September 04, 2025

まとめの感想=授業記録(「ごんぎつね」の場合)

 単元の最後に感想を書かせるとは、何をどう書かせることなのか。

 かつて、次のような内容で「ごんぎつね」の授業を進め、ノートのメモ書きを参考に、単元最後にまとめの感想を書かせたことがある。

=======

1)題を見て、読む前に予想した内容   

2)あらすじ

3)各場面の感想     

4)何度も読んでの感想 

5)一番印象に残った場面  

6)自分が音読した場面・音読発表の感想

7)ごんは気づかれたかったのか・気づかれたくなかったのか

8)最後は「よかった話」のか「ざんねんな話」なのか。

9)残念な最後にならないためには、どうすればよかったのか。

10)この話の続き

11)「手ぶくろを買いに」との比較

12)「サーカスのライオン」との比較

13)授業の感想(がんばったこと・もりあがった課題)

14)感想文の感想 

========

 これらの項目を全部書く必要はなく、たくさん書けそうな項目・自分の印象に残る項目を選択して書かせた。

 以下、ある子供の「ごんぎつね」の感想、  原稿用紙6枚分である。

 

◆読む前に予想した内容は、「手ぶくろを買いに」のようにきつねが人間とかかわる話だと思いました。 

◆実際に読んでみたら、 最初はとっても悪い きつねで、でも後半まで見ると とっても思いやりのあるきつねで、いたずらをやっていた時のきつねと大ちがいでした 。でも死んでしまってとってもかわいそうでした。

◆最初に読んだ時の感想は、 いたずらっこのごん。つぐないをがんばるごん。2つの ゴンがいて、ごんは兵十のおっかあがなくなったのを後かいし、つぐないをがんばったのにうたれてとってもかわいそうだと思いました。

◆ 何度も読んでみて、ごんが 努力しててがんばったと思います。ごんも兵十も、おたが互いに悲しんでいたと思います。だから私は、兵十がごんに感謝してほしいと思いました。

◆このお話の中で 私が一番気になっていることは、今度は逆に兵十がごんに向かってどんなことをしていくか ということです。かんびょうしたり、新たに 兵十がつぐないをしたりいろいろあると思うけれど、兵十も何かがんばってほしいと思いました。

◆一番 心に残っているのは、2 画面のごんのうなぎのいたずらを後かいする場面です。

 理由は何回も班で音読練習したし、ごんのくやしさや、後悔したりして本当はとってもやさしいきつねだというところが分かったからです。 これからも、いろいろな場面を気持ちを込めて読めるようになりたいです。

◆音読発表した場面は、6場面の9行目からで、この場面をやりたかった理由は、少し苦手だったので音読発表会のためと思い練習して、上達させたかったからです。

◆ ごんは気づいてほしかったのかという質問で、 私は気づいてほしい 40%、 気づいてほしくないが60%でした。気づいてほしいを40%にした理由は、「そのあくる日も・・」と毎日栗を固めておいてでいるごんは、兵十につぐないをみとめてほしいと思っているのかな?と 私は40%にしました。気づいてほしくない を60%にした理由は、「こっそり中へ」という文があり、つまり、気づいてほしくないのかなと思いました。だから私は気づいてほしくないの方を多くし、 60%対40%にしました。

◆最後は、「よかった」「ざんねんか」の問いかけでは、私はよかった方を50% 、ざんねんの方も50%にしました。よかった方に50%にした理由は、ちゃんと最後に気づいて兵十がごんに感しゃしたと思うからです。残念の方に50%にした理由は、結局ごんは死んでしまったし、兵十も毎日毎日、栗をもらっていたのに、ごんをうってしまったから、ざんねんの方にも50%にしました。

◆どうすればよかったか の問いかけに、私が思うのは、たとえ兵十に見つかってしまっても、兵十が火なわじゅうを持って来ていなかったらよかったし、「ごん、おまえだったのか・・」のところを明るく言えればハッピーエンドになったと思います。

