January 01, 2021

簡単だから難しい

市の教員会から干支にちなんだ原稿を書くように依頼があった。

退職予定の校長の中で自分に回ってきた仕事だ。

 

少しの違い               

「丑」という漢字は十二年に一度しか意識しないから、すぐ忘れてしまう。「五」や「互」に近いから、かえって覚えづらい。

 先日、二年生の子が漢字の間違い直しで苦労していた。「来」が書けなくて「半」と書いていた。「惜しいね。」と声をかけると「米」と書き直した。なるほど、確かに「半・米」と「来」はよく似ている。「丑」が覚えられない自分には、よく似た漢字で苦労するこの子の気持ちがよく分かった。

 「恕(じょ)」という漢字がある。「ただ一言で生涯行うことができるものは?」と問われた孔子は「恕」を挙げ、その意味として「己の欲せざる所、人に施すなかれ」と説いた。「怒る」と「恕す(ゆるす)」は「又」と「口」の違いだけなのに意味は真逆だ。

 ストレスマネジメントのアドバイスに「辛い気持ちを乗り越えると幸いになる」とあった。「辛」と「幸」が一画違いというのも意味深い。

 日々の生活も「怒と恕・辛と幸」の繰り返しであるが、禍福は表裏一体だから「辛・怒」がなければ「幸・恕」は味わえない。残る一年は「辛・怒」を受け入れる自分でありたい。

 

・・・よく似ているから簡単なのではない、よく似ているから混同しやすいから難しい。

「簡単だからすぐ覚えられるよね」などとアドバイスしてはいけないのだ。

自分も、ハングル語の1から10の漢数詞は、到底、覚えられないと思う。

数字・ひらがな・カタカナ・アルファベットで、つまづく子たちに優しい教師でありたいと、今更ながら思う昨年だった。まだまだ教師修行は続く。

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December 19, 2020

「機能的非識字」 日常会話はできても教科書が読めない問題

◆「機能的非識字」とは、ひらがなやカタカナなどの文字を読んだり書いたりはできるものの、書かれた内容の理解や活用ができない状態です。たとえば、日常生活の中で、このようなことが起こり得ます。

・家電の説明書を読んで、その通りに設置したり利用する
・災害情報を文字で理解し適切な行動をとる(これは重要ですね)
・薬の服用方法について書かれた説明文書を読み、正しく服用する
・法的な契約書等を理解し、適切な判断のもと契約を行う
・新聞に書かれている内容、掲載されている表やグラフが表している数値の意味を理解し、適切な情報を得る
など、日常生活に欠かすことのできない能力です。
(中略)
こうした子どもたちはFacebookやLineなど、日常会話の延長で発信される文字会話を読んだり書いたりすることはできますが、新聞や教科書などの文章を読み込んで情報を得たり、何を問われているかを判断して回答する、といったレベルの日本語力が不足しているのです。

日本の識字の課題は本当に「終わった」のだろうか?―あらためて考えたい機能的非識字のこと(田中宝紀) - Yahoo!ニュース

※(竹田注) この文章は原文通り引用したが、例示された行動ができないのが「機能的非識字」のはずです。

・・・恐ろしい話だ。「スキーマ(自分の内部情報や自分の保有する常識)」とは、また別個の課題なのだと思う。

だから、新井紀子氏の危機感に繋がる。

◆「高校卒業までに高校の教科書を読める人材を採用するのが組織にとって最大のリスクヘッジ」と強調するのは、国立情報学研究所教授の新井紀子さん。基礎読解力を測るテストを開発した。

文章が読めないと社内規則が形骸化する恐れも。「読み書きはできても新聞などの文章を読めない機能的非識字者がイタリアで3割に達するという報告もある」という。

東ロボくん・新井紀子教授が考える、人材採用時の最大のリスクヘッジ策とは

東ロボくん・新井紀子教授が考える、人材採用時の最大のリスクヘッジ策とは|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

 

・・・契約書が読めなければ、仕事にならないし、まんまと騙される。

新聞を読まない。読んでも自分の解釈ができない。

複数の情報から判断することができない。

新井紀子氏は、ある講演で「そういう人は、5000円の布団を500万で買わされます」と表現した。
 

意味が分からなくてもロボットが合格できる大学がある。偏差値が50を超えるそこそこの大学だ。
その大学に高校生たちが入れない。
国家的危機なのだという思いを共有しないといけない。

