September 04, 2016

「非才!あなたの子どもを勝者にする成功の科学」

Hisai_2
 グラッドウエルの「天才 成功する人々の法則」を昨年読んだ。なかなか興味深い1冊だった。
「一万時間のルール」などが、よく分かった。
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2015/12/post-6f99.html
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2016/01/post-a238.html

 今回読んだ「非才!あなたの子どもを勝者にする成功の科学」は、グラッドウエルの「天才」と合わせて読むことが前提になったような本だ。

 原題は、
Matthew Syed Bounce:Mozart,Federe,Picasso,Beckham,and the Science of Success
マシューサイドのBounce、モーツァルト・フェデラー。ピカソ・ベッカム 成功の科学

 「Bounce=はずむ?」の意味が、どうつながるのか分からなくて、「非才」という邦題の意味も、よく分からなかった。

 とりあえず、読書メーターのコメントを読むと、内容が分かりやすい。
 http://bookmeter.com/b/4760138382

 天才と呼ばれる偉人の成果は、才能でなく努力の蓄積によることを、具体例を挙げて説いている。
 多くの成功者は、圧倒的な練習時間の蓄積で、他から優位に立っているに過ぎないことが分かる。
ただし「一万時間ルール」に終始しているわけではない。 

◆人びとが「あたしには語学の才能がないから」とか「おれの頭は数学向きじゃないんだ」とか
「スポ―ツには体がついてかないんだよ」とか言って、自分の可能性を否定する人がどれほどいるか考えてみよう。そういう悲観論の証拠はどこにあるだろうか?しばしばそれは、ものの二、三週間ほど、あるいは、二、三か月ほど、あまり身を入れずにやってみた結果にもとづいた発言だったりする。科学の示すところでは、傑出性の域に突入するには何千時間もの練習が必要なのだ。(P22)

の部分が、単なる「練習時間=量」の問題だとしたら、次の部分が「質」の問題だ。


◆「ふつうの人が練習するときには、楽にできることに集中したがる。エキスパートの練習はちがう。それはうまくできないことーあるいはぜんぜんできないことーをやろうとして、相当量の集中した継続的な努力おこなうのだ。各種領域での研究を見ると、自分のできないことを練習しないと、なりたいようなエキスパートになれないことがわかる。」
 本書ではこれまで、頂点に立つために必要な練習の量に焦点を当て、それが最短でも10年間におよぶ膨大な時間であることも見てきた。だが、ここではもっと肝要な一面へと掘り下げたい。つまり練習の質だ。頂点に立つ人間たちが最高の地位を獲得するのは特別な学習が必要とされ、一万時間を一時間たりとも無駄にしないために深い集中力が必要となる。
 エリクソンはこれを「集中的訓練」と称して、そのほかのほとんどの人間がするものと区別している。ここでは「目的性訓練」と呼びたい。なぜか?意欲的なチャンピオンたちの訓練には、特別な不変の目的があるからだ。それは進歩である。毎秒、毎分、毎時間、変わることなく心身ともに全力を尽くし、能力の限界をこえるところまでみずからを駆り立て、トレーニングの終わりには文字どおり生まれ変わっているほど徹底的に取り組もうとする。
P89・89

◆中国が卓球でとても成功している謎がたちまち解けた。長年、中国の成功は反応速度の速さ、秘密の食生活、いくつもの神秘的な要素のせいにされてきた。長時間訓練しているからだとの意見もあった。
だが、より長く訓練していたわけではない。よりかしこく、より深く、より目的をもって訓練していたのだ。中国の選手はつまるところ、ターボドライブで訓練していたのだ。P91

◆世界に通用する水準のパフォーマンスは、少しばかり手が届かないところにある目標に向けて、そのギャップの埋め方をはっきりと意識して努力することで得られる。やがて、たえまないくり返しと深い集中力をもってギャップが埋められ、そしてまたほんの少し手が届かない新たな目標が設定されるのだ。P92

◆一流スケート選手と二流以下のスケート選手では、遺伝子にも性格にも家庭環境にも大きなちがいは見られなかった。ちがいがあったのは練習の種類だ。すぐれたスケート選手はつねに現在の能力をこえるジャンプを試みるが、ほかのスケート選手はそれをやらない。
 注目してほしいのは、一流のスケート選手がより難易度の高いジャンプに取り組んでいるだけではないことだ。すぐれた選手にはどのみちむずかしいジャンプが求められる。
肝心なのは、一流スケート選手が自分のすぐれた技量から見て、もっと難易度が高いジャンプに挑戦することだ。
(中略)目的性訓練とは、少しばかり力がおよばなくて実現しきれない目標をめざしてはげむこと。現在の限界をこえる課題に取り組んで、くり返し達成に失敗することだ。傑出とは、快適な領域から踏み出し、努力の精神をもってトレーニングにはげみ、艱難辛苦の必然性を受け入れることにかかっている。じっさい、進歩は必然的な失敗の上に築かれる。これは、プロのパフォーマンスにかんするもっとも重要なパラドックスだ。(P95)

