June 17, 2018

中室牧子氏の講演 「教育に科学的根拠お」

 日本福祉大学の文化講演会として名古屋で行われた中室牧子氏の講演会。

 非認知能力(GRITや自制心)、エビデンス、因果関係、政策の費用対効果
 
などしっかり復習するとともに新たなお話も入手できた。

(1)聞き慣れなかった言葉の1つが「可鍛性」。
 「人が伸びる可能性」といった意味で用いられていた。
 帰宅してググってみたら、中室氏を特集したサイトがヒットして、これまた復習になった。

◆シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授らの最近の研究によると、認知能力の向上は子どもの学齢が上がるにつれて減少する一方、非認知能力の向上は学齢と無関係で、成人後まで可鍛性があるという。さらに、非認知能力は認知能力を向上させるが、その逆は観察されないという。

 2つの重要な非認知能力「自制心」と「GRIT」
  2017年05月08日

https://www.recruit-ms.co.jp/issue/interview/0000000566/


(2)もう1つのワードが「taught by somebody」(誰かに教わるもの)」
 大学入学者には、高校卒業資格者と、大検合格資格者の2通りがあるが、大検合格者は、高校での様々な体験がないから、非認知能力が低いという結果が出ているという。
 これも、ググってみたら、中室氏を特集したサイトがヒットして、こちらも今日の講演と重なるところがあって復習になった。

◆非認知能力とは「taught by somebody」(誰かに教わるもの)と定義している。つまり、「非認知能力」とは、机に向かって1人で獲得できるような類のものではなく、家庭や学校のなかで、親や教師、友人らから「教わって」身につけるものだということなのだろう。

人生の成功を左右する「非認知能力」とは
2017年01月23日
https://www.recruit-ms.co.jp/issue/interview/0000000542/

 高校生活の様々な活動は、受験には無用で時間のムダかもしれないが、非認知能力の形成・人格の形成には重要なのだという。

(3)「taught by somebody」や「Googleの20%ルール」の話題もあって、「ムダの効用」ということを改めて考えた。
 20%ルールは勤務時間内に与えられた自由時間から独創的なアイデアが生まれる実例である。
 これろ同じように、雑談があるから教職員間の指導技術や授業のアイデアはシェアされる。
 一見ムダな時間があるから、悩みを相談できる。冗談が言い合えるし、笑いを共有できる。
 目の前の授業準備に追われるばかりでは大きな成長は望めない。今の学年の授業には直接関係のない情報にもアンテナを張っておく余裕が必要だ。さまざまな知識がいつか役に立つ。まさに「三年先の稽古」だ。

 可鍛性のある非認知能力は、子供だけでなく職員も日々伸ばしていける。
 教師自身の非認知能力を伸ばすためには「ムダな時間を削る努力」だけではいけない。「ムダな時間を確保し、有効に活用する努力」が必要なのだ。

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June 16, 2018

道徳「泣いた赤おに」を学ばせるということは・・

 道徳の授業は1つの価値観を押しつけるものではないし、心情の読み取りに終始するべきものではない。宇佐美寛先生の著作を参考にすれば、そもそも1つの価値観で切り取る授業そのものに問題があることになる。

それはそうなのだが、あえて1点。

 たとえば 「泣いた赤おに」を題材にして「信頼・友情」を考えさせる授業ということは、赤おにや青おにのどんな点をピックアップしたいのかを明確にしないといけない。

 赤おにを苦しませてしまった青おにの行動には賛否両論あるが、とりあえず、道徳モデルとして

◆「人間と仲良くありたい赤鬼の希望をかなえるために、自分を悪者になることを申し出た姿が、青おにの『友情』」

ととらえてみる。
 これを、一般化してみると

◆「友達のために、自分の得にならないことでも惜しみなく協力できることが『友情』の1つ」

 たとえば友達のために、自分の持ち物を分けてあげる
 たとえば友達のために、自分の時間を割いてあげる
(たとえば友達のために、自分が身代わりになる・損をする・嫌われる)

