November 13, 2018

アルゴリズムはひとつじゃない!

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学校の図書館にあった「アルゴリズムえほん」全4巻(フレーベル館)。
なるほど、「プログラミングを学ぶ前にアルゴリズム」という意味が少しだけ分かった。

第一巻は「アイデアはひとつじゃない! アルゴリズムって、こういうもの」

◆水たまりをどう渡るか、道にいるカエルを踏まないで進む方法など、小学生が実際に出会いそうな問題場面を取り上げ、3姉弟がそれぞれのアルゴリズムによって解決したり、目的をかなえたりする展開になっており、目的に対していろいろなアルゴリズムを考え、どれが一番よい方法かを考えられる。

というのがアマゾンの紹介コピー。
 
絵本を読んだ後は、特に「目的に対していろいろなアルゴリズムを考え、どれが一番よい方法かを考えられる」の部分が腑に落ちた。
最初のページは、3姉妹が雨上がりの朝、学校へ向かう道の大きな水たまりを避けて、どう渡るか、考えている場面。

①石をおいて渡る
②跳んで渡る
③靴を脱いで渡る

と三者三様の方法を考えて

◆そう、「これが、それぞれのアルゴリズム」
◆つまり、アルゴリズムは、目的をかなえるための方法のこと。

と解説されている。

◆コンピューターを動かすプログラミングは論理的につながらなければいけませんし、目的と結果を考えたプログラミングでなければ、実行する意味がありません。

といった部分だけを取り上げると、プログラムは最適解、つまりたった1つの方法を導き出すようなイメージにもつながりやすい。 「論理的」とは1対多対応でなく1対1対応であるからだ。理詰めで考えたら、答えは1つと判断してしまいがちだ。

ところが、次の解説があって、うなってしまった。

◆コンピュータは、命令通りにしか動けない。だから、人間が前もってアルゴリズムをいくつも考え、「プログラム」として組み立て、コンピュータに覚えさせる必要があるんだ。

人間が多様な解法・多様なアルゴリズムを考え、それをプログミングする。
コンピュータは覚えさせられた命令通り動くのだけなのだから、人間の多様性・創造性の方が価値が高いのだ。
最初から最適解を決め打ちして1つの解法しか思い浮かべないのは、人間らしい思考作業ではない。
そのことを「アイデアはひとつじゃない!」という本書のタイトルが端的に示している。

息子が小学校時代に作っていたサッカーロボも、テレビでよく見る高等専門学校のロボットコンテストも、目的(テーマ)は1つだが、アプローチ(アルゴリズム)は多様なので、様々なロボットが製作される。
ロボコンの決勝戦を見れば、「アイデアは1つではない・最適解は簡単に決まらない」ことがよく分かる。

今回、再認識したのはアルゴリズムは多様であること。

ゴールに向かうアプローチは、いろんな方法があってよいというスタンス。
考えてみれば、その通りなのだが、少し意外だったのは、これまでプログラミング的思考というと、論理的思考のニュアンスが強くて、一つの正解に向けて最適解を見つけ出すようにとらえていた。ただし、その誤解がけっして1人よがりではない証拠が、手引きの以下の記載内容だ。

◆プログラミング的思考
自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組み合わせが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組み合わせをどのよう改善していけば、より意図したした活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力。
「小学校プログラミング教育の手引き第2版」文部科学省 4ページ

という記載を見ると、やっぱり、プログラミングは1つの結論に収束されていくように読めてしまう。
でも、先のアルゴリズムの解説を読むと、プログラミングは実に自由度が高く、創造的で拡散的である。

無論、そこは活動の場面の違いがあって、
アプローチ(アルゴリズム)を考える場面は、創意を生かし、
プログラミングは正確に緻密に論理的に取り組む。

例えば、三角形の作図をプログラミングする場合、方法はいくつかあるので、いろんなアイデアを工夫することも大事だ。

三角形の作図から多角形の作図まで汎用性のあるプログラミング
同じ動きは、繰り返し機能を使うプログラミング

などを思いつくのは、習熟した上での応用だから、まずはどんなアプローチ(アルゴリズム)を考えるか、その創意工夫が先だと思う。

創意のないプログラミングなんて、やらされているだけでつまんないじゃんというのが、今の感想である。

確かにカーナビも決して1通りのルートを示すわけではなく、ニーズに合わせていろんなルートを教えてくれる。
時々カーナビに逆らって運転すると戻ってでも決められたルートを走れとカーナビは命じます。でも、そのまま走り続けると、そのうちあきらめて別ルートを提示する。
「なんだ、こっちの道知っているなら最初から示してよ」とカーナビに文句を言うが、