・・・ 「コンフォートゾーン」=「現状維持」=「ぬるま湯」に関する記述もある。P107/108

◆わたしの母は長年秘書をしていて、秘書になる前にタイピングを習った。数カ月の練習で、一分に70単語をタイプできるようになったが、そこで壁にぶつかり、秘書をしているあいだにそれ以上伸びることはなかった。理由は単純だ。このスピードが作業にありつける水準で、ひとたび働きはじめてしまうと、上達することが大事であるとは思えなくなったからだ。タイプをしているときは、べつのことを考えていた。
 これがほとんどの人のやり方だ。自動車の運転などといった新しい課題を習うときは、技術を身につけるために集中する。最初は時間がかかるしおぼつかないし、動作が意識的に制御される。だがなじむにつれて技術は潜在記憶に取り入れられ、あまりに考えなくなってしまう。ハンドルを握ってほかのことに関心を向け、運転する。これが心理学の言う「自動性」だ。

・・・厳しい指摘だ。
 他ごとを考えてもできるようになるほど「自動化」できることが、非常に好ましいことだ。
 しかし、その自動化で満足してしまったら、進歩はそこで終わってしまう。

◆ノエル・テイジ―教授は、三つの同心円を描いて解説している。内側の円が快適ゾーン、中間の円が学習ゾーン、外側の円がパニックゾーンだ。快適ゾーンの外で思い切ってやってみようとしなければ、何千時間かけたところで少しも上達しない。パニックゾーンに迷いこむのも同じように無益だ。現在の能力をはるかにこえる内容を要求されるからだ。
 だが、学習ゾーンにいれば、ほぼ際限なく向上を続けられる。

・・・1万時間という「時間の目安」は分かりやすい。
 しかし、「質の目安」はどう自覚すればよいか、どう客観化すればよいかが難しい。
 「自分はこれだけがんばっている」と思っていても、はたから見れば「全然がんばってないよ」と思えることはいっぱいある。
 スポーツの成功者の多くの場合は、練習の質を吟味する指導者がいて、適切な難易度を指示を出す。
 「お前の限界は、そんなところじゃない」と見極め、監視してくれる。
 コンフォートゾーンに浸かって自己満足で終わってしまわないように自分を叱咤することは、なかなか難しい。
 だからこそ、成功者は限られるのだということが、よく分かった。

◆世界に通用する水準のパフォーマンスは、少しばかり手が届かないところにある目標に向けて、そのギャップの埋め方をはっきりと意識して努力することで得られる。
やがて、たえまないくり返しと深い集中力をもってギャップが埋められ、そしてまたほんの少し手が届かない新たな目標が設定されるのだ。P92

・・・少しずつ難度を上げていく方法の有効性を説いている。

◆(一流スポーツ分野の)すべての成功しているシステムには一つの共通点があることに気づかされる。目的性訓練の原理を制度化しているのだ。
最大の卓球王国である中国にはマルチボール・トレーニングがあるし、もっとも成功しているサッカー王国ブラジルにはフットサルがある。
トップのバスケットボールチームは「エキストラ」を使う。そうした具合だ。P101

・・・そうだろうか? 一流スポーツ分野でなくても、小中学校の体育の授業レベルでも、ハンデをつけて、「目的性訓練」を行っているではないか。
ドッチボールでボールの数を増やしたり、コートの大きさを変えたりする。
小学校でバスケットを指導していた時は、人数のハンデ戦を行った。中学校の陸上部では、女子を男子と一緒に走らせた。

◆「すでにうまくできることを練習したいと思うのは、たんなる人間の性だ。ものすごく楽だし、楽しいからね。だが悲しいかな、(ゴルフの)ハンデイを減らす効果はあまりない。」

とある。その通りだ。だから、「ぬるま湯」が好きな子どもは嫌がるが、レベルアップを望む子は、ハンデ戦に果敢に挑む。
 限界を作るな・ぬるま湯に浸かるな・現状に安住するな、と叱咤激励したいところだが、楽をしたがる人の弱さを自分1人で打ち勝つのは難しい。だからこそ、コーチの叱咤激励が必要になる。
本書では、コーチの必要性を「フィードバック」という言葉で表現している(P114/115)。

◆フィードバックの重要性は、科学にたずさわる人にはおなじみだ。科学的知識は検証を通して理論の不備が明かされることで進歩して、それによってまた新しい理論への道が開かれる。
検証できない(すなわちフィードバックと無縁の)理論は、決して改良されないのだ。
(中略)つまりフィードバックとは、知識の獲得へと駆り立てるロケット燃料であり、これがなければどれだけ練習を積んでもその境地には達しないのだ。

◆コーチはたんにはげまし、集中ぶりを分析してくれるだけでなく、選手が見のがしたかもしれない小さな技術的ミスに目を光らせている。
コーチの強みは、選手に欠けている視点・・外から内を見る視点をもっているということだ。
選手は屋内で自分の練習風景をおさめたビデオを観るときだけ、第三者の視点にアクセスできる。これでコーチと練習について話し合うことが可能になり、さらなるフィードバックがもたらされる。

・・・フィードバックが繰り返される状態を「フィードバックループ」と呼んでいる。
 練習の成果は、この「フィードバックループ」の有無、「フィードバックループ」を支える指導者の有無に規定されるのだ。

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August 07, 2016

「やってのける ~意志力を使わずに自分を動かす~」

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 「『なぜ』を考えるとやる気が出る」という主張を読んだ。
 これは、「趣意説明の法則」と重なるものだ。
 「早く教科書を広げて、暗記しなさい」と具体的な行動を示すより、「この勉強は大学入試に役立つよ」と、行為の意味や意義を示す方がやる気が出ると言う。
 「あと1時間、PCに向かってキーを打て」と命ずるより、「このひと頑張りがキャリアアップに結び付くよ」と伝える方がいいのだとも。

