February 14, 2019

「最高のコーチは教えない」

うタイトルだけ見ると、「学び合い」志向の教師たちは大喜びしてしまう。
 メジャーでも活躍した吉井理投手がピッチングコーチになってからの学びをまとめた1冊(デイスカバー21)。

 第一ステージ(初心者・新人)に該当する選手は

◆「技術の基本を細かく教えていく」
◆「自らの状況を把握できないうちは、まず基礎を徹底させる」
◆「一人前と認めるまでは、このステージで二年から三年は過ごさせる」

などとある。「教えないで任せる」は次の次のステージなのだ。

 いくつか印象的な箇所があるが、「おわりに」を引用する。

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 サッカーのコーチは、自分が教えたことを選手ができなければ、それは選手の責任ではなくコーチの責任であると考える。だから、一つの方法でできるようにならなければ、別の方法で指導しなければならない。ということは、一つのスキルを指導するためには、無数の指導方法を知っていなければならない。
 選手のタイプは無限だ。その組み合わせを考えると、指導方法の引き出しを増やす努力を怠ることは、コーチとしての存在意義を放棄することになる。コーチが学ぶことをやめたら、教えることをやめなければならない。
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 野球のコーチの多くは、こうではないと吉井氏は言う。
 教師はどうだろうか。
 引用部をしっかり自問したい。


※コーチの仕事は「教えること」ではなく、「考えさせること」であると、吉井氏は言う。
だから、彼の主張を「テイーチャー」である我々が全部受け入れるのは無理がある。

 「考えさせること」はコーチの仕事である。教師の仕事はあくまで「教える」ことだ。

とも言える。

 「究極のコーチ像は、コーチングの結果、相手が何でも一人でできるようになり、はた目から見るとサボっているようにしか見えないコーチだ」とも言う。討論の最中の向山先生のようなイメージだ。
 ただし「サボっているように見える」のであって「サボっている」とは違う。
 「最高のコーチングは教えない」という言葉を鬼の首でも取ったかのように吹聴する教師は、実際にサボってしまうのだ。
 吉井氏がいうコーチングの3つの基礎 「観察」「質問」「代行」 を怠るなら、コーチングを理由に「教えない主義」を主張する資格はない。
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January 04, 2019

「知的好奇心」は、波多野氏と稲垣氏の造語!

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以前、夕方のニュースで、子ども科学教室のようなイベントの紹介があって、楽しく学ぶ子供たちの様子を流していた。
 『知的好奇心』(波多野誼余夫・稲垣佳世子著 中公新書1973初版)を久しぶりに読んで「楽しく学ぶ」についてメモしていたところだったので、タイムリーな映像だった。

 自由な探索の過程で自分の能力に合わせて挑戦することが興味を維持し学習効果を高める。
 その一例として「磁石」の学習場面が挙げられている(P104~107)。
 
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 たとえば、磁石を使って、どういう物がすいつき、どういう物がすいつかないかを子どもに知らせる場面を考えてみよう。このとき、どういう性質の物が磁石につきやすいかがよくわからないうちに砂鉄や石(磁鉄鉱)を出して、「さあ、おもしろいですよ。これもすいつきますよ」といった導き方はあまり好ましくない。子どもにとっては、そのおもしろさがわかりにくい。彼のそのときに持つ「知識」に挑戦する対象として砂鉄が示されたのではないからだ。
 このようなときには、まず最初のうちは、子どもに自由に磁石をいじらせる。彼は自分のまわりの物に対して手あたり次第磁石をつけてためしてみようとするだろう。多くの場合、磁石にすいつくか否かに関して典型的な事物が試されるだろう。そうしているうち、木製の物はすいつかない、つくのは金っ気のあるもの、ピカピカ光る物らしい、という予想が形づくられるだろう。
 しばらくいろいろためしていて興味がやや低下したとみられるところで、彼らの予想に「挑戦する」事物を与えてみるのである。
たとえば、メッキされたアルミニウム製の物と、メッキされた鉄製の物を準備したり、磁鉄鉱や砂鉄を用意したりする。あるいは、棒磁石、大小のU字型磁石、電磁石などを用意するのである。
 みかけはピカピカに光っていても、磁石につく物もあれば、つかない物もある。石や砂など磁石につくものか、と思っていたらすいついた。これらは、子どもを驚かせ、さらに探究することを動機づけるだろう。また磁石を近づければ、近づけるほどそれからはなれようとすることがある。スイッチを押すと磁石のようになるが、スイッチをはなすとそうでなくなる物がある・・・。これらはさらに事物のいろいろな側面を綿密に探索することを動機づけるかもしれない。」
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(1)自由試行させる(飽きるまでの体験させる)。
(2)予想させ、自我関与させる。
(3)固定概念を崩すような難しい課題に挑戦させる。

などのポイントが読み取れる。
 
◆磁石は、他の物にくらべ、環境の「応答性」を増幅する。子どもの反応に応じて、つまり、子どもが磁石を事物に近づけるのにしたがって、事物がすいついたり、すいつかなかったり、はっきり「応答」してくれるからだ。(P107)

◆子どもの疑問に、はじめからていねいに答えすぎない、ということだ。もちろん、子どもの疑問を無視したり、適当に答えてその場をやりすごしてしまうことは好ましくない。しかし、あまりに完全な答えを与えすぎるのも問題だ。むしろなるべくヒントを与えるなどして、まず子ども自身に自分で考えさせようとすることが大切である。(P108)

◆自由な雰囲気の中で、子ども同士の積極的な相互交渉を奨励することも大切である。(P108)