・さまざまなルートがある
・さまざまなアプローチがある
・さまざまなアルゴリズムがある

が、同義なのだと大雑把に理解している。

算数の解き方も決められた1通りというケースが多いが、本来、数学の解き方は多様。これも、アプローチはさまざま=アルゴリズムはさまざま、ということなのだと理解している。

プログラミング的思考は、収束的思考ではなく、拡散的思考だというのは、新鮮な驚きだった。

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November 11, 2018

昭和44年のNEW THINK 「水平思考の世界」

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「水平思考の世界」NEW THINK

エドワード・デボノ著 白井實訳(講談社)

「新しい考え方」というこの本の第1刷は、昭和44年9月。

春日市の図書館で借りたのは昭和44年10月の第3刷。

副題が「電算機時代の創造的思考法」。「電算機」って言葉がすごい。
ちなみに歴史的ヒットとなった12800円の電卓「カシオミニ」の登場が唱和47年(1972年)。
トランジスタから、IC、LSIと進化して、小型化・定価価格化が進んでいった頃だ。

デボノがこの本を出したのは1968年。この段階で、すでに「これからの時代は創造的思考が求められる」と主張している。

冒頭に次の言葉がある。

NEW THINK
The Use of Lateral Thinking in the Generation of new Ideas

和訳すると「新しい考え方 新しいアイディアの創出に向けた水平思考の利用」。

裏表紙には、次の紹介文がある。

◆自分のカラを破れ!
現代のようなコンピュータ時代にこそ、人間の創造的機能が大いに発揮されなければならない。
なぜならば、新しいアイデアを生み、新しい角度からものをみる頭脳、能力が、進歩成長の原動力となっているからである。
「水平思考とは問題解決のために”想像力ゲーム”を意識的に使うことである。
つまり、直線的なロジックでは見落とされてしまう新しいアプローチをみつけることである。
”水平思考の世界”は、読者を自分のカラから脱出させるための得難い本である」

非常に分かりやすい。
そして、AI時代の今もなお「創造的思考(水平的思考)が必要」と、同じことが言えるところに驚いてしまう。

前書きでは「新しい思考法」の解説が続く。

◆ソロモン王の時代から使われ、偉大な科学者や天才的発明家たちはこの思考法を用いてきたこと。
◆論理的思考・分析的思考は深く掘り進むので「垂直的思考」と呼び、別の場所に穴を掘る発想を「水平的思考」と呼ぶこと。
◆論理的な思考は、既成のアイデアの発展には役立つが、新しいアイデアを生み出すためには役立たないこと。

・・・新しいアイデアを生み出し、新しい角度から物事を見るのは、水平思考・創造的思考の役割なのだが、垂直思考(論理的思考)が不要なわけではない。

◆水平的思考は、垂直的思考にとって代わるものではなく、むしろそれを補うものであることを忘れてはならない。つまり、両者はコインの表裏のようなものであって、お互いが補い合うという関係にある。水平的思考が新しいアイデアを生み出し、垂直的思考がそれを発展させるのである。P13

◆閉鎖された多くの社会では、科学者も産業人も、きわめて似かよった考え方をもつようになるものである。そんな時、新しいものの見方を提供できる第三者が現れれば、新しいアイデアを生む刺激がもたらされるかもしれない。P53

◆間違えることに喜びを見出すといったら、へそ曲がりにみえるだろうが、間違いをすることは、古いアイデアから抜け出して、新しいものの見方をつかむことを意味している。間違わないというには、たんに自尊心を高めるだけであって、むしろ失敗した時にこそ、しばしばアイデアの改善がはかれるものである。P54

