October 21, 2022

やる気を奪う秘訣

(起)

今は、業務改善が話題になり、なんでもかんでも削減の対象になる。

(承)

モチベーションの本を何冊か読んでいた時に、印象に残るものがあった(記憶違いがあるかも)。
それなりの報酬を与えて、ある物を製作させる。製作したそばから、それを目の前で破壊する。これが何よりやる気を削ぐ。
つまり、その人に全く無意味な行動をさせると、いくら報酬があっても、やる気になれないと言うのだ。

(転)
この理屈で言うと、先生方にとって、一番辛いのは、準備した行事が中止になる事だ。

多少、負担が増えても、働いた意義を見出せる方が精神衛生上は望ましい。

それが「働きがい・やりがい」だ。

(結)

「負担」と「やり甲斐」は表裏一体だ。
 なんでもかんでも削ると、仕事は楽になるかもしれないが、何の魅力もなくなってしまう。
 「負担軽減」が、「やり甲斐の奪取」につながってしまっては意味がない。

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身体の「超回復」と、心の「トラウマ後成長」

大学時代に「超回復」という言葉を知った。
今はネットで検索するとたくさんヒットする。効果的なトレーニング・負荷と休養のバランスを知る重要なキーワードだ。

ブリタニカ国際大百科事典
◆運動前よりもエネルギーを増加させ大きな回復力を示す現象をいう。一般的に,運動することで筋肉のグリコーゲンは減るはずであるが,休養と栄養補給で逆にふえることがある。こうした反応を利用することで,ゲーム前にエネルギーを大量に貯蔵したり,筋肉を効率よく増強することができる

大辞林
◆強い運動後疲労がたまった筋肉が、休養により運動前より高い筋力を得ること。

「知恵蔵」の1行目のみ。
◆運動で消費された筋肉のグリコーゲン量が、休息と炭水化物補給によって運動前の貯蔵量を大幅に超えて回復を示すこと。

https://kotobank.jp/word/%E8%B6%85%E5%9B%9E%E5%BE%A9-163344

当時、理解した内容も、およそ、こんなところだ。

ただ、今になってネット辞書後半を読むと、ちょっと違うニュアンスが含まれている。
自分は陸上部に所属していたが、体育科ではなかったので、この部分の理解が不足していた。

デジタル大辞泉の解説
◆<op:b>強い負荷をかけることで傷つき衰えた筋肉細胞が休息によって回復し、さらに負荷を受ける前よりも筋力が強くなる現象</op:b>。過負荷から2~4日間が超回復の期間といわれ、その期間に過負荷運動を行い、次の回復を待つということを繰り返すことで筋力を合理的に増強できると考えられている。

他のサイトでは、もっとはっきり書いてある。

◆<op:b>トレーニングを行うと、筋繊維が破壊される。筋線維が破壊されると、人間の身体は、壊れた組織を修復しようとする</op:b>。この修復にかかるのが、一般的に24~48時間と言われている。筋線維が壊れてから修復するまでのプロセスを、超回復と呼ぶのだ。
https://moneytimes.jp/sense/detail/id=2827

・・・知っている人にとっては当然のことだ。

<op:b>トレーニングを行うと、筋繊維は破壊される。
我々は、筋トレと称して、筋繊維・筋肉細胞を傷つけている。
そして、その回復のメカニズムをうまく活用することで、傷ついた筋力を前よりを強くしている。
</op:b>
これが、身体的な回復と成長のメカニズム。

心理的なストレスやトラウマに対して、ポジテイブ心理学の研究では「トラウマ後成長=PTG」と呼ばれる現象があると指摘されている。

以下「トラウマ後成長と回復」ステーヴン・ジョゼフ著 筑摩選書より、
◆現実に研究結果が示しているのは、トラウマになりかねない出来事に直面した多くの人たちのが相応の回復力を持ち、ストレスに屈しないか、屈したとしても急速に回復でき、その後も比較的高レベルの機能を維持できるということだ。p19

◆こういった変化は「ベネフィット・ファインデイング」「逆境後の成長」「自己変革」「ストレスに伴う成長」「スライビング」など様々に表現されてきた。
なかでも、1990年代半ばに二人の臨床心理学者リチャード・テデスキとローレンス・カルホーンが考案した「トラウマ体験後の成長posttraumatic growth」という言葉はもっとも関心を呼び、現在では、トラウマがどのように幸福感を高める足がかりになるかを探求する新たな研究領域を示すものとして広く用いられている。P39