などの記述を元にすると、以下のポイントも読み取れる。

(4)「応答性」のよさを心掛ける。
(5)教えすぎない。
(6)子ども相互の関わり合い(集合知)を活かす。
 

そして、「おしえる側の役割」について述べた次の指摘は耳に痛い。知的好奇心のない者には知的好奇心の旺盛な子どもは育てられないということなのだ。

◆子どもの遊びや学習上の困難の解決に援助を与える、あるいは、たえず気を配って、子どもが次の活動のために必要としているらしいものを周到に準備しておく、集団での話合いの司会をする、これらが彼らの役目である。
 この場合、指導するおとな自身が知的好奇心の強い存在になることが必要だ。子どもにいくら新しい物に積極的に取り組むことをすすめても、その当人が、未知の場面、不慣れな場面を避けてばかりいては困る。おとなのそうした態度は、いつのまにか子どもに伝わってしまうからだ。(P109/110)。


 さて、『教育トークライン』1月号(東京教育研究所)で板倉弘幸氏が「知的好奇心」について触れている。
 「知的好奇心」は、自分にとって、もはや普通名詞のようなものであったから

◆「知的好奇心」は波多野誼余夫氏・稲垣佳世子氏の両氏によって命名された

という板倉氏の指摘は全くの驚きであった。
 そういう経緯も知らず、当然のように「知的好奇心の喚起」などと口にしてきた。
「モチベーション」関連の書籍には「内発的動機付け」は出てくるが、「知的好奇心」との異同がよく分からなかった。
「内発的動機付けのことを、若い研究者は知的好奇と呼んだ」と知り、納得というよりも唖然としてしまった。

「お金がもらえるからやる」「合格できるならなる」「出世するからやる」という理由は、「外からのモチベーション(外発的動機付け)」。
「自分が好きでやる」「やりたいからやる」というのは「内からのモチベーション(内発的動機付け)」
「モチベーション3.0 」 (講談社+α文庫)の著者であるダニエル・ピンクは、内的な動機付けによるアプロ―チについて、次の4つの項目を提示している。

①because they matter, 重要だからやる
②because we like it, 好きだからやる
③because they're interesting, 面白いからやる
④because they are part of something important. 何か重要なことの一部を担っているからやる

 この「内的な動機付けによるアプロ―チ」=「知的好奇心」と理解していたわけではなかった。「重なるなあ」という程度であった。

 板倉氏の論稿の中に、向山洋一氏の「知的好奇心」に関する記述もあった。

◆「知的好奇心は、今まで何気なく見過ごしてきたことに対する違和感から生じる」

 有田和正氏の「はてな帳」の発想に通じるし、向山洋一氏がよく言われる「あれども見えず」に通じることがよく分かる。
「あれども見えず」を浮き彫りにする発問こそが、授業を知的好奇心の渦に巻き込むことがよく分かる。

〇梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」(岩波新書)1969年初版
〇川喜多二郎氏の「発想法」(中公新書)1966年初版
〇木下是雄氏の「理科系の作文技術」(中公新書)1981年初版

なども、めちゃくちゃ古いが、もう1度読み直してみる価値があると思う。

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August 06, 2018

「10年後の世界を生き抜く最先端の技術」

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先日読んだ『10年後の世界を生き抜く最先端の教育』茂木健一郎・竹内薫著(祥伝社)の次の一節が印象深かった。

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私たちは模範解答ではなくて、その子の思いや考えを書いてほしいんです。でも模範解答に染まっちゃうとなかなか書けない。(中略)やがてくるAI時代は、間違いを恐れて正解だけを求める人は生きていくのが大変になる。だから、そういう模範解答を書く子どものは、そうじゃないよ、自分で考えていいんだよ、ということを言ってあげないといけない。そして、模範解答の枷から外してあげる。すると、けっこう自分で楽しく書き始めるようになって、ものすごい発想が出てきたりするわけです。
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 このフレーズと重ねるように、向山洋一氏の『斎藤喜博を追って』を再読する。 

教室とは、まちがいを正し真実をみつけ出す場だ。
  教室は、まちがいをする子のためにこそある。
  教室には、まちがいを恐れる子は必要ではない。

・・・まちがいを恐れてはいけないことを教室目標として年度当初に掲げ説明をしている。
 むろん、スローガンとして掲げるだけなら誰にでもできる。
 「まちがいを生かす授業」「まちがいに意味を持たせる授業」「何を言っても間違いにならない授業」を展開しなければ、子どもの意識は変えられない。

 中でも具体的に描写があるのが、参考書の模範解答を否定し、自分たちで新たな解答を創り上げていく「青森のリンゴ」の授業である。

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 「参考書で勉強するのも大切だけど、もっと大切なのは自分の頭でまず考えてみることだよね。事実を一つ一つ確かめたり、考えたりしてみることだよね。
 さあ、参考書はあてにならないことがわかったから、自分の頭で考えてみよう。思いつくことは何でもいいから発表してごらんなさい。」
 ぼくは、子どもの発言をうながした。
「本当に何でもいいの」と、子どもは言いながら、一人が発表すると次から次へと意見が出された。
「鉄道があるからだと思う」という意見が始めに出された。
「とってもいいことだよ。そうすると長野以北で、しかも鉄道が通っている所ということで、ずいぶんせばめられるよね」、とぼくはことさらにほめた。
「とにかく、商売だから、もうかるんだと思う」と、ある子どもが言った時に、みんなドッと笑いころげた。
「それも、大切だ。どうしたら、もうかるのかな」と質問し、商品作物が一地域で集中して作られることによって、価格が下がることをおさえた。
 どの意見もどの意見も認めていった。何を言っても認められたから、子ども達は、面白いように意見を続けた。
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・・・向山氏が、「どんな意見も受け入れる態度」を示しているかがよく分かる。
 だから次々に自由度の高い意見が出されていった。
 また、笑われるような子どもの意見にも、きちんと意味づけをしている。発言した子どもの自尊心が高まるよう支援していることが分かる。

