February 11, 2020

「PISA型読解力」をどう捉えるのか?

平成1712月文部科学省より出された「読解力向上プログラム」に、PISA型「読解力」の定義がある。

自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力

なお、PISA調査の「読解力」とは、「Reading Literacy」の訳であるが、わが国の国語教育等で従来用いられてきた「読解」ないしは「読解力」という語の意味するところとは大きく異なるので、本プログラムでは単に「読解力」とはせずに、あえてPISA型「読解力」と表記することとした。

・・・本来、「Reading Literacy」と書くべきところを「PISA型読解力」としてしまった。

なのに、冊子のタイトルは「読解力向上プログラム」。

従来の「読解力」とは大きく異なると明記しているが、世の中は保守的なので結局意識が変わらない。

2019年になってもマスコミは「PISA型読解力」「Reading Literacy」と書かずに、「読解力」と表記して騒ぐ。

そして順位が下がると従来型の読解力の強化を図る。

ダメじゃん。

PISA調査の「Reading Literacy」は、従来の日本の読解力とは大きく異なる。

Reading Literacy」に沿った対応をしなくては成果が上がるわけがない。

それが、学力テスト、大学入試問題であったはずだ。

せめて、教師は、従来の読解力と、「PISA型読解力」を明確に区別して、その対応策を意識するべきだ。

それでも曖昧なら、やはり原点に戻って「Reading Literacy」の言葉を用いた方がいい。

①ハイブリッド読解力

PISA型読解力=Reading Literacy

③基礎的読解力

④基盤的学力

⑤情報リテラシー

⑥汎用的読解力

これらが同じ意味なら、多種多様な言葉を使う必要もない。

人によって多様に解釈される危険があるなら、しっかり整理しないと、進むべき方向がずれていく。

 

※なお、紛らわしい概念に「クリテイカル・シンキング」がある。

この「批判的思考」と「リテラシー 」も極めて近い概念で、厄介なのだ。

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January 26, 2020

「初等中等教育局メールマガジン」に着目

初中教育ニュ-ス(初等中等教育局メ-ルマガジン)第376 2020/1/24□

https://www.mext.go.jp/magazine/backnumber/1422844_00007.htm

 

着目したのは、合田課長のコラム

【コラム】年末年始に先生方と対話して考えたこと -2020年を前にした3つの懸念を軸に-

〔初等中等教育局財務課 課長 合田 哲雄〕

このメルマガは、分量が多く強調部分がないので、自分に問題意識でピックアップするしかない。以下、意図的に抜粋し、太字にもしてみた。

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 では、「子供たちが未来社会を自立して切り拓くための資質・能力」って何でしょうか。人工知能(AI)の飛躍的進化やSociety5.0時代だから、プログラミングができて、英語を流暢に話せることでしょうか。そういう表層的なことではないですよね。

 ~中略~

教科書や新聞、新書などの内容を頭でベン図などを描きながら構造的に正確に読み取る力、

・ 歴史的事象を因果関係で捉える、比較・関連付けといった科学的に探究する方法を用いて考えるといった教科固有の見方・考え方を働かせて、教科の文脈上重要な概念を軸に知識を体系的に理解し、考え、表現する力、

・ 対話や協働を通じ、新しい解や「納得解」を生み出そうとする態度、

が大事なのですが、これらは、「書くことは考えること」という指導、多様な子供達がともに学ぶなかでの「学び合い」「教え合い」の学校文化、教科教育研究や授業研究といった固有の財産を持つ我が国の学校教育が150年にわたって重視してきた力そのものです。

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合田氏は30223号のメールマガジンのリンクをされている。

以前の主張と変わらないということだ。

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AIは与えられた目的の中で処理を行っています。他方、AIに与えるこの目的の良さ、正しさ、美しさを考えたり、複雑な状況の中で目的を組み換えたりといったことができることが人間の強みであり、目の前の子供達はAIが「解なし」と言ったときに本領を発揮しなければなりません。しかし、そのための力は、今の学校教育では到底及ばないような超人的なものでしょうか。 