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高学年の授業は、語彙との闘い

学校で定期購読している小学館の「教育技術」今月の5・6年号に、次の記述があった。

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高学年の授業は、語彙との闘いなんです。科目によっては、1時間授業をしただけで、学習に必要な語彙が一気に増えることも多いのです。読み書きに課題がある子は、『授業に参加するための語彙』を意識して指導して欲しいのです。
新しい語彙への抵抗をなくすためには、言葉に触れる回数を増やすことが大切です。勉強として『暗記が必要』になると本人も心理的な抵抗感も大きくなるので、それ以前に、『何となく触れておく機会』が欲しいのです。私は『NHK for スクール』の視聴などもよい方法の1つだと思っています。P64

NPOえじそんくらぶ高山恵子氏と松江市の支援学級担任の井上賞子氏の担当箇所
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・・・新井紀子氏が、中学校の卒業時に教科書が読めない子が三割いるという指摘も同じだ。
日常会話に必要な語彙に問題がなくても、ふだん使わない学習の語彙に問題があれば、授業にはついていけない。

難解な用語が苦手な子は、まんまと詐欺にあう。
語彙不足・基礎的読解力の不足は国家の危機なのである。

新井紀子氏は、あるオンラインセミナーで、次のように発言していた。

「中学を卒業するまでに、中学校の教科書を読めるようにすることが公教育の最重要課題」

しっかり肝に銘じたい。

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December 03, 2020

「学びの保障」の理解を深める(今さらですが)

編集

6月に文科省が出した「学びの保障 総合対策パッケージ」
https://www.mext.go.jp/content/20200605-mxt_syoto01-000007688_1.pdf

改めて読んでみると、疑問に感じる箇所がある。
 

あらゆる手段で、子供たち誰一人取り残すことなく、最大限に学びを保障

感染症対策を徹底しながら、まずはしっかりと学校での学習を充実
 

と、ここまでは分かる。その通りだと思う。

しかし、次のフレーズはどうか。
 

授業を協働学習など学校でしかできない学習活動に重点化し、限られた授業時数の中で効果的に指導
 

・・・学校再開後、「協働学習」のような授業形態はブロックされた。
隣同士の相談もグループ学習も「感染症対策の徹底」を優先したために、自粛させられた。


「授業を協働学習など学校でしかできない学習活動に重点化」とは、まさに真逆の対応であった。

 

また、

個人でも実施可能な学習活動等は授業以外の場で実施。


とあるが、これも疑問だ。
学校再開後の授業は、プリントもワークを含め、個人でも実施可能な学習活動がメインとなっていた。
感染症対策徹底のためにグループ学習をやるなと指示されれば、それは当然の成り行きだ。


「協働学習しないなら、わざわざ登校してみんなで授業する意味がない」

ということを暗に主張しているなら、少なくとも、協働学習ができていない現状に対する憂慮が必要だ。

最近になって、少しずつ話し合い活動を再開しつつあるが、今後の感染拡大の状況によっては、封印されかねない。

「感染症対策優先だから仕方ないでしょ」と開き直っては、学びが保障されていない。学びを止められた子どもが犠牲になる。

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「最適解」の理解を深める

今年の2月に楠木健氏の講演を聴いた(その頃はオンラインではありません)。
演題は「ストーリーとしての競争戦略」(だったと思う)。

その際のメモ書きに次のように残っている。

◆競争・・メダルは1つ
◆戦争・・一方が勝てば、一方は負ける
◆商売・・複数の勝者が存在する

 

Right と Wrong なら、Right を選ぶのは当たり前。
Right と Wrong なら、どちらかが「優先」になり、どちらかが「劣後」になる。

しかし、世の中は往々にして、Right と Right の選択。

Right と Right の場合、どちらにも「一理」から簡単に決まらない。

「異なる理」のどちらをとるか、自分の判断が大事。

 

・・・文科省の提言する新しい価値観は、「最適解・正解がない・多様な解が存在する」と言われるから、まさに「Right と Right」 の選択が求められている。

大事なのは、「与えられた条件に照らした最適解はどれか」という観点を見失わない事なのだと思う。

楠木氏のメモ書きには「商売は複数の勝者が存在する」と書いたが


汎用的に言うと

「実社会は、複数の選択肢が存在する」

なのかなと思う。
 


※楠木氏の講演内容は少し違うが、以下のような内容。
https://www.ashita-team.com/jinji-online/event-report/2988

改めて読むと、以下の部分もなるほどと思う。非常に深い!