◆<優等生>の頭がたいしたことがないことを示すことから、本当の授業は出発するのである。

というフレーズは、次のようにも置き換え可能だ。

◆<模範解答>がたいしたことがないことを示すことから、本当の授業は出発するのである。


 決まりきった質問をして、決まった子だけが答えるという授業とは違って、一見あたりまえに見えることを否定し<優等生>の答えの底の浅さを見せつけるところから出発するこうした授業を、子ども達は喜んだ。

・・・などは、まさに「主体的・対話的で深い学び」の具現化だ。

 「青森のリンゴ生産が日本一なのは気候が適しているから」という模範解答を否定するダイナミックな向山実践が、正解がないと言われるAI時代に対応する授業であるかが分かる。

 なお、昨今のキーワードに「ダイバーシティ」がある。
「ダイバーシテイ」=「多様性・幅広く性質の異なるものが存在すること」というキーワードで向山実践を考えてみても、

「思いつくことは何でもいいから発表してごらんなさい。」
「どの意見もどの意見も認めていった。何を言っても認められたから、子ども達は、面白いように意見を続けた」

というスタンスの授業は、まさに「ダイバーシテイ」である。

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August 01, 2018

「頑固な羊の動かし方」(ケヴィン・レーマン)

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 「1人でも部下を持ったら読む本」というサブタイトルだけなら違和感がないが、タイトルが「頑固な羊の動かし方」(ケヴィン・レーマン著 草思社刊)。
 部下を羊に例えて、どうしたら手なづけられるかを説いた本かと思うと、人間的ではないなあと、ためらいもあったが、とても参考になった。
 管理職だから読むのではない。学級担任でもぜひ読んでみるとよい。
  学級担任にはトップリーダーとなるべき心かまえとそれなりのスキルが必要だからだ。
 逆に向山洋一氏の「授業の腕を上げる法則」がビジネスリーダーにも読まれたのも、同じ理屈だ。

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 「究極のリーダーシップとは、ただ進むべき方向を示せるかどうかだけにあるのではない。その方向に群れを動かせるかどうかにあるんだ。君の部下たちが、君をリーダーだと思わなかったら、彼らは君に信頼を寄せることはないし、ついていくこともない。」

 「なるほど、分かりました。私は自分がついていくに値する人物かどうか、日々彼らに見せ続けなくてはならないということですね。」

「もし君が部下から信頼や忠誠心を得たければ、まず君から彼らを信頼し、忠誠心を示さねばならない。もし君がいい加減なリーダーシップしか示さなかったら、彼らも適当にしかついてこない。しかし、もし君が彼らにすべてを費やし、彼らのことを本当に思っていたら、彼らは心から君についていこうという気になるだろう」
P165/166
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 深い会話だなあ、
 「信頼されたければ、まず自分が信頼せよ。信頼されるに足る人間になる努力をせよ」ということか。
 付箋を貼った以下の部分も、「信頼される自分であれ」と説いている。
 
◆「人々は、一貫性があり、信頼でき、思いやりがあるリーダーを望んでいる。それらを持ち合わせたリーダーは、部下の厚い信頼や忠誠心を勝ち取ることができる」P76

◆「偉大なリーダーは、つねに部下たちに自分の価値観や使命を伝えつづけることによって、自らの理念を彼らに植えつけている。 人の気持ちはすぐに揺らいでしまうものだ。だから、良きリーダーはつねにコミュニケーションを取ることで、部下たちにそのグループにいることの意味や使命感を呼び起こしているんだ。」P77

◆「もし明日どうなるかわからなくても、今日信じることができるリーダーが目の前にいれば、不安を乗り越えることができる」P101

◆「(二つ目のポイントは)問題を放っておかない、ということだ。これまで、たった一匹の羊が群れ全体に悪影響を及ぼした例を、どれほど多く見てきたことか・・」P102

◆「新しいマネージャーは、つい部下たちをがんじがらめに管理しようとしてしまうものだ。彼らは、チームワークとは、みなが同じやり方をすることだと考えている。(中略)方向性の提示や目標の設定はしなくてはいけないが、どうやってそこまでたどりつくかは、彼らにまかせてしまうことだ」P117

◆「規律とは、罰を与えたり相手をけなしたりすることではない。それは教える、つまり指導することだ。(中略)だから、彼らの失敗を責め立てることとはまったくちがう。つまり羊飼いが群れを離れた羊めがけて棍棒を投げるのは、お前のことをいつも見ているよ、という表れなんだ。」p142

◆「だれでも自分が間違っているなどとは、指摘されたくないものだ。しかし、そのメッセージが、自分が心から信頼し、尊敬できる人からの言葉だったら、彼らはそれを、まるで信頼できる友人からの忠告のように喜んで受け入れるはずだ。だがそのためには、まず、君が信頼に値する人物であることを示さねばならない」

・・打ち込むことで、ひしひしと感じることができた。
 
  論語にあった「信なくば立たず」とも重なってくる。
  場合によってはリーダーには命を預けることにもなるのだから、預けるに足るだけの信頼がなければ、誰も命は預けないのだ。

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「採用基準」 ~この国はリーダーを育てられるのか?

