August 28, 2022

新規採用者を苦しめる要因(2)

かつてイチローが「人の2倍も3倍もがんばるのは無理」と話していました。

できるのは、2倍も3倍でなく、2、3割増程度の努力。

5割超勤すると過労死ラインに突入するから、「死に物狂い」の度を越した根性努力は、本当に死を招きます。

かつて、野口芳宏先生は「絶縁能力」が必要だと言われました。

人はあれもこれもできないのだから、どこかで絶縁の判断をしなくてはなりません。

だから野口先生は、他教科を断ち、「国語の名人」になりました。

「選択する、断つ、断る」ができない人は、あれもこれも手を出して結局成果が出せずに終わってしまいます。二刀流の大谷選手を否定するつもりはないが、彼は常人ではありません。

通常、マルチタスクはシングルタスクより処理速度が遅くなって、非効率です。

新人は仕事を任されたら、真面目だから「あれもこれも」になります。

まして担任業務となれば、どれひとつも疎かにはできません。

手を抜いていいなんて夢にも思わないでしょう。

しかし、どこかで軽重(メリハリ)を付けて、手を抜いたり、他人に頼ったりしなければ教育の質が維持できず、結局全部ダメになります。

だから、上司が「これはやらなくていい」「これはやるな」と言ってあげないといけません。

やらなくていい仕事を「見える化」し、「命令」しない限り、若い先生を過労死や精神疾患から守れないのだ。

 

◆人間だれしも時間は1日24時間と決まっている。一人で1日48時間も使えるという人はいない。24時間あっても、本当に「24時間仕事バカ」だと死んでしまう。睡眠もとらなければならない。プライベートの生活もある。どんなに集中力があっても、まともに仕事に使える時間はせいぜい一日12時間だろう。

◆何から何まで、商売丸ごとを動かして成果を出すのが経営者。しかもハンズオンのスタイルで仕事をするとなると、時間がいくらあっても足りなくなるのが当たり前。ということは、自分で手を出すことと、手を出さないこと、その線引きがよほどしっかりしていなければならない。

・・これは、経営コンサルタントの楠木健氏の発言で、このコラムのタイトルは「優れたリーダーは何を『していないか』」

 

従業員を守るなら、優れたリーダーは、部下に対して「何をさせないか」も重要です。

「しなくて良い・してはならない」を明示しないと、部下は自分でやめる決心ができないからです。

 

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我々の仕事は「感情労働」!

「肉体労働」「頭脳労働」に加え、第3の労働のタイプを「感情労働」と呼びます。

『教育マルトリートメント』出版記念のオンライン講演で川上康則氏が「教職も感情労働」として話していました。

聞いたことのあるワードだったが、真剣に考えてきませんでした。

教員は「肉体労働だ」とか「サービスマンだ」という業種カテゴリーの発想から抜けきらなかったからです。

(かつては冷房のない過酷な労働環境だったなあ。まさに肉体労働!)

 

自然に笑顔がこぼれる教師はいい。

しかし、「笑顔を作れ」と強要されたら、それは苦しいでしょう。

 

ストレスによる心身の不調

 感情労働では、常に相手に好意的に接することが求められるため、自分の本来の感情を押し殺すことが多い。自分の感情をストレートに表現できないことが大きなストレスになり、気付かないうちに精神的な疲労が蓄積されてしまいがちだ。

それにより、「眠れなくなる」「憂鬱な気分になる」「イライラしやすくなる」といった心身の不調が引き起こされる可能性がある。

https://officenomikata.jp/coverage/10726/

 

教師は「肉体的に苦しい仕事」であり「精神的にも苦しい仕事」です。

教員のメンタル不調を考えるなら、「感情労働」という視点で、労働環境をしっかり認識し手を打つ必要があります。

 

川上氏は、併せて次のような話もされました。

 

私たち(教師)は一体何に追い詰められているのだろう。

①時間がない

②やり方がない

③大人側の解決能力や我慢が足りない

④助けてくれる人がいない(理解者不在)

⑤他者の視線(他者からの評価)

◆気持ちの「余白」がなくなる。

◆笑っていられなくなる。

◆迷いも生まれやすい

 