 そうではありません。松尾先生や新井先生がAI時代に求められる資質・能力として挙げているのは、「教科書や新聞、新書などの内容を頭でベン図などを描きながら構造的に正確に読み取る力」、「歴史的事象を因果関係で捉える、比較・関連付けといった科学的に探究する方法を用いて考えるといった教科固有の見方・考え方を働かせて、教科の文脈上重要な概念を軸に知識を体系的に理解し、考え、表現する力」、「対話や協働を通じ、新しい解や「納得解」を生み出そうとする態度」。これらは、「書くことは考えること」という指導、多様な子供達がともに学ぶなかでの「学び合い」「教え合い」の学校文化、教科教育研究や授業研究といった固有の財産を持つ我が国の学校教育が140年にわたって重視してきた力そのものではないでしょうか。

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・・・情報の正しい読み取りと、分析、解釈、自分なりの見解の表明といった一見目新しい情報リテラシー、読解力リテラシーの課題が、我が国がこれまで重視してきた力であると主張されている。

だからといって、昭和に戻れといってもいるわけではない。

でも、全く新しいことに取り組む「ゼロ発進」でもない。

向山実践が今なお新しいように、これまでの教育を正しく継承し、発展させていかねばならない。

残り少ない自分にもやるべき仕事がある。

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January 13, 2020

文科省のPISA読解力の見解は?

読解力についていえば、前回までは、「読解力」の定義は、書かれたテキスト(本や新聞など出所や校正・校閲がしっかりした書きもの)の中から「情報を探し出す」「字句の意味を理解する」「統合し、推論を創出する」「内容と形式について熟考する。」等でありました。つまり「従来型」の範囲内での「読解力」を問うものだったといえるでしょう。

 今回からは、オンライン上の様々なデジタルテキスト(ブログ、投稿文、宣伝サイト、メール文)など、文責が誰にあるのか、出所が定かであるのか、校正・校閲がしっかりなされているのかなどが一見明確ではない文書について、「質と信ぴょう性を評価したり」「矛盾を見つけ対処したりする」ことも求めており、問題自体もその7割がPC使用型調査のために開発された新規ものとなっています。つまり、前回までの「読解力」の調査からは大きく変化しているということです。

 OECDの責任者であるシュライヒャー局長も、現代社会においてデジタルの世界で求められる読解力に焦点を当てたこと、「フェイクニュース」が広がる世界での読解力がより重要な能力になっていることを明確に言及しており、今回のPISA調査は、これまでの「読解力」の範囲に加え「情報活用能」をも求めていることは明らかだと思います。

初中教育ニュ-ス(初等中等教育局メ-ルマガジン)第373号(令和元年1224日臨時号)

【矢野 文部科学省大臣官房審議官(初中教育担当) 特別寄稿】PISA調査2018GIGAスクール構想

https://www.mext.go.jp/magazine/backnumber/1422844_00003.htm

この審議官の言葉が一次資料なら、求められる読解力は

1 「情報を探し出す」

2 「字句の意味を理解する」

3 「統合し、推論を創出する」

4 「内容と形式について熟考する」

5 「質と信ぴょう性を評価する」

6 「矛盾を見つけ対処する」

で、これは、

◆これまでの「読解力」に「情報活用能力」を加えたもの◆

ということになる。これを後段で

◆新たな読解力(読解力と情報活用能力のハイブリッド型)◆

と呼んでいる。これがまさに新学習指導要領の先の課題ということになるだろうか。

なお補足の形で、従来の物語の読みを否定せず、並行して指導すべきだと述べている。

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1 PISAは全世界で同時に調査を行うため、文化に依存する価値観や筆者の気持ちなどは問わない。

2 PISAの読解力や書く力を議論するときには、日本の国語科の伝統的な読解力と区別する必要がある。

3 「ごんぎつね」の気持ちを丁寧に読解する活動をPISA読解力低下の「処方箋」として流したのは、的を射たものとは言い難い。

4 「読解力」に加え「情報活用能力」という「新たな課題」がOECDから各国に投げかけられている。

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これからは、「読解力」と「情報活用能力」なのだと何度も出てくる。