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 経済産業省が提唱している「社会人基礎力」というのを初めて知った。なるほど、3つの能力と12の要素は、やや欲張りだが大切なポイントだと思う。

◆「社会人基礎力」とは、「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つの能力(12の能力要素)から構成されており、「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」として、経済産業省が2006年から提唱しています。
企業や若者を取り巻く環境変化により、「基礎学力」「専門知識」に加え、それらをうまく活用していくための「社会人基礎力」を意識的に育成していくことが今まで以上に重要となってきています。

【前に踏み出す力(アクション)】

①主体性:物事に進んで取り組む力
②働きかけ力:他人に働きかけ巻き込む力
③実行力:目的を設定し確実に行動する力

【考え抜く力(シンキング)】

①課題発見力:現状を分析し目的や課題を明らかにする力
②計画力:課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
③創造力:新しい価値を生み出す力

【チームで働く力】

①発信力:自分の意見をわかりやすく伝える力
②傾聴力:相手の意見を丁寧に聴く力
③柔軟性:意見の違いや立場の違いを理解する力
④情況把握力:自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力
⑤規律性:社会のルールや人との約束を守る力
⑤ストレスコントロール力:ストレスの発生源に対応する力

http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.html
http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/h19reference.htm

 しかし、『採用基準』(ダイヤモンド社)では、この中に「リーダーシップ」の項目がないことを厳しく批判し、日本の将来を憂えている。
 欧米では「リーダーシップ」「クリエイテイビテイ」「イニシャテイブ(自発性)」「ジャッジメント(判断力)」などが重視される。

◆日本に足りないのはリーダーやリーダーシップであると同時に、「リーダーシップに関する、重要性や必要性の認識」です。(P172)
◆国が育てるべきと提唱している人材像の概念の中に、リーダーシップという言葉がまったく出てこないというのは、今や世界の中で極めて”ユニーク”だと言えるでしょう。(P173)

 それは「マネージャー(管理職)」の仕事ではないか?
 それは「コーデイネーター(調整役)」の仕事ではないか?
 それは「プレーヤー」の仕事ではないか?
 それは「雑用係・世話係」の仕事ではないか?

といった問いに”NO”と言えないようでは、リーダーの仕事があいまいになる。

◆「リーダーの仕事は、周りの人を楽しくさせることではなく、なんとしても成果を出すことなのだ」
◆「一人でも助からないならいっそ全員で死のう」ではなく「犠牲者は出るかもしれないが、一人でも多くを助けよう』と考えるのがリーダー

という言葉は重い(P110)。リーダーは時に孤独だ。

 続いて、リーダーがなすべき4つのタスク

(1)目標を掲げる・・チームが目指す成果目標(ゴール)の定義
(2)先頭を走る・・リスクや責任を引き受ける覚悟
(3)決める・・・・検討でも分析でもなく判断し決定する
(4)伝える・・・・説明責任

◆逆に言えば、決断をしない人はリーダーではありません。伝える努力をしない人も、先頭を走る覚悟のない人も、成果目標を掲げて見せてくれない人もリーダーとは言えないということです。調査する、勉強する、考えるなどの行為は、どれほどの時間と熱意をかけてそれらに取り組んでも、それでリーダーの役割を果たしているとは言えません。「後ろから部下を見守っている」のもリーダーではありません。目標を掲げ、先頭に立って進み、行く道の要所要所で決断を下し、常にメンバーに語り続ける、これがリーダーに求められている4つのスタンスなのです。P133

 リーダーの責任は重い。
 これまで自分の考えてきた「リーダー」が、いかに調整役に近かったかを反省した。

 「ラストマン」という言葉がある、最終判断をし、最終的な責任を負うのが「ラストマン」としての、トップリーダーの役目である。
https://toyokeizai.net/articles/-/72456


 『リーダーを目指す人の心得』(飛鳥新社)による「コリン・パウエルのルール(自戒13ヵ条)」

1 なにごとも思うほどには悪くない。翌朝には状況が改善しているはずだ。
2 まず怒れ。その上で怒りを乗り越えろ。
3 自分の人格と意見を混同してはいけない。さもないと、意見が却下されたとき自分も地に落ちてしまう。
4 やればできる。
5 選択には細心の注意を払え。思わぬ結果になることもあるので注意すべし。
6 優れた決断を問題で曇らせてはならない。
7 他人の道を選ぶことはできない。他人に自分の道を選ばせてもいけない。
8 小さなことをチェックすべし。
9 功績は分けあう。
10 冷静であれ。親切であれ。
11 ビジョンを持て。一歩先を要求しろ。
12 恐怖にかられるな。悲観論に耳を傾けるな。
13 楽観的でありつづければ力が倍増する。

 リーダーが、「カリスマ」ぐらいならいいけど、「ワンマン」になったら困るから、あえて社会人基礎力にリストされていないのだとしたら、極めて嘆かわしいことだ。
 あいかわらず日本は

「出る杭は打たれる」
「護送船団型」
「調整型の人材が重宝される」

ということになる。それがグローバルスタンダードではないのだということを、しっかり肝に銘じたい。
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September 04, 2016

「非才!あなたの子どもを勝者にする成功の科学」

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 グラッドウエルの「天才 成功する人々の法則」を昨年読んだ。なかなか興味深い1冊だった。
「一万時間のルール」などが、よく分かった。
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2015/12/post-6f99.html
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2016/01/post-a238.html

 今回読んだ「非才!あなたの子どもを勝者にする成功の科学」は、グラッドウエルの「天才」と合わせて読むことが前提になったような本だ。

 原題は、
Matthew Syed Bounce:Mozart,Federe,Picasso,Beckham,and the Science of Success
マシューサイドのBounce、モーツァルト・フェデラー。ピカソ・ベッカム 成功の科学

 「Bounce=はずむ?」の意味が、どうつながるのか分からなくて、「非才」という邦題の意味も、よく分からなかった。

 とりあえず、読書メーターのコメントを読むと、内容が分かりやすい。
 http://bookmeter.com/b/4760138382

 天才と呼ばれる偉人の成果は、才能でなく努力の蓄積によることを、具体例を挙げて説いている。
 多くの成功者は、圧倒的な練習時間の蓄積で、他から優位に立っているに過ぎないことが分かる。
ただし「一万時間ルール」に終始しているわけではない。 

◆人びとが「あたしには語学の才能がないから」とか「おれの頭は数学向きじゃないんだ」とか
「スポ―ツには体がついてかないんだよ」とか言って、自分の可能性を否定する人がどれほどいるか考えてみよう。そういう悲観論の証拠はどこにあるだろうか?しばしばそれは、ものの二、三週間ほど、あるいは、二、三か月ほど、あまり身を入れずにやってみた結果にもとづいた発言だったりする。科学の示すところでは、傑出性の域に突入するには何千時間もの練習が必要なのだ。(P22)