・・・発明王のエジソンが、失敗を失敗と思わない前向きな発想をもっていたことは必然であったことが分かる。今なお新鮮な指摘ばかりである。引用するときりがない。

◆一般に、問題に取り組む場合、はじめから問題の解決が存在する範囲を設定して、その枠の中で論理を積み重ねる方法がとられるものである。しかし、その枠は、その人の想像にすぎず、実際の解決は、しばしばその枠外にあることが多い。
 たとえば、コロンブスの卵がそのよい例だろう。(中略)友人達は、卵を割ってはいけないという仮定の枠に縛られていたから、その問題を解けなったのである。
(中略)
 こうした水平的解決は、垂直的思考家からみれば、いかさまのように見えることもがあるが、逆にいえば、水平的思考がいかに有用かを証明するものである。いかさまだという避難が、強ければ強いほど、批判者たちが、実際には存在しない厳格なルールと仮定にいかに強く縛られているかと言うことを、暴露しているにすぎない。こうして、新しいアイデアへの道は、間違った仮説によって阻まれてしまう。
 P129

・・・「頭の体操」の問題を解いて、こんなのズルじゃんと思うことがあったが、それは常識に縛られているからで、そこで怒っても仕方ないのだということが分かる。
 失敗や偶然も含んで、常識を超えた発想を目指すのが「水平的思考」だから、垂直思考は多数派、水平思考は少数派。むしろ誰も考えたことのない発想が大事で、真似や応用というよりは「ZERO TO ONE」の心意気が大事だということも分かる。
 支配的なアイデアに固執するのは怠慢だとも書いてある(P54)。
 「自分でアイデアを創りだすよりも、できあいの組織化されたアイデアを受け入れる方が、はるかに楽である(P54)」の指摘は耳に痛い。

◆だから、垂直的思考家たちは。こうした厳格なルールが存在しない、すべてのものがいつも疑われているような流動的な状況をきわめて不愉快に思う。ところが、それが無限の無秩序の状況だからこそ、そこから水平的思考によって新しいアイデアが生まれうるのである。
 いろいろなものの見方を採るということは、頭脳にとっては不自然なことである。だからこそ、意識的にそう努力しなくてはならない。P129

◆垂直的思考の第一の欠点は、結論を出す方法が見つかったら、それ以上よい直接的な方法をさがす必要がなくなることである。しかし水平的思考では、要点をつかんだあとでも、確実な方法を求めることができるにちがいない。一部分だけ適切だという方法には固執しないから、もっといい方法が見つかるだろう。P138

・・・脳科学的に言うと、人は安定を好むので、意図的に新しいことに取り組まないと退化を始めるのだということに通じる。
 「ひらめき」と言えば、努力は要らないと思えそうだが、常識を超える・自分の殻を破るには努力が必要だ。エジソンも99%の努力を主張している。
 水平思考だから勉強しない・常識を学ばない・論理を無視していいというわけではない。先にも引用したように垂直と水平はコインの裏表なのだ。
 130ページには、その努力の方向が示されている。この4つの方法を具体化すると「オズボーンのチェックリスト」につながっていくことがよく分かる。

(1)ものの見方の数を3つなり5つなりあらかじめ決めておく。(最初から解答・解法を1つだときめてかからない)
(2)ものの関係を意識的にひっくり返す。太陽が地球の周りを回っているのではなく、地球が太陽の周りを回っていると見るように。
(3)状況を扱いやすいように変えてみる。(シンプルに考えてから、最初の状況に当てはめてみる)
(4)問題の力点を別の部分に移してみる。(まったく違う観点で問題解決に取り組んでみる)

 「水平思考の世界」=「ラテラルシンキング」=「創造的思考」の奥は深い。

新しいアイデアを生みだすための「偶然」は、「遊び」から生まれることが多いとデボノは言う。

◆ものごとを論理的に割り切る大人が、遊びを無益なものと決めつけ、大人とは責任を持って行動する人であると定着してしまうと、遊びはまったく興ざめになってしまう。
(中略)別にこれといったアイデアをが浮かばなくとも、遊び回っている状況に十分慣れ親しんでいれば、そこから将来アイデアが生まれる基盤ができる。
 偶然(チャンス)の相互作用でアイデアを促進させるもう1つの方法は、”ブレーンストーミング”という古い手である。つまりたくさんんの人が一堂に会し、日頃の論理的抑制を止めて、みんなが思いつくままのことを述べ合うことである。どんな的はずれなばかげたことを言ってもよい。こうすれば論理的な思考を抜きにして意見を発表でき、他人の考えを批判することをさし控えるようになり、大変よい頭の体操になる。
このようにしてお互いが刺激し合って多くのアイデアを生み、相互作用の偶然性によって、参加者が誰も思いつかなかった新しいアイデアを生みだす可能性が出てくるのである。P161~162

