である。

 中国製が80%、日本製が5%と言われる太陽光パネルを日本中に敷き詰めて利益を得るのは誰か?という話でもある。

 しかし、「日本保守党」だけが主張していると、どうも信用されない。世の中の「再生エネルギーは正しい」という主義主張が揺らがない。

 選挙が終わったら。党利党略を超えた日本のために議論が続いて欲しい。

 

 以下が、「再エネで脱炭素化は幻想である」のレポート

https://ieei.or.jp/2019/06/opinion190611/

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July 18, 2025

松本潤主演の日曜ドラマ『19番目にカルテ』

教師の「見取り」と重ねて見てました。

 総合医療医の松潤が、患者から丁寧に話を聞いて、検査では分からなかった病名をつきとめていく。

 診断名の確定は決して「マジック」ではないのだと言う(そういう言い方はしてなかったけど)。

 このドラマの特質をうまく表現できなくてモヤモヤしていたのだけれど、下記の記事がうまく言語化していた。

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◆松本潤さん演じる徳重晃は、「総合診療医」を名乗り、飄々と患者の訴えに耳を傾け始める――。

◆徳重医師は問診という武器を駆使し、病気だけでなく患者の心や生活背景まで踏み込んで“最善”を探っていく。まさに「病気ではなく人を診る」医療の体現者だ。

◆徹底した問診を通じて患者それぞれの「痛み」の背景を探り、必要に応じて他科とも連携しながら、病名の陰に隠れた真の問題までケアしていく。

https://toyokeizai.net/articles/-/889926?display=b

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 そうそう、そういうことを言いたかったですよ。

 「問診」は、まさに「傾聴」。

 ただし、この日のドラマで重視されていたのは、「傾聴」ではなく、「相手にちゃんと言わせる」ことだったと思う。

 だから松潤は、拒絶する患者に「お願いします」「ぜひお話を聞かせてください」と謙虚に頼み込んでいた。

 「そんなこと今関係ないでしょう?」と立腹されるようなことも、聞き取って(というか語らせて)総合的な判断の材料にしていった。

 なるほど「関係ない話かどうか」は、医師が最終的に決めることで、まずは情報を集めることが大事だ。ある情報が「関係ない」と明らかになれば、それだけ原因が絞られるから正解に近づける。

 当然だが、教師の「見取りと支援」に重ねてドラマを見て、記事を読んだ。

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◆「できる・できない」という結果だけでなく、学習者の心や生活背景まで踏み込んで「最善」を探っていく教師でありたい。

◆徹底した「見取り・聞き取り」を通じて学習者それぞれの「できない」の背景を探り、必要に応じて他の機関とも連携しながら、「できない」の陰に隠れた真の問題までケアしていく。

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というように重ねた。

 そして、私なりに次のようにもまとめてみた。

◆「聞き取る」というのは、「お話を聞かせてもらえませんか?」という態度で初めて成立する。相手に心を開いて語ってもらわない限り、「傾聴」はできない。

 なお、情報収集は「聞き取り」だけではない。患者の動き・表情・服装なども判断材料になっていた。ささいな変化を見逃さない鋭い観察眼も見事だった。

 まさに、向山洋一先生の「意見のある子は小指の動きで分かる」という境地である。

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July 17, 2025

クラスの一体感(団結心)を育むために

(1)みんな一緒に同じことをやる(音読や合唱やゲームなど)

 ・楽しさ・成功体験を共有する

 ・みんなで失敗を乗り越える

(2)みんなで分担する

 ・自分が助かる経験と他人を助ける経験

(3)ベクトルが同じ(価値の共有)

 ・1つの目標に向かって突き進むから、励まし合える

 

 望ましくない集団は、ただの「群れ」と言わざるを得ません。

 ✕低い方に合わせる集団

 ✕抜け駆けする集団

 ✕足を引っ張り合う集団

 ✕敵対する(仲間割れする)集団。

 ✕無関心(我関せず)の集団

 ✕「あの子がいかければなあ」とか「自分がいても意味がないなあ」と思わせる集団

・・・「群れ」ー「グループ」ー「チーム」とレベルアップしていきます。

  評価基準は、「この学級でよかった!」と誰もが思うかどうか、です。

 

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July 16, 2025

宣言的知識「〜ならば〜である」

宣言的知識とは、「~は~である」や「~ならば~である」「〜するためには〜が必要である」という形で表現できる知識のこと。

例えば、「1 + 1 = 2である」や「雨が降ったら道が濡れる」などが挙げられる。これらは、言葉で説明できる事実やルールに関する知識です。

「~は~である」形式:

「地球は太陽の周りを回っている」

「桜は春に咲く」

「鎌倉幕府は1192年にできた」

「水は0度で凍る」

「東京は日本の首都である」

 

「~ならば~である」形式:

「もし100円玉が3枚あれば、300円になる」

「もし熱があって咳が出るならば、風邪かもしれない」

「もし1つの点から等しい距離にあれば、それは円である」

・・・向山洋一先生の社会科の実践で見られた「~ならば工業地帯である」の列挙

 これは仮説の設定なのだと思っていました。

 自分で立てた「仮説」を自分で「検証」する探究活動なのかと思っていました。

 結局は同じ事かもしれないが、「宣言的知識」という用語が今さらながらの初耳で新鮮な驚きでした。

 ついでながら、「知識」には2通りあります。

宣言的知識

・言語化可能=言葉で説明できる

・事実やルールを表す=事実やルール、概念に関する知識

・意識的に利用可能=意識的に引き出して利用できる

◆手続き的知識=技能や習慣に関する記憶

・どのように行動するか、手順に関する知識 (例: 自転車の乗り方、タイピング)

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 過日、参観した3年生社会科の授業。

  「ぶどう農家は○月はどんな仕事をしますか?」

を順に答えさせていたので、やや単調でしただ。 

【ぶどうの収穫に必要な仕事は〇〇である】

のフォーマットを提示して考えさせたら

 4月=枝の結びつけ、5月=間引き、7月=ふくろかけ、8月=手入れ、12月=枝の剪定

という内容を教科書からピックアップする、拡散的な授業になったと思います。

 

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July 15, 2025

テンポのよい時間マネジメント

遅い子を待ちすぎると集中が切れ、緊張感がなくなります

だから、「できない子」と「やらない子」を区別し、できない子は支援し、やらない子は指導します。

「困難は分割せよ」と言いますね。

たとえば、ノートを開き、日付を書き、めあてを書く。

これらを「一時一時」で区切らないと、ノートを開く子とめあてを書き終わる子が混在してしまいます。

遅い子のペースを上げさせないと、結局全体のペースが上がりません。

◆チャイムで始める・タイマーで動く・てきぱきと次の課題に取り組む「時間厳守」の意識を共有します。

◆関所を設けてモレをチェックする・やるべきことはきちんとやらせる・余分なことはさせない「指示の徹底」を意識させます。

◆「できない子・やらない子」は、持ち物の不備が多いです。物の不備は教師側で対応しましょう。

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教室のNG ~基本は全体優先~

個別対応のし過ぎは混乱を招く

個々の質問・不規則発言・問題行動の対応に追われると、全体が疎かになる。

向山洋一氏が言うように、「全体に指示し、そのあとに個別対応」をしないと集団の統率はとれない。

例えば、「遅い子を待つ」という行為。

遅い子を切り捨てるなんてできないから「待つ」のだが、その「待つ」によって、「待たされる子」の不満がたまるなら、考えた方がいい。

まじめな子が待たせてばかりいれば、まじめな子から崩れていく。「ふきこぼし」だ。

指示を守っている子・他人に迷惑をかけない真面目な子が報われる教室でありたい。

だれた時間が多いと全体が崩れる。だから、遅い子のペースを上げるような支援が必要なのだ。

 

向山洋一氏の著作を参考にした野中信行氏は、次のように書いている。まさに「学級崩壊」への急降下だ。

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◆初任者は、よく「空白の時間」をつくってしまう。泣いている子がいる。何度も何度もその子のところに行って、「どうしたの?」「誰かから何かされたの?」・・と寄り添う。他の子供たちは、おしゃべりしたり、立ち歩いたりして、うろうろしている。

 子供同士のけんかが起こる。担任は、当事者を廊下に出して問題の解決に当たる。その間、教室では飽きてしまった子供たちがわあわあ叫んでいる。走り回っている。

◆たとえば、チャイムが鳴って、すぐにぱっと授業に入ってしまえばいいのに、授業のはじまりのあいさつをのろのろして、教科書をゆっくり出させているうちに、私語が出てきて、しゃんべっている子を注意しているうちに、別の子がうろうろ立ち歩き始めて・・と、クラス運営のスピードのなさが、結果的に学級崩壊のような状況を生み出してしまいます。

「学級づくり3原則」P26.27

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教師は「将来選挙に行く子」を育ててきたか!

かつて、「ミスター文部省」と言われた寺脇研氏の講演の中で、次のような言葉があった。

◎いくら歴史の年号を覚えさせたって、過去の歴史から学ばない子では意味がない。

◎いくら小選挙区制を覚えさせたって、選挙に行く子を育てなければ意味がない。

 

 「総合的な学習」がスタートする頃、「知識は活用されなければ意味がない」という流れの中での話だった。

 選挙に行くことは「民主主義」の根幹だ。
 若者の投票率の低下は、我々教師が義務教育で「投票の意義」を教えてきたかが問われている。

 

 教えるべきことはたくさんあるが、「将来選挙に行く子を育てる」ことに結果責任を負わねばならない。

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UDL=ユニバーサル デザイン フォー ラーニング

私なりの理解をコンパクトにまとめると

1)「ゴール」を決める

2)ゴールの障壁となる「バリア」を探す

3)バリアにならないような「オプション」を考える

4)学習者の活動を「支援」する

5)「フィードバック」する

 