・・・筋トレと異なり、好きで不幸な状況に身を投じる人はいない。
それでも不幸が過ぎた後、それまでの自分より、どこかポジテイブな生き方ができるようになる人は一定数の割合でいるという(無論、苦難に打ちひしがれてしまう人もいる)。

「トラウマ体験後の成長=PTG」は、トラウマ体験前のレベルを超えるという点で、筋トレの「超回復」と同じなのだ(という解説は見られなかったが、自分はそう思っている)

 筋トレは筋肉を傷つけていると知った衝撃
 筋肉の超回復と、心のPTGが酷似していると知った衝撃

 だから勉強はやめられない。

PTG関連
①トラウマ後 成長と回復―心の傷を超えるための6つのステップ (筑摩選書)
②悲しみから人が成長するとき―PTG (風間書房)
③PTG 心的外傷後成長: トラウマを超えて (金子書房)近藤 卓

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October 06, 2022

努力はスキルアップを保証する

「努力論」は奥が深いので、いつも中断してしまう。

向山洋一氏は、次のように述べている(「教育要諦集」第4巻54頁)。

◆行動しないで「夢みる」だけではあれば、願望はいつまで たっても成就しない。

◆何も行動せずに「夢の成就」を願っても、何一つ変わりはしないのである。

・・・では「あきらめずに努力を続ければ、夢はかなう」のかと言うと、これは何とも言えない。

結果として、志望校に合格するか・全国大会に出場するか・代表に選ばれるかプロになれるかなどは誰にも分からない、

夢の内容にもよるが、夢の実現は「運」や「縁」や「自分の力では動かしようもない他者の力」が大きく影響する場合が多い。

つまり、いくら努力をしても、かなわない夢はあるのだから、「努力を続ければ必ず夢は叶う」などと励ますのは、あまりに楽観的である。

しかし次のようには言える。

 

「あきらめずに努力をすれば、必ずスキルはアップする」

 

運動や楽器演奏、受験勉強、語学習得などは、着実に努力の成果が現れる。

「スキルアップ」という意味でなら、「努力は裏切らない」と言ってよい。

 向山氏も次のように述べている。この「上達」とは、まさにスキルアップの意味だ。

◆「絶対にあきらめるんじゃない。努力を続ける限り、必ず上達する時は訪れる。」

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努力プラスFUN

「努力」とは何なのか?「GRIT」=「やりぬく力」と「努力」はどう違うのか?

「天才とは1%のひらめきと99%の努力」とエジソンの格言にある。原語の「perspiration」は「努力」と訳されているが、直接の意味は「汗」「汗を流す」である。「実行力・行動力」と同義であろうか。エジソンには、次の名言もある。

◆「私は一日たりとも、いわゆる労働などしたことがない。何をやっても楽しくてたまらないからだ。」

; I never did a day&rsquo;s work in my life. It was all fun.; ;

「努力」には苦難を乗り越えるイメージがあるが、エジソンは自分の創作活動を「FUN」と呼んでいる。

「情熱・熱意」といった楽しいイメージだ。

「努力」は、ハードワークであり、熱中・集中であり、楽しみ(all fun)でもあるということだ。;

中野信子氏は、「見返りを期待して、楽しくないものに苦痛を伴う努力を重ね、恨みをため込むくらいなら、やめたほうがいい」と言う。

「好きなことができるなら、苦だと思わないし、成果が出なくても苦にならない」というスタンスは、先のエジソンの言葉と通じている。

 多くの成功者が「好きなことをやれ」「好きなことであればいくらでも続けられる・好きなことでなければ困難を乗り越えられない」と言う。苦手なものを克服するより得意分野を伸ばすべきだというのが「ポジテイブ心理学」のスタンスである。

 「努力」の概念の周辺に、関連するワードを並べてみたことがあるのだが、FUN、楽しさを加えるとすごいことになる。

「努力」の意味範囲が広がり過ぎて収拾がつかなくなってしまい、現在に至っている。

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February 09, 2022

努力の2つの方向 


作家の幸田露伴は『努力論』の冒頭で、努力には「直接の努力」と「間接の努力」の二種類があると言っています。
前者は「当面の努力」で、さしせまった目標に向かって精一杯頑張ること、後者は「準備の努力」で、将来のための基礎づくりとなるものです。
譬ていえば、明日の試験に出そうなところを集中的に暗記する努力と、すぐに結果はでないけれど、将来のために基礎から学んでいく努力との違いといったらよいでしょうか。
努力してもなかなか目標が達成できないのは、多くの場合、直接の努力ばかりで間接の努力が欠けているからだと、露伴は説いています。