日本の伝統的な読解力と区別しろという指摘も重い。

矢野氏の私見とあるものの、文科省の見解と見てよいだろう。文科省のHPなのだから。

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January 01, 2020

記述式問題とプログラミング的思考

国語の記述式問題に対しては、「答えが千差万別になるから採点が不安」との批判、誤解がある。

しかし、試験問題で課す以上、千差万別や十人十色はありえない。自由な解釈を問うているわけではない。

プログラミングでいうと、たった1つコードが違うだけで、プログラムは動かない。あるいは目的通りの動きをしない。

我々が記述する文章にも同じような精密さを求められる場合がある。
契約書や規約、法的書類などだ。十人十色に読まれては困るのだ。
しかも、現代は外国人にも通じなくてはならないから、阿吽の呼吸は通用しない。きちんと明示し、達意の文章で示さねばならない。
プログラミングのコードほど厳密でないにしても、ある程度の厳密さで記述しないと誤解が生じ、トラブルが生じる。
だから、「プログラミング的思考」「プログラミング的な表現力」が必要になる。誰が読んでも一義にしか読めない文章だ。
新井紀子氏の公開授業も、道案内を題材に「一義になる文を書く」というものだった。
お分かりになると思うが、これがプログラミング的であることは明らかだ。
記述式の解答をAIに採点させるという話もあったらしいが、これも、AIがプログラミングのように一義に読めるかを確かめるためだと思うと合点が行く。
AIに読み取ってもらえないような多義的な表現、条件を逸脱した表現は「不可」の時代が来る。
一義にしか読めない文章を書くのが記述式テストの本意であるのに、「答えが多様になるから採点が大変だ」との批判があった。おかしい。
それは解答が間違っているし、そもそもの記述式解答の意図が分かっていない。
自己採点でバラツキが多かったとの批判があった。あるいはアルバイトの採点で大丈夫なのかという批判があった。
しかし、そもそも条件を正しく読み取れない生徒は、示された模範解答と自分の解答が同じかどうかの理解ができない。
自己採点できない読解力の低さが問題なのであって、記述式問題が悪いわけではない。
生徒が条件設定を理解できる力をつけない限り、このようなおかしな批判はなくならない。

ここは三段論法で締めてみる。

①プログラミングは、society5.0の社会に必須な能力だ。
②一義にしか解釈されない文章を書くことが、プログラミングできる子供たちの育成につながる。
③だから、条件に合わせた一義の記述式問題は、どうしても必要だ。

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「情報」の学習指導(光村版)

   

光村図書の方が置いていった「情報の扱い方」の資料。

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◆新しい学習指導要領では「情報の扱い方に関する事項」が新設され、「情報と情報との関係」「情報の整理」の二つの系統で示されました。◆「情報の扱い方に関する事項」は、従来の指導内容を整理し直したものです。

例えば、これまでも、説明的な文章の学習で、段落どうしの関係など、文章内の情報と情報との関係についての指導は行われていました。

しかし、これからは、このような指導と情報と情報の関係性の観点から、より意識して行い、その成果を自分の表現に役立てるなど、汎用性のある力にまで高めることが大切です。

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なるほど。

新学習指導要領を真剣に読み込んでいなかったし、明らかに勉強不足だった。

その指導のポイントも、大切な指摘だった。

ステップ1:情報を取り出す

ステップ2:情報を整理する

ステップ3:関係を捉える

ステップ4:発信する

 

このステップ3の「整理」の中に、4つの方法が示されている。

【場面や目的に応じてさまざまな思考法を使う】

①観点ごとに整理する・・・表

②分類して整理する・・・・表

③共通点・相違点を整理する・・ベン図

④順序・流れ・関係を整理する・・フローチャート図

 

また④の「関係」の中に、2つの論理が示されている

【分析・吟味の方法を知る】

①原因と結果・・・原因 ⇒ 結果

②意見と根拠・・・根拠 ⇒(意見と根拠をつなぐ考え)⇒ 意見

 