◆このお話の続きは何だろうと考えると、ごんと兵十が逆につぐないをしたり、かんびょうしたり、いろいろな 続きがあると思うけど、一番あるんだとしたら、兵十は一人になった自分に、毎日毎日栗や松たけをくれたごんに感謝をして、天国に下から「ありがとう、ありがとう」とつぶやいたり。

◆「サーカスのライオン」とひかくすると、結末が似ていたり、メインがいっしょだったり、いろいろあるけど、やっぱり最後がとっても悲しいこと。2作ともとっても思いやりのある話だと思いました。 

「手ぶくろを買いに」とひかくすると、小きつねが出ていたり、作者が同じだったり、きけんなことをしたり、比較するとにているところがいろいろあることが分かりました。作者が同じだと、話の流れや登場人物など似ているところがいっぱいあるんだなと思いました。

 私は、「サーカスのライオン」や「手袋を買いに」 だけではなく、もっといろいろな作品と作品を比較してみたいと思いました。

◆私が思った「ごんぎつね」の授業の感想は、 一つ一つの場面を読んで感想を言ったり行動のこと、ごんのこと、兵十のこと、つぐないのこと、いろいろなことをやりました。そしていろいろな「ごんぎつね」のよさも分かりました。私の心の中で残っているのは、いつもと やり方が違ったので楽しかったし、発表はあまりできなかったけど他の物語もこのやり方でまたやりたいと思いました。

◆感想文を書いた感想は、物語の良さ、思いやり、おたがいを思うこと、気づかうことが分かりました。ごんのつぐないの意味、分からなかったこと、行動をみんなで考えて、この物語の良さを考えて、よかったと思いました。

| | Comments (0)

August 29, 2025

「ごん」は、どんなきつねかにどう答えるか?

 市販テストで「どんなきつねか」と問われたら「いたずらばかり」「ひとりぼっち」の2か所を抜き出して終わるだろう。

 むろん、市販テストでも、「単語」を抜きだすのではなく、「文」で表現させる設問があれば事情は違う。「書いてある情報をつなげる」「書いてある情報から自分なりの解釈を広げる」ことを求めてる設問がないとも限らない。

 本文にはないけれど「さびしがりや」「用心深い」という意見は、まずまず妥当性がある。論拠を含めて記述すれば、例えば次のようになる。

ごんはさみしがり屋なのだと思う。なぜなら、毎日ひとりですごしていると、さみしいので、村人の気を引きたくていたずらをしていたのだ。

◆ごんは用心深いきつねだと思う。なぜなら、いもを掘りちらしたり、菜種がらに火をつけたり相当ないたずらをしながらつかまったことがないのは、いつも人間の様子をじっとうかがって見つからないように注意しているからだ。ごんは川の中にいる兵十の様子もしっかり観察していたではないか。

 GEMINIは、「単語」から「文章」へ広げるための3つの視点を提示し、これらは、「物語の叙述情報と自分の解釈を結びつける練習」になると述べた。

(1)感情の「なぜ?」を深掘りする

 単なる「さみしい」という感情で終わらせず、なぜその感情を抱いているのか、その感情がどのような行動につながるのかを考えてみましょう。

※「さみしい」という感情の根源は何か?

※「さみしい」がもたらす行動は何か?

・・・このように掘り下げることで、「さみしいからいたずらをする」という単純な構造から、

「ごんは、ひとりぼっちでいることの寂しさから、自分を意識してほしいという気持ちが生まれ、結果としていたずらという方法をとってしまう

というように、より豊かな表現が生まれます。

===

(2)行動の「背景」を読み解く

 物語の中で、ごんがとった行動には必ず理由があります。その行動の裏側にあるごんの思考や性格を読み解くことで、人物像に奥行きが出ます。

※なぜ、兵十がうなぎを捕るのを邪魔したのか?

※なぜ、兵十の母が亡くなった後、栗やきのこを届け始めたのか?

※なぜ、姿を見せずにこっそりと品物を届けたのか?