 上廣哲治 「目標を達成するための地図」『倫風』2月号

・・・この「直接の努力」「間接の努力」と、「指導技術の向上」「生き方の向上」は、よく似ている。
野口芳宏氏は、東井義雄氏の実践を踏まえて「指導テクニック」と「教養・修養」について論じている。


◆(東井氏の書物には)授業における板書の仕方や発問の仕方、授業や指名の「技術」「テクニック」「方法」「事例」などの記述には出合ったことがない。書物を通じて心打たれるのは、東井先生の人間味、人生観、人となり、眼差し、口振り、語りなどである。これらは、別の言葉で言えば、「教養」あるいは「修養」ということになろうか。
「本音・実感の教育不易論53回」『総合教育技術』2023年2.3月号 P92

そして
「現今の我が国の教育者、実践者に最も欠けているのが、教育者としての、あるいは人間としての『教養』『修養』という一点ではなかろうか」
「研修という名で行われている『教え方』や『指導法』の『研究』の内実は、要するに小手先の問題であり、「教養」や「修養」には遠い気がする。
と述べている。

おそらく野口氏の指摘は「教育」にとどまらない。

世の中はスピード感たっぷりの「成果主義・効率主義」に陥り、じっくりと「教養・修養」を育む余裕がない。
企業は単年度の成果が問われ、即戦力が求められ、十年後の人材育成に向けた先行投資が困難な状況だ。
ホリエモンが下積み修行を否定して話題になったのは、もう10年以上前のことになる。。
下積み修行しなくてもミシュランに名前が載るような寿司屋になれるという指摘は、「長い時間苦労して人間力を育む」ことの否定だった。


修業すれば人間力が身につく、などと言われるが……そんなわけないだろう。だったら下働きし続けた中年はみんな、修業時間に比例して優れた人格を備えているはずだ。
社会を見渡すと、決してそんなことはない。だいたい人間力なんて抽象的すぎる基準を盾に、これからの若者から大切な時間を奪うなんて、傲慢にも程がある。
 修業時間がありがたがられる時代は、とっくに終わっているのだ。

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2103/27/news013_2.html


どちらかに加担するつもりはない。
若い先生でも授業技量の高い人もいる。その先生方が、「授業スキルが高くても、人間力は低い」というわけでもない。
授業スキルが高い若い先生を攻撃するために「教育って、そんな簡単なもんじゃねえよ」と難癖をつけているだけなら、そんな批判は相手にする必要ない。


「衣食足りて礼節を知る」は、管仲の言行録である「管子」に出てくる言葉で「生きることに必死であれば、礼節や栄辱を知る余裕がない」という意味だ。

 Aに必死であれば、Bの余裕がない

Aには、指導技術・目先の仕事の準備 が入り

Bには、教養・将来の準備 が入るだろうか。

『新訂 教育技術入門』(明治図書)向山洋一著 の次の箇所を思い出す。

=========
技術は現場から生まれる

教育の技術はいかなるとき誕生するのだろうか。
ある教師は教育技術を求める。
ある教師は教育技術を求めない。
この差はどこから生まれるのだろうか。
これは、次の点に由来する。

できない、わからない子どもにどう対処しようとしているか。

目の前に跳び箱が跳べないで悩んでいる子がいる。
漢字ができないで胸を痛めている子がいる。
こうした教え子を前にして、教師としてどうするかである。
こうした現状に痛みを感じなければ、教育技術は必要ない。
もっと、のん気な教師は、責任を自分以外のところに持っていく。
A「教科書が悪いのだ」とか、B「跳び箱など教えなくていいのだ」とか、C「子どもに力がないからだ」とか、それぞれ、民教連の教師、宿題ばかり出している教師、研究授業をほとんどしない教師、教えないで叱ってばかりいる教師のよく言う言葉である。
これらの言葉は、どれもこれも、責任を他のせいにするという点で共通している。
私たちは、そのような立場をとらない。
「できない」「わからない」子どもを前にして、まず自分自身の力の弱さを感じる。
自分が至らないから、子どもに痛みを感じさせてしまったのだと思う。
むろん、「その他への批判」をすることはある。しかしそれは自分自身へまず批判をむけてから後のことである。
そして、私たちは「教育技術」を求めるのである。
「跳び箱は誰でも跳ばせられる」という教育技術は「全員を跳ばせたい」という教師の思いとそのための具体的努力なしには誕生しなかった。
 およそ、いかなる教育技術も、それが誕生するには、「分からない・できない子」を「分かるようにさせたい、できるようにさせたい」という「教師の想い」と「教師の努力」が存在する。
 教育の技術を求める教師こそ、一人一人の子どものことを思い、自らの弱さを省みつつ具体的努力をする教師なのである。
教育の技術を求めない教師は、「跳び箱が跳べない子」がいても胸の痛みを覚えず、平気ですごすことができる教師なのである。
P43/44
================