◆さまざまなものの見方の練習をしていると、与えられた僅かな情報から、その意味をつかみとる能力が、だんだん増大するものである。水平的思考に慣れると、偶然によって情報をつかむことができ、偶然によってアイデアを関連づけることが、ますます上手になってくる。アイデア自体が変わるのでなく、アイデアを”収穫”することに慣れるのである。P169

◆新しいアイデアはたいてい、まともに探し求めたことによってでなく、むしろまったく無関係なことからヒントを得たり、推し進められるものである。
 このアイデア開発の思考過程は、ものごとを遂行する方法としては回りくどいので、論理的方法でやれば、もっと直接的に達成できるといえるかもしれない。しかし、論理には、それが働く方向が要求される。
ところが、アイデアというものは、大半、一定の型にはまった方法に固執しなかったからこそ生まれてきたのである。P195

◆型にはまった教育をいくら受けても、水平的思考の習慣は開発されない。新しいアイデアを生む能力は、長年にわたる垂直的思考にも染まることにない、生来の適性の問題である。だが、水平的思考にある程度熟達すれば、それが役立って、誰でも新しいアイデアの開発ができるようになるだろう。P213・214

◆水平的思考は技術の習得でなく、むしろ一種の頭脳の習慣である。この習慣は、特殊な訓練で体得できるし、意識的な方法でできるはずである。P215

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November 03, 2018

映画やドラマに頼らない読書体験

読書について数回書いてきた。

文学で培う健全な批判精神
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2018/10/post-db6b.html

読書は脳の想像力を高める
http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2018/10/post-0ec2.html

「読書は想像しなくてはならないから面倒」と言うとネガテイブな言い方。
「読書は想像をかきたてるから、そこがいい」と言うとポジテイブな言い方。

かつて角川書店は角川映画とリンクさせて「読んでから見るか、見てから読むか」のキャッチコピーを流していた。

学生のことは書籍のベストセラーには興味がなかったから、先に映画やテレビドラマで話題になった本を買うことが多かった。

本当は、映像を見てしまうと読書のもつ想像の力を半減させている。
先のダイアリーに書いたように、映画やドラマは、セリフ回しや表情で感情を明示するから、想像力を発揮しなくても感情理解ができることが多い。

読書してから映画を観ると、「えー、この配役か」とか「ストーリーが違う」と落胆することもあったし
映画を観てから本を読むと、映画のイメージに引きずられてしまうこともあった。

だから、本を読んで感動したら、あえて映画やテレビドラマは観ない方がいいと思うようになった。

しかし、今でも多くの子どもは、映画化やドラマ化された作品を読書のきっかけにしていると思うし、感想文を書く際にも、映画やビデオであらすじを確認していると思う。

それはそれで読書のきっかけとしてはいいと思う。
でも、いずれは、頭の中で映像を思い浮かべる楽しさ、想像することの面白さを味わってほしい。

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October 28, 2018

創造力の重要性はいつから話題になっているか?

論理力も大切だが、論理を超えた発想力も大切である。

(1)耳の聞こえない人のために音が鳴ると同時に光って合図する電話を作ったが、役に立たなかった。なぜか?

(2)100円玉1個、50円玉2個、10玉3個で、何通りの金額の支払いができるか?

(3)私は3000万円の家を2割引きで買った。その後、知り合いに買い値の2割高でゆずった。私はいくら得したか、あるいはいくら損したか?

・・・(1)は、「電話が光ってもに気づかないことがある」だと考えた。
正解は、いくら電話に出ても、相手の話が聞こえないから。これが「そもそも耳が聞こえないなら、電話が利用できない」という事実を忘れてしまうと正解にたどりつけない。
このパターンなら着信をバイブで知らせても役に立たない。

・・・(2)は、総額230円だから、おつりをもらうことを考えたら1円から230円までの支払いが可能というのが正解。
100円+50円+10円2枚というような組み合わせで考えたらアウト。

・・・(3)は、2400万で買って、その2割高で譲ったのだから2割分の480万の得。
最初の3000万円という数値を無視できないとアウト。

 これらは多湖輝氏の「頭の体操(5)」の問題からの引用(改作)。
「頭の体操」には、明らかに論理的に解くものもあるが、時々ひっかけのようなものが含まれている。
 ひっかけを含んだ幅広い思考力・発想力・問題解決力・常識を疑う能力は、最近のクイズ番組でも求められている。暗記力の勝負だけでは視聴者も満足しないからだろう。
 たとえば、「東大ナゾトレ」のシリーズが書店に並んでおり、キャッチコピーは以下の通り。