・「いたずらをするきつね」として知られているため、直接渡すと受け取ってもらえないと思ったから。

・自分の善行をアピールするつもりはなく、純粋な後悔の気持ちからだったから。

・・・これらの行動の背景を考えることで、

「ごんのいたずらは、単なる悪意ではなく、人との関わりを求める気持ちからだ」「ごんは、自分の行いを反省し、償おうとする優しさを持っている」

といった、多角的な人物像を描くことができます。

=====

(3)「もしも」の視点を加える

 物語には描かれていない、ごんの気持ちや考えを想像して文章に加えることも、文章量を増やし、オリジナリティを出す上で有効な手段です。これは、自分の感想や解釈を深めることにつながります。

・もし、いたずらをせずに、最初から兵十に寄り添っていたらどうなっていただろう?

・ごんが村人と仲良くなるには、どうしたらよかっただろう?

・最後に兵十に撃たれたとき、ごんは何を思っていたのだろう?

・・・これらの「もしも」を考えることで、

「ごんは寂しかったけど、いたずらという方法しか知らなかった。もっと他の関わり方を知っていれば、あのような悲しい結末にはならなかっただろう」

といった、物語全体を通した深い考察が可能になります。

 以上の3つの視点(「なぜ?」「背景」「もしも」)を意識して文章を組み立てることで、表面的な描写ではなく、ごんの心情や行動に深く踏み込んだ質の高い文章が書けるようになり、結果的に7行を超える文章に自然とたどり着くはずです。

=====

 なお、自分が分量を増やすために用いたのは「もしも」ではなく、読者としての感想。

ごんはさみしがり屋だ。毎日ひとりですごしていると、さみしいので、村人の気を引きたくていたずらをしていたのだ。でも、いたずらをして気を引いても、うらみを買って嫌われるだけだから、かわいそうだなと思う。

 振り出しの叙述に戻るが

◆「ひとりぼっち」という言葉の指摘にとどまらず、「ということは、お父さんもお母さんもいないのだ。兄弟もいないのだ」と拡散させる作業が大事だし

◆「いたずらばかり」という言葉の指摘にとどまらず、「それはきっと、寂しいからにちがいない」「いたずらをして気を引きたかったのにちがいない」という考察まで書くことが大事なのだと思う。

 「ごんの性格を分析して、自分なりの解釈を展開しなさい」の意味合いを含め

 「ごんの性格を検討しなさい」で探究できたら、言うことはないのだ。

| | Comments (0)

December 03, 2024

生成AIの「ごんぎつね」評・・「死亡フラグ」の名作?

※死亡フラグ: 主に物語の中で、キャラクターが間もなく死んでしまいそうなセリフや行動、状況を指します。


そこで生成AIに質問
死ぬことを暗示するような行動を「死亡フラグ」と言います。新美南吉の「ごんぎつね」の主役の「ごん」の行動は、いかにも「死亡フラグ」と言えるでしょうか?

ChatGPTの回答

新美南吉の「ごんぎつね」におけるごんの行動には、確かに「死亡フラグ」と解釈できる要素が含まれています。物語全体を振り返ると、ごんの行動が彼の悲劇的な運命を暗示しているようにも思えます。以下に具体的な点を挙げます:

1. 償いと自己犠牲

ごんは最初に兵十の家から盗みを働きましたが、その後兵十の母の死を知り、罪悪感から彼に償いをしようとします。誰にも気づかれずに魚や栗を兵十の家に届ける行為は、ある種の「自己犠牲」に近いものがあります。この自己犠牲的な行動は、物語の主人公が自身を犠牲にすることで他者に良い結果をもたらそうとする「死亡フラグ」の典型です。

2. 誤解を招く状況

ごんは直接兵十に自分の善意を伝えることなく行動を続けます。そのため、兵十には「ごんがまた悪さをしている」と誤解されます。このような誤解は、物語の悲劇的結末を準備する要素であり、主人公の行動が誤解や悲劇につながるパターンは「死亡フラグ」としてよく見られます。

