その課題で探究が始まるのか?
〜発問じゃないから思考が深まらないのでは〜
以前参観した探究型社会科の研究授業。
課題は「自動車が消費者に届けられる流れを説明しよう」
問いなら、文末が「〜か?」になるはずだから、この課題は子供に何も問うていない。
ならば問いは「自動車が消費者に届けられる流れはどうなっているか?」で良いか。
子供たちが5W1Hで答えるなら、「自動車が消費者に届けられる流れは、いつ、誰が、どこで、どうやっているのか、それはなぜか」ということになるが、それで良いか。
で、向山先生が有田先生の授業で語った「発問の原則」。
自分の3年前のダイアリーを探ってみた。ちょっと修正して示す。
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「バスの運転手はどんな仕事をしていますか」では子供は動かないが、 「バスの運転手さんはどこを見て運転していますか」だと、子どもは動く。
有田和正先生の発問です。
漠然とした「どんな」よりも「どこ」の方が答えやすいのは、子どもの脳内に答えのイメージが明確に浮かぶから。
答えやすいのは、「いつ」「どこ」「誰」「何」「いくつ」のような問い。
「どんな」だけでは曖昧なので、「どんな色」「どんな音」「どんな味」「どんな匂い」「どんな手触り」と五感を示すと答えやすくなります。
岩下修氏は、これらを総称して「ユレのないもの」を問えと提言しました。
「ユレのないもの」で答えるとは、単語(名詞)で答えれば良いという意味でもあります。
当然ながら、センテンスよりワードの方が答えさせやすいです。
だからセンテンスでの答えが求められる「なぜ」は難易度が高いと言うことになります。
向山先生は、「知覚語で問え」「発見させる言葉で問え」「選択させる言葉で問え」を発問の三原則として提唱しました。
◆どうして○○さんは地域の清掃をやってくれているのでしょうか?
→ ○○さんは、誰のために地域清掃をやってくれているのでしょうか?
◆「授業中、なぜ眠そうにしてはいけないのですか」
→「授業中、眠そうにしていると、誰が困るのですか」
というように、「なぜ」発問も、「何」発問に変換すると答えやすくなります。
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「自動車が消費者に届けられる流れを説明しよう」という課題をそのままぶつける先生の授業には、多くの教師が取り組んだ「発問の工夫によって熱中させる」という教師の気概が見られない。
しかし、文句はつけてみたものの、いい発問がなかなか見つからない。
◆「自動車が消費者に届けられるまでに、いくつの工程があるか」(工程数で確定させる)
◆「自動車が消費者に届けられるまでに、誰のチェックを受けるか」(仕事内容で確定させる)
・・これでいいとは思えないが、いい代案が見つからないので、偉そうなことは言えない。
「いくつ」「誰」と聞かれれば、自分と他者の答えにずれがあった時、すごく気になるとは思うんだけど・・。
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