◆「頭がやわらかければ小学生でも正解できるが、頭が固ければ大人でも苦戦してしまう問題が満載。試されるのは、あなたの知識ではなくひらめき力です!」

・・・「ひらめきが大事で、クイズやパズルが大流行」というのは今に始まったことではない。
1966年に発刊された多湖輝の「頭の体操」は20集までシリーズ化され、第1集だけでも250万部を超えたと言う。

1999年に復刻された第1集(光文社)のまえがきには次のようにある。

◆当時と比べると時代はすっかり変化し、隔世の感がある。しかし、政治、経済等どの分野をとってみても、今の日本には型破りの発想をするエネルギーが感じられない。
 いやむしろ今の人のほうが「常識」や固定観念に縛られているようにさえ思える。既成の枠にとらわれていたのでは新しい変化に対応できないことはいつの時代でも同じである。

・・・1999年はAIに代替えされる心配など全くなかった時代だが、やはり、既成の枠にとらわては新しい変化に対応できないことが問題視されていた。 
しかし、20年前の多湖氏の指摘は今なお同じだし、ますますニーズが高まっている。
「発想力」「独創力」「ひらめき」「柔軟な思考」「やわらか頭脳」など言い方は様々だが、いずれにしても、今話題の「AIに代替えされないために人間に求められる能力」と同じ意味である。
「既成概念にとらわれない柔軟な発想を」という提言は、実はもっともっとルーツは古いのかもしれない。
 思いもよらぬ発想力・アイデア・独創力はどうやって指導していけばよいのだろうか。
 暗記力だけを評価していないか。
 論理的思考だけを評価していないか。
 そんな点も留意しながら、深堀りしてみようと思っている。
 1960年代に話題になったという「水平思考」にまでさかのぼる必要がある。

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October 27, 2018

10年で結果を出す天野浩氏の展望

名古屋大学で青色LEDで有名な天野浩氏の講演を聴いてきた。
青色LEDが、白色光を実現し、あらゆる発色を可能にし、世界の省エネルギーに貢献したことは知っていた。
そして何といってもLEDなら「光合成」ができることも。
しかし、知っていたのは正直そこまでだった。

今日の話の中で出てきたGaN(窒化ガリウム)に関わいくつかのワード。

◆水の浄化・空気の浄化(深紫外線の殺菌効果)
◆近視の抑制
◆ワイヤレス電力伝達(シリコンに変わる半導体)

テーマは「10年後の未来から、今できることを考える」
青色LEDで30年かかったイノベーションを10年以内に実現するための着実な構想が示された。

投資家は30年待ってくれない。通常は5年。長くても10年で結果を出さないと投資家は資金を出してくれない。
だから「研究」と「開発」と「社会実装」のスピードを上げる。
10年で結果を出すために、逆算して今できることを考える。

GaNインバーター自動車は、2年後の東京オリンピックに間に合うように実現化させたいが、一般道を走るための法規制がネックになるので、ぜめて大学構内で走らせたいとのことだった。

天野氏の熱意にただただ圧倒された講演だった。

なお、帰宅後、下記のサイトにあるような「GaNパワー半導体・GaNパワーデバイス」について読んだところで数パーセントも理解できなかった。

http://eetimes.jp/ee/articles/1604/04/news004.html

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本庶教授のメッセージ

ノーベル医学賞を受賞した本庶佑教授は、たたずまいも立派で、テレビの画面で一目見て、徳の髙さが伝わってきた。
いくつかのインタビュー記事をまとめて検索して、あらためて本庶先生のメッセージの重さをかみしめている。
多くの記事が伝えているのは、「好奇心」と「批判的態度」であった。


◆私自身の研究(でのモットー)は、「なにか知りたいという好奇心」がある。それから、もう一つは簡単に信じない。
よくマスコミの人は「ネイチャー、サイエンスに出ているからどうだ」という話をされるけども、僕はいつも「ネイチャー、サイエンスに出ているものの9割は嘘で、10年経ったら残って1割だ」と言っていますし、大体そうだと思っています。
まず、論文とか書いてあることを信じない。自分の目で確信ができるまでやる。それが僕のサイエンスに対する基本的なやり方。
つまり、自分の頭で考えて、納得できるまでやるということです。