3. 物語のトーンと伏線

物語全体に漂う寂しさや孤独感は、結末が悲劇的であることを予感させます。特に、ごんの行動が報われない形で物語が展開する点は、読者にごんの「死」の可能性を早い段階で想像させる伏線のようなものです。

4. 自己の境遇を省みない行動

ごんは狐という人間社会では敵視されがちな存在でありながら、兵十に寄り添う行動を取ります。このような立場をわきまえない行動は、悲劇的な運命を招くキャラクターの典型です。

結論

「ごんぎつね」のごんの行動は、典型的な「死亡フラグ」と言えるでしょう。償いのために善意で行動しながらも、その善意が誤解され、結果的に命を落とすという結末は、まさにフラグが積み重なった結果と言えます。この物語はごんの死を通じて人間と自然、善意と誤解の複雑な関係を描いており、死亡フラグの物語的効果を強く感じさせる名作です。

(以下、私の感想)
ここまで緻密に生成AIに「分析批評」されちゃうと、人間は何をすればいいのかなあ。
それはそうと「死亡フラグ」は、「死を暗示させる行動」ということで、分析の観点の一つになる。
「少年の日の思い出」も、「ああ、悲劇はそこから始まっていたんだな」と思える箇所を列挙してみると面白い。


「ごんぎつね」を冒涜するつもりはありません。念のため

| | Comments (0)

October 11, 2024

ごんは「悪いきつね」


「ごんぎつねの授業を参観した。


 授業者は、ごんのいたずらを整理した後、「ごんは悪いきつねか、悪くないきつねか」を問うた。

 意見の分布は半々というところ。席を移動して机を向かい合わせにして「討論」を行った。

 そうやって、意見交換させることはいい。

 自分の立場で意見を述べ、相手の意見に反論することは、すぐには上達しないので機会があるごとにチャレンジさせればいい。

 しかし、一場面に限定して尋ねているのに、全文読んでいるので、「一場面のごん」とは違う解釈が混じっていた。後半、やさしいごんになるから、子供は最初からやさしいごん・本当はやさしいごんで読みたいのだ。

 自分も分かっていたのだが、ダメ出しできなかったのが

============

第一場面のごんは当然「悪いきつね」である。「悪くないきつね」という読みは浅い。

============

と白黒つけるべきだった点だ。 授業者はどっちも言えるよね、理由がちゃんと言えればいいのだという形で授業を終えた。

 しかし、第一場面で、農家の生計をおびやかす様々な悪戯をしたごんが「悪くない」はずがない。
 許されない行為をした「ごん」だったから、兵十は迷わず撃ち殺そうと思ったのだ。
 全文読んだ上で授業をしているからこそ、第一場面のごんは「許すことのできないひどいごん」として押さえなくてはいけない。

 「悪戯ばかりする悪いごん」が「償いをするやさしいごん」に変わったところが、この作品の鍵なのだから。

 「ごんは悪くない」と考えていた子供にも「許されない行為をしたから、兵十は迷わず撃ち殺そうとした」という事実をを押さえた上で意見を書かせないと意味がない。

 「確かに、農家の人々にとって許されない悪戯をしたのだからごん悪い。でも・・・」の「・・・」の部分を、相手側が納得するように書かせなければ、読みの浅さを放置していると言われても仕方ない。

 子供は他人の意見を聞いていない。なかなか自分の意見を変えようと思わない。
 だからこそ教師が介入し、「指導」を加えなければ、子どもは成長しないのだ。

| | Comments (0)

「ごんぎつね」を読み味わうためにヒガンバナのイメージを

ヒガンバナに囲まれ花嫁行列 愛知・半田
「ごんぎつね」にも描かれた矢勝川

「ごんぎつね」の中の、お葬式の場面はイメージしにくいです。
動画は、「ごんぎつね」の舞台と言われる愛知県半田市の「結婚式の花嫁行列」のイベントです。
昨年の中日新聞の記事。