の部分が、単なる「練習時間=量」の問題だとしたら、次の部分が「質」の問題だ。


◆「ふつうの人が練習するときには、楽にできることに集中したがる。エキスパートの練習はちがう。それはうまくできないことーあるいはぜんぜんできないことーをやろうとして、相当量の集中した継続的な努力おこなうのだ。各種領域での研究を見ると、自分のできないことを練習しないと、なりたいようなエキスパートになれないことがわかる。」
 本書ではこれまで、頂点に立つために必要な練習の量に焦点を当て、それが最短でも10年間におよぶ膨大な時間であることも見てきた。だが、ここではもっと肝要な一面へと掘り下げたい。つまり練習の質だ。頂点に立つ人間たちが最高の地位を獲得するのは特別な学習が必要とされ、一万時間を一時間たりとも無駄にしないために深い集中力が必要となる。
 エリクソンはこれを「集中的訓練」と称して、そのほかのほとんどの人間がするものと区別している。ここでは「目的性訓練」と呼びたい。なぜか?意欲的なチャンピオンたちの訓練には、特別な不変の目的があるからだ。それは進歩である。毎秒、毎分、毎時間、変わることなく心身ともに全力を尽くし、能力の限界をこえるところまでみずからを駆り立て、トレーニングの終わりには文字どおり生まれ変わっているほど徹底的に取り組もうとする。
P89・89

◆中国が卓球でとても成功している謎がたちまち解けた。長年、中国の成功は反応速度の速さ、秘密の食生活、いくつもの神秘的な要素のせいにされてきた。長時間訓練しているからだとの意見もあった。
だが、より長く訓練していたわけではない。よりかしこく、より深く、より目的をもって訓練していたのだ。中国の選手はつまるところ、ターボドライブで訓練していたのだ。P91

◆世界に通用する水準のパフォーマンスは、少しばかり手が届かないところにある目標に向けて、そのギャップの埋め方をはっきりと意識して努力することで得られる。やがて、たえまないくり返しと深い集中力をもってギャップが埋められ、そしてまたほんの少し手が届かない新たな目標が設定されるのだ。P92

◆一流スケート選手と二流以下のスケート選手では、遺伝子にも性格にも家庭環境にも大きなちがいは見られなかった。ちがいがあったのは練習の種類だ。すぐれたスケート選手はつねに現在の能力をこえるジャンプを試みるが、ほかのスケート選手はそれをやらない。
 注目してほしいのは、一流のスケート選手がより難易度の高いジャンプに取り組んでいるだけではないことだ。すぐれた選手にはどのみちむずかしいジャンプが求められる。
肝心なのは、一流スケート選手が自分のすぐれた技量から見て、もっと難易度が高いジャンプに挑戦することだ。
(中略)目的性訓練とは、少しばかり力がおよばなくて実現しきれない目標をめざしてはげむこと。現在の限界をこえる課題に取り組んで、くり返し達成に失敗することだ。傑出とは、快適な領域から踏み出し、努力の精神をもってトレーニングにはげみ、艱難辛苦の必然性を受け入れることにかかっている。じっさい、進歩は必然的な失敗の上に築かれる。これは、プロのパフォーマンスにかんするもっとも重要なパラドックスだ。(P95)

・・・ 「コンフォートゾーン」=「現状維持」=「ぬるま湯」に関する記述もある。P107/108

◆わたしの母は長年秘書をしていて、秘書になる前にタイピングを習った。数カ月の練習で、一分に70単語をタイプできるようになったが、そこで壁にぶつかり、秘書をしているあいだにそれ以上伸びることはなかった。理由は単純だ。このスピードが作業にありつける水準で、ひとたび働きはじめてしまうと、上達することが大事であるとは思えなくなったからだ。タイプをしているときは、べつのことを考えていた。
 これがほとんどの人のやり方だ。自動車の運転などといった新しい課題を習うときは、技術を身につけるために集中する。最初は時間がかかるしおぼつかないし、動作が意識的に制御される。だがなじむにつれて技術は潜在記憶に取り入れられ、あまりに考えなくなってしまう。ハンドルを握ってほかのことに関心を向け、運転する。これが心理学の言う「自動性」だ。

・・・厳しい指摘だ。
 他ごとを考えてもできるようになるほど「自動化」できることが、非常に好ましいことだ。
 しかし、その自動化で満足してしまったら、進歩はそこで終わってしまう。

◆ノエル・テイジ―教授は、三つの同心円を描いて解説している。内側の円が快適ゾーン、中間の円が学習ゾーン、外側の円がパニックゾーンだ。快適ゾーンの外で思い切ってやってみようとしなければ、何千時間かけたところで少しも上達しない。パニックゾーンに迷いこむのも同じように無益だ。現在の能力をはるかにこえる内容を要求されるからだ。
 だが、学習ゾーンにいれば、ほぼ際限なく向上を続けられる。

・・・1万時間という「時間の目安」は分かりやすい。
 しかし、「質の目安」はどう自覚すればよいか、どう客観化すればよいかが難しい。
 「自分はこれだけがんばっている」と思っていても、はたから見れば「全然がんばってないよ」と思えることはいっぱいある。
 スポーツの成功者の多くの場合は、練習の質を吟味する指導者がいて、適切な難易度を指示を出す。
 「お前の限界は、そんなところじゃない」と見極め、監視してくれる。
 コンフォートゾーンに浸かって自己満足で終わってしまわないように自分を叱咤することは、なかなか難しい。
 だからこそ、成功者は限られるのだということが、よく分かった。