といったあたりになるだろうか。


 そういう「無償の行為・自己犠牲」に触れることが、「泣いた赤おに」で道徳の授業を行うことの意味だ。
 そこを押さえないで、ただ「困っていたら助ける」「やさしくする」といった漠然とした「友情」で子どもの発言が終始しているとしたら、それではあまりに深まりがないということなのだ。
 「自分が痛い目にあっても、傷ついても、それでも友達が喜んでくれるならかまわない」という友情モデルのすごさを想像できれば、たとえ実際に自分が真似できなくてもとそれでいい。

 もし、赤おにを批判的に考えさせたいなら

◆いくら自分が人間と友達になりたいからといって、青鬼の悪者に仕立てるような芝居に同意すべきではなかった。

であり、これを一般化すると

◆いくら相手が承諾していても、相手が不利益になるような行為は望まないのがお互いの友情

ということになる。

 親友の献身的な行為に心を打たれるというのは、道徳資料の1つのパターン。
 また、自分の利益を優先するあまり、相手の心を踏みにじってしまうというのも、道徳資料の1つのパターン。

 この資料で学ばせたいモデルは何か、、そこをはっきりさせておかないと、授業の「めざす子供像」があいまいになる。決して1つの価値観を押し付けるつもりはないが、本時で学ばせたいモデルは明確にしておく必要がある。

 ちなみい「思いやり」と「友情」は、線引きが難しい。資料によっては「思いやり」か「友情」か分からなくなることがある。広義には「友情」は「思いやり」に含まれると自分は解釈している。

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June 13, 2018

小集団学習で陥りがちな問題点と対応策

 「授業力&学級統率力」 2012年10月号(明治図書)に書いた原稿
 特集 小集団学習に入れる“共同と競争”の条件

 小集団学習で陥りがちな問題点と対応策 小集団と全体の関係づくり

◆「習得の場面」か「活用の場面」かを意識する◆

1 ある理科の授業

4人グループを8班編成でメダカの観察をさせていた。8つのビーカーにメダカが1匹ずつ入っている。それぞれのビーカーのメダカがオスかメスかを班で相談して見分けていく場面である。
メダカがオスかメスかを決めて黒板の表に書き込んでいく。時間がきたらビーカーを次の班に回していく展開だった。
1つのビーカーにメダカは1匹しかいないので、論点は焦点化される。4人グループだから同時にビーカーをのぞきこめる。8回ビーカーが回ってくるのでメダカの見分け方も習熟できる。
小集団学習の利点が生かされている授業だった。

2 ある国語の授業

4人グループの8班編成でデイベートをさせていた。
肯定側1人・否定側1人・審判役2人の分担を決め、教師の合図で同時にデイベートを進行させる。全員にすべての立場を経験させることをねらったマイクロデイベートの形式である。
一斉授業のデイベートでは、一時間に1回か2回の対戦が限度で、発言者も限定されてしまう。
しかし、グループでデイベートを同時進行させれば、個々のデイベート体験(肯定側・否定側・審判役)も確保でき、議論の仕方も習熟できる。
これも小集団学習の利点が生かされている授業だった。

三 問題のある小集団学習の場面

個々の観察体験を確保したり、話し合いの場数を確保したりするのに小集団学習は適している。
ただし、先の事例の場合も次のような事態が生じたら問題である。

◆一部の子の声に押し切られて、班で十分に議論することもなくオスかメスかが決められてしまう場合。特に班競争の要素が加わると、話し合いが雑になりやすい。
オスとメスの見分け方のポイントを確認するために話し合いの場を設定しているのに、これでは意味がない。
司会の子が全員の意見と理由を聞き、話し合いの末に結論を出すルールを徹底する必要がある。
事前指導がカギである。

◆各班がデイベートを開始している中で、意見が止まったり、筋違いの議論が続いたりした場合。
 各班一斉にデイべートをさせるなら、全員に最低ラインの立論・反論・判定の仕方を習得させておかなくてはいけない。
やはり、事前指導がカギである。