写真は、今年9月29日の中日新聞
1740b103d7224d6d907a1425233c5650_1_201_a

| | Comments (0)

August 17, 2024

「ごんぎつね」のラスト、ごんは死んだのか。

銃で撃たれたごんは死んだとも読める。

「死んだ」と明記されていないのだから「死んでいない」とも読める。

もはや堂々巡りで、結論を出しようがない。

個人的な見解としては

「死んだ」と書かないで「死んだ」と読ませるのが作家の筆力。

「死んだ」と書いていないから「死んでいない」と言い張るのは、文学の暗示生を理解しない幼稚な見解だと私は思う。

 「分かり合えない」「すれ違い」の悲劇を強調するなら、ごんが死んだ方が効果的だ。

 

しかし、子供相手にムキになっても仕方ない。

同じ論争は「明日のジョー」でも起きた。

================

◆少し下を向いて満足そうに微笑んでいるジョーを見て、大人はジョーが燃え尽きて死んでしまったんだと理解し、子供たちは、ジョーはただ目をつむって休んでいるだけで、明日にはまたサンドバッグを叩いて世界タイトルを目指すんだろうな、と考えられるように描いたんです。

◆いまだにジョーの熱烈な支持層は多く、(略)復活させろとの手紙や電話に悩まされている昨今、この場を借りてお断りしておく。ジョーは燃え尽きたのデス、真っ白に……。

https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/joe

=================

同じことは、漫画「スプリンター」でもあった。最後、主人公は消えたのかどうか。

 

・・・結末の解釈を読者に委ねる手法を「論点回避」と言う。

「真っ白に燃え尽きた」ことを描写し、それ以上は説明しないこのラストを「死んだ・死んでいない」で言い争うのは野暮なのだ。

「ごんぎつね」の結末をロジックで考えさせるなら、

「青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました」というラストを踏まえ、

◆生きているなら、この1文をどう捉えるか

◆死んでいるなら、この1文をどう捉えるか

を言語化させるべきだろう。

「まだ」という言葉が「まだ生きている」を感じさせる。

「けむりが・・出ていました」は、ごんの魂が天に昇っていく様子を感じさせる。

などなど。

 どっちでもいいから、自分なりに根拠づけること・説得する努力が大事なのだ。

C14806ad832e402eaab3292ea64f1301 B002387ee747486a9545fc02297144e9_1_201_a

| | Comments (0)

July 15, 2024

「ごんぎつね」セレクト

◆フィンランドメソッドで「ごんぎつね」の発問計画

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2010/01/post-55bd.html

 

◆題名から要約・題名からサブタイトル

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2020/12/post-2b4aa5.html

 

◆『ごんぎつね』の構造は「序破急」

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2021/10/post-ff1270.html

 

◆『ごんぎつね』の構造は「無限ループ」

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-ad34f2.html

 

 ◆「ごんぎつね」の解釈(1)「つぐない」

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2008/06/post_f418.html

 

 ◆「ごんぎつね」の解釈(2)悲劇を繰り返さないための教訓読み

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2008/12/post-c1c4.html

 

◆『ごんぎつね』の解釈 (3)「人間と狐」だからこその悲劇

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2021/10/post-14fa17.html

 

◆『ごんぎつね』の解釈(4)「有隣」

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2021/10/post-abc9be.html

 

◆「ごんぎつね」の解釈(5) 「分かってほしい」作者の投影

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2021/10/post-c57571.html

 

◆「ごんぎつね」の解釈(6) 額縁構造から読めること

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-8c786a.html

 

「ごんぎつね」の主役の検討

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-9152b8.html

 

◆「ごんぎつね」の主役の検討を「三角ロジック」で。

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2017/12/post-5a81.html

 

◆「ごんはどんなきつねか」を三角ロジックで

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2024/07/post-ef1f1b.html

 

◆「ごんぎつね」の対比の検討

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-a9dff2.html

  