◆研究者になるにあたって大事なのは「知りたい」と思うこと、「不思議だな」と思う心を大切にすること、教科書に書いてあることを信じないこと、常に疑いを持って「本当はどうなっているのだろう」と。
自分の目で、ものを見る。そして納得する。そこまで諦めない。
そういう小中学生に、研究の道を志してほしいと思います。

・・・第一に「好奇心・探求心」。
これは向山実践で言えば、浴びるほどの体験の後の「わ・き・お」の列挙によって保障される(有田実践で言えば「はてな帳」)。
「もっと知りたい」を促す授業を支えるのは、教師自身の知的好奇心の高さであり、子どもの好奇心を支える圧倒的な情報量であると思う。
知識を暗記することも否定はしないが、それだけでは次の世界に進めない。

そして第二に「批判的思考」。
教科書すら疑う態度は、立ち合い授業で向山先生が示した実践が筆頭になる。
歴史も科学も常に更新されるが、最新の知見でさえ、なお正しいとは限らない。
知り尽くして、調べつくして、それでもなお「それは本当か」と疑う態度は、知性に対する謙虚さがあってのことで、なんでも斜に構えて疑ってかかるる傲慢な態度とは別次元である。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181001-00010009-bfj-sctch

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「地頭のよさ」

『週刊現代』の10月13・20日号の次の特集はよかった。

◆GAFAではもう当たり前 「地頭格差」の時代◆
グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾンで「GAFA」であることは知っていた。
「地頭」の話題も知っていたが、この特集4ページを読んで自分の知識の薄っぺらさが恥ずかしくなった。
 
(1)IT評論家尾原和啓氏の言葉

「これからのIT、デジタルの世界は何が起こるかまったく分からない分野です。解答がある問題を早く解く能力よりも、課題を設定する能力、そしてその課題を解決する仮説を設定する能力が求められます。(中略)答えが分かっている単純作業はAIが担っていき、スキル価値はゼロになっていく。」

「どうしても、日本では記憶型の学問が重視される傾向が強い。しかし、地頭の良さとは、今までにない問題の解き方をどれだけ日常のなかでぐるぐると考え続けられるかで決まってくる。ただ勉強ができるだけではダメなのです。」

「グーグルが一番大事にしている能力は何かというと、自分が解決可能な最大インパクトをもたらす課題を自ら設定し、それを解決するまでやり抜く能力なんです。そして、グーグルには課題を自ら見つけて解くことが面白くて仕方ない人たちが集まっています。」

・・・自分なりに追記すると、これまでは欧米の開発したものを真似し、精錬させることで日本製品は評価された。これからが既にあるモノの応用・転用でなく、全く新しいアイデアの創出が求められている。それが、いわゆる「ZERO TO ONE」の発想である。

(2)ビジネスコンサルタント細谷功氏が示す「地頭の良さ」
・問題そのものを考える
・定義が不明確な問題を解く
・指標そのものを考える
・少ない情報から物事を創造する
・抽象的な課題を扱う
・ルールを作り直す

「プロトタイプを早く作り、何度も失敗を繰り返しながら創造していく。この試行錯誤型の働き方がこれからの時代は重要になってきます。GAFAは、そのような枠に囚われない考え方で成長してきました。」

・・・「地頭の良さ」は「AIが不得意とする分野」を念頭に置いている。

(3)アマゾンジャパンの立ち上げメンバーだった林部健二氏が指摘する「地頭力の3つの要素」「アマゾンの人材発掘」

「初めての業務でも自分なりの仮説を立てて実行できる柔軟性、次に色々な分野の人を巻き込むコミュニケーション能力、それに加えて、アマゾンでよく言われるのは、リーダーシップです。」
「一番良いのは、二軍のトッププレイヤーを採用することです。東大でビリよりも、それより偏差値が下の大学のトップの方が良い。やはりトップということは地頭力を兼ね備えていることになる。

・・・出身大学ではなく、その集団で突出したトップ・枠に収まらない人物が優先されると言う。ジョブズもザッカ―バーグも大学中退だ。

(4)ソフトバンクの三木雄信氏

「アップルからまったく新しいコンセプトの『iPhone』が発売されて、国内メーカーは壊滅状態になりました。その当時、日本の大手企業では地頭が良い社員は、大きな組織のなかでは浮いてしまい、周囲との摩擦を生んでしまうこともあった。
 しかし、これからはそのような人たちが日本企業を変えていき、会社を大きくしていくのは間違いない。さらに言えば、そのような人材はベンチャー企業のほうが才能を発揮できる。結果的にそうした企業は成長していくことで、日本の社会全体が変わっていくことも考えられます」

