June 11, 2025

ヒューマンエラーは起こるもの

 年度当初、緊急連絡カードの紛失疑惑で大騒ぎしたことがある。

 学校にある環境調査表や緊急連絡カードなどを、いったんお家に返却して、チェック後に再提出してもらうことになっているが

そもそも、この返却ー再提出のシステムが、危機管理上、とても危うい。

(1)職員による書類差し替え作業中の「エラー」

(2)担任が子どもに渡す際の「エラー」

(3)子どもが保護者に渡す際の「エラー」

(4)保護者が子どもに渡す際の「エラー」

(5)子どもが担任に渡す際の「エラー」

を考えたら、マル秘の用紙があちこち移動することが問題なのだ。

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◆ヒューマンエラーはいつ起きてもおかしくない。人を責めずに仕組みを責めてほしい。学校経営を改善するためには、ヒューマンエラーが起きづらくなる仕組みを考えていくことが大切だ。

「自律する子の育て方」SB新書P108

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保護者だって、手書きの連絡カードを書き直すのは面倒だ。

こんな時代なのだから、デジタルで入力してもらうのが一番確実なのだと思う。

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子どもに自己決定を促す「3つの言葉」

麹町中学校の工藤勇一氏の言葉

1「どうしたの?」

2「君はどうしたいの?」

3「何を支援してほしいの?」

◆これは子育てでも大事なことですが、親が口や手を過剰に出すことなく、常に子どもに自己決定の機会を与えていくと自己肯定感が高まり、自ずと自信と主体性が付いてきます。なぜなら自己肯定感とは「自分は自分のままでいいんだ」という自分にOKを出す感覚だからです。

◆自己決定させることはどんなに小さなことでも構いません。とにかく、子どもでも決められるにもかかわらず、大人が勝手に決めてしまうことが子どもの自信と主体性を奪っていると、まずは理解しないといけません。

 「自律する子の育て方」SB新書P91〜95

 

 少し前のドラマ「御上先生」でも、同じような問いかけがされていた。

 すべてを子どもに委ねるのも、すべてを先生が決めてしまうのも問題がある。

 メジャーリーグのコーチは、選手が尋ねてこない限り何も教えないそうで、まずは本人の「課題意識・課題解決の意欲」が大切なのだ。81nyyk1ri8l_sy425_

 

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「やりたいことをやる」が最強だけれど・・

 「何だろう? なぜだろう?」という自分の興味・好奇心に沿った行動は、ドーパミン系のモチベーション・最強のモチベーションと言われる。

 じゃあ、楽しいことだけやってればいいの?好きなことだけしてればいいの?ということになる。

 何でもかんでも自律的に取り組めるわけではないから、時には「あれをしなさい・これをしなさい」と他律的に行動を求められる場合がある。締め切りに追われると、お尻に火が付いたように頑張れる。あとでみんなの前で発表だということになれば、やらないとマズイので練習に身が入る。

 このように他律的に追い込まれるのが、ノルアドレナリン系のモチベーション。「適度な、やらなきゃ」は脳を活動的にすると言われている。

 もちろん、毎回毎回「あれをしなさい・これをしなさい」と他人に指しずされていたら、いずれ、言われたことしかやらなくなる。冒険もチャレンジもしなくなる。

 ドーパミン刺激にも、ノルアドレナリン系の刺激にも長所と短所があるから、バランスを考えることが大事だが、そこで重要なのが「心理的に安全な空間」

・自分の意志が尊重される・失敗しても咎められない

・他人と比較されない・できていることが評価される

・成功体験を積む・成長を実感する

 

「未知への恐怖」を「新しいことへの期待感」に変えられる教室でありたい。

 

※参考文献「自律する子の育て方」 SB新書

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June 09, 2025

ふと、泣いてみたくて、重松清を読んでみた。

 「また次の春へ」(文春文庫)は、東日本大震災を題材にした作品を中心に7編。

 単行本は2013年発刊だから、もう10年経過している。

 震災後、何もできなかった自分がもどかしくて、読むことも避けてきた。でも「そろそろいいかな? むしろ、そうやって避けていることが問題かな」と意を決して読んでみた。

 それぞれ、良さはあるが、今の自分に一番刺さったのは「記念日」だった。

 よかれと思って、かえって嫌な思いをさせることがよくある。

 被災地にカレンダーを寄贈するのに、1~3月のページを切り取ったのは、最大限の配慮だったが、辛い過去を「なかった」かのようにしたと相手が感じるなら、それはとても失礼な行為だった。特に東北の被災者にとって1月から4月までのカレンダーは「春を待つ」特別な思いがあったのだ。