◆別教材で「有隣」

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-1e76a5.html

 

◆「ごんぎつね」はコミュニケーション不足の悲劇

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/08/post-fafc2a.html

 

◆「ごんぎつね」の語彙の指導

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/08/post-843ab3.html

 

◆「ごんぎつね」のワークシート

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2023/08/post-ee09ef.html

 

◆「ごんぎつね」の指導計画

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/10/post-9693ab.html

 

◆ごんぎつね ~兵十の状況が理解できない子~

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/10/post-01096e.html

 

◆物語は「初めー終わりー中」の順番で検討する

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/10/post-f3ea07.html

 

◆「ごんぎつね」の構造 ~ラストまで読んだら振り出しに戻る~

http://take-t.cocolog-nifty.com/kasugai/2022/09/post-ad34f2.html

 

TOSSランド 「ごんぎつね」の覚書

https://land.toss-online.com/lesson/aapucpgrnwqtrw7c

| | Comments (0)

July 14, 2024

「ごん」は、どんなきつねか?

「ごんぎつね」の6場面を参観した。
授業者は、「ごんは、どんなきつねか?」を課題とし、その根拠と理由を書かせていた。
子供たちは、それぞれ意見を書き、発表していったが、それを集約する先生が大変そうだった。
「どんなきつねですか?」については
◆やさしい
◆かわいそう
の他に、
◆かんちがいされてうたれてしまったごん
◆つぐないをしたのにかんちがいされたごん
のような意見もあり、
「それは、『かわいそうなごん』に含まれるのではないのかな?」とも思った。
授業者としては
 
①「どんなごん」を書き、
②証拠となる叙述を抜き出し
③説明(コメント)を加える
の3点セットを書書かせたかったようだ。
それなら、子供の意見を丁寧に板書せずに必要なワードだけを付箋に打ち込んで、あとで整理してもよかったのでは。
というわけで、授業後に、私がジャムボードにまとめてみた。
①ごんは「やさしい」
②「栗や松竹を届けた」「こっそり」とあるから
③ばれたくない・気づいてほしかったという気持ちが伝わってくる
①ごんは「かわいそう」
②「またいたずらに来たな」と言われ、銃で撃たれてしまった。
③いいことをしたのに、勘違いされて「かわいそうだ」
しかし、授業中、①②③がうまく揃わない意見もあった。
3つを揃える。つまり「証拠」と「説明(理由)」を明確に書き分けるのは難しいのだ。
その難しさを考えずに「どんなごん」かを尋ねる授業は、要注意である。
Eca562bc16f7445aa77313d8bc687500

| | Comments (0)

July 13, 2024

単元のまとめの感想 「ごんぎつね」を例に

かつて、「ごんぎつね」のまとめの感想を書かせたことがある。
ほぼほぼ授業でやったメニューを板書で提示し、書きやすいものを書かせた。
全部書く必要はない。自分が書きやすいものを選ぶためのメニューであり、授業内容を思い出すためのメニューである。

==============
①題を見て,読む前に予想した内容
②あらすじ
③各場面の感想          
④何度も読んでの感想 
⑤一番印象に残った場面    
⑥自分が音読した場面・音読発表の感想
⑦ごんは気づかれたかったのか・気づかれたくなかったのか
⑧さいごは「よかった話」のか「ざんねんな話」なのか。
⑨残念な最後にならないためには,どうすればよかったのか。
⑩この話の続き
⑪「サーカスのライオン」との比較  
⑫「てぶくろを買いに」との比較
⑬授業の感想(がんばったこと・もりあがった課題)
⑭感想文の感想 
============= 
そして、何を書いていいかわからない子のために、留意点を提示した。 
①自分のノートを見て、これまでの授業を想起させる。
 ノートに書いたものを書き写させる。