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◆「なぜ勉強するのか」という理由を理解することで、意欲が高まるのです。
丸暗記しなさいと言うだけでは、子どもは熱心に机に向かわないでしょう。(p38)

◆理由が明確になることで、小さな行動が、大きな目標を達成するために一歩に変わる(p40)

「やってのける ~意志力を使わずに自分を動かす~」
 ハイデイ・グラント・ハルバーソン (大和書房)
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・・・まさに、「趣意説明の原則」である。
 ただし、難しい行動をさせるときは、「なぜ」より、「何」を示せとある。
 初めて掃除機を使うような人なら、「家の中をきれいにしよう」よりは、「この道具を使ってホコリを吸い取ろう」
の方が行動させやすいと言う。

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 「何」を基準にすると、具体的な行動に意識が集まります。(中略)
難しい何かに挑むときは、いったん「大きな絵」は忘れ、目前のタスクに集中するとよいのです。
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・・・ 「目前のタスクに集中させたいなら、具体的な行動指示を示す。」という指摘は、「ごみを5つ拾いましょう」に代表される指示(号令)の原則と重なるところだ。

➀行動のみを端的に示すのが「号令」
②趣意を示して具体的な行動を指示するのが、「命令」。
③趣意を示して、行動は任せるのが、「訓令」。

 あらためて、この3つの指示について調べてみると、相手に合わせて(あるいは難度度に合わせて)使い分けることの大事さが書かれているWEBがあった。

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 訓令で十分な社員に、「号令」で指揮したら?
 仕事に意味を見いだせなくなって、辞めていきます。

 号令の必要な社員に、「訓令」で指揮したら?
 上司の仕事の指示が悪いと不満を口にします。

 ”号令”の必要な社員に”訓令”で指揮しても、
  期待した成果は得られません。役に立たないのです。

 ”訓令”で充分な社員に”号令”で指揮したら
 働くことに意味を見出せなくなります。
 そして、辞めてしまいます。

 指示命令する
 ・相手の能力によって、
  ・役職によって、
 訓令・命令・号令を使い分けることがとても大切です。

 これがマッチしていないと、会社にとっても社員にとっても、 悲しい結末に向かいます。

http://www.teoria.jp/?p=967
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 日常の号令・命令・訓令の具体例 ----
 「明日八時東京発ヒカリの切符を一枚買ってきてくれ」と号令すれば、売り切れたと言われた女の子は手ぶらで帰ってくる。
 それで腹を立てるなら、命令すべきである。
 「明日十二時までに大阪に着きたい。八時のヒカリを一枚たのむ」と命令すれば、売り切れのときは七時五十分のヒカリ、それもだめなら七時のコダマを買ってくるので、朝少し早く起きるだけで用は足りる。
 「明日十二時、大阪で大切なお客に会いたい。よろしく頼む」と訓令すれば、社長の疲労を考える庶務課長は飛行機を手配し、こちらの顔色によって今夕のヒカリにし、大阪にホテルを予約し、あすの難問題に備えるエネルギーを蓄えさせてくれる。
 部下が思うように動かなくて腹が立つのは、たいてい自分が号令を使っている場合である。

http://www.heihou.com/page_10-1.htm
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 向山洋一氏の著作でも示されている「指示の原則」は、やっぱりすごい。
 しかし、具体例がないと、なかなか伝わらない。
 号令・命令・訓令について、具体的な場面で例示できるように考えてみたい。

 さて、おまけ。
 「やってのける」には、他にも面白い箇所がたくさんある。

 近い将来を想像した場合は、具体的な描写を好み
 遠い将来を想像した場合は、抽象的な描写を好む。
 遠い将来を抽象的な「なぜ」の視点で考えると、メリットは注目するが、実際に実行できる可能性を考えない傾向にある。
 具体的に「何」を考えると、その目標が本当に実現できるか、成功の見込みや障壁について考える。
 締め切りが迫ると、後悔するのは、実現の可能性を現実的に検討していなかったからだと言う。

◆人は、遠い将来について考えるときは「なぜ」の視点に傾きがちになり、メリットに気を取られてしまいます。
実際にそれを行うときが来ると悪夢のような体験に変わってしまうことがあるにもかかわらず、現実的な側面にはあまり注意を向けられなくなるのです。
 逆に近い将来の行動では、わたしたちは反対のミスを犯します。
 興味深く、メリットが得られそうな話であっても、実行すうのは面倒だと考えてしまい、せっかくのチャンスを逃してしまいます。(p46・47)

 翌週までの提出を求められた学生の大半は「容易だが退屈」な課題を選び、内容よりも容易さを優先した。
一方、九週間後の提出を指示された学生の大半は「難しいが魅力的」な課題を選択したと言う。

◆このように、遠い将来について考えるとき、わたしたちは現実的な考えよりも、メリットを優先させる理想主義者の視点に立ちます。
 近い将来について考えるときは、ビジネスライクな現実主義者の視点に立ちます。(中略)
 つまり、予定を決めるときは、近い将来か遠い将来かどちらについて考えているかを自覚し、それが自らの思考にどう影響しているかを考慮すると、よい判断がしやすくなります。(p48)