 麻衣が送ったカレンダーは、自分の家の印を修正液で消したものだったが、それを手にした被災地のおばあちゃんが、消した記念日を知りたいと言う。

 震災で自分の家族をすべて失ったおばあちゃんにとっては、麻衣のような他人の家族のことでも、誕生日のような記念日を共有したかったのだ。

 記念日を書き足したカレンダーを見て、おばあちゃんは手紙を送ってきた。

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「カレンダーに書いた予定を見るたびに、ニコニコしています」

「私の孫は中学二年生でしたが、可哀そうなことになってしまいました。どうか、元気で大きくなってください。お祈りしています」

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・・・「重松清先生、お見事」と思う展開に、気持ちよく泣かせてもらいました!

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May 06, 2025

読解につまずく

『学力喪失』今井むつむ(岩波書店)の中でも、第5章「読解につまづく」の次の箇所は、とても腑に落ちた。

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 単語の意味というのはたいていは複数の意味を持つ。文章の書き手がある単語を文中で用いたら、書き手の想定した意味と自分の中でのその単語の意味をすり合わせ、調整する必要がある。

 良い読み手はその調整がうまい。まず自分の想定している単語の意味が、その単語の前後の文脈に合うかどうかを考える。合わないときには、文全体の意味、あるいは文章全体の意味を解釈する。同時に、それまで自分が認識していた単語の意味を修正したり、拡張したりする。そのようにして、文脈から単語の意味の知識を広げ、単語の多義を理解して、自分の知識を豊かにしていく。P133

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 頭の中で「与えられた情報」と「自分の知識」とをマッチングするようなイメージだ。

 過日、3年生国語で多義語について辞書で意味を調べさせていた。

(1)温かいあま酒を出す

(2)算数の問題をとく

(3)たなから新発売の本をとる

(4)人形を友だちにあげる

 状況下にある単語の意味は何となく分かっていて、そのニュアンスに最適な辞書の意味を選ぶ作業だ。

 状況下にある単語のニュアンスが分からないと、辞書から最適解は選べない。

 それに、辞書にある複数の意味の違いが分からないと選べない。

 今井氏が次のように書いている通りだ。

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それに対して読むことが苦手な子どもは、文としての意味が一貫しているどうかいるかどうかにかかわらず、自分の知っている意味を文に強引にあてはめてしまう。だから文章の意味も通らず、書き手が何を言っているかわからない。

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 辞書で意味を調べるのはとても難しい。

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April 16, 2025

「読めば分かるは当たり前?」

「読めば分かるは当たり前?」犬塚美輪(ちくまプリマー新書)

 「読解力の認知心理学」という副題で、読解する(読み取る)過程を詳しく解説している。 

(1)1文字1文字読む段階

 文字を一つ一つたどる「拾い読み」では、内容理解ができるはずがない。

 音をつなげて一つの単語として把握するのが第一歩で、単語や文節のまとまりで読めるように、一斉音読を繰り返すことが大事だのだということが分かる。

 

(2)単語のかたまりで読む段階

 理解できそうな単語が並んでいる英語や古典の文章をスラスラ読めたとしても,内容が分かっているとは限らない。スラスラ「読める」と、内容が「読み取れる」は違う。

 「読めても意味が分からない」とは、語彙やスキーマ(先行経験・先行知識)の問題でもある。生活経験が少ない子は単語や文章の意味が分からない。

 特筆すべき課題は「学習言語」。「学習言語」が不足していると、日常生活での会話は全く問題ない子でも、教科書に書いてあることの意味が読み取れない。

 