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では、そもそも競争戦略とは何でしょうか。
競争戦略とは実は非常に単純で、「競争相手との違いをつくる」ことです。
競争戦略理論をつくったマイケル・ポーターは、「違い」には2通りあると論じました。
ひとつは「Operational Effectiveness(OE)」。これは“Better”という意味の違いです。
つまり、“AさんよりBさんの方が速く走れる”のような、同じモノサシのなかで優劣を競い、違いを見出すやり方と言えるでしょう。

OEに対して、もうひとつの「違い」は、「Strategic Positioning(SP)」という“戦略的位置取り”です。
これは“AとBは性質が異なる”という“Different”を生みだすやり方。優劣を測るモノサシがない状態です。
人にたとえるなら、男女の違い。優劣や勝ち負けで語るものではなく、違いが違いとしてあるだけですよね。

さて、今ご説明した“違いの違い”ですが、なぜ違いを区別することが大切なのでしょうか。
それは、先ほどご説明した競争戦略において重要な「競争相手との違いをつくる」とは、Differentだからです。
Betterかどうかは二の次。他社よりもBetterであったとしても、それは必ずしも戦略ではありません。
つまり、足が速いことも大切ですが、それ以前に他の人と違うゴールに向かって走るようなDifferentの方がもっと重要なのです。
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・・・「人と異なる場所で活躍する」というのは「ブルーオーシャン戦略」とも重なってくる発想だ。

大事なのは「違い」。

「みんな違って、みんないい」という金子みすゞの言葉が聞こえてくる。

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「スキーマ」の理解を深める

 

(1)朝放課や昼放課に落ち葉清掃を行っている。
通りがかった子供に、ほうきをはきながら

「お出かけですか?」

と聞きたくなるが、このギャグが通じるはずがない。職員も同じだろう。
子供にも、若い職員にも「レレレのおじさん」の予備知識がない。

(2)落ち葉を集めていると、ふと「たき火」の歌を思い出す。
しかし、落ち葉を集めて焚き火をするなんて光景をずっと見ていない。
「たき火」の歌を情景を想像しながら歌うのは今の子には無理だろう。

(3)子供たちは手づくりの可愛いマスクをつけていることが多い。
最近は、ピンクや緑の格子柄のマスクの子を見かける。
「古風な柄のマスクだね」と反応する人は、「鬼滅の刃」を知らないからだ。
自分も詳しくは知らないが、格子柄が主人公たちの衣装なのだという情報がないとマスクをほめることもできない。

(4)「お笑い」というのは、何の話をしているのかを理解できていないと笑うことができない。
「え、今の話、どこが面白いの?」と周りに聞くほど、野暮な話はない。

(5)知り合いの先生は自分が朝風呂に入っている間に奥さんに朝ごはんを作ってもらって、出勤するそうだ。
私自身の状況を聞かれたから「奥さんが寝ている間にそっと出かけるんだよ。ジュリーみたいでしょ?」と言うと、教頭は理解できたが、教務主任は理解できなかった。40代は「勝手にしやがれ」が通じないのだ。

・・・・というようなエピソードも「スキーマ」なのだと理解している。


あることがらに関する、私たちの中に既に存在しているひとまとまりの知識を、心理学、とくに認知心理学では「スキーマ」と呼びます。 
「わかったつもり」西林克彦(光文社新書)より

※自分が、その用語を本当に理解しているかどうかを試すには、自分の身近な具体例で当てはめてみるとよい。
これは誰に教わったわけではないが実感としてそう思う。
読書量の多い子が文章読解に優れているのは、読みの速度のメリットもあるだろうし、スキーマのメリットもあると思う。
時事問題や歴史・科学のようなスキーマがあれば、内容理解がスムーズだからだ。

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「知識・理解の質の向上」の理解を深める(今さらですが)