四 習得段階と活用段階の区別

小集団学習は、自分の意見を遠慮なく言ったり、自分の疑問を素直にぶつけたりできる長所がある。一斉学習に比べ、発言の機会も増えるので学習成果も上げやすい。
全員が自分なりの意見を持ち、自信をもっていれば、互いの根拠を確かめながら意見を1つに練り上げていくことができる。
しかし、自分の意見に自信をもてないと、一部の子の意見に引っ張られ、十分な話し合いがされないままにまとめられてしまう。
また、小集団学習は学級内で同時多発的に活動が行われることになるので、教師の目が行き届かなくなる。「指導」ではなく「任す・流す」という時間になりやすい。
『国語教育』十一年三月号で佐藤洋一氏は「『言語活動』中心の授業は『話し合いや説明、発表等の活動が多くなり教科の学習を貧弱にする』というご指摘を伺うことがある。」と述べ、次のように提言している。

============
より大事なのは「子どもの学びの思考過程や事実」をきちんと教師が瞬時に診断でき、的確に評価して子どもに返す、結果的に学力保証の結果責任を果たすことである。そのためにはまず「習得から活用の内容(指導事項のレベル)」が教師自身に見えていること、次に「習得から活用への学習ステップの明確化」が必要である     (一一五頁)

============
子ども同士の話し合いや学び合いだけでは習得できない知識・技能がたくさんある。
「とりあえず班で相談させてみよう」といった安易な授業では、各教科が求める確かな知識や技能は身に付けられない。
「活動あって指導なし」の授業では、結果責任を果たせない。

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June 09, 2018

「読解力向上」と「論理」の私案

★なぜ「論理」なのか~他者意識の始まりが「論理」のはじまり

文相互の関係・段落相互の関係
1)基本的な考え方=「文の構造」
2)文相互の関係を見抜くための「接続語」
3)段落構成を見抜くための「接続語」
4)筆者の主張を読み解くための「イコールのパターン」
5)芥山先生の主張を読み解くための「イコールのパターン」
6)論理力ノート 「イコール」の関係
7)イコールの関係=paraphrase
具体と抽象の関係
1)「小見出し」は具体的な文章の内容を「抽象化」している
2)「小見出し」の意味 その2
3)論理力ノート 「抽象」の訓練になる「見出し」
4)対比は「抽象化」の手だてである
5)具体的な叙述を促すために「例えば」を用いる
6)具体的な提示がないと議論はかみあわない
7)抽象と具体の整合性を確かめる「ケンカ読み」
8)抽象と具象の能力を試す「2段落構成の作文」
9)抽象と具象の能力を試す「ラベリング」

数学的なアプローチ
1)論理数学的な法則性
2)証明教育
3)証明教育の重要性
4)「東大数学」が求めるロジカルな説明力
5)数学的現代文読解法
6)
数学的推論

三角ロジックの考え方
1)基本構造
2)仮説化のロジック
3)「理由」と「主張」と「大前提」
4)「理由」と「根拠」を分けて考える
5)「理由」と「主張」の往復活動
6)「言葉」と「定義」の往復活動

その他の論理関係
1)「だが、しかし~」の論法
2)論理力ノート 「譲歩」
3)論理力ノート 「弁証法」
4)因果関係=「なぜ」でつながる文脈~フィンランドメソッド~
5)因果関係=「なぜ」で読み解く『ドラゴン桜』の学習法
6)説得力を増すための「比喩」
7)対照実験の論理をつかむ「対比」の思考
8)文中の数値を具体的にイメージする

★トラックバックいただいた方々の論理
 論理エンジンに近い「文単位」の指導
 論理的な思考
 論理的な思考(2)

★自分のレポート
「要約指導」に関わる授業実践レポート
「要約指導」に関わらない授業実践レポート
 

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May 28, 2018

「マイクロマネジメントvsマクロマネジメント」


『最高の仕事ができる幸せな職場』には、細かな指示を出すマイクロマネジメントに否定的な記載がある。

◆わたしたちは、無理矢理押しつけられたものには、激しく抵抗する。職場におけるマイクロマネジメントは、管理者に対するリアクタンスを引き起こす(P177)
◆プロジェクトの期限が厳しく、プレッシャーを感じるときは、あらゆる面で細かく指示をしたくなるかもしれないが。だが、それはいけない。マイクロマネジメントは自主性を阻害し、チームの長期的な成長を妨げ、率先して行動する余地を奪う。(P185)