(3)文節のかたまりで読む段階

 単語の意味が分かっても、単語と単語のつながりが分かるとは限らないのは「付属語」の問題だ。

 付属語によって文意が変わる。

 「僕は、君が、好きだ」と「僕を 君が 好きだ」は1文字違いで主格が逆になる。

 「私は あなたが 好きよ」と「私は あなたは 好きよ」ではニュアンスが違う。

 通知表の所見で、「宿題はちゃんとやってきます」と書いてあると「宿題以外はやってこないことを言いたいんだな」と思ってしまう。「は」は強調の副助詞だからだ。

 受け身表現が分からない。倒置表現が分からない。婉曲表現が分からない。

 単語だけを選ばせる穴埋めワークシートでは、助詞の差異に鈍感になる。助詞を無視してキーワードだけ覚えて理解した気になっていると、大きな間違いを犯すのだ。

 「白い時計台の前のベンチで待っています」に2通りの読み方があることが分からないと、平然と誤解を招く発信をしてしまうし、誤解した子のクレームが理解できない。

 SNSのちょっとしたトラブルも「言葉が足りない・言葉を正しく使えない」が多いが、それらを含めて「読解力」の問題なのだ。

 

(4)ボトムアップの文章理解プロセス

 文字が読め、単語が分かり、一文が分かっても文章が分かるとは限らない。文章が長くなると「ワーキングメモリ」を使うからだ。文字の読み取りが十分でない子は、文字同定でメモリを使う。

◆ スラスラ読めない子どもの場合は、文字を同定するためにワーキングメモリをたくさん使ってしまって、文章全体の表層をうまく作れないため、読解や国語の成績も低くなってしまいやすいのです。P79

・・・なるほど。新井紀子氏が書いていたワーキングメモリの記載とも重なってくる。

◆まず、「××ページ」という数字を聞き取るところで5%位脱落します。

実際に教科書の××ページを開くというところでさらに10%位脱落します。

「〇〇の値」というのは、そこまでの授業の文脈から理解できるはずですが、「何の値を求めればいいか」がわからず、さらに10%位 脱落する

・・大げさのように聞こえるかもしれませんが、実際の中学1年生の授業観察しているとそのような印象を受けます。

 「シン読解力」P181

 知らない単語が多ければ、それだけ読みがつかえる。

 言語学者のフーとネイションの実験の結果、知らない単語が20%になるときちんと理解できた参加者はおらず、10%でもほとんどの参加者が内容を理解できず、適切な理解のためには文章のうち98%の単語がわかっている所があると結論づけている。

 98%の単語が分かっている状況を、小学校は準備できているだろうか。

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 ◆「したがって」のような単語は、教科書や新書などの知識を伝達する文章でよく用いられますが、日常生活の中で「したがって」という言葉はあまり使いませんね。同じような順接の意味を表す接続詞としては「だから」「それで」といったより日常生活で使われやすいものがあります。こうした学習語彙がわからないことは、文章で示された内容の理解を妨げることが研究により明らかになっています。(中略) 学習語彙がわかることは単語理解とその後の文章理解に重要であるにもかかわらず、見過ごされやすいと言えるでしょう。P94

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 たしかに、算数の「1人あたり」とか「等しく」「かさ」などは、ピンとこない子が多いのだと思う。

 授業中 は、馴染みのある「生活用語」に安易に言い換えるのではなく、各教科の「学習用語」を多用する方がいいのかもしれない。

 語彙を増やすための「読書」についても「知識を説明する文章を読んで理解したいのであれば、それに関わる語彙が身に付いている必要所があります」とある。いくら軽い物語をたくさん読んでも、論理的な学習語彙は増えない。だから、読書好き=学力が高いとは言えないのだ。

 

先行オーガナイザー

 「これから 読むのはこういう内容ですよ」と前置き文を置いておくことで、その前置き文を枠組みとして利用して、文章内容の表象を構築していくことが分かっています。P155

・・・文章内容についての予備知識を与えておくような「リード文」が該当するだろうか。

 新書を読む前の予備知識として、上記の書き込みを読んでおくとスムーズかもしれません。

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March 17, 2025

「やってのける ~意志力を使わずに自分を動かす~」

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 「『なぜ』を考えるとやる気が出る」。

だから 「早く教科書を広げて、暗記しなさい」と具体的な行動を示すより、「この勉強は大学入試に役立つよ」と、行為の意味や意義を示す方がやる気が出ると言う。


 「あと1時間、PCに向かってキーを打て」と命ずるより、「このひと頑張りがキャリアアップに結び付くよ」と伝える方がいいのだとも。

 