「バリア」については、例えば次のような授業は問題(デメリット)が多い。

◆音声のみの授業(聞かされるだけの授業)

◆挙手―指名で進む授業

◆全員同一課題の授業

・・・・他のオプションを設定し、これらの授業のデメリットを補完する。

だから「UDL」は、「一斉授業からの脱却」と関連が強い。

1)教師が正解を出して終わりではなく、根拠を考えさせる。

  教師が正解を出して終わりでなく、多様な選択肢から選ばせる

  選ばせることが「思考・判断・表現」につながっていく。

2)教師が説明するだけでなく、子どもに説明させる

3)教師が読みだけでなく、子どもに読ませる

 

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July 10, 2025

書き出しの例示は、「作業興奮」というエビデンスに基づいている

 作文の場合、子どもにとって最もハードルが高いのが「真っ白な原稿用紙を前にして、どこから書き始めるか」という最初の一歩です。

 書き出しの例示は、この最初の一歩を促します。

1)ハードルの低下:

「何を書けばいいか分からない」という漠然とした不安が、「この文に続けて書けばいいんだ」という具体的な道筋に変わります。これにより、書き始めることへの精神的な抵抗が大きく減ります。

2)とっかかりの提供:

最初の数行があることで、思考が具体的に動き始めます。例示された書き出しに触発されて、次につながるアイデアが浮かびやすくなります。

 書き出しの例示以外にも、作文でハードルを下げる方法はいくつかあります。

1)テーマの具体化:

「楽しかったこと」ではなく「〇〇公園でブランコに乗った時のこと」のように、より具体的なテーマを設定する。

2)キーワードの提示:

作文に盛り込んでほしいキーワードや、使えそうな単語をいくつか提示する。

3)時間の制限:

「まずは5分だけ、思ったことを箇条書きで書き出してみよう」など、短時間での作業を促す。

4)口頭での練習:

まずは書く前に、作文の内容を声に出して話してみる練習をする。

 

「作業興奮」は、「行動し始めることで、やる気や集中力が後からついてくる現象」を指します。 作文が苦手な子に書き出しを例示するのは、この「作業興奮」に合致しています。

 

 おまけ:行動がやる気を生む理由

 やる気は、行動することによって後からついてくることが多いものです。脳科学的にも、行動を起こすことで、脳の報酬系が刺激され、ドーパミンが分泌されます。 ドーパミンは、やる気や意欲、快感と密接に関係しており、このドーパミンが分泌されることで「もっとやりたい」という気持ちが生まれてくるのです。

 たとえば、部屋の片付けを始める前は億劫でも、少しだけ片付け始めると「あれもこれも」と、次々と片付けが進んだ経験はありませんか? これはまさに、行動がやる気を生み出した良い例です。

やり始めるためのヒント

では、その「やり始め」のハードルをどうやって下げるか、いくつかヒントをお伝えします。

  • ほんの少しから始める(スモールステップ): 「完璧にやる」と考えると手が止まってしまいがちです。たとえば、「5分だけ取り組む」「とりあえず資料を開いてみる」「机の上を1ヶ所だけ片付ける」など、ごく小さな一歩から始めてみてください。
  • 場所や時間を決める: 「〇曜日の〇時から〇分間だけ、この場所でこの作業をする」のように、具体的なルールを決めてしまうと、意識せずに取り掛かりやすくなります。
  • 目標を細分化する: 大きな目標だと、どこから手をつけていいか分からなくなり、やる気をなくす原因になります。最終目標から逆算して、できるだけ細かい達成可能なステップに分解してみましょう。
  • 気が散るものを排除する: 作業を始める前に、スマホを手の届かない場所に置く、不要なタブを閉じるなど、集中できる環境を整えましょう。
  • ご褒美を設定する: 「これが終わったら〇〇をする」と、自分へのご褒美を決めておくのも効果的です。

 もし「やる気が出ないな」と感じたら、まずはできる範囲でほんの少しだけ手を動かしてみてください。その一歩が、きっと次の行動へとつながるはずです。

 「やる気がないときも、とにかくやり始めるといい」という方法には、いくつかの関連する概念や名称があります。

  1. 作業興奮(さぎょうこうふん)
    • これは、心理学や脳科学の分野で使われる言葉です。
    • 「やる気がない状態でも、一度作業に取り掛かり、体を動かし始めると、脳の側坐核(そくざかく)という部分が刺激され、ドーパミンなどの神経伝達物質が分泌されて、集中力や意欲が高まる現象」 を指します。
    • まさに「やり始めるとやる気が出てくる」という現象そのものを表す言葉です。
  2. スモールステップ(Small Steps)
    • これは、大きな目標や困難な課題を、「小さく、簡単に達成できる段階(ステップ)に細分化して取り組む方法」 を指します。
    • 「まずは5分だけやる」「1ページだけ読む」「机の端っこだけ片付ける」といった、最初に踏み出すハードルを極限まで下げることで、行動を促しやすくします。
    • 小さな成功体験を積み重ねることで、自信とやる気を高め、次のステップへと進むモチベーションを維持する効果があります。