 手順の微細について事細かく指示を出すのが、マイクロマネジメント。
 その対極にあり、方針を示して本人に任せるのが、マクロマネジメント。

・・・いつも、どこでも、「自主性の尊重」は善であり、強制や強要・手取り足取りの指導は悪であるような論調が目立つ。
 しかし、極論を言うつもりはないが、新卒教師に「自主的にやってみろ」は、あまりに無謀であり無責任である。
 (結局、責任だけは管理職に飛んでくる)。
 だから、ただ一方的に「マイクロマネジメントはやめる」と書かれると、ためらってしまう。
 
 さて、「マイクロマネジメントvsマクロマネジメント」というサイトがあって、ここは双方のいいとこどりを主張している。
================
 仕事の習い始めのジュニスタッフがチームにいる場合には、いわばティーチングのフェーズなので、マイクロマネジメントはとても有効です。
 仕事にすっかり慣れ、効率よく効果的な仕事の進め方を習得した段階で、マイクロマネージは最小限にし、マクロマネージへと切り替えます。

 よく耳にするエラーは、
•ジュニアスタッフにマクロマネージをした結果、遊んでしまってパフォーマンスがでない。
•シニアスタッフにマイクロマネージをした結果、嫌がられて逃げられた。

というものです。

 ジュニアスタッフは、よっぽど鼻がきく人でなければ大局的なディレクションをしただけでパフォーマンスを上げることは難しいでしょう。箸の上げ下ろしとまでは行かなくても、仕事のイロハを教えてあげる必要があります。
 シニアスタッフは、仕事のイロハをしっかり理解した人ですから、いまさら箸の上げ下ろしなんて言われたくない、というプライドが身についています。こういう方にマイクロマネージ---細かなことを指示しすぎてしまうと、モチベーションの低下に結びつきます。ボスはしっかりと、方向を示し、戦略を提示し、実行を促す。これで良いのです。
 
 現実に起こり得ることでいえば、本人はシニアだと思っているのに、ボスはジュニアだと評価している場合です。
本人はマクロマネージされたいのに、ボスはマイクロマネージをしてくる。いやほんと、とってもよくある話です。
http://blogs.itmedia.co.jp/newtype/2011/01/vs-3226.html より一部改変
====================

 まさに「号令―命令ー訓令」のステップを想起させる例だ。
 1学期は「マイクロマネジメントで「教えてほめる」、
 その後は、次第に「マクロマネジメント」で任せてみる
というステップの踏ませ方が、指導者側の腕の見せ所なのだ。

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子どもの潜在力を引き出す12の条件

 Kofman


『これが答えだ! ~部下の潜在力を引き出す12の質問~」カート・コフマン(日本経済新聞社)。
生産性が高い組織と低い組織のちがいを明らかにしたアメリカの調査会社ギャロップ社の12の質問。

①自分が何を期待されているかを知っている
②必要な材料(情報)や道具を与えられている
③もっとも得意なことをする機会を与えられている
④良い仕事を認められ,褒められている
⑤誰かが気にかけてくれている
⑥誰かが成長を促してくれる
⑦自分の意見が尊重されている
⑧会社・仕事の使命・目的が重要だ
⑨同僚が真剣に質の高い仕事をしようとしている
⑩職場に親友がいる
⑪誰かが私は進歩したと言ってくれた
⑫仕事について学び、成長する機会がある

 本当に学級づくりと同じだな。
 子どもの自尊感情を高め、自主性を促し、即時評価をし、いつも後方で見守っててくれる学級担任と仲間の存在。
 常にチームで1つ上を目指し、成長していく野武士のような集団。