 

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◆「なぜ勉強するのか」という理由を理解することで、意欲が高まるのです。
丸暗記しなさいと言うだけでは、子どもは熱心に机に向かわないでしょう。(p38)

 

◆理由が明確になることで、小さな行動が、大きな目標を達成するために一歩に変わる(p40)

「やってのける ~意志力を使わずに自分を動かす~」
 ハイデイ・グラント・ハルバーソン (大和書房)
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・・・まさに、「趣意説明の原則」である。
 ただし、初めて掃除機を使うような人なら、「家の中をきれいにしよう」よりは、「この道具を使ってホコリを吸い取ろう」の方が行動させやすいと言う。

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 「何」を基準にすると、具体的な行動に意識が集まります。(中略)
難しい何かに挑むときは、いったん「大きな絵」は忘れ、目前のタスクに集中するとよいのです。
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・・・ 「目前のタスクに集中させたいなら、具体的な行動指示を示す。」という指摘は、「ごみを5つ拾いましょう」に代表される指示(号令)の原則と重なるところだ。

 

➀行動のみを端的に示すのが「号令」
②趣意を示して具体的な行動を指示するのが、「命令」。
③趣意を示して、行動は任せるのが、「訓令」。

 

 あらためて、この3つの指示について調べてみると、相手に合わせて使い分けることの大事さが書かれているWEBがあった。

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 訓令で十分な社員に、「号令」で指揮したら?
 仕事に意味を見いだせなくなって、辞めていきます。

 

 号令の必要な社員に、「訓令」で指揮したら?
 上司の仕事の指示が悪いと不満を口にします。

 

 ”号令”の必要な社員に”訓令”で指揮しても、
  期待した成果は得られません。役に立たないのです。

 

 ”訓令”で充分な社員に”号令”で指揮したら
 働くことに意味を見出せなくなります。
 そして、辞めてしまいます。

 

 指示命令する
 ・相手の能力によって、
  ・役職によって、
 訓令・命令・号令を使い分けることがとても大切です。

 

 これがマッチしていないと、会社にとっても社員にとっても、 悲しい結末に向かいます。

http://www.teoria.jp/?p=967

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 日常の号令・命令・訓令の具体例 ----
 「明日八時東京発ヒカリの切符を一枚買ってきてくれ」と号令すれば、売り切れたと言われた女の子は手ぶらで帰ってくる。
 それで腹を立てるなら、命令すべきである。
 「明日十二時までに大阪に着きたい。八時のヒカリを一枚たのむ」と命令すれば、売り切れのときは七時五十分のヒカリ、それもだめなら七時のコダマを買ってくるので、朝少し早く起きるだけで用は足りる。
 「明日十二時、大阪で大切なお客に会いたい。よろしく頼む」と訓令すれば、社長の疲労を考える庶務課長は飛行機を手配し、こちらの顔色によって今夕のヒカリにし、大阪にホテルを予約し、あすの難問題に備えるエネルギーを蓄えさせてくれる。
 部下が思うように動かなくて腹が立つのは、たいてい自分が号令を使っている場合である。

http://www.heihou.com/page_10-1.htm

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 向山洋一氏の著作でも示されている「指示の原則」は、やっぱりすごい。
 しかし、具体例がないと、なかなか伝わらない。
 号令・命令・訓令について、具体的な場面で例示できるように考えてみたい。

 

 さて、おまけ。
 「やってのける」には、他にも面白い箇所がたくさんある。

 近い将来を想像した場合は、具体的な描写を好み
 遠い将来を想像した場合は、抽象的な描写を好む。
 遠い将来を抽象的な「なぜ」の視点で考えると、メリットは注目するが、実際に実行できる可能性を考えない傾向にある。
 具体的に「何」を考えると、その目標が本当に実現できるか、成功の見込みや障壁について考える。
 締め切りが迫ると、後悔するのは、実現の可能性を現実的に検討していなかったからだと言う。