 目先の「教育技術」を求めることだけを目指してはいけない。

 技術の基盤となる「できない、わからない子どもにどう対処しようとしているか」という思い(願い)が大事なのだ。

 

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January 19, 2022

『棒ほど願って針ほど叶う』

昨年末、NHK「青天を衝け」最終回での栄一の言葉。
久しぶりに聞いたが、いい言葉だと思う。
「望みや願いのなかなか達せられないことをいう(広辞苑)」のだが、いろんな見方ができる。
◆たくさん願わないと、願いは叶わない
◆たくさん願って、ようやく1つだけ願いが叶う
◆願いを叶えるには、たくさんの思いが必要だ
◆願いを叶えるには、たくさんの努力が必要だ
・・・軽い気持ちで願っているだけではとうてい夢は叶わない。
強い強い「思い」が必要だ。
それは
◆一意専心
他に心を向けず、ひたすらひとつのことに心を集中すること。 わき見をせずその事のみに心を用いること。
に近い。
あるいは
◆「雨だれ石をも穿つ(うがつ)」
軒から落ちる雨垂れも、長い間には石に穴をあけることができる。 力は足りなくても、 根気よくこつこつと何度も繰り返してやれば、 最後には成功するということ。
に近い。
一方、願いが全部叶うなんて思ってはならないという戒めだとしたら、
ユニクロ柳井会長の著書「一勝九敗」、
あるいは五木寛之の「大河の一滴」に出てきた「なにも期待しないで生きる」
というメンタルが必要かもしれない。
「棒ほど〜」をポジティブに捉えるか、ネガティヴに捉えるかは、自分自身の問題だ。
コトワザの力は、すごい。 端的な言葉に、人生のアドバイスが凝縮されている。
心に響くかどうかは、その時の自分の置かれた状況によるのだが・・・。

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July 04, 2020

優れた指導者は、GRITを見抜き、GRITを伸ばす。

『GIVE&TAKE』アダムグラント著(三笠書房)2014年。

1980年代、心理学者のベンジャミン・ブルームが行った調査によると一流のピアニストは、生まれながら才能に恵まれていたわけでもなく、一流のピアノ教師に習ったわけでもない。特徴的だったのは「思いやりのある、親切で、寛容な先生」に指導されたこと。

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超一流のピアニストは、ギバー(与える人)である教師によって音楽への関心に火がついたのである。

教師はレッスンが楽しくなるようにな方法をあれこれ工夫し、これがきかっけとなって猛練習をするようになり、専門的知識がついていったのだ。(中略)

同じパターンが世界的なテニスプレーヤーにも見られる。(中略)

最初のコーチは「優秀なコーチというわけではなかったが、子どものあつかい方がとてもうまく、テニスに関心をもち、練習をがんばろうという気にさせてくれた」ということだ。P174~176

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・・・なるほど、良心的な教師(本書では「与える人」=ギバーと呼んでいる)との出会いが、その人の一生を左右する。

教師の責任の重さを痛感させる一節だ。

さて、このあとの根性論が興味深い。

 

◆ずば抜けた才能を持っているかや、熱心に取り組んでいたかではなく、粘り強さが際立っているかどうかが将来性に大きく関わってくると言う。

◆心理学者のアンジェラ・ダックワーズは、これを「根性〜長期的な目標に向かって熱意を持って根気よく取り組むこと〜と呼んだ」とある。

ダックワースの研究では、知力や適性以上に、根性のある人びとが、関心、集中力、やる気によって、より高い業績を達成することがわかっている。P176/177

 