市内の研究指定校でアドバイザーをされていた高橋純先生の講演を視聴した。

新学習指導要領の解説として印象に残ったのは

①能動的な学び
②知識・理解の質の向上

先のブログに続いて②の「理解の質」

総則解説のP3に「今回の改定の基本的な考え方」として次のように記してある。

◆知識及び技能の習得と思考力、判断力、表現力等の育成のバランスを重視する平成20年改訂の学習指導要領の枠組みや教育内容を維持した上で、知識の理解の質を更に高め、確かな学力を育成すること


・・・「暗記型の知識・断片的な知識」の対極にあるのが「知識・理解の質の向上」。

それは、「深い学び(各教科の見方・考え方)」とかなり密接につながっている。

◆各教科等の特質に応じた物事を捉える視点や考え方である「見方・考え方」は、新しい知識及び技能を既にもっている知識及び技能と結び付けながら社会の中で生きて働くものとして習得したり、思考力・判断力・表現力等を豊かなものとしたり、社会や世界にどのように関わるかの視座を形成したりするために重要なものであり、習得・活用・探求という学びの過程の中で働かせることを通じて、より質の高い深い学びにつなげることが重要である。P78

・・・以下の「知識に概念的な理解」は、「断片的な理解」を組み合わせたものを言うそうだ。

◆このような時代にあって、学校教育には、子供たちが様々な変化に積極的に向き合い、他者と協働して課題を解決していくことや、様々な情報を見極め知識の概念的な理解を実現し情報を再構成するなどして新たな価値につなげていくこと、複雑な状況変化の中で目的を再構築することができるようにすることが求められている。

・・・確かに指導要領解説だけを読んでいても、よく分からない。

断片的な知識の1つ1つをつなげ、そのつないだ線を太くしたり、つないだ知識を整理することで質が向上すると解説された。

今回の高橋先生のお話も、ある程度の下準備があったから理解できた。
数週間前の自分だったら理解できなかったかもしれない。

この「理解するための下準備、予備知識」が、「スキーマ」。
この「スキーマ」について、この後、書きます。

それにしても、学習指導要領については、まだまだ理解が足りていない。

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「能動的な学び」の理解を深める(今さらですが)

市内の研究指定校でアドバイザーをされていた高橋純先生の講演を視聴した。

新学習指導要領の解説として印象に残ったのは

①能動的な学び
②知識・理解の質の向上


この2点は、正直なところ、今まで意識してこなかったので、驚きでもあった。

①は、総則解説のP3にある。
実に長い一文である。

◆子どもたちが、学習内容を人生や社会の在り方と結び付けて深く理解し、これからの時代に求められる資質・能力を身に付け、生涯にわたって能動的に学び続けることができるようにするためには、これまでの学校教育の蓄積を生かし、学習の質を一層高める従業改善の取組を活性化していくことが必要であり、我が国の優れた教育実践に見られる普遍的な視点である「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善(アクテイブ・ラーニングの視点に立った授業改善)を推進することが求められる。

・・・「受動的」の対語が「能動的」だから「受け身でない学び(従来の詰め込み型とは異なる学び)」を推奨していることが分かる。ただし「主体的」とどう違うのかは、正直、疑問。


さて、この「能動的な学び」の背景は、総則解説の冒頭「改訂の経緯」とつながっている。

◆今の子供たちやこれから誕生する子供たちが、成人して社会で活躍する頃には、我が国は厳しい挑戦の時代を迎えていると予想される。生産年齢人口の減少、グローバル化の進展や絶え間ない技術革新等により、社会構造や雇用環境は大きく、また急速に変化しており、予測が困難な時代となっている。
(中略)
このような時代にあって、学校教育には、子供たちが様々な変化に積極的に向き合い、他者と協働して課題を解決していくことや、様々な情報を見極め知識の概念的な理解を実現し情報を再構成するなどして新たな価値につなげていくこと、複雑な状況変化の中で目的を再構築することができるようにすることが求められている。