 

◆人は、遠い将来について考えるときは「なぜ」の視点に傾きがちになり、メリットに気を取られてしまいます。
実際にそれを行うときが来ると悪夢のような体験に変わってしまうことがあるにもかかわらず、現実的な側面にはあまり注意を向けられなくなるのです。
 逆に近い将来の行動では、わたしたちは反対のミスを犯します。
 興味深く、メリットが得られそうな話であっても、実行すうのは面倒だと考えてしまい、せっかくのチャンスを逃してしまいます。(p46・47)

 

 翌週までの提出を求められた学生の大半は「容易だが退屈」な課題を選び、内容よりも容易さを優先した。
一方、九週間後の提出を指示された学生の大半は「難しいが魅力的」な課題を選択したと言う。

 

◆このように、遠い将来について考えるとき、わたしたちは現実的な考えよりも、メリットを優先させる理想主義者の視点に立ちます。
 近い将来について考えるときは、ビジネスライクな現実主義者の視点に立ちます。(中略)
 つまり、予定を決めるときは、近い将来か遠い将来かどちらについて考えているかを自覚し、それが自らの思考にどう影響しているかを考慮すると、よい判断がしやすくなります。(p48)

 

◆ 「何」に注目すると、行動を「先延ばし」しにくくなるという利点もあります。(中略)
何をすべきかを意識することで、人は具体的な行動に着手しやすくなり、目標に向かってまっすぐ進めるようになります。逆に、理由ばかりを考えていると、なかなか実行に移せません。(中略)
「大きな絵を思い浮かべる(理由を考える)」と達成後のメリットをイメージしやすくなり、意欲が湧き、自制心や忍耐力が高まります。
 「次の一歩」に注目する(具体的な行動を考える)と、細かい手順に集中することで難しく不慣れなことも行いやすくなる。先延ばしせずに行動をしやすくなるなどの利点があります。
 大切なのは、「なぜ」と「何」のどちらかに偏ることなく、対象の目標を達成するためにはどちらの考えを持つべきかを判断することなのです。(p49・50)

・・・目標を具体的に設定させるために、ここでも「SMART」と重ねてみる。

 

S pecific  = 具体的、わかりやすい
M easurable  = 計測可能、数字になっている
A greed upon = 同意して、達成可能な
R ealistic  = 現実的で結果志向
T imely  = 期限が明確、今日やるなど

 

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February 27, 2025

多くの教師は両極端 〜双子の過ち〜

網羅主義と活動主義

 問題の本質は同じもので、この2つを「双子の過ち」と呼ぶ。

(1)「網羅主義」

 あるクラスでは、教科書を順番通りに勉強していきます。先生は時々板書をしながら、教科書を順番に読み上げていきます。配られているプリントには、いくつかの穴埋め問題が載せられているます。子どもたちは、板書を見ながらそのまま穴を埋めていきます。大半の子どもたちは「テストで点数を取るためには、後で穴埋めした用語を暗記すればいいや」と思っています。

 先生は確かに教科書の内容を教えています。暗記すべき知識も伝えたかもしれません。しかし、先生は、教科書を学ぶことで、子どもたちにどんなことができるようになってほしいと願っているのでしょうか。子どもたちは、その内容を本当に学ぶことができたのでしょうか。また、なぜ学ぶのか、これまでに勉強したこととどのように結びつくのかが、理解できたのでしょうか。

このように、子どもたちが実際に何を学んだのかは関係なく、教科書を全て教えることに執着することを網羅主義と呼びます。

(2)活動主義

 別のクラスは、机にじっと座って授業を受けるなんてもったいないと、積極的に外に出て行きます。プロジェクト・ベースの授業です。今年は学級で世話をしているチャボたちが卵を産み始めました。せっかくなので、地域の人たちを読んで卵を使った料理パーティーを開きたいと思います。料理だけでなく、何か出し物も用意したほうがよいでしょう。子どもたちは楽しいひとときを過ごせることと思います。

 子どもたちは地域の人と触れ合い、プロジェクトの成功体験を得られるでしょう。このように、活動してさえすればいいという考えを活動主義と呼びます。

 両者に共通する問題点は、子供たちが何を学び得たのか、先生が何を身につけさせようとしているのか(教育目標)が判然としないことです。2つの授業にはどちらも問題があります。