◆世界に通用する水準のパフォーマンスは、少しばかり手が届かないところにある目標に向けて、そのギャップの埋め方をはっきりと意識して努力することで得られる。
やがて、たえまないくり返しと深い集中力をもってギャップが埋められ、そしてまたほんの少し手が届かない新たな目標が設定されるのだ。P92

・・・少しずつ難度を上げていく方法の有効性を説いている。

◆(一流スポーツ分野の)すべての成功しているシステムには一つの共通点があることに気づかされる。目的性訓練の原理を制度化しているのだ。
最大の卓球王国である中国にはマルチボール・トレーニングがあるし、もっとも成功しているサッカー王国ブラジルにはフットサルがある。
トップのバスケットボールチームは「エキストラ」を使う。そうした具合だ。P101

・・・そうだろうか? 一流スポーツ分野でなくても、小中学校の体育の授業レベルでも、ハンデをつけて、「目的性訓練」を行っているではないか。
ドッチボールでボールの数を増やしたり、コートの大きさを変えたりする。
小学校でバスケットを指導していた時は、人数のハンデ戦を行った。中学校の陸上部では、女子を男子と一緒に走らせた。

◆「すでにうまくできることを練習したいと思うのは、たんなる人間の性だ。ものすごく楽だし、楽しいからね。だが悲しいかな、(ゴルフの)ハンデイを減らす効果はあまりない。」

とある。その通りだ。だから、「ぬるま湯」が好きな子どもは嫌がるが、レベルアップを望む子は、ハンデ戦に果敢に挑む。
 限界を作るな・ぬるま湯に浸かるな・現状に安住するな、と叱咤激励したいところだが、楽をしたがる人の弱さを自分1人で打ち勝つのは難しい。だからこそ、コーチの叱咤激励が必要になる。
本書では、コーチの必要性を「フィードバック」という言葉で表現している(P114/115)。

◆フィードバックの重要性は、科学にたずさわる人にはおなじみだ。科学的知識は検証を通して理論の不備が明かされることで進歩して、それによってまた新しい理論への道が開かれる。
検証できない(すなわちフィードバックと無縁の)理論は、決して改良されないのだ。
(中略)つまりフィードバックとは、知識の獲得へと駆り立てるロケット燃料であり、これがなければどれだけ練習を積んでもその境地には達しないのだ。

◆コーチはたんにはげまし、集中ぶりを分析してくれるだけでなく、選手が見のがしたかもしれない小さな技術的ミスに目を光らせている。
コーチの強みは、選手に欠けている視点・・外から内を見る視点をもっているということだ。
選手は屋内で自分の練習風景をおさめたビデオを観るときだけ、第三者の視点にアクセスできる。これでコーチと練習について話し合うことが可能になり、さらなるフィードバックがもたらされる。

・・・フィードバックが繰り返される状態を「フィードバックループ」と呼んでいる。
 練習の成果は、この「フィードバックループ」の有無、「フィードバックループ」を支える指導者の有無に規定されるのだ。

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August 07, 2016

「やってのける ~意志力を使わずに自分を動かす~」

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 「『なぜ』を考えるとやる気が出る」という主張を読んだ。
 これは、「趣意説明の法則」と重なるものだ。
 「早く教科書を広げて、暗記しなさい」と具体的な行動を示すより、「この勉強は大学入試に役立つよ」と、行為の意味や意義を示す方がやる気が出ると言う。
 「あと1時間、PCに向かってキーを打て」と命ずるより、「このひと頑張りがキャリアアップに結び付くよ」と伝える方がいいのだとも。

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◆「なぜ勉強するのか」という理由を理解することで、意欲が高まるのです。
丸暗記しなさいと言うだけでは、子どもは熱心に机に向かわないでしょう。(p38)

◆理由が明確になることで、小さな行動が、大きな目標を達成するために一歩に変わる(p40)

「やってのける ~意志力を使わずに自分を動かす~」
 ハイデイ・グラント・ハルバーソン (大和書房)
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・・・まさに、「趣意説明の原則」である。
 ただし、難しい行動をさせるときは、「なぜ」より、「何」を示せとある。
 初めて掃除機を使うような人なら、「家の中をきれいにしよう」よりは、「この道具を使ってホコリを吸い取ろう」
の方が行動させやすいと言う。

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 「何」を基準にすると、具体的な行動に意識が集まります。(中略)
難しい何かに挑むときは、いったん「大きな絵」は忘れ、目前のタスクに集中するとよいのです。
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・・・ 「目前のタスクに集中させたいなら、具体的な行動指示を示す。」という指摘は、「ごみを5つ拾いましょう」に代表される指示(号令)の原則と重なるところだ。

➀行動のみを端的に示すのが「号令」
②趣意を示して具体的な行動を指示するのが、「命令」。
③趣意を示して、行動は任せるのが、「訓令」。

 あらためて、この3つの指示について調べてみると、相手に合わせて(あるいは難度度に合わせて)使い分けることの大事さが書かれているWEBがあった。

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 訓令で十分な社員に、「号令」で指揮したら?
 仕事に意味を見いだせなくなって、辞めていきます。