 「名選手は名監督にあらず」とよく言われるが、Q12を意識して学級づくりを成功させてきた担任教師なら名管理職になれると思う。

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職場づくりの発想を、学級づりに活かす

 Saikou

 『最高の仕事ができる幸せな職場』ロン・フリードマン著(日経BP)は、たくさん付箋を貼った。

 社会心理学者のムザファー・シェリフが主張する「職場での友人関係を維持する手法」に言及する箇所がある。P147~150

 友人関係を促すのは、「楽しみ」を共有することではなく、「ともに闘う」ことだと言う。
 たとえば、キャンプ場の給水を止めて2つの少年グループが協力しなければならない状況を設定すると、この問題を協力して解決した後は、2つのグループの不和が収まったのだと言う。
 協力しなければ達成できない困難な課題を出すことが、チームを束ねるカギなるというのは、まさに「雨降って地固まる」の手法だ。

◆上位の目標は、不和を解消する助けとなるし、不和を防ぐにも使える。
共通の目的のために努力していると感じれば、友人関係が生まれる条件が緩和される。

 これが、本書の第5章「他人の集まりをコミュニティに変える」の一節だ。

  一緒に働くには、「ただの知り合い」よりも、「友人」の方がいい。
 
  「知り合いグループ」は、1人で取り組むのを好み、必要なときだけ話す。
  「友だちグループ」は、意思疎通を図り、積極的に励まし合い、アイデアを批判的に評価し、話がずれたときはそれを伝えた(つまり、問題がある時はお互いに忌憚なく注意し合えるということ)。
 職場に「親友」がいる従業員は、より集中力が高く、より熱心で、より会社に忠実であることが研究によってわかっている。

・・・無論、これは職員チームにも言えることだが、学級組織も同じである。
 学級がいつまでも他人同士の集まりでは機能しない。
 1学期半ばのこの時期に学級の動きに差が出るのは、子供たちの関係を「他人」から「知り合い」、「友だち」へと移行させるための支援を担任が実行しているかで差が生じてくるからである。
 団結を促すための策は、たとえば、イベントであり、学級の問題解決である。
 みんなで一致団結して事を成し遂げる機会を意図的に作り出して行くことが学級づくりのポイントなのだ。

 本書では、「職場内コミュニテイが形成される種を蒔く(P152)」という言葉が出てくる。

 コミュニテイを形成するための種まきを学級担任は行っているか、そこを自問自答してほしいな。

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May 03, 2018

「ダブルスタンダード」と「ダイバーシティ」

 1つの目標に向かって協力することは素晴らしい。
 「一致団結」「一枚岩」という言葉を否定はしない。
 ただし、ダブルスタンダードで考えた方が個別配慮できることもある。
 たとえば「がんばれ・努力せよ・全力を出し切れ」というメッセージは、本来正しいが、相手によってはそのメッセージが負担になる場合もある。

 香山リカ氏は『勝間さん、努力で幸せになれますか』『しがみつかない生き方」を出し、勝間に感化された女性たちの中には、目標を達成できないことで自分を責め、うつ病を患い精神科を受診する女性が増えていると指摘した。
 誰もが勝間氏のようになれるわけじゃないし、全ての人が勝間氏をめざさなくてもいい、それはそれで正論である。
 かといって、「無理しなくていい」や「がんばらなくていい」というメッセージが、本来がんばるべき人のサボタージュの口実になっても、これまた困る。
 
◆できる人・手を抜いている人には、自己を高める努力を求め、もっともっとと厳しく要求する。
「あなたはもっとできる。ここで気を抜くのはモッタイナイ。全力を出し切ってみて!」

◆一方で、十分がんばっている人には、努力を認めやさしく諭す。
「あなたは十分がんばっている。無理しなくていいんだよ」
 
と個別対応すれば問題はない。

 「みんな違って、みんないい」とスローガンだけは立派でも、現実は「みんな一緒」を強要する風潮はなかなか排除されない。一斉指導の方が楽でもあるからだ。
 市内でも「〇〇スタンダード」という形で学習規律を揃えさせようとしているが、やり過ぎは自由を奪う。
 最低基準はあっていいが、スタンダードは「標準仕様」なので、さまざまなオプションが用意されているべきなのだ。