・・・学歴や年齢では決まらない時代に子どもたちは突入していく。
安定した職業と言われる公立教員にそのチャレンジャーの気概を教えられるだろうか? 
せめて時代の動向には敏感でいたい。

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September 22, 2018

経産省「前に踏み出す力」

経済産業省が提唱している「社会人基礎力」は、「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つの能力(12の能力要素)から構成されている。

【前に踏み出す力(アクション)】
①主体性:物事に進んで取り組む力
②働きかけ力:他人に働きかけ巻き込む力
③実行力:目的を設定し確実に行動する力

【考え抜く力(シンキング)】
①課題発見力:現状を分析し目的や課題を明らかにする力
②計画力:課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
③創造力:新しい価値を生み出す力

【チームで働く力】
①発信力:自分の意見をわかりやすく伝える力
②傾聴力:相手の意見を丁寧に聴く力
③柔軟性:意見の違いや立場の違いを理解する力
④情況把握力:自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力
⑤規律性:社会のルールや人との約束を守る力
⑤ストレスコントロール力:ストレスの発生源に対応する力

 今回、注目したのは「前に踏み出す力」。
 以前は今の日本の若者は自信を持てないこと・子どもが正解志向になりがちであることに注目した。この傾向を考えると、間違えをおそれずに前に進む力が、とても大事だと考えたからだ。

 決まり切った解答なら答えられるが、自分で考えた意見や突拍子もないアイデアを言うのをためらう子がいるのは、今に始まったことではない。
しかし40年も前から、向山学級は「自分の意見に自信をもて」「人と違う意見を考えた自分に自信を持て」という指導を繰り返してきた。
 拡散的思考、あるいはラテラルシンキングの指導が向山実践の基盤にあるというのが、今の実感である。
向山学級が自由に意見を発表できたのは、そもそも「自由と平等」という向山先生の教育観・教育思想にあると考えている。

 『斎藤喜博を追って』の「子どもに自由と平等を!」の章を読むと、向山氏は新任のときから、この点に強い思いがあったことが分かる(P107~120)

(1)担任してすぐの頃、子ども達はおずおずとしか意見を言わなかった。

・・・そうか、向山学級でも、スタートは意見は言わないのだ!

(2)「何を言っても良い」という討論の段階から出発したのであるが、研究授業の頃には、テーマからはずれた発言は他の子にたしなめられるようになっていた。
 研究授業の時、子ども達はのびのびと、はきはきと、核心にせまった発言をしていた。

・・・研究授業がいつの時期か定かではないが、向山先生の指導によって、子どもたちは討論ができるようにまで成長した。しかし、年配の六年生担任が「三年生だから発言する。六年生になると発言しなくなる」と批判した。
 向山氏は「自分自身の力の無さを省みない不遜な発言」に憤ったが、新任ゆえに我慢したとある。。
 
 そして、この件に関する考察が次のように述べられる。
=================
 六年生になっても発言している子は、いわゆる〈優等生〉であった。逆に言えば、〈優等生〉以外の子が段々と発言しなくなるのであった。〈優等生〉以外は、学校生活を通して段々と発言しなくなる事実は、学校の教育活動の中に原因があることを示唆していた。〈優等生〉によりかかった授業・教育活動がその原因であるはずだった。
 教師が発問し、それに〈優等生〉が答えるという、貧弱な授業が目に浮かんできた。教材の本質を理解して、さまざまな角度から授業が展開できれば、そんなことはないはずであった。一人ひとりの子どものことをよく知っていれば、いろいろの考えをひき出せるはずであった。まちがいの中から真実につき進むという学問の基本をとらえており、それを組み立てる力量を持っていれば、そんなことはないはずであった。
 つまるところ、教材を分析していく力量、一人ひとりを具体的に見る力量、学問的な素養、授業を組み立てていく力量の不足が、貧弱な授業を生み出し、〈優等生〉中心の授業にしている原因であった。
(中略)教師が貧弱な授業をしているという原因とともに、もう一つ重大な原因があった。それは、学校の教育の構造として、長い間につちかわれてきた古い教育の形であった。誰しもが疑うことがないようなないような日々の教育の中に、実は〈優等生〉だけが脚光を浴びる構造が存在していたのだった。
=================