 号令の必要な社員に、「訓令」で指揮したら?
 上司の仕事の指示が悪いと不満を口にします。

 ”号令”の必要な社員に”訓令”で指揮しても、
  期待した成果は得られません。役に立たないのです。

 ”訓令”で充分な社員に”号令”で指揮したら
 働くことに意味を見出せなくなります。
 そして、辞めてしまいます。

 指示命令する
 ・相手の能力によって、
  ・役職によって、
 訓令・命令・号令を使い分けることがとても大切です。

 これがマッチしていないと、会社にとっても社員にとっても、 悲しい結末に向かいます。

http://www.teoria.jp/?p=967
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 日常の号令・命令・訓令の具体例 ----
 「明日八時東京発ヒカリの切符を一枚買ってきてくれ」と号令すれば、売り切れたと言われた女の子は手ぶらで帰ってくる。
 それで腹を立てるなら、命令すべきである。
 「明日十二時までに大阪に着きたい。八時のヒカリを一枚たのむ」と命令すれば、売り切れのときは七時五十分のヒカリ、それもだめなら七時のコダマを買ってくるので、朝少し早く起きるだけで用は足りる。
 「明日十二時、大阪で大切なお客に会いたい。よろしく頼む」と訓令すれば、社長の疲労を考える庶務課長は飛行機を手配し、こちらの顔色によって今夕のヒカリにし、大阪にホテルを予約し、あすの難問題に備えるエネルギーを蓄えさせてくれる。
 部下が思うように動かなくて腹が立つのは、たいてい自分が号令を使っている場合である。

http://www.heihou.com/page_10-1.htm
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 向山洋一氏の著作でも示されている「指示の原則」は、やっぱりすごい。
 しかし、具体例がないと、なかなか伝わらない。
 号令・命令・訓令について、具体的な場面で例示できるように考えてみたい。

 さて、おまけ。
 「やってのける」には、他にも面白い箇所がたくさんある。

 近い将来を想像した場合は、具体的な描写を好み
 遠い将来を想像した場合は、抽象的な描写を好む。
 遠い将来を抽象的な「なぜ」の視点で考えると、メリットは注目するが、実際に実行できる可能性を考えない傾向にある。
 具体的に「何」を考えると、その目標が本当に実現できるか、成功の見込みや障壁について考える。
 締め切りが迫ると、後悔するのは、実現の可能性を現実的に検討していなかったからだと言う。

◆人は、遠い将来について考えるときは「なぜ」の視点に傾きがちになり、メリットに気を取られてしまいます。
実際にそれを行うときが来ると悪夢のような体験に変わってしまうことがあるにもかかわらず、現実的な側面にはあまり注意を向けられなくなるのです。
 逆に近い将来の行動では、わたしたちは反対のミスを犯します。
 興味深く、メリットが得られそうな話であっても、実行すうのは面倒だと考えてしまい、せっかくのチャンスを逃してしまいます。(p46・47)

 翌週までの提出を求められた学生の大半は「容易だが退屈」な課題を選び、内容よりも容易さを優先した。
一方、九週間後の提出を指示された学生の大半は「難しいが魅力的」な課題を選択したと言う。

◆このように、遠い将来について考えるとき、わたしたちは現実的な考えよりも、メリットを優先させる理想主義者の視点に立ちます。
 近い将来について考えるときは、ビジネスライクな現実主義者の視点に立ちます。(中略)
 つまり、予定を決めるときは、近い将来か遠い将来かどちらについて考えているかを自覚し、それが自らの思考にどう影響しているかを考慮すると、よい判断がしやすくなります。(p48)

◆ 「何」に注目すると、行動を「先延ばし」しにくくなるという利点もあります。(中略)
何をすべきかを意識することで、人は具体的な行動に着手しやすくなり、目標に向かってまっすぐ進めるようになります。逆に、理由ばかりを考えていると、なかなか実行に移せません。(中略)
「大きな絵を思い浮かべる(理由を考える)」と達成後のメリットをイメージしやすくなり、意欲が湧き、自制心や忍耐力が高まります。
 「次の一歩」に注目する(具体的な行動を考える)と、細かい手順に集中することで難しく不慣れなことも行いやすくなる。先延ばしせずに行動をしやすくなるなどの利点があります。
 大切なのは、「なぜ」と「何」のどちらかに偏ることなく、対象の目標を達成するためにはどちらの考えを持つべきかを判断することなのです。(p49・50)


・・・目標を具体的に設定させるために、何度も「SMART」を引用する。

S pecific  = 具体的、わかりやすい
M easurable  = 計測可能、数字になっている
A greed upon = 同意して、達成可能な
R ealistic  = 現実的で結果志向
T imely  = 期限が明確、今日やるなど

Chigai02


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今すぐやる! ~何のために「学ぶ」のか~

9784480689313

 if-thenプラン(条件型計画)について、「マシュマロ・テスト」や「モチベーション3.0」などに記載がある。
 あらかじめ○○になったら△△をすると決めておくことで、行動を自動化しようとするものだ。

◆実生活でも「イフ・ゼン」実行プランの助けを借りることで、大人も子どももこれまで、想像していた以上にうまく自分の行動をコントロールできた。こうしたプランを十分練習しておけば、そのプランと結びついている刺激によって自制反応が自動的に起こるようになる
(「もし冷蔵庫に近づいたら、そのときにはドアを開けない」
「もし酒場が見えたら、そのときには通りの反対側を渡る」
「もし午前七時に目覚ましが鳴ったら、そのときのはジムに行く」。) 
リハーサルをすればするほど、実行プランが自動的に実行できるようになり、コントロールするのに前ほど苦労しなくても済む。
(「マシュマロ・テスト」P284)

◆ゴルヴィツアーはこのような計画を作ることを「実行意図の形成」という専門用語で表現しています。わかりやすく考えれば、これは「もし~であれば、~をする」という、「if-then」式の計画だと言えます。これを「条件型計画」と呼びます。
(中略)
 「if」の条件が生じると、次に取るべき行動が、はっきりと自覚することなく、自動的に生じるのです。つまり、脳は次に何をすべきかわかっています。計画によってすでに何をするかは明確だからです。
(「やってのける」P187・190)

 しかし、茂木健一郎氏がイフ・ゼン計画を否定する文章に出会った。

◆「何時になったら勉強しよう」「このドラマが終わったら勉強しよう」などと言い訳をしている人がいる。ハッキリいって、それは甘い。
 勉強しようと思ったら一秒後にもうトップスピードで集中する。この「瞬間勉強法」が大切。
(「何のために『学ぶ』のか」ちくまプリマ―新書 P114)

 つまり、今すぐできるのに「ドラマが終わったらやると決めてあったのだから、その時間まで待とう」などと自分をごまかすために「if-then」を使う場合があるということだ。
 なるほど、今すぐ起きればいいのに「目覚ましが鳴るまで待とう」などと思うことがある。
 
 「if―then」よりは「今すぐやる」の方が、強い!