・・・何かと追い詰められやすい仕事です。

だからこそ、せめて上司や同僚からの「追い詰め」ぐらいはゼロにしたいです。

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愚痴や不満は口に出した方が良い。

愚痴や不満を我慢する人は多い。そんな邪悪なことを考えてしまった自分を卑下し、自己嫌悪に陥る人もいる。

しかし、大丈夫です。

「感情の抑制は逆効果」という指摘があります。

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感情を抑制すれば、目に見える形での感情表現は当然ながら減少します。 ただ、それはあくまでも表向きの感情表現が減っているだけで、それによって、心の中で抱いている本当の感情までなくなるわけではありません。 分かりやすく言えば、「我慢している」状態だといえます。

『あなたの仕事、感情労働ですよね』関谷大輝著2016年花伝社 第6章 感情労働のセルフケア

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・・・我慢してくすぶってしまうと、かえっていつまでも引きずってしまいます。

ウェグナーという心理学者が行った「シロクマテスト」が有名です。

 

◆「シロクマについて、考えないでください」というものです。すると、その協力者の多くは、「考えてはいけない」と言われたシロクマについて 考える回数が増えてしまうという、逆説的な効果が生じたのです。 (中略)

おそらく、「考えてはいけない」ということに意識を向けた時点ですでに「考えてしまっている」ことに、原因があるのだと思います。

 

◆よく、「休みの日は仕事のことを忘れましょう」などと言われますが、本当に考えたくないような強いストレス経験ほど、忘れることが難しいものです。つまり、仕事で嫌な経験をして、「それを忘れたい」 「考えないようにしよう」と試みれば試みるほど、シロクマ実験と同様に、余計に頭から離れなくなってしまう危険性があるわけです。

 

・・・なるほど、「考えまいと思うほど考えてしまう」。

心理的な反芻(ぐるぐる考えてしまうこと)をしやすい人は、結果的に、抑うつ状態が強まり、他者だけでなく自分自身に対しても攻撃的になるなどの悪影響が報告されているそうです。

これはまずい。

というわけで、

「反芻」を乗り越える策は、逆説的ですが、考えたくないことは、「あえて、よく考える」

これを前掲書では、「意図的熟考」と呼んでいる。

 

◆ 反芻は、自分自身では意図せず「気付いたら考えてしまっている」状況を指すことが多いのですが、自分から意図的に、出来事について色々と考え直す反芻のパターンもありま す。これは、「意図的熟考」と呼ばれ、文字通り、意図的によく考えることを意味します。

大切なのは、ストレスとなる出来事が起きた後、意図的な熟考を適切に行えた場合には、自分が経験した過去のストレスに対し、たとえば「役に立った」とか「あの経験のおかげで成長した」などと、ポジティブな意味を見出しやすくなるということです。逆に、 意図せず勝手にグルグルと考えてしまう反芻状態に陥ると、過去の出来事やその後の自分自身などについて、否定的な捉え方をしやすくなる危険性が高まってしまいます。

◆つまり、ストレスを経験した後に、その出来事の大切さや価値などについて意図的にしっかり考えると、自分自身の成長を含めて良い結果が得られる可能性が高まります。

 

・・・ただし、強いストレスを受けた場合、その直後に、ストレス要因となった出来事について積極的に考え過ぎてはいけない、ということなので、あまりに辛い出来事は、やはり考えすぎるのは禁物とある。

 そして、振り出しに戻るが、もう一つの方法が、「吐き出してみる」

◆意図的な熟考のほかにも、考えたくないようなストレス経験を、考えずに済むようにしていくためのヒントになりそうなものがあります。 「感情の開示」という方法です。 感情の開示とは、自分の気持ち (本心)や考えを、何らかの形で表に吐き出すことを指 します。 「感情の抑制」に対して、本心を何らかの形で表に出してあげる作業と考えてください。 実は、この感情の開示は、心身の健康維持のためには重要だということが数多く指摘されています。経験した感情を心の中に留めておくのではなく、外に出していくことが良い 結果を生むのです。

・・・「愚痴をこぼすのも立派な感情開示」とある。

愚痴をこぼす自分を責めてはいけない。

心の中の毒素を吐き出すデトックスなのだ。

 