・・・何度読んでもしびれる箇所だ。〈優等生〉に依拠した貧弱な授業は、差別構造に依拠した授業でもあるのだということがよく分かる。

◆誰もが自由に発言できる授業
◆誰の発言も大事にされる授業

は「自由と平等」を具現化する授業観・教育観があってこそであた。そして「自由と平等」を追求した向山学級だからこそ、レベルの高い討論が成り立ったのだ。

 なお、「前に踏み出す力」に絞って考察したと書いたが、<優等生〉に依拠しない授業は、上記の【チームで働く力】に合致している。まさに集団教育力の作用なのだ。

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September 16, 2018

法則を知ると予測ができる!

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名古屋青年会議所8月フォーラム、「現代の魔法・理数で未来を切り拓け」に参加した。
瀧本哲史氏の名前に惹かれたからだ。

瀧本氏の子ども時代の素朴なエピソードが印象的だった。

◆月が欠けるのは雲がかかるからだと思っていた。
「観察してみたら」と言われて、何日も観察してみて、月の満ち欠けが周期的なものであることが分かった。
 法則を知ると予測ができる。法則を知らないと予測できない。

・・・この「法則」が、データであり科学であるし、知識である。何の根拠もなく自分の勘に頼るだけの予測ではあてにならないのだ。

 あわせて初耳で驚いたのが、ナイチンゲールの話。
 白衣の天使ナイチンゲールは、情緒的に評価されるのではなく、科学的に評価されるという話。

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ナイチンゲールは、イギリス政府によって看護師団のリーダーとしてクリミア戦争(ロシアとトルコの間の戦争で、イギリスはフランスとともにトルコに味方してロシアと戦った)に派遣されると野戦病院で骨身を削って看護活動に励み、病院内の衛生状況を改善することで傷病兵の死亡率を劇的に引き下げました。

彼女は統計に関する知識を存分に使ってイギリス軍の戦死者・傷病者に関する膨大なデータを分析し、彼らの多くが戦闘で受けた傷そのものではなく、傷を負った後の治療や病院の衛生状態が十分でないことが原因で死亡したことを明らかにしたのです。

彼女が取りまとめた報告は、統計になじみのうすい国会議員や役人にも分かりやすいように、当時としては珍しかったグラフを用いて、視覚に訴えるプレゼンテーションを工夫しました。今も「鶏のとさか」と呼ばれる円グラフの一種はこの過程で彼女によって考え出されたものです。
(中略)
このような活躍が認められ、ナイチンゲールは1859年に女性として初めて王立統計協会(the Royal Statistical Society)の女性会員に選ばれ、その16年後には米国統計学会の名誉会員にもなっています。

「白衣の天使」ナイチンゲール-祖国イギリスでは統計学の先駆者として今も人々の記憶に刻まれています。

http://www.stat.go.jp/teacher/c2epi3.html
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・・・「ナイチンゲールは統計学の先駆者」というのも、「法則を知ると予測ができる」とつながる事例であった。


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不測の状態を想定する

 夏休みに名古屋市教育センターで講演会があった。
 講師は西成活裕氏。
 テーマは「仕事の渋滞、解消の法則 西成流、仕事の効率をあげるコツ」。
 渋滞学でテレビで見たことのある方だった。

 車の渋滞と仕事の停滞は同じだと言う。
 車間距離を詰め過ぎると何かのアクシデントの際にあっというまに渋滞が発生する。車間距離に余裕があるとアクシデントが吸収されるので渋滞が起こりにくい。

 仕事も余裕なく取り組んでいると、急に何か入ったときにたちどころに停滞が起こる。
 だから日頃から不測の状態を想定して7割くらいで余力を残して取り組んでおくとよいとのことだった。

 「思い通りが強いとストレスになる」という以前聞いたスクールカウンセラーの方の話と重なるものがあった。

 経験を重ねるほど、想定外に強くなれそうなものだが、ひょっとすると、周りが気を使ってくれるので、自分の思い通りに行くことが多くて、感覚が麻痺しているかもしれない。
 歳を重なるほど、裸の王様になりやすいので、いつも謙虚さを忘れずにいたい。

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