キーワードを抽出すると

①厳しい挑戦の時代
②予測困難な時代
③新たな価値の創造
④協働して課題解決
⑤知識の概念的な理解
⑥情報の再構成
⑦複雑な状況変化の中で目的の再構築


コロナ禍の学校休校中は、よく「学びを止めるな」と言われたが、これからの世の中は、昨日の学問が通用しないほど変化が激しい。

生涯にわたって自分が活躍するためには、生涯にわたって自分で課題意識をもって、学び続けねばならない。
それが「生涯にわたって能動的に学ぶ」の意味だ。中教審答申に出てくる「自己のキャリア形成」とも重なってくる。


学力調査で課題になったのが、諸外国に比べて家庭学習の時間が少ないことや読書の時間が少ないことだ。
「自分のための学び」の意識が薄いから、家に帰ったら勉強しないし読書もしない。自宅のPCやスマホは、エンタメにしか使わない。
あるいは、大学入学がゴールになっていて、大学に入ったとたん、学びをやめてバイトにあけくれてしまう。

子どもたち(というより我が国のすべての人々)が、能動的に新たな課題に向かって創造的に取り組まないと、国家が傾くという危機意識が、「総則」の文面に表れている。

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「コンピテンシー」の理解を深める(今さらですが)

文科省資料の「主体的・対話的で深い学びからの授業改善」を読む。


◆子どもたちに「生きる力」を育むために大切なのは「何を学ぶか」だけではなく「何ができるようになるか」

・・・「コンテンツ」から「コンピテンシー」と言われる部分だ。

「コンピテンシー」
=教科等を横断する汎用的なスキル
(例えば、問題解決、論理的思考、コミュニケーション、意欲など)

ということになるが、分かった気になっていたが不十分だった。
 今回、自分の言葉でまとめてみたら、少しだけ理解が進んだ。


たとえば、校内研修を行った後の職員の感想

◆1年生の教材「じどう車くらべ」を構造的に考えてみて、すごくわかりやすかったです。1年生を担任したときに実践したいと思いました。

・・・ご本人を責めるわけではないが、これが、通常の教材研究の理解、つまり「コンテンツ」の理解だ。


◆1年生の教材「じどう車くらべ」を構造的に考えてみて、すごくわかりやすかったです。今の学年の説明文にも応用して実践したいと思いました。

となるのが、「汎用的な読解」、つまり「コンピテンシー」の理解だ。


私たちが常々主張する「基礎的読解力」は、言い換えれば「汎用的読解力」だ。分析批評のさまざまな分析スキルも、「汎用的なスキル」 だから、他作品の読みに応用できる。

ただし、教える側に「汎用性」の意識がなければ、教わった子どもも「他の作品への応用」を意識できない。

他の作品に応用できる汎用性を意識した授業展開
子どもに「他の作品にも応用してみよう」と思わせる授業展開

この「コンテンツからコンピテンシー」が、指導要領の骨子になっていることを、しっかり理解せねばならない。

 

市川伸一氏は、認知心理学の観点から「授業の振り返り」の内容について、次のような事例を書いている。

 

本時の振り返りで抑えさせたいことは、

 ①1平方メートルは、100センチかける100センチだから10000平方センチメートルだということが分かった

 という「式と答え」=「必要知識」だけではなく、

 

②何を聞かれているか(定義に戻って)、ちゃんと考えると解けることが分かった。
③図にして表すと、解きやすいことが分かった。

 

・・・他の問題でも使える「汎用的な学習スキルの自覚」=「コンピテンシー」で振り返りの言葉を書かせたい。

本時の学びを言語化させるのが、授業ラストの振り返りのはずだが、そこまでの深い意図がなかなか浸透していないので、

 

◆「難しかった、楽しかった、頑張った」レベルの感想で許容するか、

◆そんな振り返りは意味がないから、最初から書かせていない

 

というのが多くの教室の現状だ。
 

昔から、「教材を教える」か「教材で教えるか」の議論はあった。「教材を通じて教科内容を教える」は、コンピテンシーの考え方である。

道徳授業の後段に行われる「価値の一般化」も、同じ意味だ。具体的な資料のエピソードから離れて自分事として思考させるのだから、コンピテンシーの考え方だ。


文科省初等中等教育局の白井俊氏の論文には、次の指摘がある。

=======================
ここで注意しなければならないのは、コンピテンシーを重視すると言っても、そのことが、各教科等のコンテンツを軽視するものではないということである。
コンテンツを学習する過程において、コンピテンシーが育まれるのであるし、より高次のコンピテンシーを獲得することにより、さらに多くのコンテンツをより深く理解することが可能になる好循環が働くのである。したがって、コンピンテンシーを重視するとしても、コンテンツとコンピテンシーが二項対立で捉えられてはならないことについては、改めて留意が必要であり、一つ一つのコンテンツをしっかりと学習していくことの重要性が変わるものではない。大切なのは、コンテンツを学んだことで、どのような資質・能力が身についたかという学習の成果を意識することである。