②何番のメニューなら書けそうかを個別に尋ねてみる。

③その子が書けそうなメニューを提示して、書き出しをノートの書くのを見届ける。
作業中は、順調に書きすすめている子の様子を紹介する。
また、○○君は原稿用紙何枚目というように紹介し励ます(追い込む?)。
その結果、場面読みの時は、きちんとまとまりきらなかった子も、再度振り返ることで、完成度が高まった。
多い子で原稿用紙10枚・少ない子で3枚(欠席のため)という結果だった。
このとき、書かせてよかったと思ったのが「感想の感想」だ。
=========
▼次にこの感想文を書いての感想を書きます。
5枚書いたのでちょっとむずかしかったけれど1まい目2まい目だんだんスピードが速くなって最後5まい目は1まい目と比べて速く書けました ごんがこうかいしてつぐないをする場面,兵十がごんをうつ場面それぞれ感想を書いたり授業の感想を書くなどいろいろなことを書き最後感想文の感想を書くことが出来ました。
またお話の感想を書いてみたいです。こん度は10まい以上書きたいです。
 (授業中,ほとんどノートがとれない子が,あらすじを含めて5枚書いた⑭の感想)

▼感想文の感想・・わたしはこの感想を書いてもっと「ごんぎつね」が分かったような気がしましす。たとえば,「サーカスのライオン」や「手ぶくろを買いに」というお話ににていることを上手な読み方を知ったりなどいろいろなことがこの感想文を書いて分かりました。これからも,「ごんぎつね」を読みたいなと思いました。

▼この「ごんぎつね」の授業の感想は,いろいろな場面があってその場面の音読などをして,いっそうこの「ごんぎつね」のお話を知ることができました。たくさん発表もしました。発表できたのもあったけど,ほかの人に同じ意見を発表されちゃったこともありました。がんばったことは,音読です。ごんの気持や兵十の気持ちを考えて読むことをがんばりました。授業で発表をたくさんできてよかったです。

▼最後に感想文を書いてみて,ごんぎつねのあらすじからはじまって最初に読んでみたことを書いたりして,こうやってまとめたりすることは,大切だと思いました。まとめてあらためてこんなお話で,ごんや兵十がどんな気持ちかわかりました。こうやってまとめていると,ここまで楽しくまとめれたなあと思います。(中略)最後には,この感想文をたくさん書けてよかったなあという気持ちでいっぱいです。これからもお話の感想を感想文にまとめてみたいです。
▼私はあまり本を読むのが好きじゃなかったから,そんなに感想が思いつかなかったけど,なんどもなんどもよんでみるといろいろな感想が思いつきました。さいしょはよみがあさかったけど何度もよんでみるとよみがふかくなりよりいっそう感想がふえいろいろな感想が思いつきました。 
 感想文の感想:こんなにいっぱいの感想文がかけてうれしいです。前は2枚でした。でも5枚もかけてうれしいです。これにかいてみるといっぱいの感想がかけてうれしかったです。これからは学年が上がるにつれて1枚1枚ずつふやしていきたいと思います。
====================
 まとめの感想も、これぐらいのボリュームがあると、主体的な態度の「粘り強さ」「自己調整(工夫)」の度合いがよく分かる。
 もちろん「思考力・判断力・表現力」もよく分かる。
 
分量が多いので、表紙をつけて冊子にすると、ますます満足感が高まった。
55245c8c05ec455fac21225d1d1a69eb_4_5005_

| | Comments (0)

August 25, 2023

「ごんぎつね」は、コミュ二ケーション不足の悲劇

  『国語教育』(明治図書)の1998年2月号で大森修氏が『ごんぎつね』に触れていた。

  「価値観が問われている」とあるだけで具体的な指摘がないが、否定的なニュアンスである。

  以前、樋口編集長から紹介された『アメリカ人と日本人』を読んだこともあって、国語教材の価値観(あるいは子どもに与える影響)について私も考えていた。

  『アメリカ人と日本人』は、日本の国語の教科書の内容や登場人物が、アメリカの教科書に比べ、ひ弱で自立していないといった趣旨になっている。そして、そうした国語教科書の登場人物の生き方が日本人の生き方に影響している(すりこまれている)のではないかと警告しているのである。