◆心の中にそのような思いが出てくること自体を否定する必要はないのです。感情を抱くのは自由です。 感情には意味があります。 そのような感情を抱くのは、人間とし 自然な現象であると考えてください。 本当の自分が自然に抱いた感情が原因で、自分自身を否定することがないよう、せめて自分の中だけでも、自分の感情認知寛容になってあげてください。

 

・・・ただし、愚痴を聞かされる側が、ネガテイブを伝染させられて重い気分になると申し訳ない。

くれぐれも「自分のネガテイブを他人に伝染させてスッキリしよう」などという意図で愚痴らないで欲しい。これ「怖い話」でよくあるパターン。

 

かつて「悩みを聴く側の心得」としてSCに言われたことがあるのは、

「真剣に聴くのはいいが、深刻になってはいけない。」

深刻に聴きそうな相手には、深刻な愚痴を持ち込まないことが大人のマナーかも。

 

◆追記◆

今の世の中、もちろん体罰は厳禁だが、厳しく叱ることも快く思われない。

そのような状況の中で、

「厳しく叱れない」故に、モヤモヤした感情を引きずって、かえってネチネチ叱る先生がいるように思う。

いわゆる「毒語」だ。

答えられないと分かっていて

「どうして、そんなことしたの?」

「いいと思ってるの?」

「いけないと思っているのに、どうしてやったの?」

などと無限ループに入ってしまう。

保護者から、ある先生について

「あの先生は、子供を叱ることで自分のストレスを発散している」

と指摘されたことがある。

相手が言い返さないことに安穏とすると、ネチネチがエスカレートして快感になってしまうのかもしれない。

確かにそういう先生だった。

これが、教師のいじめ(教育虐待)につながっていく。

先にオンラインで聴いた川上康則氏のお話の中で

「懲らしめ型指導」も「報酬系回路」を刺激し、快感をもたらす

と聞いて、「ありえるな」と思った。

あの先生も(また別のある先生も)、そうした傾向を持っていた。

上司が部下をいたぶるハラスメントも同じ構図だから、どこでも起こり得る問題だ。

厳しく怒鳴れない分だけ、ネチネチ口撃してしまう。

 

子供も、大きくなると、「うるせえ。悪いと言ってるのに、いつまでもしつこいな。」とブチギレる。

そういう恐れのある上級生や中学生相手にネチネチ叱る先生は少ない。

結局、言い返される心配のない低中学年で、教育虐待は起きやすいのだ。

同じく、言い返される心配のない部下に対して、パワハラは起きやすいのだ。

 

※中学校だと、「あの先生、フツーの生徒には厳しいけど、不良生徒には何も言わないんだよね」と見透かされている先生がいる。

そんな教師に、なってはいけない。

 

「感情の抑制」の難しさと、「叱ることの快感」という間違った感情

この2つの問題が自分の中でシンクロしている

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July 26, 2017

教師特有の「不合理な信念」

 こころの病の原因の1つともなっている「不合理な信念」。
 端的に言うと「自責の念に駆られるネガテイブな発想」ぐらいに思っていたのだが、改めて調べてみるとなかなか奥が深いワードであった。

◆ところで、不合理な信念にはいろいろな種類があるが、代表的なのは現実を無視して本人が勝手に「・・・でなければならない」と決めているような信念である。
また、実際我慢しなければならない事態になれば我慢できるにもかかわらず「・・・は我慢ならない」とか、実際には不都合である程度であるのに「・・・ではやっていけない。」など、事態の評価が過度にひどく評価されているような信念も代表例である。
http://www.kokoronet.ne.jp/fukui/jibtr/mnl/jibtr01.html

◆よくある不合理な信念の例

(1)「ねばならない」という思いこみ
 「約束は守らなければならない」「人には優しくしなければならない」など、

(2)悲観的な思いこみ
 「ろくなことがない」「どうしようもない」「救いようがない」「同じことの繰り返しだ」「絶望的だ」など

(3)自己卑下と非難の思いこみ
 「こんなこともできない、ダメな人間だ」

(4)「耐えられない」という思いこみ
 「夫の態度には我慢できない」「今の会社は耐えられない」
http://wakayama-counseling.com/facilities3.html