 網羅主義は、先生が教えさえすれば、

 活動主義は子供が動きさえすれば

 何らかの学習を行っているだろうと期待しています。それは大きなあやまりです。

 やはり先生には、子どもたちに学んでほしいこと、できるようになってほしいことを明確にイメージし、さらには子どもたちが身に付けられたのかを確かめる責任があるのです。

 ここまで、「Q&Aでよくわかる 見方考え方を育てる。パフォーマンス評価」P68 69を引用・整理。

 ベテランは、まさに「網羅主義」。自分は用意した板書を書き写させることで自分の責任を果たしたと感じるタイプ。子供に任せることが出来ない。

 若い先生方は、まさに「活動主義」。さすがに教室外に出ることはないが、積極的に他者との交流を取り入れる。残念ながら指導の詰めが甘く、教えるべき項目が漏れていることが多い。「活動あって指導なし」と言われる通りである。

 思えば、多くの先生が、どっちかのスタンスに寄っているかもしれない。かつての自分は明らかに「網羅主義」だ。

 令和の日本型教育の「振り子の揺り戻しはしない」というのは、どちらかに偏ることなく、いいとこどりをしようというもの。

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 過去、経験主義と系統主義は振り子のように揺れ、一方が強まると、揺り戻しが起こった。今回の教育改革も、そのようにならない保証はない。とはいえ、国(文部科学省)も過去の失敗に学んでいる。経験主義と系統主義は、決して対立する概念ではない。今回の教育改革では、知識・技能の分量を減らさずに、多様な資質・能力の育成を目指すという。

https://benesse.jp/berd/magazine/opinion/index_5015.html

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 「双子の過ち」

 ウィギンズとマクタイが指摘(2005年)したものです。これまでの講義中心の授業では、教科書を隅から隅まで教える網羅性が重視されてきました。それが新指導要領では、活動が中心とされています。しかしアクティブラーニングに不慣れな教員が、授業への参加度に注目しすぎると、結果として網羅性が犠牲になってしまいます。かといって、これまでの授業のように網羅性を重視しすぎると、アクティブラーニングが起こりません。授業においては網羅性と参加度は両輪であり、どちらかだけに注力するのは過ちです。

http://sekaishi.org/activelearning.html

 

・・・双方の良さを取り入れたバランスの良い授業。言うのは簡単だが、どっちのタイプの先生にとっても、強い意識改革が必要になる。

 順序としては、授業準備の段階では「網羅主義」で計画をして、どこを任すか、どこを押さえるかを考える方が望ましい。準備したものを「捨てる」のは簡単だからだ。

 教材準備もせずに、「活動」だけを計画すると、教科として本時で押さえるべき内容が漏れてしまう。つまずきポイントを想定できないから、適切な支援が後手に回ってしまう。

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パフォーマンス課題の注意点

◆「アクティブラーニングにおいて「アクティブではあるが、ラーニングになっていない」という問題が生じがちであるように、パフォーマンス課題では、「パフォーマンスは見られるが、問いたい学力に対応していない」ということが起こりがちです。例としては、活動はあっても、思考や判断を促すような「問い」が位置づけられていないために、情報を羅列するだけで終わっている歴史新聞や、単元のねらいと照らし合わせると最重要課題とは言えないところに過剰な時間がかけられ、科学的知識の活用や修正のなされないおもちゃづくりなどを挙げることができます。

 このように起こりがちな問題を回避するためにも、1「本質的な問い」を明確にして、2これを問わざるを得ないような文脈を想定し、3「本質的な問い」に対応して身につけさせたい「永続的理解」を明文化し、4パフォーマンス課題のシナリオを作る、というプロセスを押させることが大切になります。