◆ 「何」に注目すると、行動を「先延ばし」しにくくなるという利点もあります。(中略)
何をすべきかを意識することで、人は具体的な行動に着手しやすくなり、目標に向かってまっすぐ進めるようになります。逆に、理由ばかりを考えていると、なかなか実行に移せません。(中略)
「大きな絵を思い浮かべる(理由を考える)」と達成後のメリットをイメージしやすくなり、意欲が湧き、自制心や忍耐力が高まります。
 「次の一歩」に注目する(具体的な行動を考える)と、細かい手順に集中することで難しく不慣れなことも行いやすくなる。先延ばしせずに行動をしやすくなるなどの利点があります。
 大切なのは、「なぜ」と「何」のどちらかに偏ることなく、対象の目標を達成するためにはどちらの考えを持つべきかを判断することなのです。(p49・50)


・・・目標を具体的に設定させるために、何度も「SMART」を引用する。

S pecific  = 具体的、わかりやすい
M easurable  = 計測可能、数字になっている
A greed upon = 同意して、達成可能な
R ealistic  = 現実的で結果志向
T imely  = 期限が明確、今日やるなど

Chigai02


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今すぐやる! ~何のために「学ぶ」のか~

9784480689313

 if-thenプラン(条件型計画)について、「マシュマロ・テスト」や「モチベーション3.0」などに記載がある。
 あらかじめ○○になったら△△をすると決めておくことで、行動を自動化しようとするものだ。

◆実生活でも「イフ・ゼン」実行プランの助けを借りることで、大人も子どももこれまで、想像していた以上にうまく自分の行動をコントロールできた。こうしたプランを十分練習しておけば、そのプランと結びついている刺激によって自制反応が自動的に起こるようになる
(「もし冷蔵庫に近づいたら、そのときにはドアを開けない」
「もし酒場が見えたら、そのときには通りの反対側を渡る」
「もし午前七時に目覚ましが鳴ったら、そのときのはジムに行く」。) 
リハーサルをすればするほど、実行プランが自動的に実行できるようになり、コントロールするのに前ほど苦労しなくても済む。
(「マシュマロ・テスト」P284)

◆ゴルヴィツアーはこのような計画を作ることを「実行意図の形成」という専門用語で表現しています。わかりやすく考えれば、これは「もし~であれば、~をする」という、「if-then」式の計画だと言えます。これを「条件型計画」と呼びます。
(中略)
 「if」の条件が生じると、次に取るべき行動が、はっきりと自覚することなく、自動的に生じるのです。つまり、脳は次に何をすべきかわかっています。計画によってすでに何をするかは明確だからです。
(「やってのける」P187・190)

 しかし、茂木健一郎氏がイフ・ゼン計画を否定する文章に出会った。

◆「何時になったら勉強しよう」「このドラマが終わったら勉強しよう」などと言い訳をしている人がいる。ハッキリいって、それは甘い。
 勉強しようと思ったら一秒後にもうトップスピードで集中する。この「瞬間勉強法」が大切。
(「何のために『学ぶ』のか」ちくまプリマ―新書 P114)

 つまり、今すぐできるのに「ドラマが終わったらやると決めてあったのだから、その時間まで待とう」などと自分をごまかすために「if-then」を使う場合があるということだ。
 なるほど、今すぐ起きればいいのに「目覚ましが鳴るまで待とう」などと思うことがある。
 
 「if―then」よりは「今すぐやる」の方が、強い!

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夏休みは気持ちがゆるんでしまうから・・「ちょっとした勉強のコツ」

 9784569671253

外山滋比古氏の「ちょっとした勉強のコツ」(みくに出版→今はPHP)は読みやすく,、ヒントも多かった。

◆もっとも多く時間のあるのは夏休みである。いくらでも勉強ができるように思うけれども、実際には、毎日をぼんやりすごして、どうしてもしなくてはならない宿題すらロクにできないまま、休みあけを迎える。
 その昔、イギリスのオックスフォード大学の学生たちは、長い休暇あけの月曜日のことをブラック・マンデーと呼んで、おそれた。休み中、時間があったのに、なにもできなかったと思うと世の中が真っ暗になる。(「集中」p17・18)

◆どうも、時間がある、という気持ちのゆるみがいけないようである。ゆったりかまえていると、ちょっとしたことがとび出してくる。(中略)しなくてはならない仕事はなんとなく気が重い。どうでもかまわないようなことに心をひかれる。(中略)長い人生においても、そういう、つまらないことばかりして、大事なことはし残してしまう。酔生夢死である。(「生活時間割」p133・134)

◆時間は必要だが、ありすぎると、よろしくない。すくなくとも、あると思うのがいけないのである。
 時間はすこし足りなめなのがよろしい。時間と競争して仕事し、勉強する。緊張と集中のもとで行われるところから、立派な成果が生まれる。時間がたりないという気持ち、タイム・ハングリーである必要がある。(「時を選ぶ」p79・80)

◆勉強はどれくらい長い時間、机に向かっているかではなく、どれだけ集中しているかによって成果が決まってくる。だらだらした長時間勉強など、そもそも勉強の中に入らないと、言ってもよいくらいである(「注意」p96)

・・・やるべきことを書きだして、優先順位を決める。ここから始めよう!