説明を省くが、根拠と意見の間に(意見と根拠をつなぐ考え)が入っているところが良いと思う。三角ロジックに近い流れになっているからだ。

「情報の読み取り」という観点で、従来の国語の指導内容を整理し直す発想を自分もしっかり身につけようと思う。

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読解力は、より重要な能力

OECD教育・スキル局長アンドレアス・シュライヒャー氏のコメントが124日の中日新聞に掲載されていた。

見出しは「読解力はより重要な能力」。

さらに詳しい内容が教育新聞129日号に掲載されていたようだが、コンパクトな、こちらの記事を打ち込んだみる。

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読むという行為の性質は大きく変わっており、今回の調査ではデジタル世界における読解力に焦点を当てた。従来の紙の書物は専門家が内容を精査し、書いてあることは正しいと信じられていた。しかし、インターネット上の情報は真偽が分かりにくく、答えも一様ではない。複数の出所の情報を比較し、事実か違憲かの区別をつけることも求められる。こうした意味での読解力を付けるには、デジタル機器をただ使うのではなく、どう使えばいいのかを教えることが大切だ。フェイクニュースが広がる世界で読解力はより重要な能力になっている。

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なるほど。情報の真偽を見極めるための「読解力」が、今後ますます重要になることはよく分かる。

ただし、違和感もあった。

従来の紙の書物は専門家が内容を精査し、書いてあることは正しいと信じられていた。しかし、インターネット上の情報は真偽が分かりにくく、答えも一様ではない。

「従来の情報は正しかった、今は真偽が分かりにくい」という構図だが、そうとも言えない。

従来の紙の書物は専門家が内容を精査し、書いてあることは正しいと信じられていた。しかし、インターネット上で真逆の情報が溢れることも多くなり、必ずしも正しいと言い切れなくなった。自己責任で情報の真偽を判断せざるを得ない。

 「従来の情報が正しい」というんは、あくまで「信じられていた」だけで、本当に正しかったかどうかが別だ。これまではフェイクニュースが堂々と報じられてきたが今は化けの皮が剝がれるようになったのだとも言える。

 とにかく複数のテキストから総合判断する・批判検討するという読みのスタンスが大事だということが分かる。PISA調査問題も、学テ問題も、大学共通テスト記述問題も、複数のテキストから情報を読み取ることが求められている。この方向は、もはや後戻りできない。

従来の紙の書物は専門家が内容を精査し、書いてあることは正しいと信じられていた。

 無論、この「紙の書物」には教科書も含まれる。教科書に書いてあるから正しいわけではない、という読みのスタンスが大事だということも分かる。

シュライヒャー氏のTEDトーク、下記のサイトは日本語もコピペできる。

https://www.english-video.net/v/ja/1667

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November 16, 2019

中央公論12月号 伊藤氏貴氏への反論

中央公論12月号「国語の大論争」で伊藤氏貴氏は、新井紀子氏のRSTの問題を提示している。

 次の二つの文章の表す意味は同じか異なるか
◆幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。
◆1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。

 中学生の正解率は57%に過ぎず、高校生は71%。
 その要因として、氏は「既習の知識に合わないからだ」と言う。
 「中学生が間違えた最大の理由は、幕府と大名の関係を知らなかったためだろう」
 「国語と言うより日本史の問題だろう。文章を読むことは、外部の知識と切り離して考えられるものではない」とも。

 中学生で「幕府、大名、ポルトガル人、沿岸警備」が分からないことはない。
 これは単純に「受け身の文への書き換えは混乱しやすい」ということなのだと自分は思う。
 受け身の文への書き直しという文法の授業は、むしろ英語の構文で扱われる。受け身や完了形、目的語などは、英語と日本語と合わせて文法の授業をするべきだと思うし、実際、中学校の国語の文法では、英語に絡めて教えたものだ。高校生なら英語文法でも受け身表現への書き換えをしつこく練習させられる。それも正答率が高い要因だろう。

 続く以下の記載には驚いた。
 国語教科書の代表編集を行っているにしては、生徒の実情をご存知ない。

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もし厳密に修飾関係を理解できているかどうかを問うためならば、たとえば構文を変えず、次のようにしてみれば、中学生でももっと正答率は上がったのではないかと思われる。