 さて、落合洋一氏が「ダイバーシテイ」 という言葉をよく使うので、自分もようやく、このワードがなじんできた。

 「ダイバーシティ」=「多様性」「幅広く性質の異なるものが存在すること」「相違点」

 義足や義手、車椅子などのテクノロジーの進歩によって、個人の身体的な差異が埋められる。身障者と健常者の差異がなくなるどころか、パワースーツを着用した身障者の方がパフォーマンスが高いという逆転も起こってくる。事実、パラリンピックの走り幅びでは、オリンピックの世界記録を上回ろうとしている。

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◆人間社会は、今まではなにが標準かを決める考え方で、世界史で偉い人たちが決めてきたけど、健常者がいるから障がい者がいるんです。全員ダイバーシティだったら、そんな人、誰もいないですからね。
男女が結婚するって決まっているからLGBTがいる。つまりそういうものがなければ、標準がなければ、そういうものは出てこない。
僕らが考えているのは、我々は今後必然的にダイバーシティ化するということ。高齢化社会にすごくネガティブなイメージを持っているけど、そうじゃなくて、それを「ダイバーシティ」ととらえようと。
例えば、目が見えなくなる、耳が聞こえなくなる、手が動かくなる、それはダイバーシティです。それをどうやってテクノロジーを使って置き換えていくかさえできれば、我々は人口減少国家だけど、めっちゃ成長もできるんです。
https://logmi.jp/238589
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・・・この「ダイバーシティ」を検索し、その奥深さに驚いている。

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◆組織でのダイバーシティとは「多様な人材を活かす戦略」。さまざまな違いを尊重して受け入れ、「違い」を積極的に活かすことにより、変化しつづけるビジネス環境や多様化する顧客ニーズに最も効果的に対応し、企業の優位性を創り上げること。
 
ダイバーシティの基本概念は、以下の4つです。
・個々人の「違い」を尊重し受け入れる
・「違い」に価値を見つける
・職務に関係のない性別、年齢、国籍等の属性を考慮せず、個人の成果、能力、貢献だけを評価する
・「違い」に係わらず、全社員が組織に平等に参画し、能力を最大限発揮できるようにする

 これらを実行することにより、「組織のパフォーマンスを向上させること」がダイバーシティの目的です。
 ダイバーシティを成功させている企業は、多様な人材の採用や定着ではなく、その先の「活用」にフォーカスして取り組んでおり、企業内の人材を誰ひとりとして無駄にしないことへつなげています。
http://www.worklifebalance.co.jp/diversity/about-diversit...
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◆ダイバーシティ・マネジメントとは、多様な人材を積極的に活用し、経営基盤を強化することです。多様性を受け入れる環境を整えるほか、採用した人材が活躍できるよう、一人一人のニーズに合った多様な働き方の選択肢を用意する必要があります。例えば、長時間労働を抑制し、勤務時間や正規、非正規の雇用形態に流動性を持たせるなどして、多様な人材が活躍できる組織にすることが求められます。

また、社員一人の人生においても、出産や育児、病気、介護など、状況の変化が起こります。そうした変化に即した働き方が可能になれば、社員の経験やスキル、異なる視点などを継続して生かすことができ、人材の損失を防いで発展へつなげられるでしょう。
https://www.d-healthcare.co.jp/business-column/work-style...
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・・・学級経営でも同じで、全員に同じ成果を求めてはいけない。
 体力を活かす子もいれば、知性を活かす子もいる。どの子も、その子なりの特性を活かして最大限のパフォーマンスを発揮すればいい。

 管理職っぽい内容で言うと、育休明けで小さなお子さんがいたり、持病があったり、親の介護を要する人がいる中で、全員に「同じ労働・同じ成果」を求めてはいけない。
 それぞれの先生方が、それぞれの事情や特性を活かして最大限のパフォーマンスを発揮してもらえば十分なのだということになる。

 以下の「教育新聞」のコラムは、要するに「ダイバーシテイ・マネージメント」のことを書いている。
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 全員に同じ働き方を求めない