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June 19, 2016

「仕事を無理なく両立できる 毎日続く勉強法」多田健次著

Tada

「仕事を無理なく両立できる 毎日続く勉強法」多田健次著 日本実業出版社

 多田健次氏は、心理学の公認カウンセラーでもあり、メンタルヘルスマネジメント検定マスター資格も取得されている。

◆勉強は、「毎日続く」からこそ意味があるものです。
(中略)勉強を続けるコツは簡単です。それは、勉強が続く「しくみ」をつくってしまえば良いのです。

ということで「勉強量=勉強をスタートする回数」だとも述べている。納得だ。このところ、なかなか勉強にスタートできない。

◆ベビーステップ(スモールステップ) 一歩ずつ確実に・とにかく続ける

という原理も、勉強の開始と継続のためには欠かせない。

◆人は実際に行動を始めると自然とやる気がわいてくるもの

については、池谷裕二氏の本で「作業興奮」とあったことと重なってくる。

============
○「勉強しなきゃいけないのは分かっているけど、どうしてもヤル気が出ない」と感じることはありませんか。実際に「ヤル気」は勉強の原点であるといってもよいくらい重要な要素です。

○ヤル気、つまりモチベーションは、脳の「側坐核」という場所で作られます。

○側坐核を活動させるためには、ある程度の刺激が必要なのです。刺激が来ないと十分な活動を起こしてくれません。

○ですから、何もしないでいて「ヤル気が出ない」というのは、もっともなことです。刺激を入れなければ側坐核は活動しないので、ヤル気の出ようがないのです。ですから、ヤル気が出ないときには、まずは何より机に向かって勉強を始めてみましょう。とにかく側坐核を刺激するのです。そうすると、しだいにヤル気が生じて勉強に集中できるようになっていきます。

○こうした現象は心理学者クレペリンによって発見され、「作業興奮」と名付けられました。何事でも、始めてからしばらく経つと少しずつ調子に乗って集中できるようになる。これが作業興奮です。側坐核が目を覚ますのには時間がかかります。だから、とにかく勉強を始める。そして、始めたらしばらくは中断しないことが肝心なのです。

「最新脳科学が教える高校生の勉強法」
 池谷裕二著 東進ブックス p109
==============  

※「Once done is half done.」 (いったんはじめたものは、半分終わったも同じ)

という言葉も、「作用興奮」とつながっていることが分かる。
 とりかかりについては、

◆開始の儀式をいくつかもっておく

とあり、「いつでも簡単にできる行動をルーティーンにするとスイッチが入りやすい」と述べている。

「〇〇をしたら取りかかる」ということで

①文具をセットする
②テキストをパラパラめくる
③テキストを出す
④手帳を開いて予定を確認する
⑤好きな科目から始める
⑥コーヒーを入れる

などの例示がある。
 ①②③は、教室での授業開始時と同じだ。
 筆記用具・教科書とノートを出して、今日やるページを開く、などがルーテイーンになり、授業への切り替えスイッチになっている。

 「見られている意識」ということで
 
①ライバルの視線
②応援者の視線
③将来の自分に恥じないように

などの例示がある。
 ライバルと応援者の存在を考えたら、「学校での集団学習」は非常に有効だということが分かる。
 家庭学習では、兄弟がいればライバルになり、家族がいれば応援者になるが、単独の学習はなかなか難しい。
 1人でも学習できる強い意志(モチベ―ション)と習慣形成について、もっと詳しく調べてみたい。

 たとえば、30日続けようとすると

①前半は、「反発期」でやめたくなる。挫折率42%
②中半は、「不安定期」で振り回され、挫折率40%
③後半は、「倦怠期」で飽きてくる。挫折率18%

 「続ける力・やり抜く力」の適切な指導についても、しっかり調べてみたい。

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May 07, 2016

「努力不要論」 は、努力の方向を示している

Big


 「努力不要論」――脳科学が解く! 「がんばってるのに報われない」と思ったら読む本

というタイトルは挑発的だ。
 しかし、「努力にも適切な努力、と無駄な努力がある。無駄な方向の努力は不要」という意味だったので安心した。努力を真っ向から否定した本ではない。

 「努力不要論」のタイトルのきっかけは、前書きで引用した明石家さんまの言葉にあるだろう。

◆「努力は報われると思う人はダメですね。努力を努力だと思ってる人は大体間違い」と持論を展開した。
「好きだからやってるだけよ、で終わっといた方がええね。これが報われるんだと思うと良くない。こんだけ努力してるのに何でってなると腹が立つやろ。人は見返り求めるとろくなことないからね。見返りなしでできる人が一番素敵な人やね」

・・・無限定な努力・過大な努力への期待が不要なことは言うまでもない。

◆見返りを期待して、楽しくないものに苦痛を伴う努力を重ね、恨みをため込むくらいなら、やめたほうがいい―
◆ポテンシャルがあって、努力もしているのに結果が出ないときは、そういう間違った努力”の可能性がある。
 まず自分が何をしたいのか、そのためにはどうすればいいのか。それを知るための努力が、本当に必要な努力
◆ いつか成功できる、などというのはくだらない幻想です。この本を読んでくださったみなさんが、努力信仰に惑わされず、目の間にある毎日を豊かに味わって行かれることを心から祈念しつつー。

・・・自分も、無限定に「あきらめらければ夢はかなう」と信じるのは危険だと思う。
 そのことは以前も書いてきた。

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2008/09/post-a10c.html

 中野氏は、

◆真の努力というのは本来、成果を出すために必要な①目的を設定する、②戦略を立てる、③実行する、という3段階のプロセスを踏むことです。

と言う。
 いくら努力を積んでも、ウサイン・ボルトにはなれないとか、いくら努力しても変化しないのは負荷が足りなかったというくだりは、「トレーニングの原理・原則」とも通じる話だ。