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夏休みは気持ちがゆるんでしまうから・・「ちょっとした勉強のコツ」

 9784569671253

外山滋比古氏の「ちょっとした勉強のコツ」(みくに出版→今はPHP)は読みやすく,、ヒントも多かった。

◆もっとも多く時間のあるのは夏休みである。いくらでも勉強ができるように思うけれども、実際には、毎日をぼんやりすごして、どうしてもしなくてはならない宿題すらロクにできないまま、休みあけを迎える。
 その昔、イギリスのオックスフォード大学の学生たちは、長い休暇あけの月曜日のことをブラック・マンデーと呼んで、おそれた。休み中、時間があったのに、なにもできなかったと思うと世の中が真っ暗になる。(「集中」p17・18)

◆どうも、時間がある、という気持ちのゆるみがいけないようである。ゆったりかまえていると、ちょっとしたことがとび出してくる。(中略)しなくてはならない仕事はなんとなく気が重い。どうでもかまわないようなことに心をひかれる。(中略)長い人生においても、そういう、つまらないことばかりして、大事なことはし残してしまう。酔生夢死である。(「生活時間割」p133・134)

◆時間は必要だが、ありすぎると、よろしくない。すくなくとも、あると思うのがいけないのである。
 時間はすこし足りなめなのがよろしい。時間と競争して仕事し、勉強する。緊張と集中のもとで行われるところから、立派な成果が生まれる。時間がたりないという気持ち、タイム・ハングリーである必要がある。(「時を選ぶ」p79・80)

◆勉強はどれくらい長い時間、机に向かっているかではなく、どれだけ集中しているかによって成果が決まってくる。だらだらした長時間勉強など、そもそも勉強の中に入らないと、言ってもよいくらいである(「注意」p96)

・・・やるべきことを書きだして、優先順位を決める。ここから始めよう!

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June 19, 2016

「仕事を無理なく両立できる 毎日続く勉強法」多田健次著

Tada

「仕事を無理なく両立できる 毎日続く勉強法」多田健次著 日本実業出版社

 多田健次氏は、心理学の公認カウンセラーでもあり、メンタルヘルスマネジメント検定マスター資格も取得されている。

◆勉強は、「毎日続く」からこそ意味があるものです。
(中略)勉強を続けるコツは簡単です。それは、勉強が続く「しくみ」をつくってしまえば良いのです。

ということで「勉強量=勉強をスタートする回数」だとも述べている。納得だ。このところ、なかなか勉強にスタートできない。

◆ベビーステップ(スモールステップ) 一歩ずつ確実に・とにかく続ける

という原理も、勉強の開始と継続のためには欠かせない。

◆人は実際に行動を始めると自然とやる気がわいてくるもの

については、池谷裕二氏の本で「作業興奮」とあったことと重なってくる。

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○「勉強しなきゃいけないのは分かっているけど、どうしてもヤル気が出ない」と感じることはありませんか。実際に「ヤル気」は勉強の原点であるといってもよいくらい重要な要素です。

○ヤル気、つまりモチベーションは、脳の「側坐核」という場所で作られます。

○側坐核を活動させるためには、ある程度の刺激が必要なのです。刺激が来ないと十分な活動を起こしてくれません。

○ですから、何もしないでいて「ヤル気が出ない」というのは、もっともなことです。刺激を入れなければ側坐核は活動しないので、ヤル気の出ようがないのです。ですから、ヤル気が出ないときには、まずは何より机に向かって勉強を始めてみましょう。とにかく側坐核を刺激するのです。そうすると、しだいにヤル気が生じて勉強に集中できるようになっていきます。

○こうした現象は心理学者クレペリンによって発見され、「作業興奮」と名付けられました。何事でも、始めてからしばらく経つと少しずつ調子に乗って集中できるようになる。これが作業興奮です。側坐核が目を覚ますのには時間がかかります。だから、とにかく勉強を始める。そして、始めたらしばらくは中断しないことが肝心なのです。

「最新脳科学が教える高校生の勉強法」
 池谷裕二著 東進ブックス p109
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※「Once done is half done.」 (いったんはじめたものは、半分終わったも同じ)

という言葉も、「作用興奮」とつながっていることが分かる。
 とりかかりについては、

◆開始の儀式をいくつかもっておく

とあり、「いつでも簡単にできる行動をルーティーンにするとスイッチが入りやすい」と述べている。

「〇〇をしたら取りかかる」ということで

①文具をセットする
②テキストをパラパラめくる
③テキストを出す
④手帳を開いて予定を確認する
⑤好きな科目から始める
⑥コーヒーを入れる

などの例示がある。
 ①②③は、教室での授業開始時と同じだ。
 筆記用具・教科書とノートを出して、今日やるページを開く、などがルーテイーンになり、授業への切り替えスイッチになっている。

 「見られている意識」ということで
 
①ライバルの視線
②応援者の視線
③将来の自分に恥じないように

などの例示がある。
 ライバルと応援者の存在を考えたら、「学校での集団学習」は非常に有効だということが分かる。
 家庭学習では、兄弟がいればライバルになり、家族がいれば応援者になるが、単独の学習はなかなか難しい。
 1人でも学習できる強い意志(モチベ―ション)と習慣形成について、もっと詳しく調べてみたい。

 たとえば、30日続けようとすると

①前半は、「反発期」でやめたくなる。挫折率42%
②中半は、「不安定期」で振り回され、挫折率40%
③後半は、「倦怠期」で飽きてくる。挫折率18%

 「続ける力・やり抜く力」の適切な指導についても、しっかり調べてみたい。

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