 作文の書き出しの例示は、「とりあえず書く」ためのきっかけ作りとなり、その後の「作業興奮」へとつながるのです。

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自由な活動ほど即時のフィードバックを多くする

〜「本当は大切だけど誰も教えてくれない授業デザイン41のこと」大前暁政(明治図書)〜

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◆よくある間違ったフィードバックとして、「さぼっている子を注意して回る」というものがあります。「おしゃべりしません」「遊びません」などと注意して回るのです。しかし、叱責や注意をして回っても、あまり効果はありません。ダメな方に意識を向けてしまうだけです。

そうではなく、「手本となる学び方」をイメージさせる方が有効です。

「〇〇チームは、資料で調べたことを箇条書きにしてまとめています。すばらしいね」

「〇〇チームは、写真を印刷して、分類しています。後でプレゼンに生かせそうだね」

「昆虫の動画を保存して共有しているチームがあります。映像じゃわかりやすいよね」

よいところを実況中継し、ほめながら紹介していくのです。このような前向きなフィードバックによって、まわりの子が手本となる学び方を真似するようになるのです。p208,209

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 これは、机間指導の極意でもある。

 注意のために机間を回るのではなく、ほめるところを拡散するために回るのだというのは、まさに「教育観」の問題。

 とても大切なことなので、しっかり拡散していきたい。

 先のブログで書いた「ネガテイブ報告」とは真逆です。

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July 08, 2025

「見取り」と「支援」の充実で、子ども主体の学びへ

 情報誌「学校とICT」(Sky)中川一史氏の論稿に注目した。一部抜粋します。

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教師の「見取る力」が問われるからこそ、 ICT が必要に

◆子どもたちの画面をただ眺めているだけでは、適切な見取りはできません。「個別最適な学び」なのですから、教師は一人ひとりの学びがきちんと「個別最適な学びになっているか」を、 つぶさに見取らなければなりません。子どもたちの性格や特性、これまでの経緯、そのときの表情などを踏まえ、画面を見たときに「あれ、大丈夫かな?」というほんの少しの違和感に気づけるかどうかが大切です。それがAIとは違う、生身の教師 に求められている役割なのだと思います。

私は常々「見ている」のと「見えている」のには、大きな違いがあると話してきました。それをはき違えてしまうと「個別最適な学び」や「自由進度学習」は、ただ表面をなぞっただけの形式的なものになりかねないからです。

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 この後、「他者参照」についての言及もある。

◆他者参照はとても大切だが、 バランスや順番を間違えてはいけない

◆自己の考えを深める場面と、他者の知恵を借りながらさらに深めていく場面とのバランスや順番を考えなくてはいけません。

・・・他にも、鋭い指摘がたくさんあるが、割愛。

 前田康裕先生の描いた「デジタル放任授業」のイラストも見事だ。

 向山先生から教わった中に「あれども見えず」というフレーズがある。

 未熟な教師は「見ている」けれど「見えていない」だと思っていたが、その下には「見ようとしない」教師がいる。それこそが最新の「教えない授業」なのだと勘違いしているだけタチが悪い。

Sky Photo_20250708141801

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書く力は、全教科の成績を左右する!

 以前、学習評価(パフォーマンス課題)のことを話していたら、ある校長先生にこう言われた。

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 結局、書けない子は成績が悪いってことですか?

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 私は、現実としてそうなると思う。 

ペーパーテストだけでなくパフォーマンス課題で「思考・判断・表現力」を評価しよう。

ということになっているから、記述型の課題で頑張って書いてもらわないと困る。 

各教科のまとめ、レポート、音楽や図工の鑑賞文などなど、書く力がないと全教科で成績に影響する。

  だからこそ、国語科で、その子の全教科の成績で不利にならないよう表現スキルを身につけさせたい。

「書く力」の育成は、学力保証の大事な要素であり、それを確実に高めてあげるのが教師の仕事だ。

(1)毎日少しずつでも書かせ、先生がチェックする。

(2) 学習したノート・プリントを参考に書かせる(他者参照)。

(3) 書けている子の作品を紹介する。高評価する(モデルを示す)。

(4) 書き出しや話型を示す。

  「分かったところは~」 「がんばったところは~」 「一番工夫したところは~」 「これからは~」

(5)不備があったら、やり直し(再提出させる)

・・・これらは教える側の「チェックリスト」であり「ルーブリック」である。(5)は厳しいようだが、未記入や一言作文を許してしまうと本人が困るので、ちゃんと書かせたいという意味だ。

 無論、突き返しての書けない子がいるだろうから、個別に書き出しを示したり、質問して書けそうな内容を引き出したり、「あのこと書けばいいじゃない」と想起させたりと支援する必要がある。