◆よくある間違いは、形式だけ「多様な働き方」を認めておきながら、教職員の考え方は昔と全く変わっていないというものです。時短勤務が認められていても、教職員各自が「仕事はみんな同じようにして当然だ」と思っていると組織はうまく回りません。
(中略)目指すべきは、学校内に「多様な働き方」を許容する文化を作ることです。今はフルタイムで働いていても、そう遠くない将来、自分も時短勤務を選択するかもしれない。そう想像できるようになれば、今は事情があって仕事を減らしている人がいたとしても「ずるい」と思わなくなります。「全員で同じ目標を追っているが、それぞれの事情で仕事への関わり方には差がある」のは決して不自然な状態ではないのです。
 「働き方改革と学校システムの刷新」⑧ 住田昌治 
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・・・「想像力」は「思いやり」なのだとつくづく思う。
 相手の事情を慮る度量があれば、「ずるい」ではなく「お互い様」と寛容になれる。

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March 31, 2018

教え方セミナー 春日井会場 4月8日(日)

1 日 時 平成30年4月8日(日曜)
  午後14時00分~16時30分(13時45分受付)    
2 会 場 :高蔵寺ふれあいセンター
(JR高蔵寺駅より徒歩5分・駐車場有り)
3 資料代 :1000円(学生500円)
4 主 催 :TOSS春日井                       
5 後 援 :春日井市教育委員会

                     
6 予定講座
 ◆学習規律・学習技能の習得を体感する模擬授業
 ◆「主体的対話的で深い学び」をめざす模擬授業
 ◆教材・教具の実演
 ◆子供を掌握し、統率するためのヒント       

 ※申し込み先    vzb17067@nifty.ne.jp (竹田)

  「授業力」はライブ体験がないと上達しない
明日の授業に役立つ「TOSSランド」(http://www.tos-land.net/)をご存知ですか?
TOSSランドは、教師専門のポータルサイトで、明日の授業で使える毎時間の授業案・子どもが熱中する学習ゲームサイトなどのコンテンツが満載です。
もちろん、TOSSランド以外にも、様々なサイトや書籍を見れば、授業案をたくさん手に入れることができる時代です。
しかし、授業のリズムとテンポ、こまやかな教師の対応(声の調子や表情など)は、授業案を見ただけでは分かりません。
文部科学省委託事業「若手教員の授業力構成要素の抽出とその向上手法の研究」では、「基本的な授業力を構成する要素」として、次のスキルを抽出しています。
①あたたかな表情 ②子どもへのアイコンタクト ③クリアで明るい声 ④心地よいリズムとテンポ
⑤教師の立ち位置や動線 ⑥子どもへの対応・応答 ⑦明確な発問と指示 ⑨授業開始局面での流し方
⑩余分な言葉の削除 ⑪授業の組み立て ⑫その他
教え方セミナーでは、主に若手の先生を対象に、授業の基礎基本(授業力の構成要素)を模擬授業の形でお伝えしています。
子どもを熱中させる授業の秘訣・クラスを統率し、安定させる秘訣などについて、一緒に勉強していきましょう。

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March 06, 2018

道徳で議論すべきなのは、第三層のレベル

1

 「考え、議論する道徳の授業へ」ということで、島恒夫氏が「氷山のイメージ」を示している。(「どうとくのひろば」N19 日本文京出版)。私なりにまとめてみると以下のようになる。

(1)道徳の時間は、表面に現れた状況を理解するための問答をしているだけではいけない。
(2)場面状況の奥に潜む人物の感じたことや思ったことを考える必要がある。ただし、登場人物の心情理解に偏った授業ではいけない。
(3)「登場人物が感じたことや考えたこと」の話し合いに終始せず、その奥にある「道徳的価値に対する感じ方や考え方、生き方」に授業の焦点を当て、みんなで考えることが大切だ。

 先日の静岡セミナーでは「星野君の二塁打」という道徳資料を元にして「議論する道徳・気持ちを問わない道徳」の意義の解説がされた。
 「星野君の二塁打」は、監督のバントの指示を無視してヒットを打った星野君の行動の是非を問う資料で、十分な盛り上がりが予想できる。

◆星野君の行動は正しいのか、自分が星野君だったらどうするか、
◆星野君をレギュラーから外した監督は正しいか、自分が監督だったら星野君をどうするか

などなど、いくつかのアプローチがあり得る。

 モラルジレンマ資料などで話し合いが盛り上がっている授業に対して、やっかみを含めて「何のために話し合いをさせているのか。子ども達の道徳的価値は深まったのか」といった批判をされる場合がある。
 ほかっておけばいいと言えなくもないが、批判の言い分をしっかり聞くことも大事な戦略である。