  以下に私見を述べる。

 ----------------------------------------------------------------------------

  文学作品の特徴(美)の一つは、行間を読むことである。登場人物の心情などは、\はっきり書かれるよりは想像を書きたてるような「あいまいさ」の方が好まれる。 

 「黙して語らず」という美徳もある。しかし、これは相手に確実に真意を伝える「議論の文化」と相反している。   

-----------------------------------------------------------------------------

  「ごんぎつね」の悲劇性は、いじわるな見方をすれば、

 ○ごんが兵十に黙って「つぐない」をしようと思った独りよがりの行為に問題がある。

 ○きちんとあやまることもせず、かげでこそこそ行動したところに問題がある。

ということだ。

そもそもごんが勝手にやった行為は相手に通じていなかった以上「つぐない」とは言えないのではないか。

という考え方もできる。

「ごん」のいたずらと「兵十のおっかあの死」だって関連は怪しいのである。

  ラストで「ごん、お前だったのか」と兵十が言っているが、だからといって「ごん」が何のためにくりやまつたけを兵十の元に届けていたのか、その理由まで伝わっているとは限らない。

「ごん」の真意さえ伝わっていないのなら「ごん」の死は実に無意味である。

  議論の文化・コミュニケーションの文化と言う観点で見ると、「ごんぎつね」は

○相手に自分の気持ちをきちんと伝えていない。

○相手に自分の気持ちが伝わるまで話し合っていない。

と言える。「誤解」を避ける努力をしていないとも言える。

 

○「ごんぎつね」の教材解釈に、「ごん」は独りよがりだからいけなかったのだといった批判的な読みが認められているか。

そうした読み方を認めるほど国語の授業は自由であるか。

○「ごん」の悲劇の原因はどこにあったか・どうしたら「ごん」の悲劇は防げたか、という形でコミュニケーションの重要性に気づかせる授業が行われているか。

○議論重視・コミュニケーション重視の授業をと言いながら、教材がコミュニケーション軽視でいいのか。

  コミュニケーション不足による悲劇といった反面的な形でなく、もっと正攻法でコミュニケーション重視を訴える教材こそが求められていいはずである。

  これが、私なりの「価値観が問われている」の意味である。

  「沈黙は美徳」をすりこむような文学教材のオンパレードなら、その分、明示的な説明文の授業を繰り返す方が「生きる力」になる。

 

 『一つの花』も父親とゆみ子がきちんとコミュニケーションしていない(ゆみ子の年齢がそう設定されている)。

  「一つだけの花、大事にするんだよう」といった暗示的なメッセージは実に文学的である。

ただし、それゆえに父親の真意といったものはきちんと伝わらない可能性がある。

結局何が言いたかったのかあいまいだから

  「食べ物を大事にしようと言いたかったんだ」

「この世に生きるもの全てを大切にしようと言いたかったんだ」

なんて、父親の真意を想像させる実践が存在する。  

  文学の世界では暗示や二重の意味が大切な効果を示す。

  しかし、コミュニケーションの文化では、暗示(暗黙の了解)は避けるべきである。

 

  私は文学の暗示的表現や登場人物の沈黙を否定しない。感動もする。

ただし、それは相手に自分の意をきちんと伝えることの大切さに比べれば、重要度は低いと言いたいのだ。

  書かれていない人物の気持ちばかり尋ねている(想像させている)授業は、書いてあることをきちんと読み取る授業より減らしていくべきである。

  また、書かれていない人物の気持ちを想像させながらも、自分たちは実生活で伝えるべきことは、きちんと言葉で伝えていこうと教えていくべきである。

 『ごんぎつね』の悲劇の原因が「思い込み」や「コミュニケーション不足」であるならば、ぜひ、悲劇からその学ぶ授業であってほしい。

  反面的に生き方を学ぶのが「悲劇」の読みの典型であると私は考えているから。

| | Comments (0)