◆Aは、B年、CをDし、EにはFを命じた。
◆B年、CはDされ、AはEからFを命じられた。


「幕府」「大名」などという、うろ覚えの単語に気を取られず、純粋に修飾関係だけを追えるからだ。これは「読解力」というより「注意力」の問題である。
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・・・確信を持っていうが、このようにABCDで表記したら、中学生も高校生も正答率は間違いなく下がる。中学生57%。高校生71%には絶対に届かない。
 記号化して問うてみよという伊藤氏の発想こそが、むしろ、高校で「論理国語」が必要であることを裏付けている。

 具体的な対象のある数字で考える「算数」から、抽象数や記号で考える「数学」に移行するように
 具体的な対象のある言葉で考える「国語」から、抽象概念や記号で考える「論理国語」に移行すると考えると、実にスッキリするからだ。

「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」という構文を
「Aは、B年、C をDし、EにはFを命じた」
と置き換える思考作業こそが「論理国語」の真骨頂だ。

 だから 伊藤氏の上述の意見をトレースするならば、次のように反論する。

「幕府」「大名」などという、うろ覚えの単語に気を取られず、純粋に修飾関係だけを追う。これこそが「読解力」というより「論理力」の問題である。

「論理学的な内容を導入することに反対しているわけではない」という伊藤氏は、論理国語への疑問をシニカルに書けば書くほど、実は論理国語の必要性を述べてしまっているのだ。

 伊藤氏への反論と書いたが「伊藤先生、ありがとうございます!」という心境である。

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中央公論12月号 「ロギッシュ」と「ミクシ」

 中央公論12月号「国語の大論争」の特集では、三森ゆりか氏の田嶋幸三氏対談が印象的だった。サッカーの強化を言語技術教の習得から始めたお二人だ。話が面白い。

(三森氏)
私はドイツでサッカー観戦の面白さに目覚めたのですが、サッカーと「ロギッシュ」(ドイツ語で「論理的な」)という言葉は切っても切り離せないものでした。解説を聞いてしばしば、「今のプレーはロギッシュだ。なぜなら・・」というフレーズが出てきました。プレー一つ一つに理由がある。このプレーはロジカルにこんなメリットがありましたね、といった分析の仕方がドイツでは普通なのです。一方、日本に解説を聞いていると、「今のプレーは凄かったですね」などと言います。テレビ画面を見ていればわかることを言葉でトレースする。
(田嶋氏)
そう、「ボールが浮いてしまいましたね」というタイプの解説が日本では多いよね。視聴者も画面を見ているのだから、起こったことはわかっているのに。それより「では、いったいなぜ浮いてしまったのか」「蹴った時の足の位置はどうだったのか」という分析や原因を視聴者は知りたいのですよ。現象はなぞっても現象はなぞっても原因の方は言ってくれない解説では、欲求不満がたまりますよ。


・・・「ボールが浮いてしまいました」「オフサイドです」は、実況ではあっても解説ではない。解説者の仕事は、起きた状況の分析や原因を解き明かすことだ。解説者は実況が本分ではない。ナルホド!

 ドイツでは「ロギッシュ」か。
 そういえば、フィンランドでは先生も子どもも「ミクシ(「なぜ)」だった。
 子どもが答えを言うと、「ミクシ? どうして〇〇だと思うのか」と教師が問う。
 教師が答えを言うと、逆に子どもが「ミクシ?」と問う。
 意見を述べるときは、説得力のある理由をセットにすることが習慣化されていると言う。

 ロギッシュとかミクシとかが日常的に交わされる環境が、母語教育の基盤になるのだ。
 
 さて、上述の田嶋氏の言葉を読んで、子どもの感想文指導と重なった。感想文で必要なのは、実況でなく分析と解釈だ。

◆「次に主人公は◯◯しました」というタイプの感想文が多い。しかしストーリーはわかっているのだから、その説明は要らない。それより自分はどう思ったか、なぜそういう行動をしたか自分なりの解釈を展開してほしい。