○オーバーロード(過負荷)の原理
適度な負荷がないと効果は表れない。
○漸進性の原則
 負荷を徐々に(漸進的に)上げていく。
○反復性の原則
トレーニングの効果を得るには、繰り返し行う。

 中野氏の文章は分かりやすい。

◆「自分はこれだけ正しいことをしたんだから、許される」という言い訳を、なんと無意識のうちに脳がやってしまっているのです。
◆自分を痛めつけることを努力だと思っているのが日本人という傾向はあるようです。
◆才能があるかないかというのは、自分が持っている適性知って、自分の評価軸を確立できているかどうかということに尽きます。その意味では、才能のない人というのはこの世に存在しません。ただ、自分に何ができるのかがわかっているかいないかの差だけがあるのです。
◆もしも、自分には才能がないと思ったら、自分を取り巻く環境と自分の持っている資質のどこが適合しないのか、考える機会を与えられたと思ってください。
◆自制心を鍛えるためのトレーニング、相手の気持ちを忖度できる力を伸ばすための遊び、目先の利益を捨てて将来のより大きな利益を選択できる力を鍛える練習などが子供の一生を豊かなものにする教育といえるでしょう。将棋や囲碁などは適している遊びだと思います。

・・・無駄な努力と、有益な努力を区別して、豊かな生き方をしていきたい。

 以下のブログも参考になりました。
http://rukakobuta.hatenablog.com/entry/2015/02/19/234508

http://blog.goo.ne.jp/cqad/e/2ed8d2582246880038843b1186e4af8b

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April 23, 2016

天童荒太「ムーンナイトダイバー」

 Moon
 さすが「悼む人」を書いた天童氏。
 津波に飲み込まれた被災地の人々に対する追悼の意識が強くにじみ出た一冊だった。
 いとうせいこう氏の『想像ラジオ』もよかったが、こちらもよかった。

◆ダイビングのインストラクターをつとめる舟作は、秘密の依頼者グループの命をうけて、亡父の親友である文平とともに立入禁止の海域で引き揚げを行っていた。光源は月光だけ――ふたりが《光のエリア》と呼ぶ、建屋周辺地域を抜けた先の海底には「あの日」がまだそのまま残されていた。依頼者グループの会が決めたルールにそむき、直接舟作とコンタクトをとった眞部透子は、行方不明者である夫のしていた指輪を探さないでほしいと告げるのだが… 311後のフクシマを舞台に、鎮魂と生への祈りをこめた著者の新たな代表作誕生。

http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163903927

 ネタバレを気にすると、なかなか自分の思いが表せない。

 何度も海に潜る舟作。「3度目に事件が起こる・急展開を見せる」といったエンターテイメントの鉄則を考えると後半は何が起こるのか、読み進めるほどに心配で心配で仕方なかった。
 無理を押して夜の海に潜る舟作の身に何が起こるのか、本当にラストまで生きられるのか。
 そのような海の中で起きた出来事。
 P226は、まさにクライマックスとなる圧巻の描写だった。

 引用したくなる見事な箇所、つまり読みながら泣いてしまった部分は、例えば以下の箇所。

◆義兄が亡くなり舟作が生き残ったことになったことに「ごめんなさい」と「ありがとう」を繰り返す妻の満江の言葉(P138)。まさに、「サバイバーズ・ギルト」の心境を表現している。
 「サバイバーズ・ギルト」=事故や天災などで生き残った人が、周囲が亡くなってしまったのに自分だけ生き延びたことに対して感じてしまう罪の意識に苦しむ人々のことだと知ったのは、読後のことだ。しかし、この言葉を知って、なるほど登場人物もサバイバーズギルトなら、こうして読書している自分もサバイバーズギルトなのかと納得した。「悼む人」は「サバイバーズギルト」なのだ。

◆義兄の娘である真由子が、津波で亡くなったのが「お父さんでよかった」と涙を流すシーン(P148)も感動的だった。生き残った者が、なぜ、こんなにも苦しい思いをしなければならないのだろうか。

◆そして、舟作が子どもたちに語った「海賊」の話(P214)。
 どうして、こんな純粋な話が作れるのかと、天童氏の才能をすごいと思った。
 この意味深な「海賊」の話があって、いよいよ最後のムーンライトダイブのシーン。
 舟作が無事生還するのかが、当然気になってくる。見事な展開なのだ。

・・・それにしても、福島を舞台にした本書を読み終えて「熊本地震」。
 熊本で被災された方のことを思わずにはいられなかった。

  「想像ラジオ」の感想
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2013/09/post-047d.html

 「悼む人」の感想 
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2012/02/post-42f5.html


 天童荒太氏のインタビュー
http://www.news-postseven.com/archives/20160225_387194.html

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February 27, 2016

『渡辺崋山』 ドナルド・キーン(新潮社)