 「Aすべきだったか、Bすべきだったか」「自分ならAかBか」という選択型の問いに対して活発な意見が出ることは分かる。
 それが、ただ「バントする」「ヒットを打つ」という行為の言い合いになるだけなら、それぞれ理屈があるから堂々巡りになる(むろん堂々巡りでかまわない)。
 だから、例えば

「バントをする」は「指示を守る」
「ヒットを打つ」は「自分を主張する」

のように抽象化していくと、話が具体例から道徳の本質論に迫れる。
  また、「なぜそう思うか」の双方の理由をしっかり聴き合い、比較検討する中で、

「勝てば、それでいいのかな?」
「そもそも何のためのルールなのかな?」
「結果がよければ、それでいいのかな?」
「おかしいと思うルールでも守らねばならないのかな?」
「指示通り動くだけで強いチームはできるのかな?」
「責任をとるってどういうことなのかな?」
「チームプレーって、どういうことなのかな?」

といった新たな問いかけと新たな議論に発展しないと「議論が深まった」とは言えない(と主張する人もいる)。
 最後に感想を書かせる際も、相変わらず「僕ならバントする」とか「ヒットを打つ」とか書いているだけでは、1時間の変容があったとも思えない。
 最後の感想が、授業前半で提示したAかBかに終始しないように方向付けする教師の力量が求められる。
 それが、新たな問いを促すゆさぶり発問であり、追加資料の提示である。「そもそも〇〇って何だ」と言った価値内容を考えさせたい。
 私なら、「松井秀喜選手の4連続敬遠」を示して、ルール順守について考えさせたい。
 4連続敬遠という新たな情報を示せば、最後の感想では「バントする・ヒットを打つ」といった授業前半の2択から離れられるはずなのだ。


 今の国語教育では、あまり「主題指導」が言われなくなった。
 かつては、その話し合いで主題に迫れるかどうかが、よく問題視された。自分が書いているのは、この「主題に迫る話し合い」と同じ意味である。
  主題に迫らなくたっていいじゃん、という立場もあり得るが、主題に迫るかどうかを基準に物を言う人もいる。そのような立場もあることを十分承知して、自分ならどう答えるかを準備しておくとよい。

 さて、日本文教出版の冊子「どうとくのひろば」17号に、島恒生氏監修の「どうとくマンガ」があった。
 先に示したのと同じ「氷山の図」を使って、「考えが深まる授業」の在り方を提案している。

 マンガの中の道徳の授業は、規則を破る主人公が守らねばと思い直す資料だと思われる。

T「主人公は最初どんな思いで始めたのだろう」
C「少しならいいかなっていう思い」
C「軽い気持ち」

T[主人公はなぜ、規則を守ろうと思ったのだろう」
C「きまりは守らないといけないと思ったから」
C「これではだめだと思ったから」

と展開し、教師が、主人公は「『きまりは大切だ』と考えが変わったんだね」と結んでいく。

 この授業展開について

×登場人物の考えの変化を追っているだけ
×「きまりは大切」なんて生徒は最初からわかっている

といった批判を示している。

 状況を問うだけ、心情を問うだけでは、一見盛り上がっても、道徳的価値が深まったとは言えないので、

◆「規則は固すぎる」「規則は固くなければならない」という考え方の違い

を問い、「規則とは何か」や「なぜ規則が大切なのか」という「道徳的価値に対する考え方や感じ方、生き方」に触れさせることが大事なのだとしている。

 この指摘は、監督の命令を遵守すべきかどうかで意見が分かれる「星野君の二塁打」にも適用できる。

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 生徒の考えが深まる授業にするためには「道徳的価値に対する考え方や感じ方、生き方」まで考え合うようにしましょう
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と言われても、決して簡単ではない。
 でも、そこを目指さないと議論が深まる道徳にならないというのが、指導要領解説道徳編作成協力者、島恒生氏の見解である。
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