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November 09, 2019

学テから大学入試まで一貫している。

7月に堺市で椿原先生の学習会に参加した際、「学力調査問題と大学入試問題 直結している」というレポートを持参した。
その際、引用したのが難波博孝氏の論稿だった。

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「大学入試が求めるもの」
①複数の種類の実用文を読ませる  
②複数の文章を組み合わせて考えさせる
③大量の情報を処理させる
④最大200字程度の文章を20分程度の短時間で書かせる
⑤多くの条件を踏まえた文章を書かせる
⑥誰かの立場で文章を書かせる

 難波博孝氏(広島大学大学院教授)
東京書籍発行「教室の窓 Vol.55」
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 センター試験に代わって2020年度から行われる大学入学共通テスト(国語)は、これまで行われてきた全国学力調査問題と傾向が酷似していた。
 その点について難波氏は次のように指摘していた。

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実はこの方向性は、文科省がずっと追い求めてきたことであった。
小学校・中学校関係者の方ならすぐわかるだろうが、今まで10年以上行われてきた全国学力・学習状況調査のB問題と共通テストのここまで傾向はそっくりだからである。文科省は10年かけて、共通テストの基盤をつくってきたといえる

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「文科省は10年かけて、共通テストの基盤をつくってきた」という箇所にびっくりした。
 昨年11月、朝日新聞に掲載されたコメントも、同様の趣旨だったと理解している。

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文部科学省はこれまでも高校までに教える内容を決める学習指導要領で「思考力、判断力、表現力」を身につけるよう学校に求めてきた。だが、高校では大学入試に向けた勉強に重点が置かれがちだ。
そこで大学入試も、より学習指導要領の内容に合わせるよう大きく変えることにした。

                            
朝日新聞 進学特集「20年度入試から共通テスト」
2018/11/5朝刊
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授業を変えるために、入試を変えるというウルトラCを決行したのだ。
 さて、同様の指摘を最近も目にした。
 文科省の「全国的な学力調査に関する専門家会議」の委員である田中博之氏の見解だ。

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(2017年の大学入試試行調査は)全国学力・学習状況調査の問題と、とてもよく似ています。これは偶然ではなく、意図的に合わせているのです。つまり、記述力が全国学力・学習状況調査から大学入試まで一貫して問われる必須の学力になる、という画期的な出来事が起きようとしています。だからこそ、小中学校では一層B問題的な学力観を重視すべきなのです。 
  
「総合教育技術」2019.11月号 P43
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・・・「記述力が全国学力・学習状況調査から大学入試まで一貫して問われる必須の学力になる、という画期的な出来事が起きようとしています」という箇所にしびれた。
 椿原先生の指導が、大学入試に通用することをすることの意義は大きい。

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November 06, 2019

RST 係り受け解析

平成19年の小学校学力調査で、答えが210×0.6の式で求められる式を1つ選ぶ問題がある(A問題)

正答率54.3%だったのが以下の問題。 

◆1mのねだんが210円のリボンを0.6m買いました。
 リボンのねだんはいくらでしょう。

誤答30.1%で誤って選択されたのが以下の問題。

赤いテープの長さは210cm。
赤いテープの長さは白いテープの0.6倍です。
白いテープの長さは何cmでしょう。


設問に「倍」という表現が含まれることから乗法と判断していると考えられている。
問題文を自分が分かるように正しく置き換える力がほしい。


× 長さ210cmの赤いテープの0.6倍が白いテープ■cm

○ 白いテープ■cmの0.6倍が、210cmの赤いテープ。



「■cmの0.6倍が210cm」が分かれば、210×0.6という式を立てることはない。
 なお、「が」は「=」に直すことが理解されていたら、もっと簡単になる。
 
 白いテープ■㎝の6倍 = 210cm

RSTでいうと、これが「係り受け」に該当するのかもしれない。

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係り受け解析・・文の基本構造を把握する力

◆水に沈む鉄でできたボルトとナットも、鉄より密度の大きい水銀には浮かぶ
 
ボルトは(  )に浮かぶ
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 学力調査算数の問題分析を読むと、読解力不足が要因だと思えるものが多い。

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