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  先のブログの延長で、『渡辺崋山』を読んだ。
  渡辺崋山の面白さは、幕末の知識人の置かれた立場の面白さにある。
  主君に忠実な儒学を学んできた崋山は、家老職で海防策を担当し、鎖国を擁護する立場である。
  しかし、西洋事情を研究していく中で、列強の最新の動向を知り、鎖国体制の限界に気づいてしまう。
 そもそも、昌平坂学問所の儒官(総長)の佐藤一斎自身が、朱子学だけでなく陽明学まで及んだ先見的な人物で、一斎の膝下から育った弟子が佐久間象山、渡辺崋山ら幕末に活躍した英才であった
  崋山も幕府を擁護する立場にありながら、幕藩体制の行き詰まりが予見できてしまった知識人たちの1人であった。幕藩体制の批判をしたとして「蛮社の獄」でとらえられてしまったが、開国の動きは、もはや止めようがなかった。
 
 もちろん、家老職にありながら、絵画の世界に通じ、その道を究めようとしていた点も面白い。
 生計を立てるために、絵画を描く必要があった点にも悲哀を感じるが、
蟄居の身にありながら絵画を描き続けたことを咎められたとして、藩主に迷惑が及ばないよう自決した点にも哀しい。
 ドナルド・キーンは、開国の先駆けというよりは、画家としての業績のすばらしさを中心に書いているようにも読めた。

 また、当然ながら、重要資料は江戸時代の「古文」である。
 古文を提示し、合わせて現代語訳も提示している。
 自分自身も、原文で理解できる日本人でありたいとつくづく思った。
 本人の刊行インタビューがネットで見られる。読後にこれを読むと、納得することが多い。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/331707.html

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February 11, 2016

「シンプルに考える」(森川亮)

Simple
 LINE株式会社の元社長である森川亮氏の著作に「シンプルに考える」(ダイヤモンド社)

この中でLINE株式会社の「すごい人」の共通点が記されている。

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 みんな、自分が好きなことだけやって生きているのです。自分が「いい」と思うもの、自分が「面白い」と思うものをずっと追求している。それを「あきらめる」とか「我慢する」ということをしない。本音で生きていると言ってもいいかもしれません。(中略)
これは「いい仕事」をする上で絶対に必要なことだと思います。
 まず、本当に好きでなければ「いい仕事」はできません。
 いいゲームをつくる人はゲームが好きですし、いいアプリをつくる人はアプリを愛しています。さまざまなゲームをやり尽くし、気になるアプリを片っ端からダウンロードして試す。好きでなければ、あそこまではできません。だからこそ、モノの「よしあし」がわかるようになる。いいモノのどこがよくて、悪いモノのどこが悪いかがわかるようになる。感性がどんどん磨かれていくのです。
 そして、彼らは人一倍「腕」を磨こうとします。自分自身の要求水準が高いから、生半可な技術では自分を満足させることができない。だから、誰に言われるまでもなく努力するのです。P61
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・・・このところ、しつこく提示してきた「好きなことをやれ」と題する以下の書籍と同じような主張だった。

○「ノーベル賞受賞者特別寄稿 好きなことをやれ!!―21世紀の天才たちへ」(集英社)
○「好きなことだけやればいい」中村修二(バジリコ)
○「大好きなことを『仕事』にしよう」 中村修二(ワニブックス)
○「好きなことだけやってみなはれ!」竹村健一(PHP)
○「好きなことをやれ イヤなことはするな」竹村健一(太陽企画出版)

 また、14章も鋭い指摘だった。
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 「失敗してもいいから、挑戦しよう」

 よく耳にする言葉です。しかし、僕はこれまで自分の仕事に対して「失敗してもいい」と考えたことはありません。たしかに、人生における最大の失敗は、失敗を恐れて何も挑戦しないことです。しかし、だからと言って、「失敗してもいい」というにはあまりにも無責任だと思うのです。
(中略)LINE株式会社の「すごい人」たちも同じ感覚で仕事に向き合っています。彼らには「失敗してもいい」などという甘えは一切ない。むしろ、自分に対しても他者に対しても、失敗には厳しい。自由な社風ですが、生半可な気持ちで仕事ができるような「ユルさ」はみじんもありません。P76・77
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・・・我々は授業に失敗しても次のチャンスがあると思いがちだが、授業を受ける子どもにとっては二度目のない授業である。
 「取り返しが効かない」いう恐れをもって、甘えを封じて指導に向かねばと思う。

 さて、、授業作りのアドバイスで「研ぐ」という言葉がある。無駄を削る意味だ。
 LINE株式会社は、優秀なエンジニアも重視するが、デザイナーも重視する。

◆(ITに詳しくない)「普通の人々」でも簡単に心地よく使えるものをつくり上げなければ、受け入れてもらえなくなったのです。P185

とある通りで、エンジニアが「面白い」と思う商品開発では、マニア向けに陥りがちだからだ。
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 本当に優秀なデザイナーは、自分の好みは一切排除して、「ユーザーにとって使いやすいかどうか」を徹底的に追求するのです。
 言い方を換えると、彼らは機能をそぎ落とすのが得意。まず最初に機能を最低限にまで絞り込む。「これがなければ、プロダクトが成り立たない」というところまで徹底的に絞り込む。それは、ユーザーに提供すべき「価値」の本質を明確にする作業でもあります。そのうえで、ユーザー・テストを繰り返しながら、より使い勝手をよくするために機能を追加していくイメージです。P185
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・・・授業作りにも置き換えられると思いながら、付箋を貼った。
 「何を教えるか」を最低限に絞り込み、「子どもに分かるかどうか」を吟味して授業がつくれということになるだろうか。 
 大学教授や専門家が教える出前授業は、エンジニア主体の商品開発のようなものだ。
 自分が知っている情報を中心に組み立てられ、情報をそぎ落とすことができず、授業を受ける側への配慮が二の次になってしまう。