「新しい学習指導要領を読み解くための視点」
http://www.saitama-city.ed.jp/04kanko/saitama/31/31/06-09.pdf
=======================

 

以前、奈須正裕氏の講演で「コンテンツ・コンピテンシー」を聴いたのだが、なかなか腑に落ちなかった。
その日の資料とは違うが、奈須氏の講演資料を見ると、今は以前よりは理解できる。

https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/wg2/0723/shiryou_05.pdf

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「主体的・対話的で深い学び」の理解を深める(今さらですが)。

コロナ禍の三密対策・授業時間の確保の観点から、教師主導の授業が優先され、話し合いや発展的な学習が十分行われていない現状を踏まえると、今一度、新学習指導要領の理念に立ち返り「主体的・対話的で深い学び」が実現できるよう意識を改革する必要がある。

ちなみに、「深い理解」のためには、「基礎的・基本的な知識・技能の習得」と「思考・判断・表現力」の双方のアプローチが必要である。
文科省の資料には次のようにある。

=========================

「ゆとり」か「詰め込み」かではなく、基礎的・基本的な知識・技能の習得と思考力・判断力・表現力等の育成との両方が必要です。

【基礎的・基本的な知識・技能の習得の重視】
● 社会の変化や科学技術の進展等に伴い子どもたちに指導することが必要な知識・技能について、しっかりと教えます
● つまずきやすい内容の確実な習得を図るための繰り返し学習を行います

【思考力・判断力・表現力等の育成の重視】
● 各教科等の指導の中で、観察・実験やレポートの作成など、知識・技能を活用する学習活動を充実します
● 教科等を横断した課題解決的な学習や探究的な活動を充実します

それぞれの力をバランスよくのばしていくために、教科書等の授業時数を増加し、教育内容を改善します

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/1304378.htm
======================


なお、「主体的」「対話的」「深い」について、文科省初等中等教育局の白井俊氏は、次のように修飾語をつけている。

========================
①見通しを持って粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる 「主体的な学び」

②子供同士の協働、教職員や地域の人との対話、先哲の考え方を手掛かりに考えること等を通じ、自己の考えを広げ深める「対話的な学び」

③習得・活用・探究という学びの過程の中で、各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら、知識を相互に関連付けてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見いだして解決策を考えたり、思いや考えを基に創造したりすることに向かう「深い学び」

「新しい学習指導要領を読み解くための視点」
http://www.saitama-city.ed.jp/04kanko/saitama/31/31/06-09.pdf
=========================

③などは、ずいぶん長い修飾語だが、この修飾語を抜くと具体的でないので、共通理解が進まないだろう。


なお、同論文の中で白井氏は、丸投げの授業をしないようにと釘を刺している。

◆主体的な学びを重視するとしても、基礎的・基本的な知識や技能すら身についていないのであれば、十分な成果は出ないだろう

◆一部には、「アクティブ・ラーニング」なのだから、「教師が教えてはいけない」という議論も見られる。確かに「教師が教えてはいけない」場面もあるかもしれないが、「教師が教えなければならない」場面も当然あるだろう。「グループ学習が必要」な場面もあるだろうが、「グループ学習に適さない」場面もあるだろう。児童生徒の状況を的確に捉えた上で、授業全体をどのようにデザインしていくかを教師一人一人が考えなければならないのであり、まさに、教師が教育のプロフェッショナルとしての専門性を発揮すべき場面である。

 

繰り返すが、

◆「ゆとり」か「詰め込み」かではなく、基礎的・基本的な知識・技能の習得と思考力・判断力・表現力等の育成との両方が必要です。

というように、双方のバランスが大事だという立場である。
今回の学習指導要領は、極端に触れてきた従来の振り子を止めたのだから。

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