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December 03, 2025

自走する子たちの育成を目指して(7)

◆「凡庸な教師はしゃべりすぎる」というワードの指摘、

◆「求めてこない者に対して 教えても意味がない。」というGG佐藤の言葉。

 これらは渋沢栄一の「自ら箸を取れ」と重なってくる。

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 木下藤吉郎は匹夫から起つて、関白といふ大きな御馳走を食べた、

 けれど彼は信長に養つて貰つたのでは無い、自分で箸を取つて食べたのである、

 何か一と仕事しやうとする者は、自分で箸を取らなければ駄目である。

「論語と算盤」オンライン

https://eiichi.shibusawa.or.jp/features/rongotosoroban/chapter2-5.html

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 渋沢栄一は、「知識の詰め込み」についても否定している。

 それは「自分で考える機会」を奪ってしまうからだ。

 以下の文は現代語訳なので、渋沢の時代に「好奇心」という言葉があったかどうかは分からないが、まさに「好奇心を奪う」ことを説いている。

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◆知識を詰め込むばかりでは、子どもが自分で考え、疑問を持つ余地がなくなります。

疑問を抱かなくなれば、好奇心は失われてしまいます。

好奇心が失われれば、何かを知ることの喜びもありません。

新しいことを知ったときの、あの新鮮な驚きと喜び。

それがない勉強など、する意味があるのでしょうか?

本来、学ぶことは楽しく心躍る営みであるはずです。

その気持ちを感じさせてあげられないとしたら、詰め込み教育は、間違っているのではないでしょうか。

渋沢栄一の名言「詰め込むだけの勉強では学問が嫌いになる」

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・・・本人の意に沿わない「詰め込み」は、学びの意欲をスポイルする。

 学びに感動がなければ、好奇心もなく,熱中もワクワク感もない。

「詰め込み=教えすぎ」はダメ、「丸投げ=放置」はダメ。このバランスが、難しい。

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