 「書かない子・書きたくない子」との根比べで、先生が負けてはいけない。

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July 02, 2025

懇談会で伝えるのは具体的なエピソード

  個人懇談会で保護者にお伝えするのは漠然とした「頑張っています・楽しく過ごしています」ではなく、具体的なエピソードの方が喜んでいただけます。

 加えて言うなら、そのエピソードがどんな良さにつながるのかをしっかり考えておかないと「So What?(それで何?)」と突っ込まれてしまいます。

Aさんは、配膳台の上にテストを提出する際に揃え直していました。細かな配慮のできるお子さんです。

Bさんは、放課になってボールの奪い合いをする子の横で、床に落ちたボールを拾ってかごに戻していました。やるべきことを見失わないまじめなお子さんです。

Cさんは、消しゴムを貸したらちゃんとお礼を言って返しに来ました。礼儀正しいです。

一瞬一瞬の中に、子供たちの光る行動があります。素敵な場面をキャッチして保護者にお伝えしてほしいです。

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協働学習の前提条件

「おしごと年鑑」2021年版。次の箇所が目に留まった。

 自己分析を交流させる際の4つの注意事項だ。

①誰も批判しないこと

②お互いの考えを尊重すること

③正解はないこと

④自分の意見は今後変わってよいこと

 ・・・なるほど。何をするにもこの4点は大事だが、とりわけキャリア教育には大事だと思う。

 こうした「受容」の雰囲気が学級にないと、夢やなりたい仕事を人前で語ることができないからだ。

 「えー、将来〇〇になりたいの?無理に決まってるじゃん」

 「あれ、この前まで〇〇になりたいって言ってたのに、もう変えたの?」

といったリアクションが生じる教室であってはならない。

 にあるように「自分の意見は今後変わっていい」のだから、今の自分の気持ち・今の自分の興味を自信をもって表明させたい。

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道徳資料を批判的に考えるアプローチ

 4年道徳 「いのちをつなぐ岬」は御前崎市でウミガメを守る自然愛護の資料。

 対立軸がない「良い話」なので、正直なところ、読んで終わりかなと思っていた。

しかし、授業を参観していたら

「ウミガメの卵を掘り返すのはよくないのでは」

という一部の子の感想から対立軸が生じて意見交換がされた。

◆各自の印象に残った箇所の交流から、1つのテーマに絞って意見交換させ、最終結論を書かせて終わる授業

という流れになった。

 環境保護の名のもとに環境破壊が行われる事例がいろいろある。

 自然愛護が自然愛護になっていない事例がいろいろある。

 山を削ってソーラーパネルで埋め尽くしてしまったら、環境には相当悪い。

 ウミガメの卵を全部人工ふ化させて海に放てば、生態系を崩すことになる。それもまた人間が引き起こした環境破壊になってしまう。

 道徳の主題は、たった1時間の授業で結論付けて終わるテーマではないので、子どもたちがそれぞれ頭をフル回転させて、最終意見を振り返りに書ければそれで十分だと思う。

 逆に「環境を守らなければならない」というワンパターンのまとめに終わっていたとしたら、「環境を守る活動は無条件に正しい」という思考停止状態になるから、これは要注意だ。

 授業者には子供たちの書いた「振り返り」をしっかり読み取ってほしいし、自分も子供の振り返りを分析してみたい。

 以下が、授業後、取り急ぎ、クラスルームに配布した資料です

(こんな口調を希望したわけではないので、やり直そうか迷いました)

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Gemini に聞いてみました

御前崎市の人がウミガメを守る活動をしていますが、ウミガメの卵を全部孵化(ふか)させて海に返したら生態系(せいたいけい)の破壊になりませんか?

◆◆

 ウミガメの卵を全部かえして海に返すことが、自然にとって良いことなのか? というギモン、とっても大事な質問だね。

 かんたんに言うとね、ウミガメの赤ちゃんを「全部」助けてしまうと、かえって困ったことが起きるかもしれません。

 ウミガメの赤ちゃん、全部助けちゃダメなの?

森や海には、いろんな生き物たちがいて、みんなで助け合って生きています。これを「生態系(せいたいけい)」って言うんだ。ウミガメも、この生態系の大きな一部だよ。

  1. 強い子が残ることが大事! 

ウミガメの赤ちゃんは、生まれても全部が大人になれるわけじゃない。鳥やキツネなど、他の生き物に食べられちゃうこともあるし、波に流されちゃうこともある。これは自然の世界では、強いウミガメだけが残って、どんどん強いウミガメが生まれてくるために大切なことだ。もし人間が全部の赤ちゃんを助けてしまうと、弱いウミガメも生き残ってしまって、ウミガメの仲間全体が弱くなっちゃうかもしれないんだよ。

  1. 食物連鎖(しょくもつれんさ)のバランスが崩れちゃう! 

ウミガメの卵や赤ちゃんは、いろんな動物たちのごはんになっている。もし全部の卵から赤ちゃんが生まれて海に行っちゃったら、それを食べていた動物たちは、ごはんがなくなって困っちゃう。そうすると、その動物たちも減ってしまって、森や海のバランスが崩れてしまうかもしれない。

  1. ウミガメが多すぎても困っちゃう! 