・・・これは、GRITのことだ。ここでは「根性」と訳されている。

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もちろん天賦の才能も重要だが、一定以上の能力を持った候補者がたくさんいたら、粘り強さは、その人がどこまで可能性を発揮できるかを予測する大きな要因になる。だから、ギバーは、根気のある人間に目をつけるのである。そして、じっくり時間をかけて、粘りのある人の背中を押すだけではなく、ギバーは根気のない人に根性そのものを植え付ける努力もする。(中略)

 根性を養う秘訣の一つは、目のまえの仕事をより興味深く、やる気のあるものにすることだ。ブルームの調査によれば、才能のある音楽科やアスリートは皆最初、ギバーの教師から学んでいた。

 こうした教師は子供好きで、正しいことをすると、褒めたり、ポジティブに賛同したり、ときにはあめ玉をあげたりしている。そして励ますことを常に忘れず、自分が専門とする分野と子供の指導に熱意を持っている。多くの場合子供とは家族や友人のように接する。このような教師の1番よいところは、子供が楽しくやりがいを感じながら、技能を学んでいけるようにしていることであるP 177178

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GRITそのものは、個々の非認知能力の問題だ。

しかし、だからといって「個々の性分」で片づけてはいけない。

「与える人」=教師や指導者、コーチは、個々のGRITを見極めるとともに、GRITの足らない子には「植え付ける努力」をして、しっかり育んでいくようにと述べている。

GRITが足らないからと見捨ててはならないのだ。

 

これは、性格は努力次第で変えられるという「成長志向」による。

ドウエックの「しなやかなマインドセット」と重なる部分だ。今まで読んできた書物と重なるので、嬉しくてワクワクしてしまう。

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June 11, 2020

GRIT=「結果が出るまで努力を続ける」

たまたま「結果より過程を重視する教育」を主張する小論文を読み、いろいろ考えるところがあった。

「結果に一喜一憂しない」
「結果より過程」


という主張は、よく分かった。

ただし、「できるようになるまで粘り強くがんばる」「結果が出るまでがんばる」は、「結果より過程を重視する」とは合致しない。

結果が出るまであきらめない姿勢が「GRIT」であったことを思い出した。

◆「最初からうまくできなくても、何度も挑戦しなさい」 同書P101

・・なるほど。確かに、このアドバイスは、「結果より過程」とは意味違う。

併せて『マシュマロ・テスト』を読む。セリグマンの言葉だ。

◆「思うに任せぬ状態になったときにも、その人がやり続けられるかどうかなんです」P134


・・・これも、「結果が出るまで粘り強く取り組むこと」のメッセージだ。

併せて『「学力」の経済学』を読む。たくさんマークした。

◆「あなたはやればできるのよ」などといって、むやみやたらに子どもをほめると、実力の伴わないナルシストを育てることになりかねません。P46

◆「よく頑張ったわね」と努力した内容をほめられた子どもたちは、2回目、3回目のテストでも粘り強く、問題を解こうと挑戦を続けました。
努力をほめられた子どもたちは、悪い成績を取っても、それは「(能力の問題ではなく)努力のが足りないせいだ」と考えたようです。

◆子どもをほめるときには、「あなたはやれなできるのよ」ではなく、「今日は1時間も勉強したんだね」「今月は遅刻や欠席が一度もなかったよ」と具体的に子どもが達成した内容を挙げることが重要です。そうすることによって、さらなる努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子供に育つというのがこの研究から得られた知見です。P50..51


今回、たまたま検索でヒットしたのが、中室研究室の研究報告書。

努力を褒めるべきか、さらなる努力を促すべきか
-オンライン学習における声かけシステムの効果-
中室牧子研究室 山越梨沙子  2016/12/23
http://lab.iisec.ac.jp/~hiromatsu/2016-kaken/files/%E4%B8%AD%E5%AE%A4%E7%89%A7%E5%AD%90.pdf


これも、復習にはぴったりだった。

◆子どもたちのモチベーションを上げるためには、能力ではなく努力を褒めるべき。
 努力を褒められた子どもたちは、出来ないことを才能のせいにしない。

・能力を褒められた子どもたちは成績を落とし、努力を褒められた子どもたちは成績を伸ばした。
 ↓
・努力を褒められた子どもたちは難問に直面した際、「自分の努力が足りないせいだ」と捉え、我慢強く挑戦を続けた。


単に褒められるよりも適切なフィードバックを受ける方が良い
「もう少し努力すればより良い結果が得られる」と思えるかどうかが大事。

・難問に挑戦するかは過去の失敗経験ではなく「頑張ればできる」と思えるかで決まる。

・「あなたはもっと作文が上手くなれる」とアドバイスされると、より努力するようになる。


◆「もう少し努力すればより良い結果が得られる」=成長思考(Growth Mindset)・やりぬく力(GRIT)