 「Q&Aでよくわかる!見方・考え方を育てるパフォーマンス評価」(明治図書)P84
 
 同書では続いて、ダイアン・ハートの言葉として

◆「子どもたちに、何を学んでほしいのか?」

◆「それらの目標に達成したかどうかということは、何を見ればわかるのか?」

をシンプルに考えることを勧めている。

「アクティブではあるが、ラーニングになっていない」は、日本語で言えば「活動あって、指導なし」である。
 
 用語を含め、まだまだ分からないこと・知らないことが多い。

 初任者に伝えるために、しっかり学んでいかねば。

 例えば、以下の「本質的な問い」と「永続的理解」。

※パフォーマンス課題は、「本質的な問い」と「永続的理解」に対応させて作ることが有効だと指摘されています。
 「本質的な問い」とは、カリキュラムや教科の中心にあり、探究を促したり、本質的な内容を看破することを促進したりするような問いです。カリキュラムにおいては、単元を超えて繰り返し問われるような包括的な「本質的な問い」と、単元全体を貫く「本質的な問い」が、入れ子状に存在していると考えられます。
 「永続的理解」とは、数年たって詳細を忘れた後でも身に付けておいてほしいような、重要な理解です。「永続的理解」は、学問の中心にあり、新しい状況に転移可能なものです。また、教室の中だけでなく、生活場面など様々な状況において価値をもつような理解です。

パフォーマンス評価(用語解説) | E.FORUM | 教育研究開発フォーラム

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February 26, 2025

本人に選択させることの教育的効果

 モチベーションや、やる気に関する最近の書籍を読んでいて、1973年初版の「知的好奇心」や、1999年初版の「人を伸ばす力」(エドワード・L・デシ 新曜社)などに戻ると、「分かっているつもり」になっていた自分をただただ恥じ入ってしまう。

「人を伸ばす力」は、サブタイトルが「~内発と自律のすすめ~」となっている。


 「内発的動機付け」の反対が「外発的動機付け」で、「自律」の反対が「統制」。
 たとえば「第10章 いかに自律を促進するか」より抜粋すると、「自律」と「統制」の対立軸がよく分かる。

◆生徒の自律性を支援する教師は、統制的な教師よりも、より望ましい影響を生徒に与えていた。
自律性を支援する教師に教えられている生徒は、より好奇心に富み、学ぶことそのものを重んじ、自尊心が高かった。

◆自律性を支援する管理職の元で働く従業員は、会社をより信頼し、給料や福利厚生のことにとらわれずに、より高いレベルの満足とやる気を示していた。
さらにわれわれは、管理職が自律性を支援できるように訓練すると、彼らの元で働く人たちが、よりすぐれた成果をあげることを確かめた。

・・・命令的・威圧的な上司や教師の元では、人は委縮し意欲を失うことが分かる。命令的・威圧的な指導を回避、自律性を支援する1つの目安が「選択権を与える」ことなのだとデシは言う。

◆自律性を支援することの主要な特徴は、選択を与えることであり、それには、上の地位にいる者がもつ力を共有することが必要である。
(中略)もっとも効果的に自律性の支援を行う管理職や教師は、部下や学生に意思決定をする役割を与えるのである。

◆研究では、選択が人々の内発的動機付けを高めることも明らかにされている。
何を行うかの決定に参加すると、参加しないときよりも仕事に動機づけられて集中し、その結果、高い成果が上がるのである。
どのように選択させるのがよいかを真剣に考えてそれを実行すれば、学生や部下から肯定的な反応が帰ってくるし、自分でも大きな満足が得られるだろう。

◆管理的に接した児童は、自律性を支援するように接した児童に比べて、自分で選択をしたがらなかった。
少なくともある程度まで、人は管理されることに適応すると、自律的になる機会という人間の本質に不可欠なものを望まないかのようにふるまうのである。
たぶん、間違った選択をすれば批判や罰を受けるという恐怖を感じているのだろう。

・・・向山式の難問は、解く問題を自分で選ぶ。

 あかねこ算数スキルは自分で解くコースを選ぶ。

 赤鉛筆指導でも、最後は自分でやらせる。

 討論は、とにかく自分の立場を決めさせる。

 進路指導でも、最後は自分で決定させることが大事とよく言われる。「親が決めた・教師が決めた」という意識が残ると、何かあると他者に責任をかぶせて自己弁護に走ってしまうからだ。

 主体的に取り組む授業・参加型の授業の基本は「選択する権利・選択する自由を与える」なのだということが分かる。  

Desi

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