もしウミガメがすごく増えすぎると、今度はウミガメたちが食べるクラゲや海藻(かいそう)が足りなくなるかもしれない。そうすると、ウミガメ自身も困るし、他の海の生き物たちにも影響(えいきょう)が出てしまう。

 じゃあ、御前崎市では何をしているの?

 御前崎市の人たちは、「全部」のウミガメの赤ちゃんを助けるんじゃなくて、ウミガメが安心して卵を産めるように、そして、赤ちゃんたちが無事に海に帰れるように、お手伝いをしている。

たとえば、

  • 卵を産む海岸をきれいにしたり、人が入りすぎないようにしたりする。
  • 嵐(あらし)で卵が流されそうなときや、動物に食べられちゃいそうなときに、少しだけ場所を移してあげたりする。
  • みんなにウミガメを守ることの大切さを伝える。

こうやって、ウミガメが自分たちの力で生き残れるように、そっと応援(おうえん)しているんだね。

だから、御前崎市の人は、ウミガメを助けることで、海の生き物みんなが元気でいられるように考えて、活動しているんだよ。

 この説明で、ウミガメの活動について、もっとよく分かってもらえたかな?

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 子どもに伝えた私自身の感想

◆御前崎市の人は、環境破壊や生態系のバランスを考えて、保護活動をしているんですね。

環境保護の活動が環境破壊(はかい)になっていないかという4年〇組の意見交換がすばらしかったです!

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ネガティブな報告ばかりする先生 ――仮想的有能感(Assumed competence)

――仮想的有能感(Assumed competence)

◆クラスメイトのネガティブな行動や態度を大人に報告しに来る子どもがいます。

例えば、

「先生、〇〇さんが、また□□なことをしています」

「先生、〇〇さんは、まだ□□しようとしていません」

「先生、〇〇さんは、また□□を忘れたそうです」

などのような報告です。私は、このような報告を「ネガティブ報告」とよんでいます。

「ネガティブ報告」は、なぜ生まれるのでしょうか。

「相手がこの場にそぐわない行動をしている」という報告者なりの正義感なのかもしれませんが、こうした報告を真に受けて、教師や支援者が〇〇さんを叱責したり注意したりすると、クラスはどんどん険悪な雰囲気になっていきます。「あちらの子がこの行動で叱られているのなら、こちらの子のこの行動も叱られなければ不公平」という具合に相互監視の色が濃くなり、クラス内の規範や秩序に対する意識のレベルが無意識に上がってしまうからです。

このことが、「間違いや失敗を許さない空気感」につながります。

みつむらWEBマガジン 「子ども理解そこ大事!」

6回 ネガティブな報告ばかりする子 ――仮想的有能感(Assumed competence

https://www.mitsumura-tosho.co.jp/webmaga/kotoba-to-manabi/kodomo-rikai/detail06

 

・・・そうだよな、妙に正義感をひけらかす子供いるよなあ、マウントをとりたいのいかなあと思う。

 しかし、ふと思った。

 自分の中にも、「ネガティブ報告」の意識が確かにあるのだと。

 A君、だめだなあ。

 B君、しゃべってばっかりだなあ。

 C君、今日も用具そろってないなあ。

 もし、自分のネガティブな気づきをいちいち聞かされたら、子どもは全く自信を無くしてしまうだろう。そしてケチつけてばかりの自分に対してただただ嫌悪感を抱くだろう。

 

川上氏の論稿の続きを読む。

==============

「ネガティブ報告」をする側の背景には、「他者の行動を気にせずにはいられない」という事情があるようです。その事情を端的に表す言葉が「仮想的有能感(Assumed competence based on undervaluing others)」です。

 

本来の有能感は、自身の成功体験を通して、比較的、妥当に自己を評価したり、他者から評価されたりしながら得られるものです。

しかし、成功体験がない場合であっても、他者のミスやエラーを見つけたり、ちょっとした差異を細かく取り上げたりすることによって、「アイツはオレよりも下」や「ワタシはあの子よりも上」といった“マウント意識”を働かせて「仮の有能感」をキープすることができます。これが、仮想的有能感です。

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 まずい。これ十分にあてはまっている。

 自分は何を成し遂げたわけでもないのに、できていない子供を見つけマウントしているだけではないのか。

 本当のプロ教師なら、子どものかすかな成長をみつけ、引き出して、さらに伸ばすように導いていきたい。ただただ反省を込めて書いています。

 同じロジックで考えたら、、個人懇談会で「あれもダメ、これもダメ」と保護者に伝えても、ただただ重い雰囲気になるだけであることが分かる。

 子ども同士のネガティブ報告は、子供同士の関係を悪くし

 担任の子どもに対するネガティブ報告は、担任と子供との関係を悪くし 

 担任の保護者へのネガティブ報告は、担任と保護者との関係を悪くする。

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July 01, 2025

「尾括型」のシンキングサイクルを「頭括型」で表現する

(1)石井英真氏の言葉を視写。

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◆たとえばスライドを作成するという活動を行っている時、果たして子どもたちは「調べる」という動詞を経験しているでしょうか。