・「努力次第で結果は変えられる」と考える
・困難な問題に直面しても諦めずに粘り強く取り組む
・子ども時代に親や先生から努力を褒められて育っている
・大人になっても伸ばせる


◆「改善点を伝え、さらに努力するよう促す」と学習成果が高まる

・GRITが低い子ども
 「自分には才能がないから努力しても意味がない」
 ↓
・さらに努力するように促され、「もっと頑張る必要がある」と思う
 ↓
・粘り強く勉強するようになる(=GRITが高まった)


◆子どものモチベーションを向上させるためにはさらなる努力を促す声かけがよい

例1 時間切れになったドリルがあったね。正確にそしてスピードも意識して解くことを心がけよう!
例2 勉強を始めて1時間が経ったよ。もう1時間集中して頑張ろう!


・・・「結果より過程が大事」という主張も悪くはないのだが、「すぐにあきらめない」「再挑戦する」「自分の失敗を見直す」の要素が捨て切れていないから、もやもや感があったのだ。

 久しぶりに「GRIT」を読み直して、とても勉強になった。

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March 07, 2020

「成功志向」と「成長志向」は全く違う!

ビリギャルでベストセラーになった坪田信貴氏のメモ書きがある。
出典がないので、検証できないが、触発された自分のメモと言えるかもしれない。

①間違った答えを発表しても、まずは発表したことを認めてあげよ。
②否定する前に、瞬時に肯定的なリアクションをせよ 。
③「やればできる」とは限らないから、軽々しく「やればできる」と言ってはいけない。
 練習すれば上達はするから「やれば伸びる」といえばいい。
   結果ではなく成長を認めよう。
④「成功」を目指すと「失敗」を恐れる。「失敗」しないために「挑戦」をやめてしまう。
 「成長」をめざせば、「失敗」が糧になる。
  だから「成功しよう」ではなく「成長しよう」

なるほど。
失敗と成功を対で考えるから失敗を恐れてしまうのだ。
「失敗しない唯一の方法は何もしないこと。」とよく言われる通りだ。
何もしなければ失敗しないが、成功もしない。何も変わらない。 
失敗と成功が混在になって「成長」なのだ。

  「諦めなければ夢は叶う」という表現に懐疑的なので、自分の気に入ったところだけ恣意的に抜き出したり、まとめたりしている。
「努力論」は、ずっと自分の意識下にあるので、いつも同じところをグルグルしている。

「成功志向」ではなく、「成長志向」

やや難しいこの言葉の違いを子供に納得させるには、どんな語りがいいだろうか。
そこをきちんと詰めていかないと、意味がない。

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February 01, 2020

ラグビーは理不尽なスポーツ?

ラグビーは自分の思い通りにならない理不尽なスポーツだと聞いたことがある。
楕円のボールはまっすぐ転がらないし、味方へのパスは後ろにしないといけない。
人生と同じで、思うようにいかないものなのかと思っていた。

ところが。

この楕円のボール軌道について、ワールドカップ後の選手のインタビューで、コロコロ2回転がったら次は上に弾むことがわかっているので、そこをうまくキャッチしてトライしたという言葉を聞いてビックリした。
ラグビーは決して「思うようにいかない」スポーツではないのだ。

さて、古い学校新聞に、このラグビーボールの軌道を扱った文を見つけた。
==============
(前略)「運」に左右されることの多いスポーツのように思われます。しかし、「ほんの一瞬のプレーのために真剣に練習を積み重ねていけば、必ずボールを支配できる。」とも言われています。
事実、繰り返し繰り返し練習をすることで、地面に落ちたボールがどちらに転がるかある程度予測できようになるし、さらには自分の思い通りの方向に転がるようにボールをけることもできるようになるのだそうです。、まさに「努力は運を支配する」ということなのです。
 皆さんも地道な努力を積み重ねていけば、「運」まで味方につけることができると信じて、最後まであきらめることなく、自分の目標や夢を達成してほしいと思います。皆さんの今後の活躍を期待しています。
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・・・なるほど。「努力は運を支配する」は見事だ。

子どもには難しいかもしれないが、大人には染みる。
すぐには分からなくても、大人になって思い出してもらえたら効果を発揮する話なのだと思う。

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