 教材研究は、エンジニアのように、
 授業づくりはデザイナーのように。

を心掛けみようと思う。

 さて、以下は、森川氏の文章の続き。
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 僕は、日本の製造業に元気がない理由のひとつは、技術偏重に陥っていることにあるのではないかと感じています。技術中心に考えるから、機能をそぎ落とすことができない。その結果、ユーザーが求めていないものを生み出してしまうのです。
 しかし、そもそも日本人はそぎ落とすことが得意だったはずです。
 短歌、俳句、水墨画・・・。不純物を徹底的にそぎ落として本質をシンプルに表現することが、日本人の美意識であったのです。技術主義からデザイン主義に切り替えることによって、古来の美意識を取り戻せば、再び日本経済は元気になるのではないかと僕は考えています。P187
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・・・シンプルな表現は、日本人の古来の美意識であり、スチィーブ・ジョブズの追求した世界だった。 
 これも、しっかり叩き込んでおこう。

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January 29, 2016

「野心のすすめ」 林真理子 講談社現代新書

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  「野心のすすめ」 林真理子 講談社現代新書

を手にしたのは、若者の「低め安定」を憂う林氏の言葉に賛同したからだ。
 「低め安定」の典型例として「一生ユニクロと松屋でOKじゃん」とのくだりがある。
見事な具体例に納得してしまう。
 しかし、やはり一生ユニクロと松屋では OKと思わないし、もっといろんな世界を知ろうよと思う。

 その1つが、「一流」へのあこがれだ。

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◆一流の場所に行って気づくのは、一流の人たちって本当に面白いんですよね。どんな会話をしても、いちいち面白くて、行動から好きな食べ物(たとえラーメンでも)、そのすべてが輝きを放っているのが一流の人々です。糸井さんや仲畑貴志さんクラスの人ってまぶしいほどの一流オーラが出ている。毎日が刺激的で、信じられないほど楽しかった。
 こうして一流の面白い人たちに出会うと良いことは。自分もその一流の仲間に入りたい、この面白い人たちと一緒のところにずっといたい、と強く思うようになることです。P53
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・・・若いころ、大先輩の家の新年会にお呼ばれしたとき、「安酒は飲むな。いい酒を飲め」と言われたことがある。
 「安物を何度も買い換えるなら、本当に質のよいものを長く使え」ともよく言われる。
 本物志向は、決して無駄遣いには直結しない。
 豪快な無駄遣いも、長い目で見れば。貴重な人生経験の出費(自己投資)かもしれないのだ。
 「安物買いの銭失い」と言うように、自己投資を怠ると、ビッグチャンスを物にできないかもしれない。
 ネクタイ1本、靴一足だって、見る人は見る。

 さて、「野心のすすめ」にも、「努力論」が見られる。 
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 自分が何も努力せずに、だれかが引き上げてくれるなんていうことはありえないのです。(中略)
「今のままじゃだめだ。もっと成功したい」と願う野心は、自分が成長していくための原動力となりますが、一方で、その野心に見合った努力が必要になります。

 野心が車の「前輪」だとすると、努力は「後輪」です。
 前輪と後輪のどちらかだけでは車は進んで行けません。野心と努力、両方のバランスがうまく取れて進んでいるときこそ、健全な野心といえるのです。 P31
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・・・「努力」もしないで「野心」を抱いても、それはただの妄想になってしまう。
 野心と努力が車の両輪とは見事な比喩である。
 問題の良い面しか見ず、問題を解決せず自己満足で終わってしまう精神疾患を「ポリアンナ症候群」と呼ぶ。
 「努力」のない「野心」(ポジティブシンキング)は、現実逃避の「ポリアンナ症候群」とであるとも言えるだろう。

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◆『走っている不幸」は、本人は辛くても、端から見ていて明るい爽快感があります。(中略)
  本当に恐ろしいには「止まっている不幸」だと思います。出口が無くて、暗く沈んでいくだけのモヤモヤとした不幸。P178~180
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・・・見事な対句表現である。「走っている不幸」と「止まっている不幸」の違いは、「やった後悔」と「やらない後悔」の違いによく似ていると思う。

http://matome.naver.jp/odai/2137553076281901401

には、「やった後悔・やらない後悔」についてのいろんな名言がある。

◆やってしまった後悔はだんだん小さくなるけど、やらなかった後悔はだんだん大きくなる
by 林真理子 「生き方名言新書」より"
◆『してしまったことを悔やむより、したかったのにしなかったことのほうが、悔やみが大きい』
○ユダヤの格言

 「ワン・シング」の一説とも重なってくる。

◆生きるに値する人生を送れば、最後にはこう言う事ができる。
 「ああすればよかった」ではなく、「ああしてよかった」P213


 ピーターパンの物語に出てくると言われるのが

◆「飛べるかどうかを疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」

http://www.asahi.com/articles/ASH6445ZSH64ULFA00W.html

 「だめだと思うから、だめになる」
 「失敗だと思うから、失敗になる」
 だからといって、無限定に自分を信じろなどとは言わない。
 「野心」と「努力」が車の両輪だと、林氏が説いたとおりなのである。

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