◆情報を検索して貼り付けているだけの「集める」になっていないでしょうか。集めた情報をある視点から整理・分析して初めて調べたことになります。

◆さらに、そこから自分事に引き寄せて考察して自分の意見や主張を述べたり、新たな問いが生まれてきたりしているなら、それは「調べる」を超えて、「深める」ことになっていると言えるでしょう。

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・・・「探究型学習」のあるべき姿を考えさせられます。

見事な指摘なので何も足さなくていいのだが、蛇足ながら書き込むと

(2)探究サイクルの在り方

◆「課題の設定」

・・・何を何のために「調べる」か。課題意識がないと「調べる」が始まらない。

◆「情報の収集」

・・・「集める」でいい。というか、できるだけたくさん集めてほしい。でも、集めるだけで終わっては「探究」にならない。

◆「情報の整理・分析」

・・・「整理・分析」をしないと、「調べる」にならない。

◆「まとめ・表現

・・・収集した情報を自分事として自分の言葉でまとめないと「深める」にならない。

というわけで、このサイクルの1つ1つを精査しないと、トータル「探究型」にならない。

(3)「作戦マリコ」

 情報を収集して根拠を示し・・整理・分析して・・自分の主張を述べるのが尾括型。

 これに対して「作戦マリコ」は頭括型。

マ=まとめ(結論)

・・・まずは自分の主張を言う。

◆リ=理由

・・・「整理・分析」を元にした理由を言う。主張の理由として、情報をどう整理・分析したかを述べる。

◆コ=根拠

・・・「情報の収集」で得られた根拠を提示する

 尾括型の「探究型のサイクル」の活動結果を、頭括型の「作戦マリコ」で表現させればいいのかな、というのが今の実感です。

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「令和の日本型学校教育」をめざして(2)

(1)堀田龍也氏の主張も是々非々で(チエルマガジン2024年秋冬号) 

◆いま問われているのは、「ICTをどう使うか」よりも、「子供たちにどんな学びを保障するかなのです。子供たちはとても多様化しています。さまざまな可能性を秘めた子供たちを「誰一人取り残す」ことなく、多様性に対応した学びを保障しなくてはなりません。

・・・この理念は、まさにその通りだが、次の点に注意しなくてはならない。

◆一人一人が自分のペースで学べる。やりたいことを学べる。学ぶ方法も、自分で選ぶ。いわゆる「個別最適な学び」です。そして必要な時には、友達に相談したり、先生に質問したりして、他者と関わりながら学んでいく「協働的な学び」も欠かせません。こうした学びを保障することが、「令和の日本型学校教育」では求められているのです。

・・1人1人が各自のペースで学習を進めるって、本当に「学校教育」でやるべきなのか。 同誌には、「ただの自習で終わらせない授業へ」というテーマの学校紹介もあるが、黙々と自分のペースで学習させるだけなら、それは、やっぱり「自習」だよね。

 授業後(家庭で)、1人1人が各自のペースで学習を進めることができるような知識技能や思考力判断力を高めておくような授業が学校教育のやるべきことではないのか。 私がイメージするのは、【学校ではきちんと教えて、自主学習で任せる】というスタイルだ。

 もちろん、堀田先生の指摘する一斉授業のデメリットも分かっている。

◆先生が最初から最後まで主導権を握り、みんなに同じ課題を与えて、勉強が得意な子を指名して答えさせ、「みんな分かりましたか?」と、本当は分かっていない子供もまだいることが分かっているのに、次に進む。そういったこれまでの授業スタイルとは決別し、令和で求められる授業のかたちに変えていかなければなりません。

・・・しかし、そのように言うなら、同じような構文で「個別最適」も批判できる。

 ◆先生が最初から最後まで主導権を放棄して、一人ひとりに自分なりの課題を考えさせ、勉強が得意な子はどんどん進ませ、「みんな進んでいますか?」と、本当は取り組めていない子供・自分の課題を終えていない子供がまだいると分かっているのに、次に進む。そういった令和の授業スタイルとは決別し、あらたに求められる授業のかたちに変えていかなければなりません。

・・・「個別最適」の理念によって、できすぎる子の「ふきこぼし」問題は解決するだろう。 しかし、「個別最適」の理念だけでは、「落ちこぼれ」は解消しない。具体的な指導技術が必要なのだ。

 堀田先生は、そうした教師の授業力の大切さをちゃんと書いている。「学び方」「手立て」「教材研究」が欠かせないと言う。 

自分のペースで学んでいいよと言われても「学び方」を知っていなければ迷子になってしまいます。何を、どういう手順で学んでいけばいいか友達に相談したり、ネットで調べたり、どんなリソースを使えばいいか、授業の中で繰り返し経験させ、体得させましょう。