・・・とりわけ教師は「不合理な信念」に陥りやすいそうで、教師専用の行動療法のカードがある。その解説の言葉がなかなか重い。

◆国際労働機関(ILO)は、かつて「教師は戦場並みのストレスにさらされている」と指摘しましたが、昨今、特にストレスフルな状況下にある教師という職業の特殊性は、随所で指摘されています。
ひとつは、自分の授業への評価が児童・生徒や保護者によってなされること、
二つ目に、教える対象が変わることにより過去の経験や身につけた技法が必ずしも通用しないこと、
三つ目は、仕事範囲や責任領域が際限なく拡張され、プライベートな領域にも入り込んでくること、があげられています。

また教師という職業の持つ特殊性に加え、教師自身には「理想的な児童・生徒像」「完璧な教師像」「力量不足」「自己犠牲的傾向」という教師特有の不合理な信念が存在することが明らかにされています。

http://www.saccess55.co.jp/untitled120.html

・・・先にも書いたが、教師は真面目だから自分で抱え込んでしまうし、自分を追い込んでしまう。
 「なんとかなるさ」と思える個々の楽観性も大事だが、自分を追い込まないですむ職場環境の保持が大事だな。

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January 23, 2007

新型インフルエンザ対策

新型インフルエンザについて新聞で少し知った。
・全人口の4分の1が感染
・食糧備蓄
・タミフル接種者の優先順位
・社会機能のマヒ(自宅から出ない)
といった内容だった。
 自分を基準にするのは恥ずかしい限りだが、そんなに深刻に考えていなかった。
 しかし、厚生労働省のHPを読むと、何だかとても大変な事態を想定しているらしいことが分かってきた。
 ただし、あちこちのサイトがPDFなので、上記の内容がどこにあるのか、なかなか見つからない。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.html

QAは次のサイト
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/02.html

米国疾病管理センターの計算式に日本をあてはめると、新型インフルエンザが全国的に流行した場合、約1/4の人が感染すると予想され、また、医療機関を受診する患者数は最大で2500万人と推定されています。
だと。
 だから2週間程度の食糧備蓄も推奨されているのだ。。
 大流行(パンデミック)という言葉もキーワードになっていて、次のような不安を増幅させるサイトも見られた(でも大切なのだから仕方ない)。
 http://blog.moura.jp/influenza/2006/08/qa_e287.html

 下のサイトは米国保健福祉省の「個人・家庭編」の準備についての和訳。
 作成者は青森県の保健衛生課。
 登録更新日が2006年2月7日になっているから、もう1年前の発信である。。
 http://www5.pref.aomori.lg.jp/hoken/18964/cpub.html

 ここでも「パンデミック」に備えて食糧備蓄や社会機能の破綻について言及している。
 新型インフルエンザの流行は、ここまで想定されているのである。
 ここまで自己責任で求められているのかと思うと

「そんなこと聞いていないよー」

という人はどうなるのか。
 本当に「パンデミック」が起きたらどうなるのだろうか。
 ダイエットのための納豆なんかどうでもいいから、こういう問題に敏感にならねばならない。

 ちなみに、一番大事なのは和訳の次の箇所だと思う。

Topics 8
正しい情報を得ること
 正しい情報を得ることは、最善の準備策である。信頼できる情報を提供してくれる情報提供源を確認すること。パンデミック時に、正しくかつ信頼できる情報を得ることは必須である。
∇ 新型インフルエンザ対策関連情報は、国(厚生労働省、国立感染症研究所などの機関)のウェブサイトで提供されている。
∇ 各都道府県及び地域(市町村等)のウェブサイトから関連情報を得ること。
 青森県の場合は、青森県結核・感染症情報ネットhttp://www.pref.aomori.lg.jp/kansen/で関連情報を提供しています。
∇ ラジオやテレビから新型インフルエンザ関連情報を得ておくこと。また、新聞や雑誌の記事、ウェブサイトからの関連情報を収集すること。
∇ 地域の公衆衛生当局(保健所、都道府県の感染症対策部門など)に相談すること。
∇ もし、自分専用の、あるいは家族専用の事前対策計画を策定するときは、都道府県や地域(市町村)が策定した事前対策計画を参考とすること。


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