そして、「手立て」を用意しましょう。例えば、分度器の使い方も一度説明を聞いただけでは理解が難しい子供もいます。使い方解説動画を用意しておけば、先生が改めて教え直さなくても子供自身が困った時に再生し分かるまで繰り返し見直すことができます。

こうした手立てを講じるためには、教材研究をしっかりすること。子供たちにどんな力をつけさせたいかを考え、子供が困りそうなことに対する手立てを準備しておく。教材研究が大事なのは今までと変わりません。

・・・順序的には「教材研究」にもとづいて「手だて」を用意し、「学び方」を習得させるということになる。

(1)子供たちにどんな力をつけさせたいかを考えておく。

(2)子供が困りそうなことに対する手立てを準備しておく。 この教材研究なしに「子供に任す」ことは「個別最適な学び」とは言えない。 GIGA端末を使って子供に任せている先生たちに、その覚悟があるのかということなのだ。 

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「令和の日本型学校教育」をめざして

~最も大切なのは「教師の指導力」です~

「チエルマガジン」2024秋冬号に川崎市立南河原小学校の取り組みが紹介されている。

~「GIGA端末で「一人一人を主語」に ただの「自習」で終わらせない授業へ~

  確かに、各自がタブレットで黙々と学んでいる姿を見て「自習みたいだな」と思うことがある。 そんな疑問に答えるような記述が続く。 

◆「教師主導の授業から子供主導に転換といっても、ただ子供に委ねればいいわけではない。子供は間違ったり、本来の目的から逸れたりします。そこをどう修正するか、どう導くか。GIGA端末活用ではここが大切になってきます。」

 そこで授業で心がけているのが、課題や目的、見方・考え方などの徹底だ。

◆「協働的な学び」でも、教師が道を示す。協働的な学びは、つい仲良しの友達で集まりがちだ。そこで、「今日の自分のねらいを達成するために、今話すべき相手はその人なの?」とよく声をかけるという。

「子供主導の授業とは、決して『子供任せ』にすることではありません。教師には、子供を正しく導き、学習を活性化させていくことが求められます。」

 そのためには、発問や声かけ、子供の見取りといった指導技術が重要なのだと工藤先生の授業を見て感じた。

・・・まさに「見取りと積極的な介入」。

 授業中の工藤先生は、精力的に動き続ける。いい発見は褒め、道が逸れそうなら軌道修正。目の前の子供に向かって助言する時と、クラス全体に響くように大きな声で話す時と、意識的に声量を使い分ける。工藤先生の声を遠くの席の子が拾って、周りと話し合いを始めるなど、言葉を発するたびに、学びが活性化していた。

・・・「手抜き」の端末活用(探究活動)を行えば、「這いまわる活動」の批判に逆戻りする。

 レポートの冒頭に書いてある通り、「子供主導」だからこそ教師の指導技術が問われる。

 川崎市立南河原小学校の取り組みは、6分の動画だから気軽に視聴できます。

 [https://www.youtube.com/watch?v=Bfo7m81Qm1g&list=PLGpGsGZ3lmbAsHMGckD-wgFETB2sN_CPF&index=22]

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教師に必要な「見取りと介入」の技能

(1)初任者Aが、「ごんぎつね」の授業を行なっていた。

積極的に端末を活用しているので、アンケート機能を使うと子供の意見が瞬時把握できるよねと話していたら、次の授業で「ごんは気づかれたかったのか、気づかれたくなかったのか」をフォームで送信させていた。理由も書かせていたので、みんなの意見も瞬時に共有できた。 アンケート機能を活用して意見を集約し、楽しく取り組んでいた。 ICTの機能を伝えてよかったなと思う(使いこなすのは私より断然早い)。

(2)初任者Bが、「ちいちゃんのかげおくり」の授業を行なっていた。

教科書の叙述の即した発言をさせていないことを本人に伝えると、次の授業で、発言する子供たちが「教科書ページの行目に・・・」と言っていた。根拠を答えるような課題を用意し、ページ数を言うように指導したのだとよく分かった。ダメ出しにちょっと迷ったが、指摘したら先生がすぐ対応してくれた。そして子供の発言の仕方がガラリと変わった。伝えてよかったなと思う。

 

 初任者指導員の私は、初任者の現状や授業の様子から、よい点や問題点を見取り、適切な助言をするのが仕事である。

 要するに、初任の先生方が適切に「見取りと介入」ができているかを、見取り介入するという二重構造の毎日だ。

 学級の子供たちを直接指導することがある。初任の先生の見落としや介入不足をカバーするのも仕事だと思っているからだ。 「介入」といえるほど立派な指導はできていないが、私なりに「見取りと介入」の腕を磨き、伝えていきたいと思っている。

  圧倒的な教材分析の力。圧倒的な子供の理解。そして、瞬時に改善策や代案を考える「瞬発力」。

 こうした授業技量の総合力が「見取りと介入」という言葉に集約されている。

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